6

 微小機械の無数の〝声〟が津波のように押し寄せ、世之介は一瞬、我を失っていた。

 まるで、百万人もの人間が一斉に声を発し、勝手なことを喋っているのを、一度に耳にしているかのようだった。

 ──働け、働け、もっと働け!

 ──原料が足りない! もっと原料が欲しいよ……。

 ──俺は、もっと作りたい! 誰か、俺に注文してくれ!

 世之介は耳を塞ぎたい気分だった。自分の耳がどこにあるのやら、見当もつかない。

 ともかく、何かしら世之介と意思を伝え合える存在を求め、ぐんぐんと先に進む。そのうち、世之介の視界に、微小機械が作り出す社会が見えてきた。

 しかし、あくまで仮想的なものであり、現実の存在ではないことはわきまえている。

 微小機械は無数に繋がった、網の目のような構造を保持していた。網の目の一つ一つが無数の情報を伝え、情報は一気に微小機械一つ一つの単位に伝わっていく。

 微小機械一つ一つには、意思はない。だが、ある程度の規模になると、人間のような意識ができているようであった。

 世之介は、それらの意識を丹念に点検していく。だが、どれも、自分だけの作業に没頭している様子で、世之介の語りかけには一切、答えようとはしない。

 世之介は焦りを感じていた。これでは、せっかく意識を投射しているのに、空回りもいいところだ。どれか一つくらい、世之介と話し合える意識はないのだろうか?

 ぼうっ、と霞む意識の中に、不意に一つだけ、くっきりとした何かが見えてくる。見えてきた意識は、ぶつぶつと何か呟いていた。

 世之介は耳を澄ませた。

 ──強くなりたい! 俺は、もっと強くなりたい! 誰にも馬鹿にされない、恐れられる存在になりたい!

 切迫した感情が、世之介の意識に突き刺さるように伝わってくる。強さへの渇望が、熱い感情の波となって放射している。

 風祭の意識であった。

 ──風祭! お前か?

 世之介の呼びかけに、ぎくりと強張る気配が伝わる。

 ──誰だ? 俺に呼びかけるのは?

 ──但馬世之介……。憶えているか?

 ──ああ、〝伝説のガクラン〟を着た奴だな……。何の用だ?

 風祭の返答には、酸性の毒のような、疑念が纏いついている。世之介は精一杯、真摯な感情を込め、話し掛けた。

 ──風祭、お前のせいで、番長星は大変なことになっているんだ。微小機械が止まらなくなっている。

 風祭は憤然となって、返答をした。

 ──それが、どうした? 番長星がどうなろうと、俺には関係ねえ!

 世之介は(想像上の)眉を顰めた。

 ──なぜ、そんなに強くなりたいんだ? 強くなって、どうする?

 頑なな風祭の感情が伝わる。

 ──お前の知ったことか! さっさと、ここから出て行きやがれ!

 世之介は風祭の意識にじわりと侵入を開始した。ふつふつと疑問が溢れてくる。なぜ、これほどまでに、風祭は強さを求めるのか。

 世之介が自分の意識の中に侵入しようとしているのを悟り、風祭は悲鳴を上げた。

 ──よせ! 止めろ! 俺から出て行け! 嗅ぎ回るんじゃねえっ!

 世之介の眼前に、一枚の扉があった。

 風祭の記憶の扉であった。世之介は、風祭の記憶を押し開いた!

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