3

 夕焼けの中、世之介が立っている。周りには誰もおらず、世之介は一本の棒を持ち、素振りを繰り返していた。

 ぶんっ!

 木の棒が唸りを上げ、空を切る。世之介は両手でしっかりと握りしめ、渾身の力を込めて振り下ろす。

 ただ振り下ろすだけでは駄目だ。振り下ろした棒を、ぴたりと静止できなければ、修行とは言えない。

 中等、高等学問所の六年間、世之介は剣術の修行を続けていた。真夏の暑い日盛りも、真冬の厳寒の日々も、修行は一日も欠かさなかった。

 番長星では腕っ節がものを言うことをつくづく思い知らされ、世之介は学問所を卒業してから怠っていた修行を、再開する決意を固めたのである。

 振り下ろすうちに、世之介の全身に汗が噴き出し、蟀谷こめかみから滴った汗は顎からぽたぽたと垂れている。

「お見事!」の声に振り向くと、助三郎が立っていた。

 軽く腕を組み、面白そうな表情を浮かべている。

「いい素振りだな。よくよく修行を重ねたと見える。良い心がけだ」

 誉められ、世之介は頭を掻いた。

「いや……お恥ずかしい限りです」

 助三郎は一歩前へ出、傍らの茂みから小枝を一本ぽきりと音を立て、折り取った。

「一丁、手合わせをして進ぜようか?」

「助三郎さんが?」

 世之介の驚きの声に、助三郎は一つ頷いた。手に持った小枝を片手で構える。

「さあ、どこからでも懸かってきなさい」

 ニヤニヤ笑いを浮かべている。手に持っているのは、ちっぽけな小枝一本。箸ほどの細さで、長さもそれくらいだ。

 世之介は少し腹を立てた。助三郎はからかっているに違いない。あんな、小枝一本で、勝負になると思っているのだろうか?

 ようし、それなら……。

 世之介は棒を正眼に構えた。気合が高まるのを待つ。

「いやーっ!」

 高く叫ぶと、世之介は棒を握りしめ、真っ向微塵に振り下ろした。

 と、助三郎の姿が世之介の視界から消えた。

 はっ、と世之介の動きが止まる。

 いつの間にか、助三郎は世之介の握った木の棒の先端に、さっきの小枝を押し当てている。

 ただ、それだけなのに、世之介は自分の木の棒を持ち上げられなかった。軽く小枝が押し当てられているだけなのに、びくとも動かない。

 世之介は、さっと棒の先端を下げた。つい、と助三郎の小枝も従いてくる。横に払うと、助三郎の小枝はぴったりと寄り添い、どうにも振り払うことができない。

 焦りに、世之介の息が荒くなる。

 助三郎がさっと棒から小枝を離すと、先端を世之介の首元に押し当てた。

「真剣なら、勝負あった、だな」

 世之介はぜいぜいと喘ぎ、恨みがましい声を上げた。

「ずるい……ですよ。助さんは、賽博格サイボーグじゃないか! 人間のあたしが、敵うはずない!」

「そうかな」

 助三郎はぽい、と小枝を投げ棄てた。

「確かに、俺は賽博格さ。人間にはできない、色々な能力があることは否定しない。だが、剣術の基本は同じだ。要は、体捌たいさばきってやつさ。無駄な動きをなくし、相手との間合いを常に把握する。これが大事なんだ。お前さんだって、六年間、必死に修行したんだ。それは、きっと身に染み付いていると思う。それを思い出せ!」

 助三郎の言葉は胸に落ちた。

 その時、背後から茜の声が掛かる。

「風呂に行くよ! 汗を流しな!」

 世之介は振り返った。夕日の中に、茜とイッパチが立っている。茜はにやっ、と笑いかけた。

 世之介は茜の言葉を鸚鵡返した。

「風呂?」

 風呂だって?

 番長星の風呂とは、いったい……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る