第4話 帰郷(~12/21)①

 サンタクロースのプレゼント宅配業を、える子の故郷の男たちが手伝っていたとは知らなかった。


「いや、あたしだって最近まで知らなかったよ。この前父ちゃんから聞かされてびびったし」



 スポットをくぐった先に、える子と同じように耳の尖った美形の男たちが勢ぞろいしていた。

 一体なんだ、モデルか俳優のオーディションでもあるのか? と驚いた私にむけたえる子の説明を聞き、さらに驚いた私にえる子も自信なさそうに笑った。

 

 どうやらえる子が故郷にいたころにはまだ生まれなかった習慣らしい。


「尖り耳の男は橇の扱いもうまいし魔法も使えるしさ、サンタってやつの手伝いをするのはうってつけなんだって」

「ふーん……。ていうか、実在してたんだね。サンタクロースって」

「あたしはそのサンタっておっさんのことはよく知らないし……。まあ、こうして魔法で異世界あっちこっち行ける世の中なんだからさ、いたっておかしくないんじゃない? 在来妖怪みたいなもんでしょ」


 私たちの世界がなしくずしに異世界との交流を始め、現代魔法文明圏の端っこに所属することになって約二十年。

 今までフィクションの中にしか存在しなかったと思われていた人たちが当たり前に地球にやってくるようになったついでに、それまで同じようにフィクション上の存在だと思われていた土着の神仏妖怪もその存在をひそかにアピールするようになった昨今。


 だというのにサンタクロースは、実在するかしないかで幸福なご家庭に緊張を生み出す原因となっている。

 

 私もかつて「いい子にしなきゃサンタさんが来ないわよ!」と脅されたり、第一志望のオモチャよりもいくらか廉価なオモチャが枕もとに置かれて「……コレジャナイ」となった経験を持つ子供ゆえ、この期に及んでその存在を隠そうとするサンタの方針に納得いかないものを感じる。

 しっかり地球にいるというなら、なぜあの時の私にゲーム機をくれなかったのか。おのれ、サンタのやつめ……。



 と、昔のクリスマスの恨みを思い出している場合ではない。


 

 私は大量の荷物を抱えながら、える子の故郷に訪れたのだった。


 正確にはえる子の故郷から最寄りの都会である。パートナーの出身地である村はここから先、橇で半日ほどかけたところにあるらしい。「橇」である、移動手段が。

 える子の故郷はそういう所なのだ。



「……なんかさあ、うちの父ちゃんが今年はあんたと一緒に帰ってこいって言うんだけど」

 

 今月頭、出したばかりのこたつに足を突っ込んだえる子が憂鬱そうに言った。

 その日の食事当番は私だった。寒かったのでおでんを作りながら、つとめて何でもないふりをしながら「……へえ」と返事をした。

 

 心の中では「ついに来た!」ってびくびくしてたんだけど。


「うちの村、冬至には祭をやるんだけどそれに合わせて帰れって。美里をみんなに紹介したいって言ってる」


 はぁぁぁ~……とため息をついて、える子はこたつの天板に伏せた。


「やだぁ~。帰りたくない~。ただでさえ寒い時期にあんな寒いとこに帰りたくない~。クリスマスなんだから美里とデートしたい~。お買い物したい~。アウレトレットに行きたい~。イルミネーションみたい~。ディナー食べてお酒飲んでいちゃいちゃしたい~」


 こっちに来て数年経つが、和製ファンタジーの住人みたいな外見に反するえる子の大型商業施設好きに変化はなかった。デートはもっぱらショッピングモール(免許をとってからサービスエリア巡りが加わった)、趣味はラーメン屋巡りだ。



「でもえる子、こっちに来て実家に帰ったことないんじゃない?」

 おでんの大根の染み具合をチェックしながら私は尋ねた。


「お父さんとお母さんとお話するのも、いつもモールの中なんでしょ?」

「……」


 一年に一回ペースで、える子のご両親は娘の顔を見に森から都会へやってくる。

 スポットをくぐってこちら側までやってくることもあるし、える子がスポットをくぐってあちら側へ赴くこともある。そのどちらになるかはケースバイケースだが、える子が故郷の村へ帰ることは一度もなかった筈だった。


 事情が事情だし、詮索はしなかったけれど。

 

「ご両親が今年は家に帰りなさいっていうなら、帰った方がいいんじゃない?」

「え~、でもさあ、あんたも一緒にって言ってるんだよ? いいの? 美里? 父ちゃんと母ちゃんと一緒だよ? 言っとくけどよそのオヤジもおばちゃんもあんなもんだよ? あんなのがいっぱいいるんだよ?」


 

 える子はやけに熱心に言い募る。

 

 私もその時、える子のパートナーとして初めて正式にあいさつをするために初めてお会いした時のご両親の様子を思い出し、つい無言になった。



「いや~。あんたか、あんたがうちのはねっかえりと一緒になるっつう娘さんか。あんたなら良さそうだ。くれぐれもうちの娘を頼んます」

 

