第4話  新たな王国兵




「――さて…。今から、アンドウ様はあちらの列へ、態々並ばねばならないのですが…………。」 


「え?何でですか?マルナさん。」


「……こんな事であろうと思い、予め準備しておりました……こちらです、アンドウ様。」


「え……あ、はい…。」



 ……ガヤガヤっと煩い…。凄まじい数の若い青年・少年から成人男性までもが少しでも前に進もうと、かなりミッチリと「割り込み防止」もかねて隙間なく並ぶ長い列…。


 其の列の終わりには、如何やら最後尾の人が代わりばんこに大きな「最後尾」っと、この世界の文字で書かれた看板を持って並んでいる様だが…。余りに長すぎ、歪に曲がりくねってしまっている列のせいで非常に分かりにくく。又其の看板は思ったほど大きくもなく…。書かれている文字も少々小さく、擦れてしまっている…。




――マルナさん……何か、考えがあるみたいだけど……。




 …本来、こういった事前の準備は。この試験に受ける"本人礼儀"が対処せねばならないのだが。生憎……礼儀にそんな「知識こちら側の」と「常識」など持ち得てない為。今回は、このマルナの"厚意"に甘える事とする礼儀だが…。




――でも…「並ばなくていい。」って、いったい……。




 …暫く歩いて行くと、突然列の男性が手を上げ。明らかにマルナの顔へ視線を向け、手を振ってくる。其れを確認したマルナは其方に微笑むと、礼儀を連れその男の下へ近づいてゆく。マルナの後を着いて手を振っていた男の前まで来ると。

ほんのり頬が赤く染まった男へ、マルナが短く話し…。


 ヘコヘコと頭を下げ、赤ら顔で列を離れて行ってしった男がさっきまで並んでいた空間がポッカリと空き。その隙間に、マルナが体を素早く滑り込ませ場所を取り。「さ、此方です。」っと促され、マルナの横へ並び。長い長い列の、ちょうど"3分の2"も前の順番に「横入り」した二人だが……。多少嫌な顔はされたものの……其れに非難の声を上げる者はおらず。列から放り出される様子は、ない…。


 「どうゆう事?」っと礼儀が疑問を口にする前に、マルナが口を開くと。礼儀へ、今の状況と事情を簡潔に応える。



「…実は予め。多少多めに、この列の「」を御願いしておいたのです…――。」



 「場所取り」…その言葉に何となく理解を示す礼儀だが。「それっていいの?」という感情が引っ付き、余り良い感情は芽生えない……。そんな礼儀の内心を見透かし、「まぁ……余り、信用の置きにくい方法ですが…。」っと付け加えると。

マルナは礼儀へ、ある一点を見る様促す。


 マルナの指し示す方向に、礼儀が目をやると……。

其処には手を上げて列に並ぶ若い男と、それに近づく若いが少々田舎者臭い男…。その二人が何やら楽し気に声を掛け合うと、列に並んでいた男が列を抜け。代わりに、田舎者風の男がその列に入っていく。



「あ…。」


「あの様に。こういった、どうしても長時間拘束されてしまう様なを。ああやって、お金を使って"解決する"事は間々あります。あの二人は……恐らくは"同郷の知り合い"で、其のよしみで場所を取って貰っていたのでしょう。」


「…そうやって……"融通"を利かせ合っている、と…。」


「ええ。とは言え…知り合いならともかく。見ず知らずの者に、只お金を握らせるだけでは。只お金を取られるだけの「結果」になる確率の方が、割かし高いでしょうね…。」


「あの…マルナさん…?」


「ふふ、御安心を。このマルナ、その様なは決して致しません。…こういったには。ちょっとした、"コツ"がいるのです……。」


「…"コツ"ですか…?」


「はい。ですがこういった"コツ"が、案外でして…。これを習得するには、ある程度の年月と経験がものを言いますので。余り御勧めは致しません…。多少知っておいて"損"はありませんが、余りばかりしていては自身の「心身の成長」を妨げます。ですので………どうぞ、ご容赦くださいませ。」


