2

 あとに残された世之介たちは、無言でお互いの顔を見合わせた。

「やれやれ、少し疲れましたな」

 光右衛門が呟き、部屋の窓際に置かれた巨大な寝台に腰を掛けた

「格さん。ちょっと尋ねますが」

 ぽつり、と光右衛門が呟く。格乃進はさっと前へ出ると、光右衛門の前に膝まづいた。

「何でしょう、ご隠居様」

「うむ」と一声上げ、光右衛門は何か考え込んでいるらしく、腕組みをしている。やがて眉を上げ、きらりと目を光らせた。

「格さん。あの船室で番長星を探したとき、記録に何か別の資料なり、追記なりを見ませんでしたかな。単に番長星の、位置だけが記録されておったのですか?」

 格乃進は、肩に担いだ振り分け荷物を解き始めた。

「実は、船室の記録ですが、万一のことを考え、複写コピーを取っておきました」

 格乃進の答えを耳にして、光右衛門は嬉しそうに破顔した。

「でかした! それでこそ格さんです!」

 格乃進は荷物から、携帯型の立体映像投影装置を取り出す。手の平に収まるほど小型であるが、機能は充分で、格乃進が操作すると部屋の中央に立体的な星図が投影される。

「これが番長星の主星です。主系列のK型に属し、表面温度は四千度。地球に比べ、やや小型で……」

 滔々と並べ立てる格乃進を、光右衛門は慌てて制止した。

「格さん。講義は後にして、まずは番長星のことを教えてくれませんかな」

 格乃進は「はっ」と顔を赤らめた。「賽博格でも、顔が赤くなるんだ」と世之介は妙なところに感心した。

「申し訳ありません。それでは、これが番長星で御座います。星図には概略のみしか記載されておりませぬが、一つ妙な追記が……」

 番長星を示す印に、光右衛門は身を乗り出した。

「これは……銀河遺産を示す印です! 成る程、これで得心しましたぞ!」

「銀河胃酸? そりゃ、どんな胃の薬でげす?」

 イッパチが頓珍漢な質問をする。光右衛門は「むっ」となって答える。

「胃酸の薬ではありません! 銀河の遺産なのです! 何です、不真面目な……」

 光右衛門の怒りに触れ、イッパチは「うへっ」と首を竦める。光右衛門は息を整えると、再び説明を始めた。

「初期の殖民星の中には、奇妙な風習、文化を保持した星があって、幕府はそれらの特殊な殖民星の文化を守るため、銀河遺産を制定しました。独特の文化を保持するため、観光客などの立ち入りを禁止しました。この番長星が銀河遺産なら、我らの救難信号に答えなかったのも理解できます。銀河遺産に指定された殖民星には、正式な代官所、奉行所は設立されておりませんからな」

 世之介は、沈み込むような絶望感を味わった。

「そ、それでは、わたしたちは、一生この番長星に囚われたまま、地球に戻ることは叶わないのでしょうか?」

 世之介の必死の訴えに、光右衛門は首を振った。

「諦めてはいけません! 確かに幕府の手が及んでいないことは認めます。それでも、保護されていることは確かです。恐らく、無人の監視所か、地球への非常通信手段は確保されていると思っても良いでしょう。だが、それがどこにあるか……」

