第2話 異世界
「…――――でわ、アンドウ様。ご夕食までの間、どうぞごゆっくり、御寛ぎ下さいませ……。」
――ギイィ バタンッ。
「…はぁ……。」
――美しい所作で退室していった、ついさっき紹介されたばかりの「礼儀専属召使」が姿を消し。重厚且つ繊細な彫刻の彫られた、木製の大きな両開き扉の閉まる音が響くと。礼儀は、また一つ溜息を零す……。
――床には程よい柔らかさと堅さのある、緑に白と金の装飾がされた絨毯に。壁には白地に薄緑のストライプのある壁紙に植物をモチーフした、複雑な模様が金であしらわれ。天井には二つの、細かいカットの施された水晶のシャンデリアがキラキラと輝き。周囲に置かれた濃い飴色の家具はどれも、豪奢な金の細工が施されている。
扉の向かい側の壁に透嵌められた大きな二つの硝子窓からは、美しい橙色へ染まり出した夕方の景色が垣間見え。。其の窓に挟まれるように金糸雀色に緑と金の柄の絹の布団と、立派な緑の天幕に金紐のついた巨大なベットが置かれていた……。
「今日は、ここで寝るのかぁ……。」
たった独りで寝るには大きすぎる、裕に大人三人も寝れそうな所謂「キングサイズベット」に、若干苦笑いを浮かべつつ。一頻り、この絢爛豪華な一室を見回し、礼儀はベットへ腰を落ち着ける…。
……あの話し合いから、彼此一時間あまり――…。
漸く纏まった礼儀のこれからの処遇と、その条件。何故か礼儀を気に掛けるケティルリ姫は、最後まで礼儀の待遇について少々不満そうであったが…。無事話が付き、又意外な事に。その礼儀への処遇の保証――"証人"となると蒼汰達六人が宣言した事で多少…王国側の重鎮達が渋い顔を見せたものの。其のおかげで、より礼儀の身の安全が
…「礼儀専属召使」"マルナ・ヘルツ・コントロウ"――"マルナ"に問われ、希望した夕食の時間は"
腹の具合は十分夕食まで持ちそうではあるし、ベットのすぐ横には瑞々しい…
…少々見た事のない形の果物が盛られ、芳しい甘酸っぱい香りを放っている。
が、流石に暇潰しの娯楽用品チェスやトランプは用意されていない様で。そもそも、この世界での娯楽とは一体どういう物なのか…定かではない……。
「…うーん、暇だ。」
バフッっと、勢いよく背中からベットへ倒れ込むと。まず目に入る緑色の天幕……その裏は、何故か其処だけは鮮やかな橙色に染まった生地が張られ。濃い「紅色の丸」が左斜上辺りに刺繍され、天幕裏全体に擦れた薄い「雲」が縫はれており。…其の橙色の天幕裏は、まるで「夕焼けの空」を其の儘縫い込んだ様な素晴らしい刺繍細工が施され。ちょうどベットの両脇の窓から見える「夕焼け」と重なり、とても美しい……。
「へえ……流石に、貴族の部屋は違うなぁ…。」
そう、素直な感想を零し。礼儀は何となく、その天幕裏をボーっと見上げ――気づく。
「…ん?」
夕焼けの景色を切り取ったかの様な見事な刺繡は……しかし。
僅かだが…さっきまで橙色だった筈の刺繡糸の端が少しずつ、紺色へと変わってゆく"意味不明な現象"を目にし。礼儀は目を疑うが……確かに、「夕焼けの空」の端から。目に見える程着実に暗い紺色が鮮やかな橙色を侵食して行っている…。
「これは……。」
呆然と、上半身を僅かに浮かし。何が起こっているのかと、食い入るように見つめる礼儀の視線の先で。…ジワリッ……っとまた橙色が紺色に呑まれ、瞬く間に天幕裏は濃い紺色へ染まる…。
――…むらなく、綺麗に紺色に染まりきった生地の中点。其処に、何かキラリと煌めく輝きが見え目を凝らすと。其れはまさに絵に描いた様な金色の六芒の「星」。其れが天幕裏全体から滲み始めると、一際明るく僅かに黄色を帯びたい「白い丸」――「月」が現れ、その周囲に薄い雲が出来始め。紺色の天幕裏は
「夕焼けの空」から、「星夜の空」へとその様相を変貌させた。
