第11話 昔話の秘密、それからクランプス③

 トナカイさんは八頭いた。その頭はルドルフさんという。

 ルドルフというのは名前じゃなくて、役職名らしい。八頭いるチームの頭で、名誉と責任のある立場だそうだ。


『お前さんがこいつの嫁御ってわけかい?』

 酒に酔ってるわけでもないだろうに鼻の赤いルドルフさんはあたしを見てぶふんと鼻を鳴らしながら心の中に直接話しかけた。こいつっていうのはもちろん白狼のことだ。

 ここら一帯を担当するトナカイさんたちは慣れない気候でも十分に走れるベテランさんのつわものぞろいらしい。失礼があってはいけないと白狼が言うので、あたしは身だしなみを整えてからまたきちんと挨拶をしていた。


『手綱さばきの甘いひよっこにはもったいねえ別嬪さんじゃねえか』

 ルドルフさんは赤い鼻づらでどんどんと白狼の背中をつついた。獣なので表情はわかりづらいがからかっているらしい。別のトナカイさんの毛をブラッシングしたり轡やら手綱やらをとりつけていた白狼は避けられず、それを食らう。


「ちょ、やめてくださいよ、ルっさん」

『俺の嫁はアジアの空をとびまわってるつうのに、ひよっこに見せつけられて納得いかねえ。オヤジに言って手当をはずんでもらわねえとな』

「は~、プランサー姐さん今年はあっちを担当なすってんすか」

『おうよ、去年のことがあってどうもこっちの空を嫌がってな。寂しいもんだぜ』


 白狼はトナカイさんたちと気安く語らっている。ベテランのトナカイさんたちの口ぶりはうちの村のおっちゃんたちとそう変わらないのでちょっと懐かしかった。

 

 が、それよりも白狼だ。

 トナカイさんたちを橇につなぐ作業に没頭するフリをして、こっちの方を見ようともしねえ。スネてやがる。


 今朝スッキリしたついでに頭もスッキリしたせいで、余計なことに勘付いてしまったのをまだ引きずっているのだろう。めんどくせえなあもう。


 

 こっちの時間の日付の12月23日。冬至の一日後だというのに日が暮れるのがやたら遅いのはチジクとやらが傾いているせいだとかなんとかユールさんが説明してくれたけどよくわからなかった。まあいいや、季節が反対ってことはおひさまの沈む時間も同じように反対になって遅いのだろう。


 予定通り、明日の本番に備えて飛行ルートを確認するリハーサルに取り掛かる。白狼が担当するのはこの島から近い周辺の街や村。別の地域は他の場所にいる橇引きたちが担当している。


 ほかの連中の様子を巡回した後、初日にあいさつしただけのサンタなんとかの親方が姿を見せにやってきた。相変わらず派手なシャツと短パンという姿だった。


「どうですかな、ご滞在楽しんでいただけていますかな?」

「ええ、そりゃあもう。きれいな海も見れて言うことなしですよ」

 

 あたしは親方の隣でにこにこ笑う。一応きちんとした時に着るようにと持たされた、あたしらの村の夏の晴れ着を着ていた。藍で染められた麻地の服で、袖と裾に刺繍がある。髪もきれいに背に垂らす。


 親方はホッホッホウと妙だけど陽気な笑い方をする。


「わしも現役を退いてから知りましたが、橇が地上を離れる光景は胸躍るものですぞ。奥様も是非ごらんなさい」

 親方はそう言ってあたしを砂浜のバッタンバッタンおりたためる椅子に座らせた。そういう親方は腰に手を当てて作業を見守っている。自分より年寄に立たせるのが嫌なので譲ろうとするけれど、親方は首を横に振り続けるのであたしは折れた。


 陽が完全に沈み、空がうるさいくらいの星空に覆われた頃、橇の飛行準備がととのったらしい。白狼は御者台に座り手綱をつかんだ。首にベルをぶら下げたトナカイさん達も準備万端だ。


 橇の荷台(本番ならプレゼントの詰まったしろい袋を置くところ)にユールさんが何人か乗り込むのを見る。うち一人があたしの見たこともないいかつい長筒をもっているのを見て、あたしはたまらなくなり白狼へ向けて声をかけた。


