オレとチートな彼女の恋の話

魔仁阿苦

第1話 プロローグ

 父さんの容態が急変した。

 それを聞いたのは、学校で授業を受けている最中だった。


神馬じんまくん、授業はいいからすぐに病院に行きなさい」


 病院から学校へ緊急連絡があったらしく、担任の先生が教室にやって来てオレに告げた。


「君の叔父さんにも連絡しておいた。今、タクシーを呼んでいるからそれに乗って病院に行くように」


 周囲のクラスメイトが騒然とする中、オレは慌ててカバンに教科書を詰め込んで、担任の先生にさよならを言って教室を出た。

 いつかこうなるだろうと覚悟はしていた。

 玄関に向かって廊下を走りながら、父さんが入院した当時のことを思い返していた。


 会社員だった父さんは、1か月前に帰宅途中に交通事故に遭ったのだ。

 事故の原因は、運転していた男性の前方不注意だったらしく、青信号の横断歩道を歩いていた父さんを左折した際に跳ね飛ばしたのだ。

 母さんはオレが5歳のときに病気で既に他界していて、残された父さんとオレ、妹の3人で仲良く平凡に暮らしていたところに今回の事故が起きたのだ。

 病院に運ばれた父さんは打ち所が悪かったらしく、医者から回復の見込みはほぼ無い、と言われたときは目の前が真っ暗になった。

 それを聞いて大声で泣き出した妹をなだめながら、オレは奇跡が起きることを必死で祈っていた。



 校門の前で待機していたタクシーの運転手はこっちの事情を知ると、出来るだけ早く着くように飛ばしてくれたが、結局、間に合わなかった。

 病室に入ったときにはすでに父さんは息をしていなかった。ベッドの横に立ち尽くしていた叔父さんと叔母さんは呆然として、妹の友里は父さんのベッドに顔を伏せて嗚咽を漏らしていた。

 病室内に響く妹の泣き声を聞きながら、オレはベッドの傍で父さんの顔を見つめていた。

 覚悟していたとはいえ、目の前のことが信じられなかった。悲しいのに涙が出てこない。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 どうにか落ち着いた友里が、呆然としたまま動かないオレの横にやって来た。


「お兄ちゃん、お父さんね、何度もあたしたちの名前を呼んでたよ。そして最後に言ったんだ。『翔子、頼んだぞ』って……」

「そうか……」


 翔子……それは母さんの名前だ。

 最後の最後で母さんの名前を呼ぶなんて、父さんは母さんをとても愛していたんだなと思う。

 でも、これからは妹と二人で、父さんと母さんの分まで一生懸命生きていかないといけないんだ。

 それは生半可なことではないだろう。

 オレは大きな不安を抱えながらも、今は亡き両親に誓った。

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