「……はい。」



 マルナの見事な"処世術世渡りの術"に、自分も是非教えて貰いたいと安易に考えていた礼儀へ。ピシャリっと、遠回しに「まだ早い。」っと礼儀をたしなめるマルナ…。


 其れに若干しょげるも……「致し方なし。」っと、多少気持ち下向きに施行を切り替える礼儀に。 


 マルナはちょうど。この大量に集まってきた「募兵試験志願者」達から、目聡く、商売の匂いを嗅ぎつけた小商人達が売り歩く。焼き立ての小さいパンにそこそこの野菜と肉を、甘辛く炒めた物を軽く挟んだ「サングイ」と呼ばれる……この世界での"パニーニサンドイッチ"に当たる小料理や。王都名物のお菓子を売る小商人の男へ声を掛け、マルナは料金10メア(青銅貨1枚)をその小商人に払う。


 すると男は腰辺りに固定した、浅い箱型の台に乗った大きな器の中の。白いピンポン玉程に丸く膨れた小さな"白い巾着"を20個、器用に木製の小さなスコップで掬うと。同じく台へ器用に乗せられた、大人の手の平大程もある薄い"白い円形の生地"を取り出し。先程掬った"白い巾着"をその生地を器代わりに乗せ、マルナへ手渡してくる。


 其れを両手で受け取ったマルナは、ひとつ、礼儀に見える様に"白い巾着"をつまみ。口へ放り込み、ニッコリ笑いかけ。其れをポカンっと見つめていた礼儀にも、その"白い巾着"を食べるよう勧めてくる。…其れに応え恐る恐る、ひとつ"白い巾着"を取り。まじまじと見つめ……口へ放り込む…。



「んッ…あま。」



 初めに感じたのは、白い巾着のむちッとした"皮"の食感と。その白い巾着の皮に詰まった、濃厚で甘い"クリーム"……。


 まったりとした甘さに、ほんのり塩気のある皮が丁度良く。所謂「カスタードクリームもどき」なクリームは淡い薄茶色だが、素朴で優しい卵の風味が広がり。

白い巾着の皮には、何かを感じた気がしたが……クリームの甘さと、皮が薄いために良く分からなかった……。


 すると、もう一つ口へ"白い巾着"を放り込んだマルナが。にこやかに礼儀の反応を見つめながら、このについて説明してくれる。



「でしょう?これは「アル・パラ白い球」と呼ばれる王都の"名物菓子"で。レシピが単純で材料も安価なもので作れますから。この王都の子なら誰でも食べている程、とても馴染み深いお菓子なのですよ。」


「…へえ。何か、白くて可愛いですね。」


「うふふ、そうですね。……周りの白い生地は、エヴェドニア王国ではとされている"オーリ"の粉をぬるま湯で溶き、丸く薄く焼いたもので。中に詰まっているクリームは卵に牛乳と三等砂糖を加えて、焦げないようとろみがつくまで煮詰めたものです。」


「ああ、白いのは"米粉"を使っているからなんですね………ん?あれ……?」



 "米"という、聞き慣れた単語……其れに反応した礼儀に。マルナが如何かしたかと、問いかけて来たので。早速、"米"について質問してみると――。




 ――どうも、この国の主要穀物は"麦"ではなく。まさかの、"米"だという事が判明した…。




 それも"日本"と違い、水田ではなく「田畑」で栽培する種類の米…「陸稲おかぼが主流らしく…。余り、農業には明るくないのだが……やはり連作障害はあるものの…麦より遥かに優れた膨大な収穫量と栄養もあるらしく。旱魃かんばつ・病気にも滅法強いらしい…。


