第59話 自衛隊

 僕は、人生初のアルバイトを楽しんでいた。


 引っ越しの仕事では、お客さんからお昼ご飯をご馳走してもらったり、現金を頂いたりした。


 仕事前、今日は何かもらえるか楽しみで、何もないとがっかりした。一軒家の引っ越しの時は特に期待出来た。若い夫婦のアパートの引っ越しの時は水も出なかった。


 だがこんな生活をいつまでも続けているつもりはない。僕は、今後の事を既に考えていた。


 衣、食、住、全て揃っている場所。そう自衛隊だ。


 溝の口にある自衛隊の事務所に行き面接してもらった。身体測定をして合格した。僕は、日の出屋での悲惨な暮らしを話した。面接官は深く憐れんで、何か食べなさいと千円くれた。


 僕はまだ十九歳なので、入隊には親父の許可が必要だった。後日この面接官が、親父の許可をもらえる様に同行する事になった。


 その頃、森の家に毎日電話で僕の居場所を聞く親父がいた。森には、家出の話はしていない。金子の家にお世話になっている事も隠していた。


 森に久しぶりに連絡すると怒りながら「昇、どこにいるんだ!お前の親父何とかしろよ!俺の親父がノイローゼになるじゃないか!」僕は一言「わかった」と言い電話を切った。


 後から兄に聞いた話だが森の親父から「あなたは間違っている!」と言われ、相当落ち込んでいたという。


 家出をして、一か月経とうとしていた。支店は親父と千代子が営業していた。僕は親父に電話して、家を出て自衛隊に入隊する事を伝えた。


 「今から帰るから」そう言うと電話を切った。 



 家に帰ると親父と兄が待っていた。自衛隊の人が親父に話かけた時だった。親父が大声で、わんわん泣き出した。


 「戦争が始まれば真っ先に自衛隊が行くんだぞ!お前は人殺しになりたいのか!俺の様になりたいのか!」


 親父のこんな姿は初めて見た。


 自衛隊の人が入隊までの流れをひと通り話すと僕に「さあ行こうか」と言い席を立った。外に出て少し歩き出すと僕は「すみません、やっぱり自衛隊には入りません」そう言うと、頭を深々と下げた。


 「ここまで来て何言っているんだ!そんな簡単に止めるのか!」カンカンに怒りながら「好きにしろ!」と言い立ち去った。 


僕は日の出屋に戻る決心をした。


「親父を泣かしてまで、自衛隊に入隊するべきではない。必ず後々後悔する」そう思った。

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