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 ──覗き野郎……! 判ったか? 俺は絶対、この強さを手放すつもりはねえ!

 世之介に対し、風祭は迸る怒りを投げかけてきた。言葉と同時に、感情すらも伝わる。

 ──風祭、このままで良いのか? お前は暴れ回り、破壊を広げるだけだぞ。

 世之介は説得を試みた。風祭の返答は、痛烈なものだった。

 ──破壊? 結構じゃねえか! 番長星が目茶目茶になれば、いい気味だ! 誰一人、俺を助けちゃくれなかった。俺が虐められても、黙って見てるだけ、いや、虐めたほうに声援を送る奴すらいた。番長星全部が、目茶目茶になればスッキリすらあ!

 風祭は邪悪な笑みを浮かべ、天を仰いで哄笑する。怖ろしいほどの憎悪が形となり、風祭の全身を、めらめらと炎が取り巻く。

 ──そんなに強くなりたいのか……。

 世之介はどうやって説得すればよいのか、途方に暮れる思いだった。それほど風祭の強さに対する感情は、頑ななものだった。

 風祭は「はっ」と、軽蔑したような声を上げる。

 ──当たり前じゃねえか? 弱ければ舐められる。馬鹿にされる。俺を見ろ! この賽博格の身体なら、絶対に舐められねえ!

 世之介は助三郎と格乃進の言葉を思い出していた。

 ──人間らしい感覚を捨て去ってもか?

 風祭の表情に、微かに躊躇いが見てとれた。世之介は「ここだ!」と勢いづいた。

 ──風祭、最後に人間の食事を摂ったのは、いつのことだ?

 風祭の頬が、ひくひくと痙攣する。

 ──そんなこと、お前の知ったことじゃねえ!

 世之介は静かに語りかける。

 ──風祭、好きな娘はいなかったのか?

 風祭の顔が、鬱血するかのように、どす黒く変色する。世之介の言葉が切っ掛けだったのか、急激に風祭の記憶の扉が抉じ開けられた。

 記憶の奔流に、風祭は周章狼狽していた。

 ──よせ! 見るな! 見るな──っ!

 風祭の前に、一人の少女の姿が映し出される。美人とはいえないが、素朴な顔立ちの、見るものをほっとさせる何かを持っていた。

 少女は、哀しげに風祭を見詰めている。少女の唇が開き、語り掛ける。

 ──淳平、どうしても、賽博格になるって言うの? 本当に平気なの?

 どこからか、もう一人の風祭の声が応える。

 ──ああ、平気だ! 俺は絶対、誰にも馬鹿にされたくないし、舐められたくもない。賽博格になれれば、誰にも負けない強さが手に入るんだ!

 少女の顔が哀しみに曇った。項垂れ、背中を見せる。

 ──そう……。お大事に……。左様なら。

 少女は、ゆっくりと歩み去った。風祭は右手を半ば上げ、口をポカンと開いていた。少女の姿が、ふっと消え去る。

 風祭は、ゆるゆると首を振った。

 ──俺は、俺は……!

 ぐっと顔を挙げ、世之介を睨みつけた。

 ──覗き野郎! 満足か?

 世之介は首を横にした。

 ──風祭、お前が望むなら、元の人間に戻れるんだぞ。

 風祭の両目が「信じられない」と、まん丸に見開かれた。

 ──嘘だ!

 ──いや、嘘じゃない。お前は現在、全身を微小機械に埋めている。お前を改造したのは微小機械だろう? だったら、元の身体に戻すことのできるのも、微小機械だけだ。

 世之介の声には、揺ぎない確信が込められていた。世之介は、今の言葉が自分の中から出てきたのか、それとも、微小機械の集合意識から湧き出たのか、区別が判断できなかった。多分、両方なのだろう。

 そうだ! 微小機械に命じれば、賽博格だって、元の人間に戻れるんだ! 細胞の一つ一つ、染色体の一本一本が微小機械の、分子の小ささの作業で実現できるのだ!

 風祭の表情が絶望から、希望へと変わった。

 ──世之介。本当にできるんだな?

 世之介は強く頷く。

 ──ああ、お前が望むなら。

 風祭の背筋が伸びた。

 ──ああ、俺は、そう望む! 俺は、元の身体に戻りたい!

 世之介は周囲に手を振って叫んだ。

 ──聞いたろう? 今の風祭の言葉を?

 世之介の言葉に反応して、周囲の微小機械が一斉に反応を開始した。無数の微小機械が、光の流れとなって、風祭に集中する。全身を光に浸し、風祭は絶叫した。

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