1. 昼食
「まだそんなにかかるん?晶んとこ」
チキンソテーセットを早々に食べ終え、コーヒーをすすりながら冷たく樹が言う。いや、温度低めに聞こえたのは単にこの子がスレンダー美人なせいであって、本人に悪気はないのかもしれないけど。それかつい最近髪をかなり攻めたショートにしたせいでさらにシャープな印象になったせいかもしれないけど。いや似合ってるけど。すごく似合ってるけどね!今は心が疲れ切ってるからそう取れてしまうわけで全私も大変遺憾です申し訳ない!
「総務はいいよね……出張とかほぼないからスケジュール狂わないし…」
最後のアサリをフォークでメッタ刺しにしつつめそめそと恨みごとを言わせてもらう。午後から普通に席で座り業務だけど、もうひとっつも気にせずニンニクまみれのパスタを食べまくりました。むしろニンニクの最後の一片まで追って仕留めました。ニンニクと白ワイン効かせなくて何がボンゴレか!まあ当然帰社して最初に歯磨きはするけど。
「そりゃそーだ。あとは社内行事さえなきゃもっといいんだけど」
樹は総務部最大の業務をさらっと全面拒否しつつ、予定が狂うか狂わないかで言えばこっちが上でしょ、と隣を指さした。薄い色素のカールヘア、色白でちっさくてちょっとふくよか、いつもニコニコよく笑う…そんな癒し系ど真ん中の同期は、今もやっぱりニコニコしながら相槌を打つ。
「うん。経理の予定が狂う時って、それつまり会社が危ない時だからね」
「「………たしかに」」
樹と私が完全にハモった。どんなにゆるふわに見えても、この大島利津女史は本社勤務の同期の中でもダントツでデキる子、経理部期待のホープである。頭の中までゆるふわだろ…とこの子を見た目で判断した上役おじさんたちの冷や汗をこっそりウォッチするのが、男子も含めた我々同期一同の密かな楽しみなのである。
「ま、仕方ないよ。例の使えないオッサンでしょ?経費申請締め切り守んなすぎてウチの部署でも悪名高いし」
「ウッやはりあのダメオーラは他部署にも隠しきれぬか……おまわりさんそいつです……」
「社内おまわりさんてどこ部署設定?まさか総務じゃないだろうな」
樹のツッコミは有り難いがスルースキル発動中なので効かぬ!その『経理でも悪名高いダメオーラを纏った使えないオッサン』こと直属の上司(営業本部万年係長/43歳独身/実家暮らし/ドルヲタ)が、全体会の直前だっつーのにいつもの誰が指示してるのかも分からん突発出張営業に行ってきたお陰で、事務方の私がすでに提出済の明日の全体会用印刷書類の訂正と刷新&パワポデータ修正をしなきゃならないハメに陥ったのであるしかも通常業務のあと。ほんっっっとうに心の底からどうでもいいです何この仕事おっさんの尻ぬぐいか!もし部署内の噂通り地方公演追っかけ出張旅行だったらマジで夜道に気をつけろよこのやろう…!!
「ああ無情…!こんな私を哀れと思うなら、そのサーモンムニエルをば一口頂きとう…」
「大事にとっといた最後の一口だから無理」
「さもありなん………」
「口調何時代だよ」
ステキな笑顔で断ってくれる利津と、律儀にツッコミ続けてくれる樹。うんアイハブとてもよい同僚ズ、バットアイム残業確定(しかも何時に終わるかもわからない)なのはもはや動かしようのない衝撃で戦慄の事実である。リアリーリアリーサッドナウ。はたして文法はこれで合っているのだろうか。
「相変わらず晶のノリは意味不明だね。面白いからいいけど」
「一応、うまいこと隠してなんとか社会に適応できてるからよしとしよう」
「黙ってればごくごく普通のOLなのにね」
「でも黙ってたら黙ってたで、多分心の中で怒濤のツッコミ入れてそうな気がして逆に落ち着かない」
「だね」
「そろそろ付き合いも長いしな」
「あの、気付けばなんかめたくそに言われてませんか私」
「いやいや、唯一無二のステキな友達がいますって話だよこれ」
「うん、今黙って何考えてたか言ってみ?」
「あいつほんと刺す…のは物理的に不可能なので、超繁忙期に仮病で有給取ってやる…!!と恐ろしい復讐劇を」
「考案していたと」
「さすが晶、期待を裏切らないな」
「じゃあお盆とかどう?」
「おおガチすぎる…!!経理、お主も悪よのう!」
「だから口調」
「あ、もう時間」
「え」
「あ」
こうして、私は親友二人に親身に慰められながらランチを終え、会社に戻ったのでした。めでたくないめでたくない。
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