 ……どう見ても、"西洋風"な風土と文化で彩られている様にしか見えない。この、美しい石造りの王都の風景…。しかし、その王都の外側には。今だ緑の葉を茂らせているであろう、"陸稲畑"が広がっているのかと思うと。何とも、感慨深いものがあった…――。




  …――っと、そうこうしている内に。


 菓子の器替わりにしていた、あの白い米粉生地も綺麗に食べ終え。マルナが

「場所取り」をお願いしていてくれたおかげで。只えさえ前の順番だった礼儀達の位置は、今では東門前にある「受付」が直ぐそこに見えるまで迫って来ていた。


 する徐に、マルナが礼儀へ顔を向けると。…多少声を落とし、顔を近づけて声を掛けてくる。



「…でわ、アンドウ様。私はもうそろそろ掃けますが…よろしいでしょうか?」


「…分かりました。受付の仕方と、試験の内容は覚えいてますから。後は、周りを見て動こうと思います……色々と教えて頂いて、ありがとうございました…。」


「いいえ……でわ、ご武運を――""様…。」


「!…はい、マルナさん。」



 短く言葉を交わし、何気なく列を一人離れて行くマルナ…。


 "レギ"――――正しくは"レギ・アンド"というは。今回、そして礼儀が語る事となる「自身の名前」であり……""である…。これは、礼儀を「只の平民」として偽装し、3年後の「独り立ち」の際に不都合がない様にと考えられた「安全策」の一つで。既に「戸籍板」にもその名前で登録がされていた。




――…"レイギ・アンドウ"だから、簡略して"レギ・アンド"……安易だよなぁ。

…まぁ、馴染みのある響きがある方が親しみやすいけど……。




 因みに、名前は基本「名と姓」の順に名前を持つ西洋式の名前がこの世界で主流らしく。名前を二対しか持たないのが"平民"で、二対以上が"貴族"としっかり線引きが成されていた…。



「――…よし。次ッ!此処から…ここまでの奴は中に入れッ!!」



 とうとう、レギ礼儀も含めた十数人程が一気に前へ動き。全開に開かれた……見上げる程大きい東門前に設けられた。簡素な机と椅子に座る一人の兵士と、兵士ではない質の良い革の外套クロークを羽織る男が。順々に戸籍板を志願者へ提示させ、其れを机に置かれたにかざすと。金属の箱に刻まれた魔法陣の様なモノが仄かに光り、其れに応える様に戸籍板も光り出す…。


 主に金属の箱を使うのが革外套クロークの男で、兵士は外套クロークの男が「よし。」を出した者の名前と出身地を紙に書き連ねている。…流れる様な作業を繰り返す彼らへ、レギの順番となり自身の戸籍板を渡すが……。



「……ん?」



 レギの顔を一瞬見た後ワンテンポ遅れ、小さく疑惑的な声を出す兵士…。其の反応に内心ビクリっとするレギだが、何でもなさそうな風で「何か?」っと小さく首を傾げて見せる。すると……兵士は決まりが悪そうに目をそらすと、「…行っていい。」っとぶっきらぼうにレギに言い捨て。この列の志願者達に渡していた、"白い木札"を渡され、先へ進むよう促される…。


 其れに軽く"礼"を示し、他の"白"の志願者が向かった奥の大きな石造りの建物に向かうレギの背後で。何かを見た様な表情を顔に浮かべる、兵士と外套クロークの男に他志願者達……。「何かまずったか?」っと、レギは先の自分の行動を省み……。




――…あー、あれかな……"男"の癖に軽々しく、したからかなぁ…。




 …王城の礼儀に与えられた一室で、マルナにこちらの「基本知識」を教えてもらっていた際。マルナから、「アンドウ様の世界では「お辞儀」に。何か、大事な意味があるのですか?」と問われ。「…普通に、只「感謝」を伝える為とか。謝罪の時にするものですが…。」と、答えると。困った顔でマルナに、こちらでは余り軽々しくお辞儀はしないようにと注意されていた。