…チカッチカッと煌めく金色の星々と、ぼんやりとした白く優しい光を帯びる月。摩訶不思議で、酷く幻想的な現象に……。礼儀は小さく開いた口を閉じる事無く、その「夜の天幕」を見つめ――悟る。
――これが…「魔法」か――…。
「魔法」――其れはこの「
何もない場所から火や水を出し、体を動かす事も道具を使う事もなく風や土を起こし動かす――其の事実は、先に行われたガゼストラ王等との話し合いの場に於いて。この場所「エヴェドニア王国」が"地球"ではない…全く「別の世界」である事を、蒼汰達と礼儀へ示す為。エヴェドニア王国・筆頭王宮魔法使い自ら、礼儀等の目の前で証明してみせていた。
「本当に…あるんだな…。」
実際に見て、聞いた事ではあったが…。正直今だ魔法の実在について、半信半疑であった礼儀だが。今まさに目の前で起きた、いわば「魔導の極み」の一つとでも言うべき代物を見れば。流石に、もう疑う事など出来ず。特別科学にも堪能でもない礼儀が、これらを科学的な見地から原理を解明する事など出来る筈がない…。
決して絡まる事も弛む事無く、絶え間なく僅かに動くき続ける刺繡糸細工の魔法……。気づけば、窓から見えている景色もまた「星の瞬く夜空」っとなっており。今更ながら天幕裏の刺繍の魔法が、外の時間の経過とリンクしていた事に気づかされ。魔法というものの凄さに心中で感心を示す礼儀は。暫く、その「刺繡細工の夜空」を見上げ………軽く、瞼を閉じる――…。
――……刻々と流れる時間を忘れ、時たまキラリっと輝く「金糸の星」へ目を奪われながら。あれから二時間もの間…たまにマスカットの様な姿形をした――…
何か香ばしい風味のする果物を数粒口に放り込み、天幕の夜空を眺めていた礼儀の元へ。「コンッ、コンッ、コンッ。」っと、控えめな三拍子のノック音が響き。其処へ聞き覚えのある――「召使」マルナの声が加わる――…。
「――アンドウ様。ご指定の時刻となりましたので、ご夕食をお持ち致しました。…………………アンドウ様…?…」
「……あ、はいッ!!ど、どうぞ!入って下さい!」
つい天幕の夜空に見惚れ、入室の許可を直ぐに出し損ねる礼儀。夕食を運んできてくれたであろう。薄いブラウンの瞳と、淡い金髪を後ろへ所謂「ギブソンタック」の様に編み込み。黒の長いスカート丈と袖に、白い襟の付いたワンピースの上から。白い無地で多少フリルの付いたシンプルな前掛けのエプロンの紐を、背中でクロスする様に結ぶという……独特な付け方をする「王城付き召使」兼「礼儀専属召使」――マルナへ。
どもりながらも許可を出すと。其の声に反応し「…失礼致します。」っと、一言断りが入れられ扉が開かれる。
マルナの背後に二人の…少々服装の異なる召使達と共に、非常に腹の空く良い香りを放つワゴンを押して部屋へて入ってきたマルナ達は。粛々とワゴンに乗せられた銀色の
「うわ…凄いな、これは……。」
マルナの介錯で、其のテーブルの椅子に腰を掛け。礼儀は自身の目の前に広がる、豪勢な料理に目を奪われる――。
――…葉野菜と何かの燻製肉のスライスの皿に、コンソメ?のゼラチン寄せの二品の「
そして、これまた鮮やかな紫鱗の魚の、鱗までパリパリに上げ焼きされた「魚料理」から。口直しの、甘さ控えめなグレープフルーツ味…の
程よい柔らかさと歯ごたえのある、牛肉っぽい癖のある肉の「肉料理」と。ふわっふわのスフレの様なケーキに、たっぷりっと蜜の掛かったカットフルーツのデザート等々…。
微妙に……
食後に少々赤みが薄く、砂糖を入れていないのにほんのり甘い紅茶モドキを一杯頂き。礼儀はふと、もう4時間以上も前に終わった。あの話し合いの内容を再び頭の中で反復すると、一口、紅茶モドキを口に含む……。
――…あの話し合いの場で取り決められた、礼儀への"処遇"と……その条件は。
大きく分けて、三つ――…。