「白狼、本当にあたしが行かなくていいの?」

「構わねえ。お前はここで待ってろ」

「何かあったらお前に頼るって昨日は言ってたじゃないか!」

「お前に頼らなきゃならねえようなことは起きねえよ。心配すんな」


 白狼はこっちを見ない。

 親方も、ユールさんもトナカイさんたちも、おや? という目でこっちを見たけれど、白狼は構わず息を整えてから歌った。あたしらの村に伝わるまじない歌だ。悪霊から姿を隠すための呪いの歌。


 橇に彫られた紋様に魔法がかかると、橇に乗った白狼やユールさんたち、繋がれたトナカイさん達の姿が一瞬揺れてその後段々姿が透明になってゆく。


 魔力があるのであたしには白狼たちの姿が見えるが、魔力の無い人間の目には映らない姿になってから、白狼は掛け声とともに手綱を振るった。ベテランのトナカイさんたちは足並みそろえて砂浜の上を駆ける。先頭をゆくルドルフさんの赤い鼻が光って行く先を照らした。


 シャンシャンと鈴の音を響かせて、トナカイさん達は徐々に徐々にゆっくり空への道を駆けてゆく。徐々に徐々に空へ浮き上がりかけてゆく様子は確かになかなか見ごたえがあった。

 白狼がスネてなけりゃあ、もうちょっとあたしも素直に歓声をあげていただろう。橇を曳くときの白狼は、一番男前だからだ。生意気に。




「……チビのやつ、どうしたんだろうね最近」


 13の冬の、ある日銀鹿が呟く。これまであたしにちょっかいを出そうとしてきた元チビがあたしの方を見てもちらっと見て目を背けたり、ただ「おう」と声をかけて去ってゆくだけになったから、空振りをくらっていたのだった。


「あのバカがあんなだと、こっちも調子が出ないじゃないか。せっかくバカぶん殴ってすっきりしてやろうと思ったのに」

「あいつ、冬至祭の橇曳きレースに出るだろ? 練習で忙しくてそれどころじゃないんじゃない?」


 あたしたちはまたいつもの樅の下にいる。この頃になると、ちょっとでも一緒にいると銀鹿の父ちゃんが「おいこらバカ娘! 出てこねえと承知しねえぞ!」とかなんだかガラガラ声響かせながらやってくるようになったので、ちょっとおしゃべりするのすら大変だった。


「橇曳きねえ……。チビの癖になっまいき」

 銀鹿は面白くなさそうに呟いたが、口ぶりには大人からレースの代表に選ばれた元チビの実力を認めてやるというような気持ちがのぞいていた。渋々ではあったけれど。


 冬至祭の前日と前々日に行われる祭は、森で暮らす尖耳にとって一年最大の楽しみでもある。場所は森を突っ切る川のほとりで、河原にずらっと町から来た丸耳の業者による市が立ち、珍しいものを買ったり飲み食いする。

 雪の積もった凍った川の上でやる橇曳きレースは花形の催し物だった。各村が代表を出してヘラジシ二頭が曳く一人乗り用の橇に乗って競争するのだ。荒々しくて見応えがあるし、速さを競うっていうのが本能に訴えかけるものがあるせいでとにかく盛り上がる。お上から許可もとって博打もやったりするから一層もりあがる。わざわざ村から丸耳の見物人がやってくるくらいだ。

 そういうレースにお前も出ろと声をかけられるのは、それはそれは名誉なことってことだ。


 だね、とあたしは銀鹿のつぶやきに頷く。

「よくあそこまでになったもんだね、単なるアホのチビだったのに。大したもんだよ」

「……」


 銀鹿は金色の目であたしをじっと見る。元チビを褒めてしまったせいだからだろう。あたしは慌てて付け足した。


「でも変わらずアホなのはアホだけどさ。急に愛想悪くなりやがってさ。なんなんだろありゃ」


 白狼って名前がつく前の元チビが急に無愛想になって調子を狂わせてるのは銀鹿だけじゃなかった。当のあたしがそうだった。

 秋の日に山の岩の上でびりびり来たせいでついまあ唇と唇をくっつけあってしまった次の日以降、あたしは徹底して元チビを避けた。我に返って銀鹿に秘密を作ってしまった罪悪感ってやつに襲われたせいだ。

 元チビの方もあたしの方を徹底して避けまくったので、数日間は接触がなかった。


 罪悪感も胸の中に片付けられるようになったころ、元チビはあたしを見ても「おう」と言ってはそばを通り過ぎるだけになる。


 こうなると自分でどうにもできない気持ちの変化っつうのがムクムク湧いて出る。この前まであたしに山の綺麗な石っころだの花束だのくれてた癖に何さ! って塩梅だ。腹がたつったらありゃしない。腹がたつからついうっかり頭の中で元でチビのことを考える時間が増えちまう。そうすると元チビのことが頭から余計に離れなくなる。悪循環ってやつだった。



