第47話 銀の兵

 六ヶ所再処理工場・第6ドーム・総合保安管理課・接続制御室――――

 実際は中央ドームのボリスという人物によって工場の防衛が任されていたが、本来はここで行われるはずだった。自衛軍の攻撃時には機能することはなかったが、それでも状況の確認と情報収集が可能だったので、米帝陸軍の兵士が何人か滞在していた。

 だが――――


 室内に入った瞬間、モナドと石動イスルギは事態を理解した。制御端末の間で何人もの人々が倒れている。動く者は誰一人いない。


『ここは地上階だからな、致命的な被爆を免れられなかったというわけだ』


 石動が倒れている者たちの様子を伺う。


『ダメです。全員絶命しています。初期の被爆でかなり速やかに死亡したと思われます』


 モナドは頷く。石動は立ち上がって制御端末の操作を始めた。


『この室内の残留放射線数値もまだかなりのものですね。我々もハインラインを装着していないと瞬く間に致死量に達してしまうレベルです。いや、装着していてもあまり長時間は持ちませんね』


 モナドは暫し沈黙していたが、やがて口を開いた。


『こいつらもハインラインとはいかなくても、何らかの放射線防護能力のある装甲服アーマーでも装着しておいたらよかったのにな、全く意地を張りおって』


 苦笑しているのか、乾いた笑いが通信機を通して石動に伝わってきた。


強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーって、棺桶のように捉えられていますからね。装甲兵アーマーズはそれに繋がれた囚人みたいに見られています。他の軍種――というか、同じカテゴリーの軍人でも装甲兵アーマーズは嫌だと思う者は多いのですよ。彼らは――』


 石動は倒れている者たちを見渡す。


『陸軍とは言え、装甲兵アーマーズではない。彼らは電子戦が専門のサイバー班ですからね。荒事専門とされる棺桶装備になど触りたくもなかったのでしょう』


 だから装甲服アーマーを着たがらなかったのだ――と、石動は言いたいのである。


『単独の兵器プラットフォームとして極めて有効に働き、地上戦に於いては無類の強さを発揮する装備だがな。機種にもよるが、少なくともハインラインはNBC対応装備も完備されているので、極限環境での生存確率も格段に上がるはずなんだがね……』


 モナドも倒れている者たちを順繰りに見渡した。例外なく目を大きく見開き、喉を搔きむしるような仕草のまま固まっている。それはかなり苦しんだ末での死が訪れたことを意味する。肌も異様に赤らんでいて、高熱に晒されたのかとも思えるが、この地上階を熱線が襲ったわけではない。


 ――急速なバイタルの悪化、血流の暴走が起きたのかもしれない。その跡――というわけか。死亡までの時間が短かったはずだから、それが唯一の救いか……


『まぁしかし、自衛軍があんなもの使うなんて予想もしてなかったろうしな。来ると分かれば背に腹は代えられなかったろうが、仕方がないか』


 その場合は強化装甲服アーマーを着用したはずだ。予備の装備は予め用意されており、この接続制御室にも持ってきてあった。


『しかし大佐、地上階とは言え、ここはイワド防殻シェルという多重強化装甲防壁に覆われた環境。耐放射線防護もかなりのもののはずですが、なのにこの数値は何なのでしょうね』


 モナドはまだ機能している制御端末上に浮遊表示されている立体投影画面ホログラムスクリーンに目を向ける。そこに現時点でのこの室内環境のデータが表示されていた。未だ致死量(生身を曝露している場合)の放射線が残留しているのが分かる。


『中性子ビーム弾というものは、それほどのものだったということだな』

『これって、イワド防殻シェルが鉄壁でないことを証明していますね。連中、自分で自分の首を絞めたことになりますよね?』


 中性子ビーム弾は、核攻撃にも耐えうると言われていたイワド防殻シェルを貫いて内部に致死量の中性子線を撃ち込んでいる。流石に地下深くまでは貫けなかったようだが、少なくとも地上階は安全でないことを示した。自衛軍は自らの力で自らの防壁を崩してみせたことになる。この結果は米帝にも伝えられ、以後の兵器開発に活かされるだろう。今回の強襲作戦に於いて入手できた皇国の核兵器開発のデータの中には中性子ビーム弾に繋がるものもあるはずだ。直接的な情報がなくとも、関連するものはほぼ確実にあると思われる。つまり、米帝も中性子ビーム弾を開発できるというわけだ。


