皺くちゃな笑顔

@Takashieyama

第1話

「どうしたの? そんな不機嫌な顔して」

 車を運転中のママが僕に話しかけてきた。確かにバックミラーには、眉毛と眉毛の間に皺が出来ている僕がうつっている。

「……今日ってさ、じいちゃんに行くんでしょ」

 そう言いながら僕は窓の外を見た。家を出る時はビルとかお店がいっぱいあったのに、今は山と田んぼしかない。

「そうよ、それがどうかしたの?」

「……行きたくない」

 僕はそう言いながら、顔を下に向けた。

「何言ってんの、お爺ちゃん、将太に会うの楽しみにしてんのよ」

「そんなわけないよ、だって、じいちゃんいっつも僕をいじめてくるもん!『お前はバカやの』とか『背が低すぎて踏んでしまいそうやな』とか『将太は何も知らんな』。そんなことばっかりだよ」

 顔を上げ今まで言われたことをママに教えてあげた。でも、ママは笑いながら、ハンドルを動かしている。

「将太のことが好きだからそう言うのよ」

 そんなはずないよ、ママは間違っているんだ。

「3年生になってはじめて会うんだし、キッチリ挨拶するのよ」

 僕は分からずやのママにイライラしてきて、半ズボンのはしを掴んで、聞こえないように小さく、バカと呟いた。


 少ししてじいちゃんのお家に着いた。車を止めて、外に出ると太陽が全部出てて、目がちゃんと開けられない。

 玄関の前まで行くと、「おー」と声が聞こえた。

 声がした方を見てみると、じいちゃんが盆栽の手入れをしていた。

 じいちゃんはもう少しで90歳になるのに元気だ。

 黒のズボンに白の半袖のTシャツ、首にタオルを掛けて、麦わら帽子を被っていた。見えている腕はよく日焼けしていて太い。

 「よー来たの、待っとたぞ」

 そう言いながら、近づいてじいちゃんはママと話し初めた。僕は暑いから早く中に入ろうと、思った。すると、「将太」と、じいちゃんが呼んだ。

「お前背低くなったな」

「そんなわけないじゃない」

 やっぱりじいちゃんは、僕をいじめてくるよ、とママを見たら、笑いながら家の中に入って行く。

「いいや、お前はバカやから、知らんやろうけど、地球にはな重力ってのがあっての、朝と夜やと、背の高さは変わるやぞ、将太やったらあっという間にこんくらいになるぞ」

 じいちゃんは人差し指と親指ですき間を作った。

「そんなはずないよ、僕はどんどん大きくなるんだよ! すぐにじいちゃんなんてぬいてやるんだから!」

「そうかそうか」

じいちゃんは皺だらけの顔をもっとくしゃくしゃにして笑う。それがバカにされている気がして、イライラしてきて文句を言おうとした時だった。

「すみません」

 後ろから声がして振り返ると、そこにひとりの男の人が立っていた。

 スーツを着ている男の人は僕のお父さんと同じくらいの年で30歳くらいだと思う。でも、何か笑ってる顔がちょっとこわい、感じた。

 じいちゃんはその男の人に近づいた。

「わたくし、こういう者でして」

 男の人はそう言い、じいちゃんに小さな紙を渡した。名刺かな。お父さんに見せてもらったことがある。

「少しお話を聞いて頂きたく、参りました。早速、わたくしたちがの神様について」

「ちょっと待ちなさい」

 男の人が話し始めた時、じいちゃんが手を前に出し話を遮った。そして、ゆっくりと口を開いた。

「あんた、戦争行ったことあるかね?」

 男の人は首を横に振った。顔に笑顔が消えてた。

「わしはあるよ、10代の頃にの」

 僕は少し近づいて見ると、じいちゃんは悲しそうな顔をしていた。そんな顔をしたじいちゃんは初めて見る。

「……あんな所に、神も仏もありゃせん」

 そう言うと、男の人は失礼しました、と言って帰っていた。

 じいちゃんは難しく、そして、悲しそうな顔をしたまま、その場に立っていた。

 昔、日本にも戦争があったことは学校で少し聞いただけで、ほとんど分からない。

 でも、たくさんの人が死んでしまい、中には若い人もいたらしい。

 僕はどうしていいのか分からずに、じいちゃんの背中を見ていた。すると、じいちゃんはくるっと振り返り、僕に近寄ってきた。

 そして、僕の頭を強く撫で始めた。大きくってゴツゴツした手だ。

「何、しらけた顔しとるんか」

 じいちゃんは皺だらけの顔をもっと、もっとくしゃくしゃにして笑っている。

 前までは痛いから止めて、って言って逃げてたりしたけど、嫌な気持ちはなかった。

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