 ……今思えば銀鹿はあたしの気持ちの変わり目にうすうす気がついていたんじゃないだろうか。

 

 隣にいるあたしがぼんやりしていると、頭から雪をかぶせたりわっと声をかけたり子供っぽいいたずらで驚かせたりするようになった。その時は冷たく冷えた手をあたしの首に当てた。ひゃあっ! とつい悲鳴をあげると銀鹿はケラケラ笑う。あたしはもう!といってむくれてから笑う。いつもと変わりませんよって空気をお互いで作り上げる。


「レースはあたしらにはどうでもいいんだよ。問題は市で買い物するための軍資金だよ」

「だね」

 

 あたしは頷く。二人とも13の小娘だったんだから当然市でみかける雑貨だお菓子だに心が騒ぐ。けどそれを楽しむには小遣いが圧倒的に足りない。あたしらは大人のちょっとした手伝いをすることで駄賃を稼いでいたけれど、市を楽しむには少なすぎた。おまけに銀鹿は親父さんとの仲がこじれて駄賃すらもらえなくなった。これでは市で飴でも買ったら終了だ。


 どうするべきか悩んでいて、ふと閃いたものがあった。あたしたちの樅の木の正面にでかいうろのできた椛の木がある。そのうろに手を突っ込む。


 取り出したのはいつか白狼がくれたあのギザギザした黄色い石だった。あたしたちはこのうろにちょっとしたものをよく隠して遊んでいた。元チビがチビだったころに押し付けていったガラス玉やなんかもこのうろにしまっていた。


「これ売ろうか、町の石屋にさ」

 これは原石ってやつできちんと磨けばご婦人の指輪くらいになるはずだった。我ながらいい思いつきだと思う。


 けれど銀鹿は固い声で突っぱねた。


「ダメだよ」

「? なんで」

「この石どこで手に入れたってなったらあの山でチビが見つけたって話をしなきゃならなくなる。そしたら石屋から話が広まって欲かいたヤクザものがたくさん来るはずだ。そうなったら面倒だ。波華さんの仕事が増える」


 おお、とあたしは感心して頷いた。そういう先々のことまで考えが及ぶあたり流石に銀鹿だと思う。

 反面以外な気もした。この石をチビに押し付けられた時プリプリ怒って「そんなもん道端に捨てちまえ」とぶつくさ言っていたのは当の銀鹿だったのに。


「捨てちまうよりはいい使い方だと思ったんだけどねえ」

「……イヤなんだよ」

「?」

「たとえくれたのがチビのやつでも、人の気持ちのこもったもんをあんたが雑に扱ってるのを見るのはイヤなんだ。なんか、つらい」

「……」

 

 押し付けられてからこの石をうろの中に放り込みっぱなしなのも大概雑な扱いだとしか思えなかったけど、銀鹿のいう‶雑″とはそういうことではないことくらい分かる。

 あたしは石をうろにしまった。

 顔を合わせればドカバキぶん殴ったり蹴飛ばしたりしていたチビだというのに、その気持ちを軽く見てない銀鹿のことを余計に誇らしくて、またびりびりが来たから銀鹿を抱きしめて冷えたほっぺたに唇をあてる。13のあたしはやたらとびりびりしやすかった。

 

 おっかない銀鹿の親父さんは祭の準備で忙しい。


 結局、市で遊ぶ軍資金はあたしが貯めていた駄賃を折半することにした。


 将来絶対利子つけて返すから! と銀鹿はお礼と一緒に何度も何度も繰り返し言った通り、銀鹿は村を出ていった後すぐ遠くの街から書留を送ってきたのだった。



 

 シャンシャンと鈴の音が遠ざかる星空を見送りながら、あたしはぐしゃぐしゃ髪をかき回した。

 ……認めたくはないけど、白狼がスネる原因はあたしにもある。こうして銀鹿の記憶をつれてきてしまうからいけないのだ。蓋をしよう蓋をしようと思ってはいてもその蓋は持ち上がる。


