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「成る程! 店主の言葉は嘘ではありませんでしたな! これは気持ちのいいものです」

 光右衛門は上機嫌になって、格乃進の運転する二輪車の横に装着された側車に乗り込み、風に髭を靡かせ、目を細めていた。

 助三郎の二輪車にも同じ側車が繋がれ、こっちはイッパチが陣取り、物珍しそうに地面すれすれの景観を楽しんでいる。

 世之介は一人で二輪車の把手ハンドルを握りしめ、目を一杯に見開いて、前方を見詰めている。全身に緊張が溢れ、今にも転ぶのではないかという恐怖に慄いている。

 世之介の隣の車線では、茜が自分の二輪車を運転して従っている。茜の二輪車は荒地走行用で、全体に軽快な形をしていた。

 茜の提案で、まず【集会所】に戻り、旅支度を整えることにしていた。【集会所】に戻る前に、その辺をぐるりと散策し、二輪車の運転に慣れる目的で、わざと遠回りをしている。

 今にも転ぶのではないか、という恐怖に、世之介は口の中がからからに乾き、関節が鳴るほど全身の筋肉を強張らせている。

 だが、世之介は知らないが、転ぶ事態など絶対ありえないのだ。

 世之介の乗っている二輪車は、見かけは二十世紀の旧式だが、中身は最新である。電子頭脳が制御する、自立走行機構セグウェイ・システムが組み込まれた二輪車は、操縦者がどんな素人であろうが、無茶な運転をしようが、常に安定した走行を約束する。周囲の状況を把握し、事故が起きそうになると寸前で回避し、的確な運転を保証する。

 したがって、操縦者が眠っていてさえ、手が把手を握りしめている限り、道路上を安全に走行するのだ。把手から操縦者の手が離れると、自然と停止し、支柱が勝手に出て、路上で静止する。完全無欠の安全車なのである。

 番長星の住民は、誰一人この絶対安全機構についての知識は持ち合わせていない。一度も二輪車や四輪車で事故を起こした経験がないので、全員「自分は運転が上手い」と錯覚しているのだ。

 しかも、この星の二輪車は故障というのが、絶対にないのだ。機械の調子が悪くなると、二輪車に装備されている人工知能が自動的に修理を行うし、所々に設けられているサービス・ステーションでも傀儡人が整備をしてくれる。

 手に入れた二輪車店でも、修理、改造などはすべて傀儡人がしてくれる。人間が必要とされる場面は、本当は何もない。

 世之介が立ち寄った店で、何かの修理をしていたような音は、店主がハンマーでただ、ぶっ叩いていただけだ。

 番長星に伝えられていた地球からの映像資料に、よく二輪車店が登場し、店主が二輪車の修理や改造をしている演技がある。それを見て、番長星の人間は、とにかく大きな音を立てて、ハンマーやバールをぶっ叩けば良いのだと思い込んだのだ。

 当然、そんな真似をすれば二輪車はぶっ壊れるが、文句も何も言わぬ傀儡人たちが、黙々と修理してくれるのでやっていける。

 本当の修理を学ぶのは、じっくりと根気の要る仕事だが、番長星ではとにかく、がさつで、粗雑、大雑把、粗暴が尊ばれる傾向にあり、壊れるほどぶっ叩くのが格好いいということになっているのだ。

 それはともかく、ようやく【集会所】に到着した。

 世之介は二輪車を停止させ、強張った指を無理矢理どうにか把手から引き剥がした。関節が白くなるほど握りしめていたので、まるで接着剤で貼り付けたように、手を開くことすら苦痛だった。

 助三郎、格乃進は軽やかな動きで二輪車から地面に降り立つ。世之介は二人を羨ましく眺めた。二人とも、宇宙軍兵士としての経験があるため、どんな乗り物でも即座に乗りこなせるのだ。

「〝美湯灰善ミュンヒハウゼン〟だったら、旅支度が全部、何でも揃うよ! さ、行こう!」

 茜が朗らかに声を掛けてくる。茜の目の色に、初めて二輪車に乗って、ヘトヘトになっている初心者への軽い同情が浮かんでいるのを見て、世之介はむっつり押し黙ったまま頷いた。

 何だか知らないが、不機嫌である。

〝美湯灰善〟は【集会所】の真ん中に聳えている大規模量販店の名称である。丸い砲弾に跨った西洋の貴族らしき男性が、にっこり笑い掛けている看板が掛かっている。

「ちょっと、世之介さん! 何を怒ってんの?」

 黙ったまま歩き出した世之介を、茜は慌てて追いかけてくる。イッパチが袂を指先で掴み、少し前屈みになって、世之介の隣に並んだ。

「若旦那! そうツンケンしなくても……。初めて二輪車に乗って怖かったのは判りますがね。茜さん、臍を曲げてまさあ!」

 小声に囁くイッパチを、世之介はぐいと眉を上げ、睨みつけてやった。

「怖くなんかないよっ! 二度と言うな!」

「へえ……」

 世之介の叱責に、イッパチはひょいと首を竦めた。

 世之介は、とっとと歩いて、量販店を目指す。

 とにかく早急に旅支度を整えなくてはならないのだ。

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