10年前①

 高2の時に担任になったその人は、最初は他の教師と同じようにどうでもいい存在だった。先生の中で一番若く、しかし高校生よりも確実に大人な雰囲気を醸し出すその年齢が、皆にはちょうど良かったのか、それなりにモテるようだった。まぁそれは後から知ったんだが。


 高校に入学した当時から告白されたら付き合うっていうことを繰り返していた俺は、当時は誰がモテるとかそういうのはあまり知らなかった。つまり今とそれほど変わらない生活をしていたってことだ。


 そして「私のことそんなに好きじゃないでしょ」なんて今と大して変わらない理由で振られた日のこと。


 当時はまだついて良い嘘なんて分からなくて、気持ちをストレートに伝えた結果腫れた頬をさすって、教室に戻った。

 もう冬と言っていい時期で、6時になる前なのに教室は真っ暗で、俺が教室の電気をつけたら、先生がいた。


「あ、綿谷君」と振り返ったその頬には、隠しようがない涙の跡。

 大人の女性の泣き顔は初めて見たけれど、素直に綺麗だと思った。


 一番星が光る冬の教室に、先生と自分だけ。

 シチュエーションも最高だったと思う。


「何かあったんですか?」と先に言う。

 一拍置いて「何も」と先生は答える。


 そう言われると何も言えずに、俺は自分の席に置きっぱなしになっていた荷物を手に取った。そのまま「さよなら」と言うことも出来たのだけれど、電気をつけた直後の顔が頭から離れなくて逡巡した結果、席についた。

「課題、やってから帰るんで」なんて、聞かれてもないのに言い訳をして。


 先生はしばらく外を見ていたけれど「ほどほどにね」って言って教室を出て行った。もう少し居れたらと思ってとっさについた嘘は意味を持たずに、肩を落とした。

 もちろん課題なんて手につくわけもなく、でもすぐ帰る気にもなれなくて、結局俺は下校時刻いっぱいまで教室に居た。



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