ep.11 割と世界旅行は不安です

あなたは経験したことがあるでしょうか。自分の上司が仕事場に愛人を、しかも別種族の女を連れてくることを。私の主人である魔王様は得体の知れない種族の女を連れてこの魔王城に戻ってきたのです。


「閣下、おかえりなさいませ。速攻かつダイレクトにお聞きしますが。その者は誰ですか?」


ミギウデはその鋭く紅い瞳で魔王様を睨む。


「あ、いやあ。なんていうかその、人間に詳しい魔族のエレナさんを連れてきた訳でね」


魔王様は頭を掻いて目を輝かせて城中あちこちに興味が湧いてワクワクしているエレナを見やる。


「人間に詳しい魔族ってどこの種族ですか、その情報に確証はあるのでしょうか。それに、同じ魔物として何ですが彼女、落ち着きが足りないように見受けられます」


エレナは珍しそうにわしゃわしゃと触っていた動く黒騎士の鎧を倒した。「ありゃ?」


ガアッシャアアアアアン!!


飛び散る防具や兜や劔。


「まあ、新人魔族なんだ。なんとか最初は世話してやってくれ」


そういうと魔王様は珈琲を淹れてテーブル椅子に座りどこからか転送した漫画を読み始めた。


「一体どういう訳でこんな魔物を-」


「-ごめんなさい、私としたことが。-てへぺろ!」


エレナは頭を掻いてさらに舌を出してウィンクした。もちろん可愛らしくはあるが。


「てへぺろってなんですか!さっさと元に戻しなさい!」


気迫あるミギウデの一喝。


「むう、そんなに怒らなくてもいーじゃありませんの?」


頰を膨らませて胸前で手を組みエレナは言う。


-なんと!上位存在の私に何という態度!無礼にも程がある!-


ミギウデはエレナの前で腕を組み花魁姿のエレナを見つめる。


じーっ--


「あなた、ほんとは閣下の愛人ですか?」


「ええ!?私愛人ではありませんのよ!私は……閣下の婚約者フィアンセですの-ポッ」


エレナの青い瞳が輝きを放っている。


ぶっほおおおおお!


魔王様は一服のための珈琲を読んでいた漫画の見開きクライマックスシーンに吹き散らした。


即刻立ち上がってエレナに手招きをする。


「少しばかり面を貸せ!エレナよ!」


「はい!閣下!!」


壁の裏に隠れる魔王様とうきうきして小走りに近づくエレナ。


「いや、どういうこと?なんでああなっちゃうの?筆者カミもこんな設定じゃないっていってペンぶん投げて困ってるから早くなんとかしてあげて。いやマジで今作の主人公として頼みますマジで」


エレナは不思議そうな顔をする。


「えっ!私を即座に連れ去ったのは求婚の為ではなかったのですか?ルゴンモという遊牧国では女を連れ去ることは求婚に値する行為という話をお聞きしましたが」


「ぐぬううううう、なんと自分勝手な解釈を…」


-思想空間B1階-


ぐぬううう、めんどくさい奴と運命的に出会ってしまったあ。


まあ、いいんじゃないですか?


(魔王様の眼前に尻を掻き毟りながら横になっているスウェット姿のもさっとした人物がいる)


いや筆者カミさま。それはあんまりですよ。何?我には手に負えないようなあの人間、いや無理だってえ絶対無理無理無理無理無理無理無理。


いや、僕なりに考えたんだけど魔王様は勇者になってみたいんでしょ?


え?いや-まあ、そうなんですけど。


だったらさあ、あの娘とさあ-


あの娘と?


-勇者っぽく冒険してみたらどうかなって、いや、僕の新しい見解だけどさ。


いやいや、それはなんていうかその-めんどくさいです。


-勇者ってのは、勇者だから勇者なんじゃない。勇気を持って歩み出すから勇者なんだよ-キラッ☆


なんかコピペした名言っぽいですね。だけど、めんどくさいのは嫌ですよ〜。魔王城なんだかんだでうるさいやつ除けば快適ですし、別に地球を食い尽くそうとする人間共は嫌いだけど。そんな嫌いなだけで滅ぼすつもりもあんまないです。そして何より、今の魔王城の生活が割と好きですから。


やーっぱり魔王様はポジティブだね、でもね、君に今伝えなきゃならないことが1つだけあるんだ。


筆者カミさま、なんでしょう?


(筆者カミはだらけた顔から真剣な表情に変わる)


-明日にはその魔王城が滅ぶことになる。


えっ?なんでですか!?我の至福の城が何故ですか!?


ジピルアのルールにのっとって神と契りを交わした神話級ノ罪人さんが魔王城を破壊しなきゃならなくなった。許してくれ、魔王様よ。僕、あなたのこと全然嫌いじゃなくて、むしろ大好きだけど。でも世の中にはやらなきゃいけないことが必ずあるんだ。だから-


勇者として冒険の旅に出ろと?


ああ、その通りだ。


-魔王城 憩いの間-


「ねえ!聞いておりますの!?閣下?ワレノアー!」


エレナはぽこすかと魔王様の強靭な胸を叩く。


「ああすまないな、何でもない」


魔王様とエレナはミギウデのいる憩いの間へと戻った。


「ミギウデよ、少し確認したいことがあるのだが」


魔王様は今までにない特別な威圧感がある。


「え、ええ、なんでしょうか」


「我のコレクションした嗜好の逸品達は大切に別々の遠い場所へ保管されておるのだな」


ミギウデはここぞとばかりに千里眼の紅い瞳を輝かせて胸を張る。


「もちろんですとも!このミギウデの千里眼を-」


「そうか、ならばいい。少しばかり時間をおいて皆の者を魔王城大広間に集めてほしい。良いな、ミギウデ」


魔王様は何やらいつもと違った雰囲気が流れ出しています。


「しょ、承知しましたあ!」


ミギウデはすぐさま城中の魔物に伝達しに行った。買い出しパトロールに行っていた猛烈魔獣幹部達にもそのことを伝えた。


エレナはその間あまりにも魔王様の雰囲気が変貌していたのでずっと静かに魔王様をじろじろと見ていた。


-魔王城大広間-


広間中央にある演説台に立つ魔王様。


「皆の者に集まってもらったのにはある重大な発表があるためであーる!!」


はあ、昔は立てよ魔族!!とか、敢えて言おう、人間はカスであると!!とかここで言うと思ってたんだけどなあ。


ざわざわ-ざわざわ-


魔物達が一斉にざわつき始め、ミギウデは期待の眼差しを、エレナは広間に集まった魔物達の奇妙な姿に興味深々の様子である。


「皆の働きもさることながら今回!魔王城の皆でジピルア旅行してもっとジピルア支配してやるぞ旅行を開催することにした!!出発日は今日!時間は今日の太陽が沈む瞬間であーる!!皆は只今から至急我が魔法で作った豪華魔法客船タイタン号に乗船してもらーう!!!以上!解散!!!」


その瞬間魔王城にいる何千もの魔物たちは一斉に飛び跳ねてウキウキと走り出し旅支度を始めた。魔王城は一気にお祭り騒ぎのような状態になった。


ミギウデは唖然として顎が外れている。エレナはワクワクに磨きがかかったのか、少しばかり暴走している。


「わあ!豪華魔法客船なんて!しかも夕暮れ時に出発で世界旅行なんて!なんて素敵でロマンティックななんでしょう!」


「何故勝手に我と結婚したことになってる、人間というのは常々頭がおかしいな」


「ふぁっふぁ、ふぁへふぉんふぁふぉふぉふぉ?」(閣下、何故こんなことを?)


エレナがミギウデの顎を鷲掴んではめ込む。


ゴキリッ!ガポン!!


「おい貴様!何をする!!」


「いやあ、喋りにくそうでしたので。私つい」


魔王様はしかしながらまだあの特別な威圧感が消えていなかった。


「まあ、支配する世界の様子くらい偵察しに行くのは支配者として当たり前のことだからな、まあ楽しむといい」


ミギウデはやはり疑いの目が拭えませんでした。


-思想空間1階-


ふう、まあ仕方ないよね。それにジピルアルールだからさ、もう我慢するしかないよ。しかし、旅行するってのは中々乙な発想だね、僕はとってもいいと思う。あの豊満なエレナさんとの今後のあれこれに期待だね!タイトルも思い切って変えちゃおっか!!