 こちらにも「礼を示す」という概念はあるが、そう簡単に……、頻繁に他人へお辞儀を返すのは。「行儀が良い」「良い人。」ではなく、「だらしがない。」、「頼りない。」っと余り良く見られないらしく…。目上の人に初対面時で軽く"礼"を示すのはいいが、別に知り合いでも尊敬もしてない者にヘコヘコするのは「臆病者」、「胡麻擦り野郎」と誤解されてしまい。毎度毎度、挨拶に感謝やら謝罪を伝える度に其れを繰り返すのは、"貴族"でもやらないという……。




――一応、注意はされてたけど……これは、ちょっと気を張ってないとダメかもなぁ…。




 そんなプチ反省をしつつ、白の志願者達が詰める石造りの建物に入った途端。ギロリっと、大勢の若い男達からの突き刺さる様な視線がレギへ向けられ…。思わず苦笑いを返し。つい、頭を下げそうになるのを、寸前の所で押止るレギ……。色んな意味で暑苦しいガランとした建物の広間へ、壁伝いで奥へと進もうとした時レギの後ろで。バタンッっと入口の扉が閉まり、これで一回の試験人数が決まった事を告げてくる。


 ザワザワと少々騒がしい室内で、暫くレギが周囲からの"好奇"の視線に嘗め回されていると……。入口とは反対の奥の扉が開き、受付で見た兵士よりも威厳のある"深緑の外套クローク"に口まで隠す喉当を上にあげた兜を被り、鈍くと輝く金属の小さな薄鉄板を組み合わせた造られた"薄片鎧レームアーマー"を装備した兵士が姿を現すと。予め用意されていた壇上へ上がり、大勢いる男共より頭一つ分程高い位置に立つと。この広い石造りの室内全体に響く様な大きな声を響かせ、"深緑"の兵士は「試験開始」の言葉を告げる――…。



「――此れから!この広間に居る者達全員での「体力試験」を始めるッ!!

兵士の指示に従い"習練場"へ移動しろ!試験の説明はそちらで行う!!」



 そう「試験官」らしき深緑の兵士に指示され、他の兵士達に誘導されながらゾロゾロと移動する志願者集団。その後方辺りに引っ付いて向かうレギの右肩を、バシッっと強く叩かれる…。それに驚いて後ろへ振り返ったレギは、その視線の先に立つ。恐らく……レギの肩を思いっきり引っ叩いたであろう人物――栗毛に黒目で、やはりどこか日本人っぽい雰囲気の濃い容姿に。レギの物よりも大分よれて擦り切れた感のある、薄汚れた白いシャツに茶色のツギ有りズボンの。如何にも「ガキ大将」といった感じの、レギよりも少し背の高い"少年"は。…をレギへ向け、声をかけてくる。



「よう、お前!!なんだよその格好…。そんなんで、第二軍の"戦士"になるつもりかぁ?やめときな!」


「…!…。」


「はッ!お前、どうせどこぞのだろ?税金をちょっと多めに払えば、「」だって免除されるんだ。カッコつけずにお家に帰って、ぐうたらしてろよ!そしたら、俺がお前の代わりに第二軍に入れるんだ!」


「……。」



 突如喧嘩を売られたかと思えば、突然の「試験破棄要求」……。唐突な事態に、どう返すべきか迷うレギの様子を。自分に委縮していると勘違いした少年は、語気を強め尚もレギに言い募る。



「お前みたいなちょっと良い暮らしをしてるヤツは、んだよなぁ。……ただ金のある家に生まれたってだけなのに、自分は"特別"だって思い込んで調子にのってよ。」


「……。」


「俺よりもちっせーし、力もない癖に粋がるなよ。ほら、サッサとお家に帰れよ。無理しようが、しなかろうが、テメェの"人生"にはんだからよッ。」



 一方的に自身の言い分を吐き散らかした少年は。その間、何も言い返してこないレギ様子に更に気分を良くするが、しかし……。



「……言いたい事は其れだけ?」


「…は?」


、試験を受けるよ。君は……第二軍に入りたんだろ?なら、俺を試験で負かしてみろ。そうすれば、君が俺より"優れている"という証明になる。」


「なっ……何言って――…。」



 さっきまで何も言わず黙り込んでいた"弱虫"――レギの、かなり強気な発言に。思わず目を白黒させ、初めに感じたレギの雰囲気の違いに動揺を示す少年…。其れに構わず、先程まではなかった"対抗心"を瞳に宿らせ。真っ直ぐ、少年を見つめ返す

礼儀レギに。何を思ったのか……少年は何も返さずサッサとレギから離れ、先に習練場へ向かおうと背を向け様とする少年へ。レギは遂に、声を張り上げる。



「"臆病者"はどっちだッ!!」


「…ッ!?」


「全然ないし、勝手な事を言うな!この、"卑怯者"!!」



 「ひッ!」っと、小さく引き攣った悲鳴を上げ。今度こそ石造りの広間を後にし、尻尾を巻く様に習練場へ逃げ去る少年……。その一部始終を軽い気持ちで見ものしていた、周囲の男達や兵士達は驚きの表情を浮かべると。今だ興奮冷めやらずのレギから視線を外し、足早に広間を後にする。


 気持ち、騒がしさの止んだ広間の中心で。もうこの場に居ないあの少年へ向け、習練場へ続く扉を睨む礼儀レギは。暫くして、漸くその興奮が冷める頃には。あれ程広間にいた志願者達はレギだけとなり。誘導員の兵士がこちらへ、困った様に視線をくれていた…。


 我に返り…。習練場の扉を今だ開けて待っていてくれた深緑の兵士へ、解ってはいるものの……つい、頭を下げるて。兵士から軽く驚かれるレギ…。




 ――屋外にある、広い習練場へ出ると。特に列をつくるでもなく、まばらに固まっている志願者達が。ちょうど、体力試験の内容を聞いている処であった。一番後ろで其の説明を聞いていると、チラリっとあの少年の姿が見え少年の方もレギの存在に気づくが。さっきのレギの怒声がそこそこ効いているのか、しっかり目を合わせる事無く視線を外される…。



「――でわ!早速試験を開始する!!互いに一人分の距離を取れッ!!」



 試験官の兵士に促され、適当な感覚に散らばり「体力試験」が始まる――。


 「体力試験」っと言っても、大して小難しい内容ではなく…。その内容は単に"腹筋"と"腕立て伏せ"を其々100回を、「10」ぶっ続けで行う……非常に単純なもの…。今の季節春季は。夏季のうだる様な暑さや日差しもなく、冬季の身を切る冷たい空っ風もない…。日差しはほどよく、又野外である為心地良い爽やかな春風だって吹いている為。それ程過酷な環境下でもない。


 …とは言え……流石の若く精強な青年・少年ばかりの男集団志願者達であっても。この単純さ故に……"筋力"どうこうよりも最早、"気力"がものをいう場に於いて。其の良環境は全く意味をなさず。肉付きの良い大柄な、まだ歳若い成人男性でさえ次々に脱落し始め。その都度、兵士に何か短く言葉を述べられ。ある者は項垂れ…ある者は顔に喜色を浮かべながら、習練場の端に用意された"休憩所"へ連れていかれると。僅かに塩を溶かし入れた水を配られ、休まさられていき。その中では既に、が休憩を取り項垂れていた…――。



「…――うっ、くうゥッ…!!!…。」



 額から滴る汗の雫で地面が濡れ………漸く、6セット目に突入し。今だ試験を続けているのは、やはり成人男性達よりも若く、最も筋肉が付きやすく体力のある青年達と――レギの、ほんの十数人程度…。他の「志願者達」同様、滝の様な汗を体中から滴らせ。既に息も絶え絶えの極限状態の中、レギはもう何も考えずひたすら腹筋・腕立てを繰り返すが。7セット目に入る処で、試験官からの制止が掛かる……。