一つ目。エヴェドニア王国が礼儀へ、最低限の「身の安全と」と「生活の補助」を与える期限は。『魔皇再臨』の予見の猶予を鑑みて……今日(召喚されて)から再来年の春までの――約3年間のみとする…。
二つ目。又其の3年間は、礼儀の要望通り…。いずれ、「独り立ち」をする為に必須な。この世界での必要最低限の「一般常識」と、護身術……「武術」を習得する時間にあてる事を許可し。その習得の場としてエヴェドニア王国・国軍、第二軍「王国戦士兵団」の"東部広域遠征部隊第一分隊"を手配したので。明日以降はその小隊と共に生活し、修練する事。
(※
そして、最後の三つ目。…約3年が過ぎた、その「独り立ち」の準備金として。
エヴェドニア王国半金貨3枚――30万メア(メア=「エヴェドニア王国」の貨幣単位)と、一部武器・装備等の旅の備品を。全て、無償で下賜する――。
――…という、かなり礼儀の方へ配慮がなされたこの待遇…。
その一端には勿論王国側が、蒼汰達『白燕の勇者』と唯一同郷の人物である事と。初め礼儀とは然程親しい間柄でもなさそうであった蒼汰達が、六人全員で礼儀の処遇についての"証人"と成る事を宣言した事を考慮した。礼儀の扱いと其の"価値"……。そして近い内必ず迫りくる『魔皇』への、唯一無二の対抗手段である『勇者』との出来得る限りの"良好な関係"……。
其れ等全てを天秤にかけ、又其処に自国の王女・ケティルリ姫の後押し……
と、いうより押切によって導き出された。
「――別に……自分だけが、得してる訳じゃないんだろうけど。…思っていたより、結構…トントン拍子なのかなぁ…?…。」
…既に、二杯目の紅茶モドキを呑み終え。マルナ以下二人の召使に退室してもらった、一人っきりの室内。
「………。」
誰もいない部屋で独り言を呟く事は、あちらでも多かった礼儀……。
間々ある共働きで、転勤の多いバリバリの商社マンである両親が家にいないのはよくある事だが。其れでもふと、スマホを確認すれば。両親からの「今日の夕飯は何食べたの?」だとか、「来週の月曜日帰るから、お土産楽しみにしてろよ!」という。礼儀を気遣ったメッセージを見る事も出来れば、スマホ越しからであるが其の声や顔を聞いたり見たりできていたが。今、其れは決して、叶わない事である……。
……非常に言い難そうに語っていた、ガゼストラ王によれば。一度、異世界より召喚された者は二度と、変える事が出来ず…。エヴェドニア王国……果ては他国でさえも、其の召喚者が帰れたという事実は存在しない。
勿論、ガゼストラ王は。折角多くの時間と力を注いで召喚した『
「――なる様に成る。って、とこかな…。」
一体、何回目になるのかも判らぬ溜息を吐きつつ…。礼儀は明日から始める「苦難の日々」を思い、不安げな表情をつくった時。又あの三拍子のノック音と後に、「アンドウ様、湯浴みのご用意が整いました…。」っと。礼儀の返答を扉の向こうでジッと待つマルナの姿を思い浮かべ。先の応答より幾分も落ち着いた返答を告げ、入室の許可を出す礼儀。
恭しい、綺麗なお辞儀をして入ってきたマルナと以下二人に。着替えの準備をしてもらいながら、キラリキラリと輝く天幕の夜空を眺め。礼儀は「明日の事は、明日考えればいいさ…。」っと、下がった気持ちを持ち直すと。マルナ等の案内の元、随分久し振りにも感じる王城の廊下を歩いて。この先に待つ、暖かな湯舟を想像すると。思わず、小さく、笑みを溢す礼儀だった――…。
*
*
一方。その頃の『白燕の勇者』事、蒼汰達六人は――…。
「…――イエーイッ!!また、あたしの勝ち―!!」
「ガーッ!くそっ!!また負けたッ。」
「ははは。本当に浩二は「ババ抜き」弱いなぁ~。」
「ふふ、ホントにね。これで四連敗目よ?浩二?」
「…もう一回!もう一回だけ!!」
「いや、浩二お前…。一体、何回やれば気が済むんだ……。」
