第8話 帰郷(12/21)②

 冬至祭とは何をするのか。


 える子の話を聞いた結果まとめた結果、こうなる。


 冬至祭とは、春の再生が始まる冬至の日に新年を迎える意味でも行われる厳かで神聖な祭祀である。

①まず春の女神様を呼び込む儀式をする。

 冬の神様との交代劇を寸劇で演じる。

 (本祭のメインイベント。村で一番の別嬪さんが春の女神役を仰せつかるので、女の子にとっては名誉なことらしい)。

②春の女神様が家一軒一軒を回り、囲炉裏に火を点けていく。最後に村の広場に用意された焚火に火を点ける。

③聖なる炎が燃え盛る中、大人も子供も夜通しどんちゃか騒ぐ。


 

「本当は昨日と今日で祭の前夜祭があってさ、こっちのが賑やかなんだよね。尖り耳の村から代表えらんで橇引きレースやったり。街から芸人や行商人も屋台出して珍しいものが飲み食いできたりして楽しいから」

「へえ~。でもそれ昨日と今日だったんだよね? 見られなくて残念じゃないの? ……あ、でも今日の分は急げばまだ見られるのかな?」

「……まあ、急いだってしょうがないって。凍った雪道で橇急がせたら事故のもとだし。それにあっちの娯楽で目の肥えてる美里にはこっちの田舎の祭なんてつまんないよ~。ウンドウカイみたいなもんだから」

「私、出るのは嫌いだけど運動会を見るのは結構好きだよ? それに橇引きレースなんて珍しいもの、興味あったな」

「……やー、軍曹ってば遅いなあ~」


 はい、える子には冬至祭の前夜祭に行きたくない何かがありました、と。


 私たちを村まで乗せてくれる橇が到着するまで、モールのコーヒーショップで時間を潰していた。大手のショッピングモールには大体入っているあのコーヒーショップだ。風情が無いが、1Fの窓から見える景色は流石に異国情緒というか異世界情緒にあふれている。重厚な石造りの建物が並ぶ街並み、冬場は解けずに凍り付いているという雪で踏み固めれた道を橇が行き交いしている。公共交通機関は市電でそこだけは雪も除雪されているらしい。

 ヨーロッパのかなり寒い地域の都会を思わせたが、橇を轢く動物が私の世界の動物図鑑に載っているようなものではなかったり、える子のように耳の尖った人や顔が動物のような毛におおわれた人、けた外れに大きな人や小さな人がいて、やっぱりここは地球ではないのだなと意識させられる。


 件の前夜祭で、える子のお父さんははりきりすぎて腰をやられてしまい、橇の運転ができなくなってしまったとえる子のお母さんから連絡があった。橇で半日かかるモールまでとてもじゃないが行けやしない、運よく村から街まで用がある人がいるからその人の橇に乗せてもらえ――ということだった。


「ったく、父ちゃんもいい年して祭で張り切るとかさあ。考えて欲しいよね」

 

 こっちの世界にきてから右耳にぶら下げている大きなイヤリングをいじりながら、える子は話をそらした。このイヤリングはこちらの世界で最近普及しだした通信装置らしい。空中に漂う魔力と本人の持つ魔力に反応して思念を飛ばすとかなんとか、要は遠くにいる知り合いと頭の中で会話をするのに必要なテレパシーの精度を高めるような魔法の装置とのこと。魔力が無く魔法の心得も無い私には使えない。


 とにかくえる子が逃げるので、追及は一旦ここで打ち切ることにした。

 気になることはえる子の過去の他にも山ほどあるのだ。


「軍曹さんって、える子の昔話に時々出てくる人だよね?」

「そうそう。覚えててくれたんだ! そうなんだよ、すっごいカッコいい人なの! あたしの憧れの人だったんだ~!」


 はい、この子犬が尻尾を振り回すような様子からしてえる子が会いたくなかった人はその軍曹って呼ばれる人じゃないと。

 あたしは温かいコーヒーのカップに口をつける。


「えーと、村を代表して軍に入隊してる人だったよね。軍隊で知り合った女の人を村に連れて帰って一緒に暮らしてるっている」

「そうだよ。うちの村のある森って国境に接してるからさあ。なんかまあめんどくさいことがあって尖り耳の村から一人か二人は常時兵隊出すことになってんだよな。中央のバカったれが勝手に昔そんな法律通しやがったせいで」

「……念のために聞くけど、える子、こんなとこで国家批判してもいいの?」

「大丈夫だよ、秘密警察のいる国じゃあるまいし。顰蹙買うぐらいで済むでしょ」


 どんな異世界の言語でもたちどころに通訳する魔法のかかったモールの中だけど、える子の言葉に眉をひそめるような人はいなかった。ちょっと安心する。

 

 話しているとえる子の右耳のイヤリングが点滅した。これが通信のはいったという合図らしい。える子はぱちぱちと瞬きをする。相手の言葉が頭に流れ込んでいるらしい。

 口を動かさないせいか、やりとりはものの数秒で済んだ。コーヒーショップの出入り口から、背の高い女の人が手を振っているのが見えた。


 カーキ色のトレンチっぽいコートをきっちり着こなしている。髪をきっちりまとめた頭にはベレー。たたずまいからこの人が軍曹さんだと分かった。さりげなくウェストに絞りが入っていてスタイルの良さが引き立っている。ムートンっぽい裏地が当てられるようなのに見た目が全くモコモコしていない。こちらの世界の軍服はかなりおしゃれな様子。


 その人は尖った左耳にえる子が着けているのと同じようなイヤリングをつけていた。右耳はマフで覆われている。そして精悍な顔の右半分はやけどをしたように引きつった肌でで覆われていた。微笑みながらその人は私たち、というよりえる子にむけて手を振った。その後で私を見て、ひざを曲げて一礼する。


 私もあわてて立ち上がって一礼した。

 

 確かに格好いい人だった。凛々しくて颯爽とした大人の女性だ。

 える子が立ち上がって彼女の下へ駆け寄ってゆく。



「軍曹、久しぶり~。何年振りだろ?」

「もう十何年ぶりじゃないかな。大きくなったね、銀鹿」


 軍曹さんは、外見通りやや低めの男役女優のような声をしていた。その声でえる子のことを私の知らない名前で呼ぶ。


「……っと、今は銀鹿って呼ばれてないんだったね」

「そうそうそうそう、える子! 今はえる子だよ! ここにいる美里がつけてくれたんだから」


 

 はい、える子が会いたくない相手はえる子に昔‶銀鹿″って名前を付けた相手。おそらく女。

 

 私は絶対第一印象でしくじらないための笑顔と態度を頭で思い浮かべながら、挨拶をする。


「初めまして。佐藤美里と申します。える子さんと一緒に暮らしています」

「初めまして。銀……エルコさんと同じ村の者です。彼女からは軍曹と呼ばれています。本名をお伝えした方がいいかな?」

「いえ。お構いなく。ご丁寧にありがとうございます」

「差し支えなければ、エルコって名前の由来を教えていただけないかな? 異国的で気になっていたんだ。そちらの世界の神話か何かに由来するのかい?」

「……え~と……」


 昔、地元のモールで‶エルフちゃん″と呼ばれていたことから単純に「える子」と命名したことなんて、とてもじゃないが言えない……。

 える子の村で好きな人に特別な名前をつけることがとてつもなく重要なことであると知っていれば(なにせ好きな人が名前をもらうまでほとんど名無しのような状態で過ごすというのだから)、もっと気合をいれて非の打ちどころのない名前を贈っていたのに。


 言い淀んでいると、軍曹さんはさわやかに微笑んで謝ってくれた。

「すまない。大切な人への名前の意味を訊いたりして。そういうものは二人の胸に秘めておくべきものだったね。無礼を許していただきたい」


 どうやらあたしの言い淀みを乙女の恥じらいかなにかかと勘違いしてくれたらしい。恐縮してあたしはぶんぶん頭を左右に振った。

 さらに軍曹さんはあたし達がかかえる荷物を担ぎあげる。


「お詫びにこの荷をそりまで運ばせていただこう」


 中身の殆どがインスタントラーメンな鞄を持ち上げるその後ろ姿すらさっそうした軍曹さんの後ろ姿を思わず、ほーっとスターを眺める目つきで見つめる。荷物がラーメンばっかりでもうしわけない。

 見るとえる子もすっかり、ほーっとした目つきになっていた。


「……恰好いい人だね、たしかに……」

「でしょ~? ウチの村の人じゃないみたいでしょ~?」

 


 すべての言語が通じる魔法のかかたモールの外では、私は軍曹さんと会話はできない。

 ここいらではヘラジシと呼ばれる毛深いヘラジカのような生き物が曳く天蓋付きの橇の荷台で、あたしはえる子と御者としてヘラジシの運行に気を配る軍曹さんの会話を見るともなしに見ていた。

 異世界の言語でしゃべる二人の会話は、あたしの耳には小鳥のおしゃべりっぽく聞こえる。

 

 時々える子が二人の会話の内容を教えてくれる。軍曹さんは来年の春に軍を辞め、それ以降は村でゆっくりと平和にパートナーの人と過ごすことができるそうだ。とりあえず私はおめでとうございますと伝える。

 しかし辞める理由が右耳および顔の右半分に大ダメージを与えた戦闘中に負った大けがによると知って、うっかり「おめでとうございます」なんて言ってしまった自分が恥ずかしくなる。

 私の「すみません」を伝えたえる子は軍曹さんと二言三言やり取りをして答えてくれた。


「‶気にしないで″ってさ。‶この怪我のお陰でふんぎりがついたから″ってさ」

 軍曹さんとしゃべっている時のえる子は、すっかり子供のようだ。

「軍曹、あたしがチビのときからずーっと兵隊やってたんだよ? ほんとなら別に姉さんが行かなくたってよかったのにさ。もう兵隊なんかやらなくたっていいよ。十分だよ」


 呼び名が‶軍曹″から‶姉さん″に移っている。える子の村では、自分より年上の女性は姉さんかおばさんと呼ぶのが普通らしい。こっちの方がえる子には自然なようだ。


「さっきから兵隊とか軍とか普通にでてくるけど、える子の国って戦争中なの?」

「ここ50年はドンパチやってないけど森の向こうに国境があるせいでなくすわけにはいかなくってさ。森にタチの悪い密猟者も来やがったりするしさ。……どうする? 歴史の勉強みたいな話しなきゃなんなくなるけど、訊く?」

「うーん、気になったことはその都度訊くことにする」

「そうしてくれると助かるわ。まあ、最近は平和だし安心しなよ」


 それでも大けがをするような戦闘が行われるようなこともあるわけだ。

 都会を抜けた雪の街道は一転して牧歌的だけど、いろいろ難しい事情が横たわっていたりするらしい


 ヘタをすると夏ごろまで溶け残るという雪で平らに舗装された道を滑る橇の移動は結構快適だった。御者としての軍曹さんの腕が抜群なのかもしれない。



「ところで、さっきえる子なんて呼ばれたっけ? 銀なんとかって」

「……。※※※※、※※※※。※※※※」


 

 ゆさぶりをかけるとえる子はあからさまに逃げて、軍曹さんに現地語で語りかける。わかりやすい子だ。

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