2. Warte nie bis du Zeit hast.《思い立ったが吉日》
「…ところでさっきの話だけどな」
「ん?」
珍しく限界までガラガラの店をオーナーに任せると、俺は裏口から表に回る。大島は店の出入り口の前で寒そうにコートの前を合わせていた。そりゃそうだ、いくら酒が入ってるっつってもそろそろ10月も終わるしな。
「どの話?」
「だからホラ、なんつーか…………お前なぁ、なにひとりで完結してんだよ」
「というと?」
「なんだ、つまり、…恋愛ってのは普通2人でするもんだろーが」
「…ああ!」
まったく自分でも俺が言うなと思うがその辺りのツッコミは飛んで来ず、大島は律儀に掌を拳で打った。
「まあ最終的にはそれが理想形だけどね。今日は邪魔が入って話し合いどころじゃなかったし、またの機会で。じゃね」
「………待てよ、」
安っぽいネオンの明かりの中に一歩踏み出しながら俺は確信する。こいつは本当にひとっつも見返りを求めてない。三週間待ってようやく作った機会が木っ端微塵になったっつーのに誰を責めるわけでもなく、フリじゃなくフツーに帰ろうとしてやがる。そもそも俺が今まで見てきた女ってのは、まず黙って三週間待たない。外見磨いたり、周りうろついて気を引いてみたり、泣いて縋ったり、自分に振り向かせようとあの手この手でアピールしてくる。俺に何らかの利点を見出したら一旦手に入れるまで能動的に動き、期待外れだったり飽きがくれば手放す。ロマンチシズムに覆われちゃいるが、種を明かせば恋愛ってのはしごく合理的なもんだと思ってた。
なのに…こいつには合理性のカケラもない。こいつは『気持ちを理解してもらえればそれで充分』だと言った。自分が居たいからただ傍にいる、それだけで構わないどころか、迷惑だったら去ると。客観視すればそんなのお前が一方的に損するだけじゃねぇかと思うし、かといって依存型の人間が嘘でも吐けるセリフじゃない。ちゃんと自分の足でしっかり立ってる上に、きちっと頭が回って計算もできるこいつがこれを言うってことの意味を、俺は多分…正確に把握しちまったんだ。
正直、俺は世渡りは下手な方じゃない。青春の勢いとか、場の流れとか、多少年食ってからは金とか打算まで含めて、いろんな理由で女と付き合ってきた。
――けど、ただ『こいつの傍にいてやりたい』って理由は初めてだ。
「あのな、お前ひとりの意思なら妥当な帰結だが」
「うん」
「……俺がお前を好きになるって可能性は、…これっぽっちも考えてねーのか?」
「いやどうだろね?むしろ私も気になるけどそれ……可能性あるの?」
………さすがに鈍感すぎやしねーかオイ。
「あるわボケ」
俺はもう反射的に身体が動くのを止めなかった。腕を引っ張りながら顎を掴むと、一瞬だけ唇同士を合わせて離す。
「………これでわかったか」
あー…ついにやっちまった。
猛烈に気恥ずかしくなって目線を外すなんだこれ俺が中学生か。
これで、『ただの同期』って居心地のいい場所は完全に俺の手で破壊しちまった、けど、この展開でいつまでもそこに居られるわけもない。
あと数年は、学費返済の目処すら立たない俺に本気で恋愛なんぞする資格はないってのに、それまで待てなんて到底言えるわけねーから断んなきゃならねぇのは重々承知だったのに、抑えられなかった。こいつが意味不明なレベルでかわいい、のを諦めて認めるしかない。言い寄る輩も出現したわけだし、俺も覚悟を決める時が来たってことだ。
「……………聞いてんのか?」
返事はない。…つーか、うん、これ実は合意じゃなかったとかならマズくねーか?正直プラトニックで十分だったとか、フタ開けてみたらそうでもなかったとか。
「お、おい、おおし………」
「……………………………………えっ」
肩を掴んで顔を上向かせると、片手で口を押さえた大島がトマトになっていた。薄暗く瞬きはじめたネオンの明かりに、今にも爆発しそうな顔色がはっきりと浮かぶ。
…ったくこのオチ薄々予想してたけどな、クッッツソかわいいリアクションすんじゃねーよマジで!!こいつの超現実的思考回路からしてほんのちょっとすらもこの事態は予想してなかっただろうからな、そりゃまあこうなりますわな!?!?
「………、……、………っ」
口を金魚みたいにパクパクさせたままトマト大島の目がじわじわと潤んでくのを見ながら、俺はツッコミよりも先に自分の腹の底から笑いが込み上げてくるのを止められなかった。
「ちょ、な………わら…………!?」
だめだこりゃ、もう完全に俺の負けだ。
ま、相手が大島なら焦るこたないのかもな。
我らが同期のホープは確かファイナンシャルプランナーの資格も持ってたはずだし、今度学費返済シュミレーションでも見直してもらうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます