第5話 "第一分隊"
…――あの「募兵試験」終了から、約3時間以上経過した昼の"
「――へぇ~。コイツが例の新入りですか?隊長?」
「…ん?ああ、そうだ。少しめんどくせぇヤツだが……まぁ、よろしくやってやれ。」
「えー……デーガン隊長…。もう若いのは私達だけでいいって、言ってたじゃない…。」
「あ?そうだったか?」
「そう言ってました…。というか、どういう事情かは知らないですけど。コイツ……役に立つんでか?」
「……。」
簡素で、少しガタつく長机と長椅子が並び。そこそこの広さと賑わいを見せる、「第二軍・東部第一駐屯兵舎」の"食堂"で。一様に木の器へ注がれた、数種の野菜と肉の切れ端に香草の香る塩気たっぷりな"野菜スープ"と。真っ白な白米に、真っ赤なジャガイモと緑の豆のトマト?煮込みが添えられた木の薄皿。陶器のコップに並々と入った、一杯の白濁した濁り酒"ケルシュ"を片手に。ガツガツと、それらの料理を残さず平らげて行く"16人の男女"達は。せっせと食事を口へ運ぶ合間、レギを盗み見……観察していた――。
――16人の男女全員は揃いの、「第二軍」所属兵士である事を示す"深緑の
一部レギへな辛辣に、手厳しい批評を繰り出す者はいるが。大体の者達は横目でレギを観察するが、数人が軽く声を掛けてくるだけで大きく動く者はいない…。
「――此れからお世話になります、"レギ・アンド"です。よろしくお願いします…――。」
そう軽く挨拶をし、同じく軽く挨拶を返してくれた「第二軍・東部遠征部隊第一分隊」の隊員、総勢16人の男女達の。正直に言って、余り、レギの事を歓迎しきっている訳ではない状況の中で。彼らの視線を気にしつつ、黙々と……一見、平気そうな顔で食事を進めるレギは。思っていた以上の、"日本"とはまた違う人間関係の構築の難しさに。既に…少々、辟易とさせられていた…――。
突然、試験場へ現れた。レギが明日、配属される事となっていた。
第一分隊隊長――"デーガン・マーサム"に引きずられ。主に王都から東部に位置する地域の街道警邏から、面倒な「魔獣討伐」までもを任せられているこの分隊の。同じく東部方面の守護を任せられた兵士達の詰める、「第二軍・第三東部駐屯兵舎」へやって来たレギは。
唯一、今だ
「……おいエレ、其れにマードも…。いい加減、「後輩」を睨むのは止めないか。…大人げない。」
「なッ、大人げないって何ですか"ノーマン"さんッ!」
「…別に、睨んではいない……。」
エレとマードと言う二人の態度に、飽きれてた様に声を上げ窘める男性――第一分隊「副隊長」"ノーマン・コール"は。さっぱりと切られた淡い金髪に優し気なブラウンの瞳を二人へ向け、素朴で柔和な顔に少々皺を寄せるが。理性では解っていても、"感情"が全くついていけていない彼女と彼には余り効き目がなかったらしく。若干逆切れ気味なエレと、口調は冷静そのものであるが其の目元は険しいままのマード……。
そんな反抗期丸出しな二人と、優しく冷静な男性のやり取りに。周囲は微かに笑うだけで特に手は出ず。隊長であるデーガンは其れを面倒くさそうに眺め、
「……いい?あんたと私達は同い年かもしれないけど、私達はあんたより"1年先輩"なの。だから、もし、私達に甞めた口なんか聞いたら………ただじゃおかないからッ。」
「……。」
少女らしからぬ……ドスの効いた声音でそう宣言したエレに、其れに無言で「同意」を示すマード……。
何となく予想はしていた、彼女らの「先輩宣言」であったが。場所が違うだけで、こうも感じが違ってくるものなのかと。内心……溜息吐きっぱなしのレギは、敵対心丸出しの彼女等とどう関わっていけばいいのか思い悩む――…。
――日本で体験した、数多の「転校経験」から。
こういった"脅し"や"忠告"を仕掛けられた事は…………何度かあるが。大抵この様に突然突っ掛ってくる輩は、何かしらの"使命感"や"自尊心"が強い者であり。ある日現れた見知らぬ「よそ者」へ、過剰に反応し又は何か勝手な"思い違い"をして勝手に"勘違い"して勝手に敵対心を募らせている事が多い……。
先ず初歩的な対処法はただ根気強く"対話"をはかり、交流して互いの見解の違いに気づき合っていくのがベストなのだが。見た感じではそんな「正攻法」だけで押し通れるような
レギを睨むのを、どうしても止めてくれそうにないエレとマードへ。対面早々何故こんなにも毛嫌いされているのか、こちらの常識や事情に疎いレギにはサッパリ理化できず。つい、吐き出しそうになるの溜息をグッとを抑え、レギは心中で頭を抱える…――。
……そんな二人と一人の若輩達の、初っ端からの険悪な雰囲気に。「ご愁傷様……。」などと呟き、やれやれと肩を竦める他の隊員達と。困り顔で双方を見合う
そうして、かなりよろしくない顔合わせが終わり。今更ながらレギへ気を利かせ「お前の配属は明日だったしな…。それまでは、自由にしとけ。」っと、短く声を掛けると。自身の食器を持ち上げ、食堂にあるカウンターキッチンの様な所に出すと。サッサと、食堂を出て何処かへ行ってしまう……。
其れに倣う様に、他の隊員達も席を立ち始めると。エレとマードも、渋々其れに習い席を立ちレギの後ろを通り過ぎる際――――ゴッ!と、肘がレギの後頭部へ入れられる……。
「…つッ~!!」
思った以上の衝撃と痛みに声なき悲鳴を上げ、後頭部を押さえ悶えるレギの背後を。何食わぬ顔で通り過ぎて行く二人へ、バッ!っと振り向き、声を上げようと腰を持ち上げるも。直ぐに腰を降ろし、まだ皿の上に残っている昼食を黙って掻き込むレギ……。 其、レギの態度を後ろへ僅かに顔を傾け様子見ていた二人は、フンッと鼻で笑うと。二人はレギへ何の詫びも入れず、食堂を後にしていく――…。
……完全に二人の姿が見えなくなり。周囲の人影も初めに足を踏み入れた時に比べ、随分閑散とした雰囲気となった中。レギは漸く溜めに溜めた溜息を全て吐き出し、独り呟く……。
「…何なんだ、あの二人は……。」
カツカツと木の匙を木皿へ突き入れ。さっきまでのやり取りや、あの二人組からの視線に邪魔され。既に冷めてしまった折角の昼食を口にしながら、明日から所属する事になる"第一分隊"の隊員達の反応を思い返し。やはり「一筋縄ではいかないな…。」と又一つ呟き――"
まるで……狙済ませたかの様に、レギを探して食堂へ顔を出したマルナと再会を果たし。あの長蛇の列に並んでいた際に提案された。此れから着る事となる"こっち風"の衣服やその他必需品を買い、且つこちらの一般常識・知識の補填を兼ねた「買い出し」へ。道すがらさっきまでの第一分隊との顔合わせ等の、マルナが居なかったときの細かい状況を話しながら。
足早に、二人は食堂を後にしていった――…。
*
*
*
――レギとマルナが合流を果たし。其れから数十分後の、「第二軍・東部第三駐屯兵舎」の敷地内の一角……。
昼食時とは違い。エヴェドニア王国兵士の「標準装備」である、エヴェドニア王国の紋章――一滴の「雫」が滴る下向きの「三日月」の中心に一本の、石突部分がギザギザと曲がった様な奇妙な「槍」が重なる――のプレスされた、盾形の鉄のプレートが取り付けられた。少々艶消しの施された
腰には同じく標準装備である両手でも扱える
明日の、朝の"
「――アイツ、大した事なかったわね…。」
「…肘を入れらたぐらいで、大げさに痛がってた。"素人"だな……。」
「それも"ド素人"ね、あれは。…隊長は……何であんな、ひょっろい奴連れて来たんだか…。」
「ああ……。」
二人から見た、レギの"第一印象"……其れは「甘ったれの、気に喰わない奴。」その、一点に尽きる――…。
――…其処らの辺境の農村や小さな街出身の"田舎者"では手の届かない、仕立ての良い清潔で新品の服と靴に。綺麗に切り揃えられた艶のある見事な黒髪と、大都市に住む裕福な平民や"貴族"の様に日に焼けていない白い肌に、傷一つない手先…。
純粋なエヴェドニア人とは少々容姿や肌色が異なるが……その容姿に現れている輪郭は正しく、エヴェドニア人の血が流れている事を証明している。
只の平民ではありえない程整った容姿ではあるが、貴族として通用するかと言えば……そうでもない…。美醜のランクは良くても"中の下"、悪くても"中"といった「普通以上、美男未満。」なレベル。だが纏う空気は「上流階級」のそれで、真っ黒な黒曜石の瞳に宿るのは確固とした"知性"と"決意"の色――…。
……見た目こそ只の「裕福な家のお坊ちゃん」であり、碌に剣を握った事もない様な軟弱者だが。"自分達とは違う"……そう思わせるだけの、落ち着いた佇まいの中に垣間見える、ただの平民にはそぐわないであろう高い"教養"……。
「……やっぱり。気に入らないわね、アイツ……。」
「………叩き出すか?」
「――…はいはい。そんな乱暴な事言っちゃだめよマード。」
「…!…サエラさん――。」
まだ正式な入隊も終えていない新入りへ、辛辣に過ぎる「除隊運動」を決行しようと。……割とガチで考えた二人を、軽く窘める。美しい長い茶髪に同じ色の瞳、他隊員より白い肌をもった女性――"サエラ・エルメル"は。
革鎧こそ着込んではいるものの、標準装備の鎧よりも簡素で軽く、片手剣・円盾は装備していない。その代りに左手へ自分の身長程もある先端に赤い石が嵌め込まれた"黒い杖"と、腰へ巻き付けた複数のポケットが存在する"革の
何時もなら気づくサエラの気配を、今日顔を合わせた「例の新入り」へ思考を持っていかれ、気づけなかった。まだまだ"未熟な"部分の目立つ、可愛い可愛い後輩達へ。少々呆れた様子で、諭すように、言葉を投げ掛ける。
「あんた達……もう、いい加減切り替えなさい。気持ちは解るわよ?でも、自分達が"先輩"だって言い張るんならね。それ相応の、態度ってものがあるでしょう?」
「其れは……。」
「其れに、先輩って言っても。あんた達はまだ、「本実戦」に出せられる程の腕もないんだから。あんまり先輩風吹かせすぎると……恥かくわよ…。」
「うう……。」
目上のサエラに自身達の"未熟"な所を突かれ、言葉を詰まらせる二人…。
…レギの前では強気に振舞ってはいたものの……所詮はまだ、たった1年の研修期間を終え「見習い兵士」からやっと、「新米兵士」へと繰り上がったばかりの"ひよっこ"である。
とは言え。二人は決してどんくさい訳でも、全く武術の才能がない訳ではない。この世界には「
その
「――……いっちょ前に先輩風吹かせようなんざ、お前らには20年早いッ。たった1年上だってだけで、無駄に威嚇してくる……奴だって嫌だろうよ、そんな先輩なんかなぁ。」
「…ッ!……。」
「ははは、相変わらず手厳しいなライゼルの旦那も。……ま、今回はお前らがダメだはな。気持ちは解るぞ?気持ちはな。」
「……。」
二人の隊の先輩衆からの厳しい𠮟咤に。自分達の未熟さといたらなさを痛感させられ、悔し気に項垂れるエレとマード達を。周囲はただ見守るだけで、特に擁護の声を投げ掛ける者はいない。
――若輩二人へ、初めに手厳しい言葉を向けたこの分隊で"最古参"の兵士であり。
隊長デーガンよりも厳つく、そこそこ歳をとっってはいるが。その肉体に張り付く筋肉は厚い。白髪交じりの短く刈り込まれた黒髪に、鋭い黒い瞳の"戦士"であり隊唯一の「
二人へ厳しい言葉を投げ掛けはしたが、特に睨み据える事も引きずる事もなく。何事もなかったかの様に其々の武具の手入れや一時の休息をとるべく、今だ項垂れるエレとマードの置いて傍を離れていく……。其れに「……仕方ないはねぇ…。」っと言葉を零し、サエラがエレとマードの二人へ再び声を掛けようとした時…。
今まで黙って、先程までの一部始終を見ていた"隊長"デーガンは。エレとマードへ、突然声を掛ける。
「……そんなに悔しいんなら、"良い機会"だ。…お前ら、二人でレギを鍛えろ。」
「「!?」」
「先輩になって、生意気にも早く前線で戦たいってんだろ?なら後輩の一人や二人、「一人前」に仕立て上げる事ぐらいやってのけてみろや。」
「「……。」」
「
今まで、ここ数年で入隊して来た隊員はエレとマードぐらいで。分隊という事もあり、それ程多く隊員を増やす事にメリットが見出されない為。新たな隊員の配属が全くされず、特にそれを要請もする事がなかったので。レギが居られるのはたった3年間であるが、ある意味これを逃せばあと3~4年は先ず人員の補充はなく。やっと今の隊員達から「一人前」と認められる頃に、漸く補充の要請をする程度である。
――…「一人前になりたい。」、「前線に立ちたい。」。其れ等の今のままでは絶対に得られないであろうものが、目の前にある…。
あの軟弱そうで、気に喰わない
「――ハッ!いい面構えになったじゃねぇか。……よし!お前らには期待している。あの新入りを、頼んだぞエレ!マード!!」
「はいッ!任せて下さいデーガン隊長!!。」
「あんな"ヘッポコ"、直ぐに叩き直してみせます!!」
デーガンの激励に、意気揚々と応えるエレとマードは勢い其の儘に。その場から、何処かへ駆け出してゆく……。