(何処から持ち出したのか「割と魔王はポジティブです!」の看板を著者カミは手にしている)


著者カミさま、そういう訳にはいきません。


おや?どうするつもりなの?魔王様?


-我は城に残って滅びを阻止します。


いやいや!それこそ無理だよ無理!相手はかなり強い契約を知り合いのクソ神と交わした神話級ノ罪人とジピルアのルールそのものなんだよ!!いくらなんでも魔王様じゃ歯が立たないよ!!!


大丈夫です。我は魔王だから、負けはしません。


んもー!これだから少年誌好きなやつは馬鹿ばっかりで困るんだよ!!


でも、勇者は勇気を持って歩きだすから勇者なんですよ。


だーかーらー!君は魔王なの!魔王様なのー!!それで消滅しちゃったらほんとどうすんのさ!!!


そん時はそん時ですよ著者カミさま。



-サカエテル王国 領地外 北の霧の海-


「やめろお!やめてくれええ!」


ブシュッ!


倒れた剣士の首が跳ね飛ばされた。血飛沫があたりに舞う。


「い、いやあああああああ!!!!」


踊り子の女の絶叫。


続いて次々とパーティの仲間たちがゆっくりと近づいてくる血まみれのコートに紫色の帽子のピエロの仮面の男に無惨にも殺されていく。


仮面の奥に光る赤黒く血走った目と帽子に浮かび上がる大きな目の3つが踊り子の女を凝視する。


「ヒャッハァ!旨そうな女がいるぜえ!!はやく俺様に喰わせろおおお!ヒャッハァア!!」


怯えて蹲る踊り子の女の目の前で歩みを止めた仮面の男。


仮面の男はそっと静かに涙を流す女の頬に血が滴る紅い手袋で触れ、目を合わせる。


「君を助けてあげるよ。怖かったね、この場所から永遠に救ってあげる」


「ひぐっ、え?ひぐっ、たす、け、て」


「ああ、君は永遠に帽子くんの中で踊ることが叶ったんだ。こんなに幸せなことはない」


帽子はその身に隠した歪な牙だらけの大きな口を開く。


「助けてえええええ!嫌ああああああ!!」


バクン!-


彼女の必死の叫びも虚しく、その付近に残ったのは大きな血溜まりと。ハエのたかる死体の山だけだった。


「ゲェプッ!ハッハア!美味かったぜえ!!やっぱ人間の女は1番美味えぜ!ヒャッハァアアア!!ゲエップ!」


「汚いよ帽子くん、お姉さんに失礼だろ」


仮面の男は静かに言う。


「お姉さんってえ!?さっき俺様が食った女のことかあ!?ヒャッハァア!おめーほんと面白すぎるわ!!ゲエップ!」


しばらく道を進む先に禍々しい城が見えてきた。


「見ろよあそこ!面白そうな城があるぜえ!!」


とんがった帽子に浮かび上がる目は仮面の男を見る。


「そうだね、とりあえず《この子》を放ってみようかな」


そう言って何やら手のひらの中で殺気立っている小さな兎の頭を撫でる。帽子はくねくねと揺れ動いている。


「とりあえずって!?ヒャッハァアア!!しっかし殺す時はもっと相手選ぶもんじゃあないのー!?まあ、だからお・も・し・ろ・い・ん・だ・け・ど・さ!ヒィィヤッハア!!」


仮面の男は殺気立っている兎の耳元で静かに呟く。


「神との契り果たす蒼龍と兎の種よ、この身滅びようとも。さあ、君の夢を彼等に見せておいでキンゲくん」


仮面の男は兎を空に放つと、兎はみるみるうちに巨大化し、霧の海一帯を覆い尽くすほどに大きな翼を生やして青空の下を飛び立った。


魔王城を目指して-。




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