「もう何回やったって同じでしょ。……私、「ブラックジャック」やりたいんだけど…。」
……既に、滑らかな絹の寝間着に身を包んだ蒼汰達は。
礼儀の部屋にはなかった娯楽品……トランプ――「ナぺス」というカードで。蒼汰と百花へ宛がわれた、これも礼儀の部屋より広く、豪華な一室のに置かれたテーブルに座り。延々と、呑気に、四回連続で「ババ抜き」を堪能しつくしていた……。
「…え~。」
「えー、じゃない…。もう流石に四回は飽きたぞ。」
「じゃあ、じゃあ「ブラックジャック」やろうよ。」
「あ、あたし賛成~。」
「智春……お前。」
「だって~。もう、五週目はヤダよ「ババ抜き」。」
「うぬぬ…。」
せめて、"一勝"だけでも捥ぎ取りたそうにする浩二だが…。
流石に皆が「飽きた。」っと言い出した為、止む無く…通算三敗目で打ち止めとなった。六人でのお泊り恒例の、「ババ抜き大会」…。
残念がる浩二を宥めつつ、ちゃっかり「ブラックジャック」の準備をいそいそと始めていた恵の下へ。突如、待ったが掛かる……。
「……なぁに?蒼汰。……蒼汰は「ブラックジャック」、やりたくないの?」
「いや、やりたいはやりたいんだけど……ほら、もう時間だろ?」
「ん?あ、ホントだ……。」
蒼汰に促され、部屋の時計の時刻を見て納得の声を上げた智春…。
その時刻はもう"
「そう…なら、仕方がないわね……。」
「お、いよいよか。」
「うーん。あたし、難しい話は苦手なんだけどなぁ。」
「其れはみんな一緒。…けど……真剣にならなきゃ駄目よ…智春。」
「うん……わかってる。」
「確か…どっかに筆記用の紙と、羽根ペンだったっか?っがある筈だ。」
「あったよ、成哉。……紙は、一人三枚ぐらいかな…。」
…テキパキと、テーブルの上に散らばるナぺスが片付けられ。何処かから持ってきた白紙と、人数分の斑模様の羽根ペンがテーブルへ置かれ。其々が居住まいを整えると。全員の視線はだた一人……高峰蒼汰へと注がれる――。
「…じゃあ、始めるよ。僕らの僕等達だけの――
『勇者』として、これからの大体の「行動方針」について……。」
…蒼汰の発した言葉に。誰もが無言で頷き、了承の意志を示す中。蒼汰を中心に互いの意見と、全体としての意見を参考に大雑把な六人共通の「正義感」について。この国の関係者抜きでの話し合いに、随分と熱を入れる彼らだが……。
――…なるほど。思う程、
……しかし。蒼汰ら六人では気づけぬ――"闇"は、当然存在する。
一体、どこに居るのかも解らなくなりそうな。漆黒の暗闇に身を顰める、漆黒の装束で身を包む男の影…。徐々にその熱量が増し、より暗闇に響く「声」が僅かずつ高まり出すのを。影の男はひっそり、其れをほくそ笑む。
己に与えられたあらゆるモノ全てを捧げ、身を粉にして仕える"
…――彼ら『六人の勇者』の白熱した討論は、およそ3時間も続き……決着する。
討論中は、まるで親の仇でも見る様な形相で在った男三人と。其れを宥めながらも、自身の愛する男を庇う「女の闘い」を終始みせていた女三人は。今はそれらの喧噪がそれらの全て嘘だったかのように互いの手を握り合い、何とも人間臭い笑みを讃えていた。
お互いの内に秘めし"葛藤"を、丸々全部吐き出した彼らは。時計の差す今の時刻に目を見開くと、急いで就寝の挨拶を交わし其々の部屋へ足早に帰ってゆく。
……そして、其れを確認した"影"も又。一通りの彼らの話のようてんだけを書き連ねた紙束を懐に入れ。同じく、足早に。其の一点の光も差さぬ暗闇を、音も無く疾走する。
己の全てを捧げ忠誠の誓いを立てた"主"へ……この「六人の密談」と、なによりも…「今代の勇者の"性質"」についての情報を――大事に、大事に携えながら――…。
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