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 番長星で風呂といえば、それは銭湯だった。

【集会所】の近くに、銭湯の建物はあった。どっしりとした瓦屋根、高々と空を突き刺す煙突。【集会所】からは、住人が各々洗面器と入浴道具を携え、続々と集まってくる。

 助三郎と格乃進の姿はなかった。茜と連れ立ってやってきた光右衛門の話によると、賽博格は入浴の必要がないのだそうだ。

 それに、賽博格の身体を他人に見せるのは、かなり厄介な事態を引き起こすとかで、二人は遠慮したのであった。

 イッパチは相変わらず扇子を一本握り、ぺちんと自分の額を叩く。

「そんなもんですかねえ? あっしゃ杏萄絽偉童アンドロイドでげすが、別に、裸を他人に見せるのは恥ずかしくはござんせんよ」

 イッパチの言葉に、茜は眉間に皴を寄せる。

「あたしだって、別に見たかないよ!」

「へっ、これはご挨拶……」

 イッパチは、ギョロリと目を剥き出した。

 番台で世之介はイッパチ、光右衛門とともに男湯に入る。男湯には【集会所】からの客が一斉に湯口に向かって、身体を洗っていた。

 世之介は銭湯は初めてで、どうにも決まりが悪い。早々に身体を洗うと、湯船に浸かることにした。イッパチは嬉々として三助の役目を買って出て、湯口に向かっている男たちの背中を威勢良く流している。

 湯船に浸かり、じっと目を閉じていると、イッパチが入ってきて横に並んだ。

「若旦那、ちょいとお話が……」

「なんだい?」

 世之介は用心して目を開けた。イッパチの顔はいやに深刻で、こんなとき、とんでもないことを言い出す傾向がある。

「番長星に来るとき、確か格さんは通常空間を亜光速で航行した、と仰いましたね?」

「うん」

 世之介は湯の中で、ぐるりとイッパチに向き直った。

 イッパチの口調は、いつものふざけたものではなかった。何を言い出そうとしているのか。

「確か半光年を亜光速で航行した、と言っていましたから、あれからあっしらは、半年も経ってしまってる、そうでげすな?」

「ああ、そうなるな」

 いよいよイッパチの顔つきは真剣である。

「お忘れですか? 大旦那は、一年以内に童貞を捨てろと仰ったんで。もう、半年が過ぎております。あと半年しか余裕はないんでげすよ!」

「ああっ!」

 世之介は小さく声を上げた。そうだ、イッパチの言葉はもっともだ。イッパチは湯の中で顔を怖いほど真剣にさせ、言葉を重ねた。

「どうすんですよ、若旦那。こんな星で愚図愚図していちゃ、大旦那の仰った廃嫡、勘当が、本当の話しになってしまいまさあ! 尼孫アマゾン星に行けなくなった今、なんとか番長星の女の子と、ナニしないと……」

「ナニしないとって、何のことだい?」

 世之介の頭に血が昇った。心臓がどくん、どくん鼓動を早め、血管に血流がぐわん、ぐわんと流れるのを感じる。

 イッパチは世之介の耳に口を近づけた。

「とぼけちゃいけません! 若旦那だって一切、承知でげしょ? あの茜さんって娘は、どうなんでげす? 若旦那が【バンチョウ】ってことになって、茜さんどうやら若旦那にホの字らしいでげすよ」

 ぶくぶくと世之介は湯の中に顔を沈めた。今の顔色を、誰にも見られたくない! 今の世之介の顔色は、多分、真っ赤を通り越して猩々緋か、あるいは、どす黒く鬱血になっているだろう。

 イッパチは、おっかぶせる。

「若旦那! 男になるんです! あっしは一肌、脱ぎますぜ!」

「お前が? どうやって?」

 世之介は「ぷはっ!」と息を吐き出し、顔を湯から上げる。イッパチは心得顔になって一人頷き、にやっと笑った。

「任せておくんなせえ! きっと、若旦那が茜さんとナニできるようにしますから!」

 ぽん、と胸を叩くと、イッパチはその場を離れていった。

 茜とナニする?

 ナニって、つまり……。

「世之介さあん……」

 わあん、と反響した茜の声が、女湯から聞こえてくる。

「そろそろ上がるわよお!」

 向こうに茜がいる……。女湯にいる、ということは、つまり何も着ていないということだ! 要するに裸だということだ。

 茜が裸で……!

「世之介さん、茜さんの仰るとおり、そろそろ上がりましょうか? あんまり長いと、湯当たりしますぞ」

 光右衛門がさっぱりした顔つきになって、声を掛けてくる。

 世之介は湯から上がれなくなってしまった自分に気付いていた。

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