第39話 遠い声

 六ヶ所再処理工場上空が眩い閃光に包まれたのと同時刻、青森要塞――――


『やった、遂に仕留めたぞ!』


 赤々と輝く爆炎と共に砕け散る黒い鋼の塊――電磁投射砲・南壁第1砲塔だ。砲塔全体の崩壊を招いたらしく、ゆっくりと崩れ落ちていく。それは超高速度撮影映像のようなものにも見えた。そのさまを見つめる黒鉄くろがねの鎧武者たちは、第4強化装甲兵アーマーズ小隊・第2分隊の面々である。


『ふうっ、ようやくケリがついたか……』


 分隊長のマグレブ一槽はホッと一息ついた。だが直ぐに気持ちを引き締め、要塞外に展開している機動装甲戦車大隊に連絡する。


『大隊司令、電磁投射砲を全て破壊した。もう何の憂いもない、進軍を開始してくれ』


 即座に応答が入った。


『よくやった、お前たちは引き続き要塞内の残敵の掃討、及び兵器制御センターの制圧にかかってくれ!』


 そのまま通信終了となるかと思えたが、司令は言葉を続けた。


『マグレブ一槽、六ヶ所再処理工場派遣隊から何らかの通信はあったか?』


 マグレブは怪訝な顔をする。


『いえ、作戦開始より一度も。そちらもそうなのですか?』

『ウム、そうだ。さっきまではデータ通信だけは続いていたが、ところがつい2分ほど前、それもパッタリと切れてしまったのだ』


 ここは日本国内、制空権は完全に掌握しており、海上の敵も排除されている。地上の敵はほぼ施設内に限られており、然程通信管制の必要性は無い状況になっている。それでもやたらと通信を交わすものではないが、情報交換の必要はあり最低限のやり取りはあってしかるべき。それがデータ通信になる。作戦地域を中心とした広域の環境計測データや敵味方を含めた活動状況の観測記録だ。これら情報のやり取りをデータ通信の形で続けていた。青森要塞と六ヶ所再処理工場の敵占拠部隊の連携も有り得、故に活動状況を密に観測、情報共有の必要性があったので通信は続けられていた。だが、それが切れた。


