第3話 謎めく転校生

 今は昼休み。オレは自分で作った弁当を購買部でパンを買ってきた和彦と一緒に食べている。

 隣の初芝さんは既にクラスの女子数人に囲まれて昼食をとっている。


「初芝さんってどこから転校してきたの?」

「そんなに美人なら今までモテたでしょう?」

「もしかして今付き合っている人がいるとか?」


 さながら質問タイムに突入したようで落ち着いて食べていられない。


「転校する前は北海道にいました。生まれてからずっと北海道にいましたので、こっちと随分気温が違いますね。とても暖かいです」


 別に聞き耳を立てている訳ではないが、聞こえてくる声音はなんと心に響くんだろう。

 ずっと聞いていたくなる。


「それで彼氏とかいるの~?」


 クラスの中で噂好きで有名な女子が、いかにも軽いノリで尋ねる。

 いや、転校したばかりなのにいるわけないだろう。オレは心の中でツッコんだ。

 初芝さんは少し困った表情を浮かべた。


「そんな人はいません……でも」

「でも?」

「気になる人はいます」

「えっ?」


 初芝さんを取り囲んでいた女子たちが一瞬息を飲んだように固まった。

 会話が聞こえていたオレと和彦も思わず初芝さんの方を見てしまう。


「ほ、本当?」

「だ、誰?」


 突然の爆弾発言に周囲は堰を切ったようにざわめき出すが、しかし、当の本人は落ち着いて答えた。


「それは言えません」


 初芝さんの強い意志を込めた言葉と有無を言わせぬオーラが浮ついた雰囲気を一変させた。


「ま、まあそうよね」

「ご、ごめんなさいね、変なこと聞いて」


 気押されたように取り囲んでいた女子たちがオロオロし始めた。


「いえ、気にしないでください」


 初芝さんはにっこりと微笑を返す。でもそれは、これ以上は聞く必要ないでしょう? という意思表示に思えた。

 それから女子たちは会話を続けるきっかけを見つけられないまま、質問タイムが終わったようだ。

 オレは食べ終わった弁当を片付けながら、初芝さんが見せた強い意志のようなものを感じていた。


 昼休みまではただ可愛いとか綺麗だといった気持ちしか持てなかったオレだが、その日以降は何というか、一人の人間として初芝さんを見るようになった。

 多分、オレなら笑ってごまかしたり、逆に怒った顔をしたりして気持ちを逸らすような言動に走ってしまうところを彼女ははっきりとした態度で示すことが出来るのだ。

 それは決して簡単なことじゃない。明確に自分の意思を示すには勇気がいるからだ。

 だから、それが出来る初芝さんをオレは尊敬している。


 その日以降、クラスの女子たちは軽いノリで初芝さんに話しかけることはなくなった。

 でもそれは彼女を仲間外れにしているのではなく、自分たちが普段交わしているどうでもいい内容の会話を意識的に彼女としなくなっただけのことだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そんなある日、学校帰りにコンビニで立ち読みしていると、前方の道路を歩いている初芝さんを見かけた。

 制服姿なのでこれから帰宅するのだろう。

 彼女が歩いている方向にはオレの自宅があるし、ちょうど立ち読みも終わったところだ。

 少し悪戯心が芽生えて、何気なく彼女の後ろを付いていくことにした。


 付かず離れずの距離を保ったまま、腰まで伸びた茶色がかったロングヘアが風に揺れているのを目で追っていると、気のせいか甘いような香りに包まれた。

 彼女の意志の強そうな青い瞳が見られないのは残念だけど、こうやって後ろ姿を眺めているだけでも幸せな気分になってしまう。


 あれ……よく考えたら、彼女はいつもオレの隣にいるんじゃないか。

 それなのに、こんな帰宅途中に後を付けるなんて、まるでストーカーだ。

 それに気が付くとさっきまでの高揚感は消え去ってしまい、自分があまりにも情けなくなって立ち止まった。

 こんなことは止めよう。話をしたいのなら学校で普通に話しかければいいのだ。それに、大体、初芝さんに失礼だ。

 彼女を追いかけるのを止めて、きびすを返すといつの間にか目の前に初芝さんが立っていた。普段は綺麗な蒼い目が冷たくオレを見つめている。


「あう……」


 まさか、前を歩いていたはずの初芝さんがいつの間にか後ろにいたのでびっくりしてしまい、何も言えなくなってしまった。

 もしかしたら、立ち止まって考えている間に近づいてきたことに気が付かなかったのか。

 罪悪感と羞恥心から自分の顔が熱くなっていくのが分かった。


「神馬くん、よね?」

「は、はい」

「あなたは人を尾行するのが趣味なのかしら?」

「い、いえ……」


 これは完全に嫌われてしまった……明日からどんな顔して逢えばいいのか。


『ストーカーなんて最低だわ』


 そんな言葉をぶつけられても可笑しくない状況だ。

 たった今、自分の存在が消えてしまえばどんなに楽になるだろうと悲壮な考えを思い浮かべていると、


「ふふ……」


 えっ……初芝さんが笑った?

 驚いて初芝さんを見ると、さっきまでの厳しい表情がうっすらとした微笑に変わっていた。


「そうね。『ストーカー』の神馬くんには責任を取ってもらおうかしら?」

「せ、責任?」

「そう」

「う、うん。分かった……」


 仕方ない、オレは初芝さんのいう責任を果たさなければならない。それしか方法が思い付かなかった。

 しかし、続けて言った彼女の言葉にオレは衝撃を受けた。


「それなら、私と付き合いなさい」

「えっ!?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 さっき、『ストーカー』と呼んだ相手に『付き合え』だって?

 オレの聞き間違いだよね?


「あのう……どういうことでしょうか?」

「うん?」

「つ、付き合うってことは……オレのことを……」


 オレが言いよどんでいると、初芝さんは再び微笑を返してくる。


「そうね。あなたのことを気に入ったってことよ」

「は、はあ……」


 本当ならうれしいはずなんだけど、気持ちがすっきりしないというか……まさに『どうしてこうなった?』状態である。


「それじゃ、一緒に帰りましょうか」

「は、はい」


 初芝さんは悠然と歩き出す。

 オレは自分が置かれた状況がよく分からないまま、彼女の隣に並んで歩き出した。

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