2. 昼休憩

 「ほんっと助かる!ほんっっっっと助かるよ、ありがとな玉城!!!」

 「い、いえ…」

 トイレットイン後、ランチトリオでダバダバとエレベーターに向かう途中の廊下で、ちょうどシステム部の同期が後輩の両手を握ってぶんぶん振り回してるシーンに遭遇。私はその姿に強烈なデジャヴを覚えた。うわひょっとしてこれはまさか…

 「いじめの現場に出くわしてしまった」

 「確実に何かを押しつけてる口調だな」

 「それか先輩という立場をかさに着て後輩に交際を迫るシーン」

 「おっおまえら…!!全部人聞き悪すぎんだろ!!!」

 半泣きで反論してくるのはヒョロガリ(私的には褒め言葉)(羨ましい)(本当に羨ましい)でツリ目がチャームポイントの同期、その名も斉藤。いや斎藤だったか、齋藤かも……待てよ齋籐だったような?仕方ないので今は便宜上サイトウ(仮)としておこう。世の数多のサイトウさんなる者は一族に伝わりし真の漢字表記を隠し持っており、しかしその説明のめんどくささに辟易し電話等では大抵「一番簡単な斉藤でいいです」と諦めがちな生き物である。…と脳内でふとサイトウワールドの奥深さに想いを馳せている間に、話はさっさと進んでいた。

 「へえ、つまり同部署の後輩に夜勤を押しつけていたと」

 「そういえば今週入ってからシステム調子悪かったな。まさか泊まり込みで保守してたとは」

 「押しつけてはいない!断じて!!替わってもらう約束を…」

 「1年目の新人が3年目の先輩に言われたら、嫌でも普通断れないでしょ」

 「うっ…ぐぐ……大島ほんと容赦ねえ」

 「うぐぐってほんとに言ってる人間初めて見たよ」

 「私も」

 すでに2人の的確なマシンガンツッコミによってサイトウは虫の息だったが、そこに最後のトライを決めるのがこの私です。昨日たまたま5階を通りがかった時家政婦は見たのである。

 「あの、私昨日もサイトウがこの後輩氏に宿直を替わってもらっていたのを目撃しました」

 「「は???」」

 いつもクールな人が心底クールになった時と、いつもニコニコしてる人がスッと笑顔を消した時どっちのほうが怖いか、といったらそりゃもう両方ですよね。本日キレイにハモった2ペア目・森樹&大島利津ペアの目がスッと細まったのを間近で目撃してしまっためちゃくちゃ怖い怖すぎる。だがこの視線を直接向けられているサイトウに比べれば私の恐怖などまあそんな大したレベルでもないかもしれない、と思うほど2人はマジでエターナルフォースブリザードを発動していた。相手は死ぬ。

 「ほ、他に都合つく奴が見つからなくて、その」

 「……最低以外の言葉が見つからない」

 「ウソでしょサイトウ、それはあんた流石に」

 「あ、あの……すみません」

 とその時、我々の同期トークをかいくぐり、ここまで一度も聞いていない声が極めて控えめに割って入ってきた。玉城と呼ばれていた後輩くんに全員の視線が集まり、そしてよくよく見ると彼は胸の前で小さく挙手していた。うん君はとてもレベルの高い空気読みスキルを持っていらっしゃる。

 「サイトウ先輩は、今日もどうしても外せない用事があるそうで…」

 私はめいっぱい脱力した。な…なんとまさかそうくるとは…!ここまでの展開を踏まえた上で君はいったい何を言っているのだ。甘い甘すぎる、鼻にとってもやさしい系ティッシュの如く!!

 「俺体力だけはありますし、さっき漫喫でシャワーも浴びてきたので、大丈夫です」

 黒縁眼鏡に宿直明けと思われるヨレヨレスーツを装備した状態で彼はなおも言いつのる。パッと見は完璧なまでの中肉中背、ぶっちゃけHPの高い前衛系キャラには見えないが、若干寝不足を感じさせる後輩氏の黒い瞳の奥はただ限りなく澄んでいた…ああこの子本当にええ子なんや。それをサイトウ貴様……!!!

 「た、玉城……ッッ!!」

 が、次のターンで怒りをガンガンにぶつける予定だったサイトウはなんかちょっと目尻にキラッとしたものが見えてたりしたので、我々3人はなんというか一気に毒気を抜かれてしまった。こいつもこいつで普通に感極まってやがる…ピュアピュアコンビかい。

 「この埋め合わせは必ず、必ずするからな…っ!!」

 「いえ、俺こそいつも先輩にお世話になってばかりで…」

 「おまえってやつはああああああああ」

 「…さ、行こうか」

 「晶残業頑張って」

 「アッハイ」

 空前の感動シーンに突入しているSEたちをその場に残し、私は2人の戦友に別れを告げると残業との最終決戦に向かった。ていうかなんでこんなに強いパーティーみんなと別れて独りでラスボス戦突入しなきゃならないんだろう現実世界はちょっとおかしい、ゲームのほうがまとも。

 「あ、…みなさん!」

 それぞれの部署に戻るべく階段や廊下に散ろうとしていた我々3人は、後ろからの声に、その場で各自振り向いた。

 「気遣っていただいて、ありがとうございました」

 黒い頭がぺこりと深く下がる。姿勢が折り目でも付いてるかのようにピシッとしていて、なんというか、社会人の教科書に載ってそうなほど美しい礼だった。仕事を押しつける極悪な先輩を疑おうともせず、通りすがりの我々にまで礼を尽くし…きっととてもきちんとしたお家で育った青年なんだろな。

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