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 茜の案内したのは、新品の二輪車がずらりと並ぶ、店だった。

「ここで気に入った二輪車があれば、すぐ使えるようにしてくれるわ! どう、乗ってみたいのは、ありそう?」

 快活に喋る茜に、世之介は正直かなり戸惑っていた。

 助三郎と格乃進は、興味深そうに並べられた二輪車の細部を仔細に眺めている。二人の着衣は風祭との戦闘ですっかりボロボロになってしまい、今は番長星の人間の着衣を身につけている。

 イッパチはあまり興味がなさそうで、しきりと鼻糞をほじって指で弾いて飛ばしたり、空を見上げたりしていた。

 先程から、店の奥から「ぐわん! ぐわん! ぐわん!」と、何かを叩き付けるような、騒音が響いている。突然、騒音が「がきんっ!」と、金属製のものが折れるような音に変化した。同時に「ちゃりーんっ!」と地面に転がる音がした。

「ちぇっ! やっちまった……。おいっ! 後で、直しておけよ!」と命令する声。声は中年の男のものだ。男の命令に「へえーい」と返事が聞こえる。

 呆然と世之介が店先でうろうろしていると、奥から中年の太った男が、胡散臭そうな目付きで現れる。多分、店主だ。店主の後に、古臭いデザインの傀儡人ロボットが従いてくる。これが、さっきの会話の主だろう。

 が、店主は茜の顔を見て、嬉しそうな表情に変わった。

「いよう! 茜じゃねえか! どうしたい、また新しいのが欲しくなったのけ?」

「叔父さん。今日は、あたしじゃなくて、この人たちがお客なの。初めて二輪車に乗るのよ! だから、良いの選んであげて!」

「ほほお……」

 店主は目を丸くして、しげしげと世之介たちの顔を見詰めた。

「あんたら、見たことない顔だなあ。どっから来たんだ?」

 世之介は丁寧にお辞儀をすると、口を開いた。

「わたくし、地球からまいりました、但馬世之介と申す者で御座います。今日は茜さんの紹介で、二輪車を求めることになりましたので、どうぞ宜しくお願いいたします」

 店主はパクリと口を開け、仰け反るような姿勢になった。

「ひゃあ! よっくもスラスラと、くっちゃべるもんだっぺ! おりゃ、一っ言も判んねえだべっちゃ!」

 なぜか店主は、茜とはガラリと口調を変えて話し出した。まるでわざと田舎臭い口調を意識しているようだった。

 しきりと「だっぺ」だとか「だっちゃ」などを連発する。破裂音の多い言葉は聞き取りにくく、店主の顔には「どうだ、判らないだろう」とでも言いたそうな表情が浮かんでいる。

 茜とさっき喋っていたときは、銀河標準語である現代日本語に近い言葉つきだったのだが、世之介が話し掛けた瞬間、がらりと豹変したのだ。

 店主は、世之介の言葉は充分に理解できるし、喋れるのだが、それが何だか自分の恥であると固く思い込んでいると見える。

 茜は肩を竦めた。

「叔父さん! この世之介さんは【バンチョウ】なのよ! そんな喋り方じゃ、失礼じゃない?」

「【バンチョウ】!」

 店主は、さらに頓狂な声を上げた。さっと赤らんだ顔が青ざめ、ぶるぶると全身が震えだす。

 ぺたりと地面に座り込み、世之介の顔を見上げ身を捩るようにして声を上げた。

「す、すみません! 知らないこととはいえ、申し訳ねえ! どうぞ、ご勘弁を!」

 世之介は往生した。まったくこの星の人間は、どうなっているのだ! 店主は両手をべったりと地面につけ、土下座の態勢である。

「お手をお上げ下さい。わたくし、妙な成り行きで【バンチョウ】などと言われておりますが、ともかく二輪車を求めたいだけの話しですから」

「へえ?」

 店主の顔色がもとに戻った。ひょい、と顔を上げると、さっさと立ち上がる。あっという間の変わり身に、世之介は少々呆れた。

 店主は生き生きとした顔色に戻り、二輪車を次々と指さし、喋り出した。

「うちでは、あらゆる形式の二輪車が揃っていますよ! こっちは荒地走行用オフロード・タイプで、あっちに並んでいるのが、長距離走行ツアラー・タイプでさあ! で、どんな目的でお使いになられるんで?」

 店主の口調は、すっかり滑らかになっている。言葉は標準日本語に近く、やはりさっきの田舎ぽい喋り方は、わざとだったのだ。

 茜が店主の質問に答えた。

「【ツッパリ・ランド】に出かけるの」

 店主は「ぎくり」と身を強張らせる。

「まさか、本当けえ?」

 茜が頷くと、店主は気味悪そうに世之介の顔を見詰めた。

「あんた、だけかい?」

 格乃進が一歩、ずい、と前へ出て、一同を代表して答える。

「わたしたち、全員だ。だから、良いのを探してくれ」

「ふうん」と店主は顎を上げ、片手で胸元をこりこりと掻いた。さっさと先に立ち、先ほど長距離用と説明した二輪車の列に立つ。

「【ツッパリ・タウン】は、途轍もなく遠いぜ。だから、このタイプの二輪車にしなくちゃな! ところで……」

 不思議そうに光右衛門とイッパチを見詰めた。

「そちらの二人も、運転するのかね?」

 光右衛門は首を振った。

「いえ、わしは、見ての通りの老いぼれ。ですから、助さんか、格さんの後ろに乗らせて貰おうと思っております」

 イッパチはぺちん、と額を扇子で叩いた。

「あっしゃ、浮揚機フライヤーの運転はでけますが、こんな地べたを走る車は、生憎と不調法でござんして、やっぱり若旦那の後ろに乗らせて貰いてえ!」

 店主は首を振った。

「二人乗りより、もっといいのがあるぜ。側車サイド・カーってのがある!」

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