『調べてみたところ六ヶ所再処理工場派遣隊との通信回線自体が全て切れてしまっていることが分かった』

『それはどういうことなのですか? ジャミングはないはずですし、向こうの部隊に何か起きたとでも?』

『分からない。ただ回線が切れた直後のことだが……』


 司令は言葉を切った。どことなく言いにくそうな気配が伝わってくる、とマグレブは感じた。


『――放射線反応が六ヶ所村方面で観測された』


 少し間を置いた後に述べられたその言葉は、マグレブを困惑させた。


『それは……どういうことなのですか?』

『分からん。戦闘の影響で施設の核物質が漏れたとも考えられるが、それにしては計測された放射線の種別が妙らしいのだ』


 マグレブは黙って聞いていたが、その顔は強張っている。


『中性子線量が群を抜いて多かったようだ。これは保管されていた核物質の漏洩だけで起こるものとは思えないと、科学アドバイザーが言っていたよ』


 司令部に同行している核物理学者がおり、その人物による助言になる。


『それはいったい……』

『幾つかの可能性をアドバイザーは言っていたが、迂闊な結論を急いではならん』

『しかし、あそこには我々の同僚や上官が……』

『心配する気持ちは分かる。だが今は自分らのすべきことを続けるしかない』

『確かに……』

『大隊の進軍は少し後になる。敵機動部隊がまだ残存しているのだ。これらの掃討の後、要塞内に進む』


 北側より砲声が絶え間なく聞こえてきている。要塞外ではまだ戦闘が続いているのだ。


『最終目標の達成を目指せ。速やかにセンターの制圧、そして接続制御者コネクターの捕縛だ』


 電磁投射砲を制御していただろう者がいる。FMM回線を通した接続制御者コネクターだ。極めて厳重にシールドされた自衛軍のFMMネットワークを外部の者、〈北〉だろうが米帝だろうが、容易に掌握して制御できるものではない。魔術師ウィザード級のハッカーと言えども量子暗号化されたシステムの支配は不可能に近く、敵が使うなど簡単にはできない。そもそも迂闊にハッキング、クラッキングなどを試みようものならシステムが自壊するコードが埋め込まれている。だが実際は違った。システムは無事で機能を続けた。ミサイル攻撃の際、常に電磁投射砲が機能し、対空防衛を成し遂げていたのだ。これは即ち、システムに詳しい自衛軍所属の技術者、そして接続制御者コネクターの協力があったからではないかと想定される。協力の理由は不明。脅迫か懐柔か、或いはそれ以外の何か? 敵による施設の占拠時にも防衛機構が全く機能していなかったと言われるが、つまり占拠前から敵と通じていて手引きした者がいる可能性がある。自衛軍を裏切っていた者がいるということになるが、それが何者か、接続制御者コネクターなのかは不明であり、個人の特定などは詳細不明となっている。最高度の機密事項になっているらしく、マグレブたち降下部隊には何も伝えられてはいない。大隊司令部にも伝えられていないらしい。


『それでは頼むぞ。気になるのは分かるが、我々も安穏とできる状況ではないのだ』


 了――と応えるマグレブ、その顔は沈んでいる。そして彼の脳裏には様々な思考が渦巻いていた。接続制御者コネクターのこともだが、それ以上に六ヶ所再処理工場のことが気になっていた。


 ――中性子線だと? いったい何なのだ……


 だが思考はそこで中断した。


『あと少しなんだが、どうにも疲れるな』


 1人の男が話しかけてきたのだ。網膜上情報表示ウィンドウに東アジア系モンゴロイドの顔が映し出された。右下に〈ナガレ〉というネーム表示、階級はマグレブと同じ陸自一等陸曹。


ナガレか、お前のトコは何人生き残った?』


 その男、流一曹は疲れた顔で苦笑いを浮かた。


『5人……半分やられちまった』

『そうか、こっちも似たようなものだよ』


 そのまま互いに沈黙する。彼らが経験した戦闘の過酷さを伺わせる。犠牲は大きかったが、それも終わった……いや、まだ制御センターの制圧が残っている。


『流、お前らは東壁の辺りに展開していたな?』

『そうだ、ここから旧市庁舎ビルに向かうことになる』


 青森要塞が青森市だったころの市庁舎ビル地下に兵器制御センターはある。そこを目指すことになる。


『俺たちは南壁からになるが、周りにまだゾンビどもがうろついている。こいつらは放置できんから排除しながら進むことになるので、直ぐにとはいかん』

『それはこっちも同じだ。全くロクでもない話だ。〈北〉……というより米帝の仕業か、こんなもの放ちやがって。おぞましいことこの上ないぜ』


 六ヶ所再処理工場と似た状況だった。敵はどこかから難民をかき集めてゾンビ化、思考を奪われた人形にして要塞内に配置していたのだ。降下した第2と第3分隊は膨大な数のゾンビ化フレーム兵に手間取り、電磁投射砲の破壊に時間が掛かってしまったのだ。彼らの犠牲も大きかった。砲塔は破壊できたが、フレーム兵はまだいる。兵力も削がれていて、そのため旧市庁舎に直ぐには到達できない。

 大きな違いが1つある。青森要塞にはハインライン兵がいなかったのだ。どうも全てのハインライン兵は六ヶ所再処理工場に移っていたらしい。その分第2・第3分隊は楽だったかと思われるが、そういうわけではない。フレーム兵の数は六ヶ所再処理工場の倍に上り10000を超えていた。旧青森市街を要塞化したエリアであり、それぐらいの数の投入が必要と敵は考えたのだろう。よって第2・第3分隊の苦労は六ヶ所再処理工場と遜色なかった。