「――其処までッ!!之にて「体力試験」は終了!!合否は、もう休憩に入っている者は知っているだろうが……この習練場に今詰めている兵士から言い渡されている筈の為、それに従う様に!そして、「試験続行者最後までやり抜いた者」達に関しては……全員「合格」ッ!!」



「…や、やったーッ!!」


「うおっっしゃあー!!!」



 試験管からの文句なしの「合格」を捥ぎ取った、今……地面へ無用に這い蹲っている若者達は。空元気ながらも其々思いの丈を吐き出し、喜び勇んで叫び出す中――。



「――うおェ……うう…や、やっと、終わった……。」



 …軽く嗚咽を吐きながら、試験の終了と「合格」勧告を受け。手と膝を付き這い蹲った体勢からゴロリッと、勢いよく仰向けに寝転がると。レギは青い空を見上げ、荒い息を整えてゆく…。


 周囲の自身等の「合格」に沸く、主に青年・少年達の喧騒を聞きながら。長時間酷使され火照った身体と頭を、ひんやり冷たい地面と涼やかな風で冷やしボーッとしていると…。頭の方からザッと誰かの靴音が聞こえ、首を捻り、その人物を確認しようとするが――…。



「――…よう、ッ。随分と、頑張ってたじゃねぇか……大したもんだ…。…だがよ、はダメだなッ。あんななやつはな、喧嘩とは言わねぇ…。」


「は、はい?」



 首を少々キツイ角度に捻り確認した人物の顔は、太陽の逆光によって黒く塗りつぶされ、よく見えなかったが。……視線の端に入った試験管と同じ"深緑の外套クローク"と、見事な"薄片鎧レームアーマー"からこの男が"兵士"であることは直ぐに判った。


 乱暴で粗雑な物言いの男に目をシバシバさせ、漸く身体を起き上がらせるレギに。男は大げさに息を吐き、やれやれっと小さく首を振るう…。そのレギをからかっている様な仕草に、特に動じないでいると。更に何か面倒くさいものを見る様な視線をレギへ向け、言い募る。



「…ホントに、お前は"お坊ちゃん"――じゃあねぇが、ガキだなお前は……。

ちょっとは男らしい処見せたかと思えば……これじゃな…。」


「あ、え、えっと……。」


「ああ゛ぁー、面倒くせぇなぁ…。あんだけ声張り上げられんだったら、最初から最後までああしてろよ。判りにくい……。」


「は?…う……す、すいません…。」


「……チッ…。」



 ……訳も解らずいきなり言い責められ、謝罪を返せば何故か舌打ちが帰ってくる…。怒りは特に覚えないが…何とも言えない"理不尽"を感じ、色々途方に暮れるレギへ。また大げさでワザとらしい盛大な溜息を吐き、レギを上から見据える兵士の男は。一つ鼻を鳴らし、レギの全身を見回すと。「ま…こんなもんか。」っと一言呟き、再びレギと視線を合わせる。


 …やっと太陽が雲に隠れ、眩しい逆光がなくなり露となった兵士の顔は。金属の兜で少し隠れてはいるものの……その短い黒髪と、黒く輝く力強い眼光…。健康的に焼けた小麦色に肌と、やはり掘りは深めだがやはり日本風の柔らかな細い線の入った。厳つく、逞しい"漢"…。


 まさに"戦士"格やというに相応しい、風格と気迫さえ感じられる男は。

レギへ、ニヤリッと。まるで笑みを見せ、言い放つ――…。



「…――俺は……"デーガン・マーサム"。

お前が配属される事になる。エヴェドニア王国国軍・第二軍…「王国戦士兵団」所属"東部遠征部隊第一分隊"の様だ。

…よーく、覚えとけ!!」


 


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