「……何かありましたかな?」

「夫の大事な仕事の前に期限を損ねさせてしまいました。嫁失格です。帰ったら母ちゃんにどやされちまいます」

 正直に言うと、親方は陽気にホッホッホウと笑った。


「気になさることはあるまい。結婚する前後の女性の気分が不安定になるとはよく聞きますからなあ。もっともわしは未婚ですので詳しいことはわかりかねますがな」

 ホッホッホウ、親方の陽気で間抜けな笑いを聞くと、なんとなく許されたような気持ちになる。簡素なバッタン椅子に座ったままあたしは夜空を見上げた。


 ルドルフさんの赤い鼻が夜空をゆっくり移動している。あれがあれば白狼たちを見失わないだろう。地上に残ったユールさんたちは地図やらあたしの知らない小難し気な機械で白狼たちの様子を確認している。


「今のところ予定ルートを無事走行中ですです」

「きわめて良好・安全ですです」

「了解。異常があれば即知らせるように」


 ユールさん言葉をやり取りするときの親方は、あたしとやり取りする時とはやっぱりかなり様子が違う。仕事をしている男の顔だ。恰幅の良いおっちゃんでもやっぱり仕事をしている時はかなりの男前だ。



「親方、一つ尋ねてもかまいませんか?」

「どうぞどうぞ。私にこたえられることであれば何なりと」

 親方の顔がすぐ人のいいおっちゃん顔にもどってしまった。勿体ないなぁという気持ちを頭からおいやって、気になっていたことを尋ねた。


「空にいるとかいう、クランプスって連中について教えてくれませんかね?」

「……おやおや、どうしてそれをご存じで」

「橇に鉛の弾がぶち込まれたあとがありました。触れば魔力の気配が残ってましたんで。魔法武器を持った連中が上でウロウロしてんじゃないかと思ったんです。差し出がましくてすんません」

「……ほう?」

「うちの村でも魔法武器の使い手がおりますんで、多少はなじみがあるんです。盗賊か何かですか?」


 二人でルドルフさんの鼻であろう赤い鼻が、満点の星空をゆっくり移動してゆくのを目で追っている。


「……昔のわしらの仕事仲間じゃったが近年仲違いしてのう。もう子供らにプレゼントを配るべきではない、そういう時代は過ぎ去ったと言い張って妨害してくるんじゃ」

「はあ。なんだか知りませんが心が狭いお友達ですねえ。やりゃあいいじゃないですか、おもちゃやお菓子くらい」

「わしらは子供たちに褒美を与えやつらは悪い子供に罰を与える。こういう仕事で何百年と一緒にクリスマスには仕事をしておりましたんじゃが、ここ数年でやつのなかで何か考える所があったようでしてなあ。今地上におる子供の大半はけしからん穢れた子供ばかり、本当に必要とする子供のところにプレゼントを配れるならばこの風習ももはや意味がない……と言い張るんですじゃ」

「なるほど、さっぱりわかりません」

「まあ、やつにはやつの役割というものがあり、それに忠実にあらんとしてそういう行動をおこすらしいのですわ」


 親方とクランプスとやらの仲たがいのほどはよくわからないが、たかだが仕事の邪魔だけで鉛の弾をブッこんでくるとは穏やかではないヤツだ。

 それにしても、そういうことがあったとは一切言わなかったぞ。白狼も、ほかの橇曳きの連中も。それにこの親方も……。


「道理でみんな『キツイけどいい稼ぎになる』って喜んでるはずです」

「危ない分、手当は弾んでおりますのでなあ」


 もう見えるか見えないかの大きさになった赤い光を見つめ続ける。


「……白狼くんに危険な仕事をさせてすまんことです、奥様」

「謝んなくても結構です。聞かなかったあたしも悪かったんで。ただ何かあったら時の保障だけはしっかり頼みます。祝言もまだなのに後家になるのは流石に勘弁です」


 

 ルドルフさんの赤い光はもう見えない。そのままずっとぐるっとコースを一周してきて早く帰ってきてほしい。クランプスとかいう暇な連中がちょっかいかける前に。


 あたしの祈りは通じなかったのか、急に機材を覗いているユールさんたちが騒ぎだした。


「親方、橇に不審な影接近中ですです!」

「信号解析しました、クランプスですです」


 親方がさっと顔色を変え、ユールさん達の持ち場に駆け寄る。あたしもそれに続いた。見方はさっぱりわからないけれど、ユールさんがのぞいてる機材を親方と一緒にのぞき込む。

