10年前②
教室をのろのろと出て、正門を出た辺りで「あれ、綿谷君も今帰り?」と先生に声をかけられた。さっきの顔が見間違いだったんじゃないかというくらい、いつも通りの明るい顔をしている。
「課題、なかなか終わんなくて」
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろうか」
冬にこの時間まで残ってる生徒ってのはほぼいなくて、学校近くって言ってもほぼ人影はない中を並んで歩く。
澄んだ空気に吐く息は、白い。
担任となんて特に話すこともなくて黙ったままでいると「今日星綺麗だねー」って先生が口を開いた。
見上げると、満点の星空。
「詳しいんですか?」
「うん、ちょっとね」
含みがある言い方だなと思って相槌も打てないでいると、先生が続けた。
「恋人が、詳しかったんだ」
過去形ってことは、泣いてたのはその人のことを想ってですか?なんて、野暮なことは聞かない。代わりに、少し距離をとった。
「担任が、生徒にそんなことしゃべっていいんですか?そもそも一緒に帰っていいもんなんですか」
「んー、泣き顔見られちゃったから、今日くらい良いかなって」
先生はいたずらでもしたように笑った。
俺にはそれが、さっき見た泣き顔と同じくらい衝撃だった。いつ通りの明るい顔は、あくまで“先生としての顔”だったんだと知る。
勝手に先生の内側に少し入り込んでしまったようで、自分が先生の特別になった気がした。
うわ、なんか地に足がついてないみたいにふわつく。
それから先生は世間話を少しして、俺はぼんやりしたまま相槌を打って、家の近くの大きな交差点で分かれた。
「じゃ、私こっちだから」と去っていく後ろ姿が見えなくなるまで目で追って、星みたいに小さくて明るい何かが、胸の奥に残されていることに気が付いた。
そしてその輝きは、いまだに消えてくれない。
それから何があったわけでもない。
帰りが一緒になったのはその日だけだったし、プライベートな話をしたのもその日だけ。3年になっても担任が変わらなかったから、それなりに話はしたけれど、それ以降はただの担任と生徒だった。
でも、それでも俺には十分で、高校在学中どころか今になってもずっと、先生のことを考えている。考えずには、いられない。
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