第51話 たこ焼きと大判焼き

 日の出屋支店に動きがあった。

 

 本店で作った配達弁当は、兄が車で配り回収していた。配達弁当の空を本店で洗う事になった。


 毎日残った弁当を、兄が三個夕食だと置いていった。親父と千代子も、半分腐りかけた弁当を食べていた。


 ほか弁の販売間口は、元々焼肉やうなぎを調理する場所だ。そこを改装してほか弁を提供するコーナーにしていた。お客さんが飲み食いしていた場所は死んでいたのだ。


 キャパは、二十人入るので結構広い。その場所を改装して、たこ焼き、大判焼き、ソフトクリームを販売すると言う。


 親父はいつも突然話を持って来る。


 事前の相談や、打ち合わせなどした事は一度も無い。それをやるのはいつも僕だ。


 今回も僕にやれと言う。勿論たこ焼きや、大判焼きなど作った事など無い。


「簡単だから大丈夫だ。お前は器用だからすぐに作れる様になる。何事も勉強だ。頑張れ」


 親父はそう言うとニヤリと笑った。ほか弁のコーナーは親父と千代子が担当すると言う。


 僕は機械メーカーの一日研修を受け、翌日から一人で販売する事になった。応援団の校歌を一度聞き、翌日までに覚え歌える様にして来いと言われた時よりも緊張した。


 その当時は、まだ銀だこなど無く、たこ焼きなんて縁日の屋台で食べられるくらいの時代だ。近所に販売している店も無い。


 僕はすぐに作れる様になった。たこ焼きも、大判焼きも作るのが面白かった。大判焼きは、あんことクリームの二種類だ。十個くらいのまとめ買いが多く、たこ焼きもよく売れた。ソフトクリームも女の子や子供に人気があった。


 しかし親父に商売の素質があるのか無いのか僕にはよく分からなくなった。親父の「まだ食べられる」がまた始まったのだ。


 残ったたこ焼きや大判焼きを、冷蔵庫に保管して、翌日焼き直して売れと言うのだ。


「わかった」


 僕は返事をした。少しずつ調理して焼くのが間に合わない時は焼けるまで待ってもらった。それでも残りは出た。捨てると親父に殴られる。


 焼き直した、たこ焼きや大判焼きは、表面がガチガチに硬くなり美味しく無い。お客さんはお金を払い買いに来るのだ。味に対しても敏感だ。すぐにお客さんが離れて暇になった。


 本店では悪い噂が流れた。


 「日の出屋は、腐ったモノを売っている」


 何も言い返せなくて悔しかった。


 あるファーストフード店では、調理して何分経ち残った商品は、廃棄すると言うマニュアルがあるらしい。出来るだけできたてを、お客さんに美味しく提供して食べて欲しい、という姿勢があれだけ繁盛する店を作ったのだろう。


 親父の厳しい戦争体験がこの「まだ食べられる」につながっているとしたら、こんな不幸な事は無い。


 「親父を責める事は出来ないのかな。」


 隣のスペースでお客さんを待っている親父の横顔を見ながら、僕はそんな事を考えていた。

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