10年前の『僕』の話
10年前、当時まだ中学生だった俺は、とある『アイドル』グループのファンだった。と言っても、近年よく聞くような数十万近い大金を費やしてCDやグッズを買い漁るなどの猛烈な熱意を持っていた訳では無い。
ライブに行ったのは、全部合わせても2回程度。発売されるCDの大半は当時隆盛を極めていたレンタルショップ店の力を借りていたし、終いにはすっかり古き時代の遺産となってしまったMDにその音源を落とし込んでいた。今の時代で言う所の『にわか』のような立ち回りと評されるかもしれない。
しかし当時はアルバイトすらまともに探せない年齢だったのだ、この程度のあこぎなやり方は止むを得なかったと言えよう。少なくともあの頃の俺はそれなりの情熱を抱いていたはずだ。
そのアイドルに関する曲は片っ端から聴き込んでいたし、今でこそその存在が常識となりつつある動画配信サイトはまだ影も形も無かったのだからテレビを録画してはそれを貪るように鑑賞していた。
自分の出来る範囲で彼女達の動向をチェックする日々が続き、結果一つの『とあるファンサイト』に辿り着く事になる。そこは俺の人生で初めて、インターネット上の見知らぬ他人との交流をした場所だった。
どこかのレンタルサーバーを借りて運営していたそのファンサイトは掲示板内でのやり取りが活発であり、幾つかの似たようなサイトを巡った中では一番和やかな雰囲気を感じられた。
今の時代でこそ『まとめサイト』の存在からそれなりの知名度を得たように思える掲示板サイトだが、書き込む人間が個別にハンドルネームを付けてやり取りをしていた当時ならではの雰囲気は今思い出しても中々気恥ずかしく、それでいて良い時代だったなと思わず懐古的な思考になってしまうのだった。
パソコンのタイピング上達に一役買ったのもこの掲示板だった。最初こそ両の腕の人差し指で拙いキーボード操作をしていたものだが、ファンサイトの住人とのやり取りを経る事で当時の『僕』は目覚ましい成長を遂げた。
そう、『僕』だ。
俺は『僕』と自称して彼らとの交流を持っていた。彼らの年齢など知る由も無かったが、少なくとも自分よりは年上の人達が集っていると一方的に認識していた。初めてのインターネット上のコミュニティは、そんなどこか奥手な『僕』と自称した人間にとって、楽しくも有意義な時間を過ごせる場所だったのである。
しかし、何事にも終わりは付き物だった。
『アイドル』という、活躍時期の短いカテゴリにおけるコミュニティの終焉は実に呆気ない物だった。『僕』がファンサイトに辿り着いてから2年の月日が流れた頃、そのアイドルグループが――解散を発表した。
『僕』が通算2度訪れた彼女達のライブ、その2度目の機会は解散コンサートだった。いつかは訪れる事だとコミュニティ内の人間の誰もが承知していた解散ではあったが、今思い出しても当時の『僕』の落ち込み具合は中々酷かったと記憶している。
ファンサイトの管理人は、折角の機会だからと掲示板内にて『オフ会』の提案をしてくれた。中学生の自分がそんなオフ会に参加する事に対して最初は悩んでいたが、結局『僕』は参加する事にした。
彼らとの最初にして最後の交流。その機会を無駄にしては後々まで後悔してしまうと予感したからだ。結果だけを言えば……行ってよかったと思っている。
管理人はひと回り年齢が上の人間だとオフ会の直前に告白していた、態度や振る舞いにしても大人な人だったと思う。すっかり萎縮してしまっていた当時の『僕』に対して積極的に声を掛けてくれたし、ライブでは偶然にも隣の席だった事もあって一緒に解散コンサートを楽しんだ。
まあ……その時の管理人の騒ぎ具合には中々驚かされた物ではあったが。ライブ開始前とのギャップが凄まじいコールの絶叫振りだった。あのような騒ぎ方を、ようやく彼と同じ年齢になった俺自身が実行出来るかと聞かれれば自信が無い。強烈なインパクトだった。
昔話は、これで終わりだ。
俺が『僕』として過ごしたコミュニティの話はあの解散コンサートと共に幕を降ろしたのである。意気投合する上での対象が無くなったファンサイトは、それから1年程の時間が過ぎた頃には姿を消していた。
ファンサイトとの出会いから10年。
アイドルグループの解散から8年。
ファンサイトの消滅から7年。
『現在の俺』は、その記憶の欠片を再び掘り起こそうと考え始めていた。
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