 光右衛門の言葉が途切れると、扉を叩く音がした。光右衛門が「お入りなさい」と返事をすると、扉が勢い良く開き、茜の顔が覗いた。

「お布団、持ってきたわよ。狭いけど、今夜はこの部屋に泊まって頂戴。明日になれば、皆の部屋を用意するから」

 茜の背後から、布団を抱えた両親がにこにことした人の良い笑顔を見せている。

 光右衛門は深々と頭を下げ、口を開いた。

「それは丁寧に痛み入ります。それはそれとして、茜さん。一寸、あなたに尋ねたいことがあるのですが、宜しいかな?」

 茜は「へえ?」と呟くと、部屋に入ってきて光右衛門の前にどっかりと座り込んだ。正座ではなく、胡坐である。

 世之介は、もしここが地球だったら、茜のような仕草をする女の子は、とっくに説教されている場面だなと思った。

 光右衛門の隣に膝をついて控えていた助三郎が何か言いたげに微かに口を動かしたが、それでも我慢して、ぐっと堪えている。

「何が聞きたいの? 光右衛門さん」

 光右衛門は穏やかに茜に尋ねた。

「地球のことを知っておりますか?」

「地球……?」

 呟き、茜は首を捻った。茜の表情は、光右衛門の口にした「地球」という言葉に何の反応もないものだった。茜は「分かんない」と呟くと、首を振る。

 その時、布団を運び入れた茜の両親が、もじもじして立っているのに世之介は気付いた。

「あのう……」と父親が口を開く。

 光右衛門の視線が茜の父親に向けられた。

「何か、ご存知なのですか?」

 茜の父親はぺこりと頭を下げた。

「はい。昔々のことで、何でも番長星にやってきた最初の人たちは、地球から運ばれたそうです。何百年も前の話だそうですが、それ以来、我々は地球と連絡が途切れ、今では昔話になってしまいました。若い者の中には、地球という言葉すら知らない連中もおります。中には、地球というのは、ただの伝説だと主張する者もいるくらいで……」

 光右衛門は高らかに笑い声を上げた。

「はっはっはっはっ……。伝説ではありませんよ。わしらは、その地球からやって来たのですから」

「ほおーっ!」と茜の両親は感嘆の声を上げ、床に仲良く座り込んだ。光右衛門は、誰にともなく、話し掛ける。

「番長星にやって来たのは、不時着したからです。ですから、何とかして、わしらは地球へと戻りたい。それには、地球と連絡の取れる場所に行きたいのです。何か、あなたがたで、それについてのお知恵があれば、拝借したいのですが」

 茜と両親は顔を見合わせた。両親はしきりに首を捻っている。茜は何かを思い出そうとするように、視線を天井にさ迷わせた。

「ウラバン……」

 茜はふと、呟く。茜の呟きに、両親はぎくりと身体を強張らせた。

「茜! それは……」

 父親が言いかけ、口を噤む。

 光右衛門は目を鋭くさせた。

「ウラバンと仰いましたな。それは何のことです?」

 両親は黙り込み、顔を俯かせる。光右衛門は茜に向き直った。

「茜さん、聞かせて貰えんでしょうか?」

 茜は一つ、頷いた。目が真剣である。

「ウラバンってのは、この番長星にいる総ての【バンチョウ】を取り仕切っているの。でも、誰も姿を見たことはなくて、裏から支配するから〝ウラバン〟って、言うようになったの。ウラバンは、番長星の〝暴走半島〟のド真ん中にある、【ツッパリ・ランド】にいるって噂よ。その【ツッパリ・ランド】には、時々空から光るものが降りてくるって話なの。それが地球からの連絡なのか、どうなのかは、知らないけど」

 光右衛門は大きく頷いた。

「空から降りてくるものがある、とは聞き捨てなりませんな! どう思います、助さん、格さん?」

 供の二人に向けて尋ねると、助三郎、格乃進ともに頷いた。

「ご隠居様、これは一つの手懸りですぞ! 是非とも、茜さんの仰る【ツッパリ・ランド】に出掛けるべきです!」

 格乃進が力強く答える。

「拙者……いえ、わたくしも、そう思います」

 助三郎も同意した。

 世之介は助三郎がうっかり「拙者」と言いかけ、慌てて言い直したのを奇妙に思った。

 しかしすぐ、地球への帰還に希望が出てきたことに、不審の思いは忘れてしまった。

「【ツッパリ・ランド】って、どんな場所なんです?」

 世之介の質問に、茜はにっこりと笑った。

「ツッパリだったら、一度は【ツッパリ・ランド】の門を潜りたいと思ってるよ! 何しろ、そこには根性の入ったツッパリたちがウヨウヨいるって話だよ!」

 茜の瞳はキラキラと輝いている。

 ツッパリたちの憧れの場所……。

 世之介は茜の言うように、素晴らしい場所だとは、とてもじゃないが、思えなかった。

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