ep.6 貴族娘は割と……
「-あなたとの距離は推定二万里です-」この書き出しは有名ですわ。
私は一種の感動を覚えました。読めば読むほどに書いた方の思いやエピソードの中の人物が本当に喋りだしているような気がしてくるのです。これは魔法に勝る本当の魔法だと思うのです。そして、私も-
「ねえ?ちょっと聞いてるエレナ!?この間の人!あんたの後ろの方の席にいるわよ、ほら見て!あそこ!」
「-私も魔法にかけられたみたいなのよ」
エレナ・パフェヌドールは恋に落ちている。深海よりも深い恋に。
「なあに言ってんのあんた、あんなイケメンは魔法かけ放題の魔法垂らしの女ったらしに決まってるっていつも言ってるじゃない!!」
この何もかもが溌剌とした女性は私の友人ジュゼット、でも、いつも元気なのがたまに傷なんです。
「あんた、また見つめちゃってるわよ。気持ち悪いわ」
エレナは振り返ったまま言う。
「そんなこといわないでよ、私だって恋はするわ」
「その恋があの小説みたいに女王がお腹を空かせて最後に研究者を食べちゃうオチとかにならないようにね」
ジュゼットは皮肉屋だ。でも友人だから仕方ない。エレナは基本なんでも許してしまう。
「でもあの人、今日も1人あの席で本を読んでいらしているわ。一体どんな本を読まれているのかしら」
視線の先にある青髪が揺れた。
「決まってるでしょ、どうせ官能小説よ官能小説!」
「バ、バカ!何を言ってるの!?聞こえちゃうでしょジュゼット!」
頰を赤らめてエレナは怒る。
「ほんとジュゼットは黙ってて-」
もう一度彼を盗み見ようとしたエレナ。
青髪の美青年はこちらをまっすぐ見ていた。
「はあっ!---」
青髪の美青年と貴族娘の2人は互いに見つめ合っている。
その瞬間私の中にある細胞全ての時が止まりました。
-なんて綺麗なお顔、そして優しそうな瞳。しなやかな指先、ツヤツヤした青髪-
心臓の脈が早くなり、顔が赤く染まっていくのがわかる。
「ちょっとエレナ?どしたの?」
青髪の美青年は即座に席を立って喫茶店を後にした。
「私、あの人に伝えなきゃいけない!」
「エレナ!あんたの大好きな大盛り特大人殺しパフェはどうすんのよ!!」
「またあとにするー!」
エレナ・パフェドールは支払いを済ませて店を飛び出した。
青髪の美青年は街角を曲がっていくところだった。
エレナは駆け出す。あの人を追いかけていった。
「っていうか私、これストーカーじゃない!?」
街中を歩く人々を押しのけてエレナは街角まで走った。
-どうせいないわ。もしかしたらもう2度と会えないのかもしれないわね-
角を曲がると目の前に青髪の美青年がいた。というか、こちらをその美しく透き通った瞳で睨みつけていた。
「なんか俺に用事かなんかですか?」
「すす、すすすすすすす!すすすす!!」
エレナはあまりの非常事態に頭が混乱している。一気に頭が爆発したエレナは壊れたコンピュータのようになった。
「す?すってなんだ?」
「すすすすす!すすす!すすすすすす!」
エレナは彼のどこまでも青く深い瞳をじいっと見つめてから深く息を吸って目を閉じ、叫んだ。
「す、好きですううううううう!!」
もちろん魔王くんはこの瞬間のあまりの異常事態さに頭が混乱した。
-いや、我は喫茶店でいつも漫画読んでただけなんだけどー!この人間になんかしたかな我!?-
どうするどうするどうする!?
ラブコメ漫画とかじゃこういう時の展開は、えーっと。--そうか!記憶喪失!!記憶喪失だ!!!
やばい、よくわからんがとてつもなくやばい!とりあえずこいつに記憶消去の呪文を!!
魔王くんは目を閉じて返事を待つエレナの頭に手をかざして記憶消去の呪文を唱える。
「ルーキエ!ターメモリム!!」
エレナの額と魔王の右手が緑色に発光した。
-エレナが目を開ける。-
青髪の青年が背を向けて去っていくのが見えた。
エレナはその持ち前の運動神経で走って捕まえた。
「お願いです!私と付き合って下さい!!」
青髪の青年が驚愕と恐怖の表情で震えている。
「げっ!?なんで俺の記憶消去魔法が効かないんだ!?これでも上級魔法なんだぞ!!」
何故か
エレナの瞳は真剣である。
「逃げないで下さい!私は絶対逃げませんから!!」
その時サカエテル王国城下町で多分二万里よりも深くて新しい恋が芽吹いたのでした。
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