 さっと仕事をする男の顔になった親方がユールさん達にてきぱきと指示をする。予定を変更し、姿をくらませながら島まで帰れと命令したらしい。

 

 見方がわからないなりにあたしはユールさんの持っている機材が映しているものを把握しようとした。行商人が週に一回見せにやってくるてれびにちょっと似ている機材の画面に、光の点がいくつか移されている。先を行く光の点の集まりが小さいのと大きいの合わせて九つあるところから、これが白狼の曳く橇だと分かる。その隣にぴったりくっついている大き目の四角がクランプスって連中だろう。

 

 予定の進路から徐々に逸れ始めるが、クランプスって連中もぴったりくっついてくる。

 別の機材に向かい合うユールさんが報告する。


「クランプス側による発砲確認しました。被害は軽微。射手負傷、馭者、トナカイともに無事」


 射手負傷――報告を聞いてあたしの頭には長筒をもって乗り込んだユールさんの姿が浮かんだ。


「魔法は? あの橇の魔法には安全の魔法もかかってるはずだよっ? 軍用の防護魔法だから並みの魔法武器なら跳ね返すはずなんだよっ」

 あたしは仕事中のユールさんに詰め寄ってしまった。

「敵の武器がその魔法の効果を打ち破ったと思われますます」

 律義にユールさんは報告してくれたがあたしの心配は消えるわけじゃなかった。


 機材から目をそらして、空を見上げる。赤い光が見えないかさっと空を探す。目をすがめ、魔力を高めて集中する。

 空をの片隅に移動する赤い点をようやく見つけ、その近くを凝視した。モヤモヤと絡みつく黒っぽい霞を確認する。あれがクランプスか。


 

 白狼がよっぽどトナカイさんたちを急がせたのか、魔力を使わなくても視える所まで橇たちは還ってきた。手綱をさばき時には鞭をふるい、橇を操る白狼の真剣な表情が確認できるまでになる。

 

 トナカイさんと橇が砂浜に降り立つのを見て、あたしは駈け出した。空中をかなり無茶して走ったらしいトナカイさんたちは疲れたのか砂浜にうずくまる。


 馭者台の白狼が前のめりに体を伸ばしているのが見えた。ああやっているということは報告通り無事だったのだろう。

 安堵するのは一瞬。でも仲間によって怪我した手に包帯を巻かれたユールさんが橇から降りてきたのを見ると、安心もしていられなくなる。


「大したことないですです。かすり傷、かすり傷です」

 長筒を持ち込んでいたユールさんは気を遣うまいとしてかニコニコ笑ったが、それでも血のにじんだ包帯が痛々しい。


 橇には新しい魔法武器の弾が撃ち込まれた傷がいくつもあった。今すぐにでも直さないと明日の本番に間に合わない。


 あたしは御者台に乗り込み、手綱をつかんで自分の膝の上に突っ伏している白狼の体を抱き寄せた。びっしょり汗をかいた上半身が呼吸に合わせて上下している。その背中を撫でる。


「お帰り、白狼。お帰り……お疲れさん」

「――っ」

 何度も何度も背中を撫でていると、ようやく白狼の体からこわばりが解けた。はぁぁぁ~……とゆっくり息をつき、ばったりとあおむけに倒れる。その顔を覗き込むあたしの方を見て困ったように笑った。


「……死ぬかと思った。警告なしに撃って来やがってよ。しかもこっちの結界ぶっこわしてきやがるし。去年より凶悪になってやがる」

 体を起こし、立ち上がろうとした白狼だけどすぐにがくんとつんのめる。脚がいうことをきかないのだ。あたしは肩を貸した。

「くっそかっこわりい……今更足がガクガクんなるとか」

「いいんだよ、別にっ。急に撃ってこられたんだからおっかながって当たり前だっ」

 

 ガクガクする脚で白狼はトナカイさんのところへ向かう。無茶をさせた詫びをしたいらしい。あたしはそこまで白狼に肩を貸した。


 砂浜は混乱中している。ケガをしたユールさんの手当とか、明日のプレゼント配達をあきらめないと今度は本気を出すとかいう舐めた通信がクランプスから入ってきたとかでとにかく騒がしい。

 すんませんすんません、とトナカイさんたちにひたすら詫びを入れる白狼を支えながら、あたしは橇を見ていた。


 

 そこには撃たれたユールさんが持ち込んでいた長筒がなげだされたままになっている。


 

 

 

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