 緊張で吐きそうになっていた私を前に、える子のお父さんはそういってあたしの肩をバンバン叩いた。外見だけは白髪の素敵なナイスミドル俳優みたいだったけど、その口調は田舎のおっちゃんそのものだった。

 一人娘がよりにもよって異世界の人間・しかも女と一緒に暮らすと聞いて激怒したと聞いていたから、私はどんあ罵倒にも耐えられるように気合をためて臨んでいたというのに、それが空ぶってしまって大いに戸惑う。


 える子の父さんは娘への挨拶をそこそこにまず家電売り場へ行きたがった。ポータブルのDVDプレイヤーは無いかと、店員さんを捕まえて例のおっちゃん口調で尋ねる。


 その後に付き従う形で、える子と見た目はやっぱり美人女優みたいなえる子の母さんのやり取りに耳をすませる。


「ちょっとなんなのさ、父ちゃん。聞いていたのと全然様子が違うんだけど?」

「それがねえ……。こっちの世界であんたの世界で作られたドラマの放送が始まったんだよ」

「えっ? うちでドラマみられんのっ? テレビでっ? あんな電気もないとこでどうやって?」

「週に一回、行商屋が機材をもって上映しに来るんだよ。……で、こっちの世界のこの国が昔作ったドラマがあるだろ? 貧しい家の娘っ子が子守りとして売られた先でとんでもない苦労して最後に実業家になるっている……」


 える子はぴんと来なかったみたいだけど、私にはそのドラマが何か見当がついた。それは私が生まれるずっと以前に作られたドラマだ。ヒロインの名を冠したそのタイトルと、桁外れな記録的大ヒットぶりくらいは耳に挟んだことがあった。

 世界のあちこちで放送され、やれ修道院の礼拝時間が変更されただの、停電でドラマの放映が休止してしまった時は大勢の視聴者がテレビ局に押しかけただの、「ほんとかよ?」と言いたくなる伝説をあちこちで生み出していたというあのドラマ。

 それがまさか、次元を超えた異世界でも放送されていたとは……。歩きながら私はクラクラした。

 

「そのドラマにうちの人がやたらのめりこんじまってさあ……。特にヒロインにやられちまって。あのヒロインと同じ国の娘ならきっといい娘の筈だ。間違いないって言いだして……」


 続きを聞いて私はさらにクラクラした。

 

 ドラマの健気で辛抱強いヒロインの姿に感動したからって、娘が同性と一緒に所帯をもつことに許可していいのだろうか……? いや、私にとっては棚ボタ的な願っても無い話なんだけど。でも私はそんな健気な娘でもないし、ああいう刻苦勉励ドラマのヒロインみたいな娘だと思われたら後々苦労するんじゃないだろうか……?


 える子もそれを聞いてかなり戸惑ったらしい。


「ねえ……うすうす感づいてはいたけど、うちの父ちゃんってバカなの?」

「バカだよ。でもいいじゃないか、御しやすいバカなんだから。下手につっつきまわしたところで『やっぱり俺の娘が異世界の女と所帯持つなんて許さん!』ってなるだけだよ? そっとしときな」


 える子の母さんは私たちをみて目くばせをした。茶目っ気のある表情だった。

 あたし達はそれを見て、こっくり頷いた。


 その後、える子の父はそのドラマのDVDボックスを買い求め、える子の母さんは大量の日用品と食料品を爆買いした。日ごろ娘がうまいうまいと絶賛するラーメンをぜひとも食べたいというので行きつけのラーメン屋へ案内したり、とにかくその日はまる一日お付き合いした。その日の夜は疲れ果ててお互いぐったり伸びていた。

 

 こうして私と、える子のご両親との初対面はそんな冗談みたいな成り行きで済み、冗談みたいな成り行きで娘のパートナーとして認められたのだった。


 

 その時の疲れは今でも体に記憶されている。

 正直もうあんな大変な目に遭うのはこりごりだ。える子のご両親(特にお父さん)とはつかず離れずの距離でいよう! 強く決意したことも覚えている。

 

 そのままめでたしめでたし、末永く幸せに生活したかったけれど……。

 


「美里、あなたえる子さんのお家へご挨拶に行ったの?」


 ごく常識的な日本の一般家庭育ちな私の母が、時々私へ向けて世間の常識をおしつけてくるのである。


「正式に夫婦として暮らすんでしょ? じゃあ一度くらいはきちんとご実家へお伺いしなさい。あなたもいい大人なんですからね。いつまでも学生気分で生活するのはダメよ」


 娘の結婚式の準備ができなかったことが大層不満らしい母がしきりと干渉するうち、私にも段々「さすがに一回くらいはきちんとご挨拶しなきゃダメだよなあ」という気持ちが芽生えてくる。私は基本的に優等生ゆえ、きちんとしていた方が居心地がいい気質なのだ。


 それに、のちのち幻滅されないために佐藤美里という人間の人となりを知ってもらう必要性もあるように思っていたのだ。後々「あのドラマのヒロインとまるで違うじゃねえか!」と勝手に幻滅されても困るから。



 見なかったフリをしていた宿題を片付ける決意がようやく湧いて、私はえる子に行ったのだった。


「いいよ。私いくよ、える子と一緒にえる子の村に」

「……えっ」


 

 える子はなぜか、露骨に嫌そうな顔をした。


 ん? 