少し離れた位置で作業していた隊員や、他兵士達は。突然前を突き抜けていく二人に驚き、荷物を取り落としたり短く怒声を上げる中。エレとマードが完全に姿を消し、十分すぎる時間と距離を置いたところで――…。
「――――ぶっ…あはははは!!!単純だなぁアイツらは!あっははははッ!!」
「はぁ……知らないぞ、デーガン…。」
「ふふ。どこ行ちゃったのかしら、あの子達。」
「…ガキだな。」
「ぐふふ……あははは!!隊長!上手くやったなぁ!!」
突然大声で笑い転げるデーガンと、一緒になって笑うダードに。「ああ、もう…。」っと悩まし気に頭を抱えるノーマンを、「…しょうがない、しょうがない。」っと軽い口調で宥めるサエラと。エレとマードの何とも言えない"単純さ"に、呆れかえるライゼルやその他隊員達……。
デーガンとダードの馬鹿笑いは数分間以上続き、余りの二人のバカ騒ぎに他の分隊や小隊達から苦情や嫌な視線が投げつけられるが。其れでも懲りず笑い続けるバカ二人に。部下で同僚である
…――道行く兵士達を驚かせながら、兵舎の正門前までたどり着いた二人。
お互いに活き活きとした表情を顔に見せ向き合うと、ニヤリっと悪戯っぽく笑い口を開く。
「――隊長……今頃あたし達を上手い事丸め込めたって、喜んでるかな?」
「まぁ、そうなんじゃないか?……随分と、嬉しそうに話してたし。」
「だよね。……ふん、あたし達だって一応は"第一分隊"の隊員だって事、忘れないでよね。隊長…。」
兵舎へ意味あり気に視線を流し、そう言葉した後。暫く。その場で何やら話し込む二人……。
…隊長デーガンがエレとマードへ"あの新入り"を押し付けようとしてくる事は、既に、初めから織り込み済みである。っと、いうより……。配属したての「兵士見習い」を"指導"するは、大抵それより少し先に入った「新米兵士」の仕事であるし。そうして後続の人材を教え導く事で、漸く「新米」というに二文字が省かれ。名実ともに「一人前の兵士」と認められる、重要な"過程"であった。
勿論、今までの全てが"演技"であったはけではなく「本気6割、演技4割。」っといった具合で。必ずしもデーガンの"丸め込み"に引っかかっていない訳ではなく…。レギについての"
「ふふ。あの新入り、何処まで耐えられるかしらね?」
「…さあな。ま、其処等にいる様なお坊ちゃんにしては生意気な目をしてたし……多少は持つだろ。」
「ふんッ!そう来なくっちゃあ面白くないわ。なんたって私達はアイツを……一人前に"鍛えて"やらなくちゃいけないんだから、ね――。」
そうエレが締めくくり、二人はまたその顔を楽し気に歪める……。
明日の早朝"
…もし、レギが今この話を聞けば先ず間違いなく。余りの唐突さに驚き呆然とするか、又は顔を青くさる事だろう……。
しかし、例えレギが「そんなの聞いてない!」っと騒ごうと任務は決行される。一応、流石に何も準備させずに連れていくのは、流石にこちらも堪える為。予めレギ一人分の物資や荷物は既に用意されているので、レギはそれらをただ持ち、運べばいい訳だが。本当に辺り前の事だが、全くの戦闘経験も長距離行軍の経験すらもない"ど素人"であるレギが。荷物を既に用意されたくらいで、余裕で任務を終える事は絶対に不可能である。
つまるところ……これは「第一分隊」からレギへの"洗礼"であり、非常に理不尽な"教育的指導"……。例え致し方ない選択であっても、自ら"志願"して入隊するレギにこれを拒否する権利はない。新入りレギの事情など何一つ聞かされていないエレとマードであったが、それぐらいの"道理"はしっかりと心得ている。
……生意気で気に喰わない新入りが、突如早朝から叩き起こされ。突然言い渡された配属初日のしんどく、危険な「魔獣討伐」に。訳の判らぬまま揉みくちゃにされ、ずっしりと重たい荷物を背よわされ。今まで体験した事もない長距離遠征の厳しさに、ヒイヒイと泣き言を吐き辛辣な言葉を投げつけられる……。
そんな、新入りの哀れな姿を想像しながら。二人は足取り軽く、明日から片道三日もかかる辺境への遠征に備え。今まで以上の、入念な必需品の「買い出し」に向かうべく。ニコニコと仲良く、兵舎から暫く西へ歩いて行った先にある、「市場」へ足を向ける――…。
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