『皇国のこの兵器は成程脅威として国際的に認知されるが、同様のものは遠からず我が国も手にできる。それだけの基礎技術力はこっちにもあるからな。相互確証破壊の継続さ』

『何でこんなことしたのでしょうね?』

『さてな、それほどボリスくんを手に入れられたくなかったということかな。或いはビーム弾を防げるほどの防殻シェル開発の目途が立っていたのかな? 後半は想像でしかないな』


 肩を竦める動作を見せるモナド、だが右肩――というか右半身のかなりの部分が欠落しているので上手くいかず、バランスすら崩してしまった。装甲服アーマーのオートバランサーが機能したので倒れることはなかったが、よろめくのは防げなかった。


『ちっ、機械体メカニクスのジャイロ機能も狂ってきているな。こりゃ早急に調整しないと』


 モナドは回れ右をして歩き始める。


『行くぞ、恵理那エリナ(石動少尉のファーストネーム)。長居は無用だ』


 彼らは第6ドームに残留していた友軍の状況を確認しに来ていた。結果は見たまま、接続制御室にいた米帝陸軍電子戦部隊は全滅していたのである。部隊が携帯していた情報端末を幾つか確保し、2人は足早に制御室を後にした。遺体を回収する余裕はなかった。



 素早く駆ける2つの影、通常の人間の視覚ではまともに捉えるのは困難だろう。白い残像を残す疾風が駆け抜ける――そんな風に感じたのかもしれない。もちろん、今の六ヶ所再処理工場にはそんな彼らを見る人間などただの1人もいなかった――はずなのだが……?


 第3ドーム・地下2階・循環処理浄水場――――


 ちょっとした運動競技場くらいの広さはある空間、六ケ所再処理工場で使用される冷却水などの取得、及び使用後の処理、再使用に耐えうるように循環させる施設だ。一部は外部と繋がっていて、放射線数値が十分に下げられた処理水が海洋放出されている。


『大佐、何かいます!』


 浄水プールに到着した瞬間、2人は素早く身を隠した。プール近くの環境調整ボックスの陰に隠れる。


『あれは……〈ジョージ・ウッズ〉か?』


 プールの端にイルカのような外観の機械らしきものが見られた。それを確認してのモナドの言葉だ。


『ジョージ……それって汎米の小型高速潜水艇では? 何故そんなものが……』


 そう言う石動の声は些か裏返っていた。動揺が見られる。


『まぁ当然か。ここにあるものの価値が分かっているのなら、ドサクサに紛れようと考えるのも当然かな――』

「――そうだろ、汎米の人!」


 モナドは言葉の後半を外部拡声器をオンにして続けた。


「フム、まだここに残っていると分かったみたいだね。流石は量子感応者――でなくとも分かるというものか」


 浄水場出入口近くの制御室の扉が開いた。そこから1つの人影が出てきた。その姿を見て、石動は声を上げた。


『あれは……〈ホールドマン〉!』


 全身銀色の外観は目を惹く。ただの人影ではなく、これも一種の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーであることを彼女は知っていた。


「ほぉう、汎アメリカ連邦が最近正式採用したばかりの装甲服アーマーだな。こんなところでお目にかかるとは思わなかったぞ」


 装甲服アーマーとは言うが、かなり細身。ハインラインや陸自の勝家カツイエのようないかにもな鎧とは一線を画している。警察系の特殊部隊などが着用する軽装甲のアーマーに近い感じだ。だが全身を覆っていて、フルアーマーなのは確実。どういう意味があるのか、頭部や両肩、背中や両腿の一部が後方に幾つもの突起を伸ばしている。銀色のカラーリングのせいか、水銀を高圧で正面から吹き付けて、一瞬で硬化させたようなものに思えた。また頭部の大きな“眼”が目立つ。昆虫の複眼を思わせる意匠で、見ただけでも高度なセンシング能力の存在を伺わせる。ブースターユニットなどの外部強化パーツは装着していないようだが、だからと言って侮ってはいけない――と、2人は思った。


