想い出は繰り返し……

1

「てめえら、ちゃんとメンチを切ったら、ガンを飛ばすんだ! 舐められたら、おしめえだぞ! さあ、やって見ろい!」

 番長星によくある【集会所】の一つである。駐車場には、数人の子供が、がなりたてる一人の大人の男の周囲に集まり、真剣になって耳を傾けている。

 がなりたてる男は、年齢四十代くらいで、頭をちりちりパーマに固め、がっしりとした身体つきをしていた。男は、じろりと世之介を睨む。

「やい、淳平! なんだ、その根性の入っていないガンの飛ばし方は? もっと腹に力を入れて、睨みつけるんだ!」

 のしのしと歩いてきて、ぐっと腰を落とし、物凄い形相で睨みつける。

 世之介は悟っていた。これは風祭の記憶だ。自分は今、風祭の幼い頃の記憶に入り込んでいる! 風祭淳平……これが本名なのだ。

 世之介の……いや、風祭の幼い記憶に恐怖が湧き上がる。世之介は風祭の恐怖を味わっていた。

 視界が不意に滲んで、辺りがぼやけた。風祭が両目に涙を溢れさせたのだ。男は呆れたような声を上げた。

「なんでえ……ちっと睨んだら、もう泣き出すなんて、なんてぇ根性なしなんだ!」

 あはははは……と、周囲の子供たちが大声で笑い出した。風祭は笑い声に、身を小さくしている。

 どすん、と横から子供の一人が風祭の腰に蹴りを入れてきた。風祭はよろけ、よろよろっと地面に倒れこむ。

「根性なし!」

 蹴りを入れた子供は、風祭の正面に立ちはだかり、憎々しげに叫んだ。すると他の子供たちも、同調するように囃し立てる。

「根性なし! 淳平の根性なし!」

 ぱっ、と誰かが風祭の顔に砂を投げ掛ける。風祭はわっ、と顔を手で隠した。

 しかし仲間の子供たちは容赦しない。わあーっ、と集まってくると、手に手を伸ばし、風祭の押さえていた手を引き剥がした。

 両手両足を掴んで、地面に大の字にさせる。一人が圧し掛かり、風祭の鼻を掴んで穴を塞いだ。たまらず、風祭の口が、ぱかっと開く。

 即座に開いた口に、砂が押し込められる。風祭の口にじゃりじゃりとした砂と小石が一杯に溢れた。

 ぺっぺと砂を吐き出すが、子供たちは次々と砂利を詰め込む。圧し掛かっている相手は、容赦なく風祭の顔を殴ったり、頬の肉を捩じ上げたりして、苦痛を与えていた。

 痛みと怒りに、風祭は猛烈な泣き声を上げていた。風祭は涙に滲んだ視界で、さっきの大人に救いの視線を投げかけた。

 しかし、子供たちに喧嘩の仕方を教えていた男は、げらげらと笑って、止めようとすらしない。男を見上げる風祭の胸に、絶望が真っ黒に膨れ上がった。

「淳平、舐められたら、おしめえだぞ! よーく判ったか?」

 これが風祭の子供時代か! 世之介は風祭の記憶を追体験して、怒りに震えていた。

 世之介の江戸にも、虐めはある。世之介自身も、虐められた記憶も、虐めた事実もあった。

 が、保護者らしき大人が、虐めを目撃し、大笑いをして制止すらしないという状態は、断固有り得ない。

 番長星では「男らしさ」が価値の総てで、一旦「根性なし」と評価されたら、最悪の事態を引き起こす。

 風祭の記憶を、世之介は次々と体験していく。子供時代、青年時代と、風祭は様々な同じ年頃の相手に、しつこい虐めを受けていた。

 助けを求める相手は、唯の一人も現れなかった。目撃したとしても、虐められるほうが悪いと断罪され、救いはまるでなかった。

 虐めを受けるうち、風祭の胸に、ふつふつと復讐心が芽生えてくる。誰にも馬鹿にされたくない! 舐められたくないという欲望は、自身を賽博格にしてしまうほどだった。

 風祭にとって「弱さ」は即、死を意味するものだった。強さだけが総てであった。

 世之介は風祭の記憶の扉から離れ、微小機械が形作る仮想空間に漂った。無数の微小機械が接点を繋ぎ、じわじわとある形を取り始めた。世之介は目を見開いた。

 微小機械が呈示したのは、風祭の姿であった。最初に出会ったときの、賽博格としての風祭の姿であった。

 世之介もまた、自分の姿を仮想空間で顕していた。世之介と風祭は、何もない空間で向き合った。お互いの視線が火花を散らす。

 風祭は世之介を認め、怒りの形相を現し、吠え立てた。

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