第2話 スーパー美少女転校生
父さんが亡くなってから1か月が過ぎた。
葬儀を終えた後、近所に住む叔父さんから一緒に生活しないか、という申し出があったが、それを丁重に断り、今は兄妹二人で生活している。叔父さんたちには申し訳なかったが、母さんが亡くなって以降、家事は主にオレがやっていたので特に不自由は感じていないし、妹にも気を使わせたくなかったからだ。
それに、中学2年生である妹の友里も掃除や洗濯なら何とかこなせる。ただ、料理だけは壊滅的だが。
今日もいつもどおり朝6時に起床して、朝食の準備をする。
昨日の帰りに買ってきたサケの切り身を焼きながら、手早く味噌汁を作る。
レタスとミニトマトを洗って盛り付けて完成だ。
二人分の食器を並べていると友里が制服姿でリビングにやってきた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう」
妹は低血圧のせいか早起きは苦手のようで、毎朝7時近くに起きてくる。
テーブルに着いた友里が
「そういえば、昨日隣に誰か引っ越してきたみたいよ」
「へえ、そうなんだ」
隣の家は前に住んでいた人がいなくなってから数か月ほど空き家だったが、昨日、隣の家の前を通ったときに見慣れない車があったのを思い出した。
「うん。すごい綺麗な人が来て丁寧に挨拶されたよ」
いただきますと手を合わせてから友里が言う。
「へえ、そう言えばオレもこれから引っ越してくるっていう人に逢ったな」
「そうなの?」
「ああ。綺麗な人だったけど……ちょっと変なこと言ってたな」
「ふーん。挨拶してきた人と同じ人かなあ」
友里がその話題にあまり突っ込んでこなかったので、オレは味噌汁の味を確認する。
うん。我ながら上手に出来た。
「あー、今日はマラソンがある日だ。やだなー」
器用にほぐしたサケの切り身をご飯の上に乗せながら友里がこぼす。
そう、友里は運動がちょっと苦手なのだ。
別に太っていたりするわけではないが、あまり体力に自信がないらしい。
なので運動部には入らず、趣味である読書が堪能できる文芸部に所属している。
「たまには運動も必要だよ。頑張ってきたまえ」
オレが軽口を言うと友里はぷーっと頬を膨らませる。
「他人事だと思って。ふんだ」
そう言って豪快にごはんをかき込む。もうちょっと女の子らしく食べたほうがいいぞ。
食べ終わった食器を片付けてから、二人揃って家を出る。
オレの高校と妹の通う中学校は割と近いので、途中まで一緒に歩いていける。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「お兄ちゃんのクラスに可愛い人いる?」
「えっ、何でそんなこと聞くんだ?」
「いいから。ね、どうなの?」
「うーん、どうだろ。いるような、いないような……」
オレの返事を聞いた友里は、はああ、とため息をつく。
何でため息をつくのだろう。
「やっぱりか……まあそのうち……」
何やら小声で独り言を言う友里。
「どうした?」
「いや、何でもありませんです」
若干呆れたような表情で答える。一体何なのだろうか。
しばらく無言で歩いていると、角にコンビニのある交差点にぶつかる。ここで高校と中学校へのルートが分かれるのだ。
「じゃあ、行ってきまーす」
「おう、マラソン頑張れよ」
「べーだ、やなお兄ちゃん」
しかめっ面をして友里は走り出す。はは、朝から元気で結構なことだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
教室に入るといつもどおりの喧騒に包まれていた。
「おはよう、
「おはよう、和彦」
にこやかに挨拶してくるのは
「どうだ、落ち着いたか?」
「ああ、おかげさまでね」
茶髪で少し皮肉っぽい笑顔を絶やさない和彦は、見た目は軽そうだけど冷静沈着を絵にかいたような質実剛健タイプで信頼できるヤツだ。
今もさらりと心配してることを伝えてくる。
「まあ、昔から家事をやってきたから特に問題はないよ」
だから大丈夫、ということを伝える。
「そうか……何か手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「うん、ありがとう」
オレにとって和彦の存在がどれだけ大きいか、この1か月で思い知らされた。やはり持つべきものは親友だ。
「そういえば、今日転校生が来るらしいぜ」
さっきまでとガラリと表情を変えて言う。
「へえ、よく知ってるな」
オレが尋ねると、へへと笑った。
「さっき、職員室に入ったら担任のところに見慣れない生徒がいたんだ。しかもすげー可愛い子だったぜ」
「さすが抜け目ないな」
思わず苦笑する。オレ以外にはこういう話ばかりしているせいで軽そうに思われているのは仕方ないかもしれない。
ちょうどそこに担任の先生が入ってきたので、みんな慌てて自分の席につく。
それぞれが席に着いたのを確認してから、先生が口を開いた。
「ホームルームを始める前に、みんなに転校生を紹介する。入ってきなさい」
転校生という言葉を聞いて、教室内がざわめき始める。
日常では中々ないイベントなので期待を込めたみんなの視線が入口に集中する。こんなプレッシャーの中に登場するというのはどんな気持ちだろうか。自分に置き換えて考えるとちょっとこわい気がする。
ガラッとドアが開かれて、和彦の言ったとおり女子生徒が入ってきた。
背は女子としては高めで165センチくらい。やや茶色がかった髪は腰のあたりまで伸びて艶々だ。
でも一番印象が強いのは大きくて青みがかった目だ。
あれ、この子どこかで……。
「うっ……すげえ可愛い」
「ちょっと、モデルさんみたい……」
「マジか。こんな綺麗な子見たことないぞ」
周りから率直な感想が漏れ聞こえてきた。確かに存在感が半端ない。何というか神々しいオーラをまとっているみたいだ。
今は緊張しているのか、表情は硬いけど、笑顔になるとかなりの破壊力だろう。
「えー、では自己紹介を」
先生が転校生に話を促す。
「今日転校してきました、初芝ルカです。よろしくお願いします」
ぺこりとおじぎをする。
顔を上げてにこりと微笑むとパアアッと光が差し込むような感じがして、途端にあちこちから「うっ」、「たまらん」という声が聞こえた。
オレは彼女を見て不思議と懐かしさを感じた。もちろん過去に逢ったという記憶はないのだが。
転校生は一人一人の顔を眺めるように、ゆっくり教室の中に視線をさまよわせていた。
そしてオレに視線を向けたとき、ハッとした表情を浮かべたような気がする。
「それじゃ、初芝さんは空いてる席に着いてください」
先生が着席を促すと、初芝さんは「はい」と小さく答え、空いてる席、つまりオレの隣の方へ歩き出した。
しかし、視線は相変わらずオレの方へ向けたままだ。
隣の席に着いた転校生、初芝さんは相変わらずオレに視線を向けている。
一体何でオレに? という思いと絶世の美少女から放たれる熱い視線にオレは否応なく顔が熱くなっていった。
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