『カタログスペックは多少伝わっちゃいるが、所詮はカタログ。実戦でのデータは不足もいいところだからな。迂闊に動くなよ』


 通信機を介した言葉は石動に向けて強調したもの。意図を察した彼女は応諾のサインのみをモナドに返した。彼女は自身の装甲服アーマーの全センサーの感度を上げた。


「それで? アンタ、何のつもりだ? 俺たちがここに来る時――というか、その前にでも奇襲すればよかったと思うが、何でやらなかった?」


 或いはできなかったのか? それでも――――


「堂々と姿晒して……手負いだから問題ナシとでも思ったのか?」


 モナドは装甲服アーマーの前面を開放した。よって彼の表情がよく分かる。ニヤニヤ笑いを浮かべていて、楽し気にも見える。すると対するホールドマンのフェイスプレートも開放された。顔面の中心の縦に切断されたような筋が走ったかと思いきや、左右に素早くスライドしたのだ。その中から金髪碧眼の男の顔が現れた。

 その顔を見て、モナドは驚きを隠さなかった。


「おおっ、アンタ確か……ゲオルグ・フェルミっていったな? 在日汎米大使館付の駐在武官だったな」


 フェルミは首をかしげて笑いを漏らした。


「駐在武官か、流石は情報軍。ちゃんと把握していて憶えていたんだね。というか、本当の身分・・・・・も分かっていると思うけど、ここで言わないのは何かのゲームのつもりかな?」


 モナドは笑みを収めた。どちらかと言うと不機嫌そうになっている。


「ゲームとかさ、そんなこと言える立場じゃないけどさ」


 フン、と鼻を鳴らして一息。それから言葉を続けた。


「――で、何だ? ここでの登場は投降でも呼びかけるためなのか? なるべく穏便に済ませるために」


 倒すつもりなら、やはり隠れたまま攻撃するのが一番だ。モナドたちはフェルミがここにいたことを浄水場に来るまで気づかなかった。他の兵士――1個小隊くらいはあるかもしれない――が、今も隠れている可能性がある。フェルミ1人だけとは考えにくく、少なくとも1人2人くらいはいるはずだ。いずれにせよ、かなり不利な状況だろうと自覚していた。


「まさか、言わば挨拶のためだよ」


 何言ってんだよ、と苦笑するモナド。口角は上げているが、それでも不機嫌そうなところは消えていない。


「挨拶って何だよ? お目こぼし貰って、這う這うの体で逃げ出した敗残兵を笑おうってトコじゃないか?」


 どこか投げやりな言い方になっている。フェルミは首を振った。


「機嫌が悪いのかな? ボリスくんに助けて貰ったみたいだけど、別に敗残兵というわけではないだろう?」

「何言ってやがる。どーせ全部把握済みだろ? 俺たちは仲間を殆ど始末されて肝心の能力者クスパ―の確保にも失敗、ヤバくなったところでお情けで逃がして貰った立場なんだぜ? これを敗残兵と言わずに何と言うのかね?」