 私は一瞬違和感を覚える。

 える子の「……えっ」には、寒いからイヤだとか、こっちでデートがしたいとか、そういう即物的で単純な理由ではない別の事情をにおわせた。


 そもそもえる子は、こっちに来てから一度も故郷の村へは帰っていない。

 ご両親と和解しても帰らない。


 今までそのことについてじっくり考えはしなかったけれど、何か根本的に、村に帰りたくない事情がえる子にはあるんじゃないだろうか?



「……ねえ、美里。うちの村は本当に寒いしなんもないし、やめた方がいいって。帰るのはやめようよ~。ねえ~」


 べたべたと甘えた声を出してきた。そうすることで私の疑惑はより高まる。

 える子が甘えた声を出すのは、私のお気に入りのカップをうっかり割ったとか、アイスを一人だけ余分にたくさん食べたとか、どうしても衝動が抑えられなくてついバーゲンで予算以上の買い物をしてしまったとか、そういう時に限られる。


 ということは故郷の村に、える子にとってまずい何かがあるということだ。


 

 こうなればえる子のご両親にきちんとした挨拶をすることは、私の中での優先度が下がる。

 村の中にあるえる子の触れられたくない事情、それは何か、突き止めないと。それが第一の目標になった。



「大丈夫だよ。あたし寒いのは結構平気。それにえる子の故郷を一回見てみたい」

「……」

 

 つつぅ、とエル子は私から視線をそらした。これは何かある。後ろ暗い何かがある。

 

 仕事場では凛々しくしゃんとしているえる子が、自分の弱みを握られると途端にこうして頭だけ隠して尻尾だけ見せてる小動物みたいになる。それを見るのが、私は結構好きだった。私にしか見せない姿だったから。



「楽しみだなあ~。える子の村。お土産、何持っていこうかなあ~……」


 える子がびくびくしているのを把握しながら、私は弾んだ声でおでんの仕上がりをチェックする。


 

 える子はそれから数日、あっちでは風呂に入れないとか寒すぎて凍傷になるとか、獣臭くてこっち育ちには耐えられないとか、この年の瀬に休みをとったら会社のみんなに迷惑をかけるとかなんとか理由をつけて帰省を承諾しなかった。


 けれどある日ご両親から連絡が入り、うって変わって晴れ晴れした顔つきで、クリスマスを挟んだ数日間で帰ることを決めたのだった(職場がどうこうとごねたわりに、「この日じゃないと駄目なんです!」としっかり二人分の有給を申請をするという手のひらの返しよう)。



「美里がそこまで帰りたいっていうなら仕方ないなあ~。まあウチの冬至の祭も結構見ごたえがあるから、退屈はしないだろうし。ちょうどいいかもね~」


 急にふんふんと鼻歌まで歌いながら、結構楽し気に村人ようのお土産を準備し始める。お土産として大量の袋入りラーメンやカップ麺を購入する様子は怪しさの塊だった。


 

 ……まあどうせ、故郷に昔の彼女がいるから顔合わせるのが気まずいってあたりだろうな……。きっとその彼女が当日村にいないのがわかったとかそんなあたりだな……。


 そんな予測をたてながらも表には出さず、表面上はなにもなく故郷に向かう日を迎え、える子と一緒にスポットをくぐった。


 私とえる子が出会ったとき、スポットは決められたエリアで遊ぶゲームとしての要素が強かったけれど、今は異世界と異世界の通路としての役割も兼ねている。

 通路として出入りするときは、パスポートや持ち物のチェックもあったりで結構厳重だ。


 大きな鏡みたいに見えるスポットをくぐった先にあったのは、こっちの世界でもおなじみのショッピングモールのフロアだった。異世界へ進出したとは聞いてはいたけれど、お陰で旅情もなにもあったもんじゃない。


 

 尖った耳の美男子たちの集団を前にしたとたん、える子は「トイレに行く!」といって駈け出してゆく。

 

 あからさまに不自然だったけれど、まあ追及は後にしよう。

 


 エスカレーターのそばにベンチを並べた休憩エリアがあった。あそこでえる子がトイレから戻ってくるのを待つことにして、美男子集団のそばを通った時に声をかけられた。



「ちょっとあんた、落としたよ!」


 振り向いたその先には、トランクに腰を下ろした金髪の目の覚めるような美女がいた。


 アイスブルーの瞳に桃色がかった白い肌。


 季節は冬の筈なのに、大きな花柄のワンピースを着て足にはサンダル。まるでこれからどこかにリゾートに出かけるような恰好だった。ファストファッションブランドのものらしい化繊のペラペラしたワンピースなのに、美女が着ると安っぽく見えない。薄い布地から、思わず拝みたくなるような彼女の体の線の見事さがみて取れてる。

 彼女の耳もえる子や一緒にいる美男子たちのようにとがっている。


 

 彼女の手にはカップ麺があった。どう見てもそれは私のカバンから落ちたものである。


 私は笑顔でそれを受け取った。

 


 

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