「――にしては結構目が生き生きしている感じだね。別にここで撤退したからと言って敗北とまでは言い切れない――君はそんな風に感じる人物じゃないのかね?」

「まるで俺のことを知り尽くしたような言い方だな。ゲオルグ・フェルミ〈汎米統合情報局特務工作班主任〉殿!」


 フェルミは笑みを絶やさない。しかしその目からは一切の笑いが消えた。


「フム、私のことも分かっているようだね。ザイン・モナド米帝情報軍インフォメーションズ特級大佐」


 フェルミもモナドのことを身分を含めて呼んだ。

 2人は黙って互いを見つめ合う。次第に緊迫の度が高まるが、やがてフェルミが口を開いた。


「私が挨拶のために顔を出したのは噓偽りないよ。君らをここでどうこうするつもりはない。同盟関係とは言え、そこまで皇国自衛軍のために働くつもりもないしね」


 うん? と顎をしゃくるモナド。


「じゃあ、何のつもりだ? 本当にただの挨拶しに来たってわけでもないだろ?」


 フェルミは首を振る。


「いや挨拶だよ、今後のためにね」


 “今後”? モナドは右眉を上げる。言葉の意味が推し量れず、疑問が自然と表情に現れたのだ。


「我々は長い付き合いになる。かなり――のね」


 では行ってくれたまえ――そう言ってフェルミは回れ右、背中を見せた。


『大佐、今なら!』


 石動による通信、無防備に背中を見せた今なら容易に撃てるとの判断だ。


『ダメだ!』


 モナドは間髪入れず応えた。その断固たる言いように石動は戸惑ってしまった。


「ああ、そうそう」


 出入口近くに達していたフェルミが一度足を止めてモナドの方に頭を向けた。


「〈スゥエン准将〉によろしく言っておいてくれたまえ」


 そのまま彼は出入口の向こうに消えて行った。後に残されたモナドは明らかに呆然と分かる様子で立ちすくんでいた。


『大佐?』


 石動の声でモナドは我に返った。いつの間にか彼女が傍らに来ていたのだ。


『うん? ああ、すまんな』


 モナドは首を振り、頬を叩こうとして思いとどまった。自分の左手を見て苦笑いを浮かべた。


 ――へっ、装甲服アーマーの手で叩いたら機械体メカニクスの顔でもズタズタじゃねぇか。そんなのも分からなくなっているとはな、柄にもなく本気で動揺したと見えるぜ……


 モナドはフェルミの消えた出入口に目を向ける。


 ――“よろしく”、だと? あの男、准将――情報軍司令の知り合いだとでもいうのか?


 何も分からなかった。やはり頭を振るしかない。


「大佐」


 いきなり聞こえてきた石動の声にモナドは驚いた、肉声になっていたからだ。振り返ると装甲服アーマー前面を開放している彼女の顔が目に飛び込んできた。東洋系のミドルティーンの少女の面差し。碧がかった黒髪をボブヘアにしている。黒目勝ちの眼はクリっとしていて可愛らしくすらある。


「大丈夫ですか?」


 彼女が心から自分を心配しているのをモナドは理解していた。知らずに浮かんだ笑みはどこか寂し気になっていた。


 ――こんなが戦争を――それも最前線の殺し合いを強いられる強化装甲兵アーマーズなどとは……


 思考はここまで、彼は振り払うように言葉を口にする。


「行くぞ!」


 2人は自分たちの潜水艇に向かった。


「大佐、汎米の潜水艇はどうします? このまま放っておく手はないと思いますが?」

「やめておけ、下手に手を出すと何が起こるか分からないし――」


 ――それにそんなの野暮だ……残りの言葉は口にしなかった。

 2人は素早く自分たちの潜水艇に乗り込む。そのまま排水口より外に脱出するのだった。




「全く冷や冷やものだったぞ? 1人だけで姿晒してくれて、あいつらが攻撃してきたらどうするつもりだった?」


 浄水場出入口を出たところで別のホールドマン兵が現れた。出入口附近で待機していたと思われる。


「大丈夫だったじゃないか。それに何かあっても君が助けてくれただろ、ウィンダム一佐」


 もう1人のホールドマン兵のフェイスプレートが開放された。中から赤毛の男の顔が現れた。海上自衛軍・第1水上戦闘群指揮官・フィリップ・ウィンダム一等海佐だった。どうやら汎米の装備を借りているらしい。


「全くよお、あれでは間に合いそうもなかったぞ。俺は個人戦闘とかはあまり経験ないし、大して役立てられなかったわい」

「心配ないよ。彼らだってもう戦う余裕はなかったしね」


 ウィンダムはフェルミを黙って見つめる。


「うん? 何かまだ言いたいことでも?」


 いや――ウィンダムは何も口にしなかった。だが疑念は脳内を渦巻いていた。


 ――米帝情報軍司令官と知り合いだったのか?


 一筋縄ではいかない男だと分かっていたが、今回のやり取りで更に底の知れなさを伺わせた。〈汎米統合情報局特務工作班主任〉……か、情報畑だったとはな。在日大使館武官というのは表向きで、隠された身分があることは総理から示唆されていたが、これは驚きだ。具体的な身分は知らされていなかったが、総理は知っていたのか……? この辺りは高度な外交の力学が働いているかもしれん。これ以上は穿たない方がいいだろう。


 ウィンダムは頭を振る。思考を収めようとしているのだ。だが、どうしても疑念は消えなかった。


 ――やはり信用ならない男だ。だが、今は頼るしかないのも事実だ。何故ならば総理たっての要請・・・・・・・・だったからだ。


「急ごう、中央ドーム地下3階だ」


 フェルミの言葉によりウィンダムの意識は現実に戻る。2人は素早く駆けて行った。

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