『だが撃破は可能。問題は接続制御者コネクターが逃げ出す前に押さえられるか、だな』

『ウム……』


 流の言葉に対し、マグレブの返事はどこか心ここにあらず、という感じだった。


『マグレブよ、六ヶ所村が気になるか?』


 流はマグレブの思考がよく分かっていた。


『まあな、あの三佐は結構いい人みたいだし』

『美人だしな、超がつくほどに』

『ケッ、こんな時にお盛んな奴だな』

そっち方面・・・・・に捉えるトコなんざ、お前もお盛んな証拠じゃねーか?』

『うるせぇよ……』


 悪態を突きあうが、2人とも言葉に力はなかった。


『マジな話、やっぱ気になるか、マグレブ?』

『それもそうだが、中性子線というのが気になってな』

『ああ……ちと嫌な感じがするぜ』


 司令とマグレブの会話は流にも伝わっている。


『ウム……』


 マグレブの応答は鈍くなっている。かなり思考に囚われている証拠だ。


『考えても仕方ねぇ! 今はやることをやるだけだ。シャキッとしろや、マグレブ!』


 活を入れる言い方だった。それでマグレブの意識は全て現実に戻った。


『そうだな、それじゃあ始めるか!』

『おうっ、最後の詰めだ!』


 そして彼らは庁舎を目指し進撃を開始した。






 ヴラン君……済まない、ヴラン君……


 先生?


 済まない、本当に済まない……


 先生、いったい……?


 私は選択を誤った……掴むべき未来を間違え、君たち家族を引き裂いてしまった……


 先生……


 許されることではない……だからこそ、贖罪せねばならない……


 ……


 ああ、だけど……これは更に“君たち”を苦しめることになるだろう……


 ……先生……


 許してくれとは言わない、言う資格などないよ……


 先生……せ……



『はっ――!』


 ベルジェンニコフは跳ね起き、即座に構えた。その際、僅かにバランスを乱したが、即座に修正。体勢を整え周辺の観測に入る。


『気を失っていたか……』


 数秒ほどのことだと装甲服アーマーのクロックタイム表示で確認できた。ほんの僅かのことだが敵が潜む可能性のある場所で不明に陥るのは危険なことだった。彼女は現在地の状況を確認する。


 ――ふぅっ、どうやらここに敵はいなかったようだ……


 彼女は周囲を見回す。


『物資搬入口のすぐ内側だな』


 5トンクラス以上の天井クレーンが5条並んでいる長大な長方形の室内、搬入された大型の機械や車輌などを掴んで運ぶスペースだ。奥には別のスペースへと繋がる開閉扉が幾つも見られる。扉は5つあるが、中央の1つを除いて閉じられている。


 ――屋外との搬入口は開いたままだな。敵が待ち伏せてはいなかったのはよしとして、みんなは……?


 振り返って見るとポッカリと開いた黒い口が見えた。まだ外は夜の帳の最中であり、光は差し込んでいない。室内も非常灯のみが灯されていて薄暗い。その灯りも故障でもしているのか消えかかっていて、強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの暗視機能がないとまともに見るのも困難なレベルだ。

 搬入口から彼女のいる辺りまで点々と、といった感じで4人の強化装甲兵アーマーズたちが倒れていた。


『みんな!』


 危惧が心を襲った。ベルジェンニコフは慌てて部下たちのバイタルチェックに入るが――――


『三佐、あれは……』


 掠れた声が聞こえてきた。ハサンからのものだった。どうやら無事だったらしい。起き上がろうとする彼の姿が網膜上情報表示ウィンドウに映っていた。


『何だって……んだ? 真夜中だっ……てのに……空が真っ白……』


 続いてモランの声、言葉を繰り出すのに苦労しているようだ。バイタルはかなり乱れている。


『……う……やめ……て』


 レイラーの声、まともに喋れなくなっているのか。バイタルの乱れはモランたち以上で、血圧の低下など、かなり深刻だ。

 玖劾クガイは何も言わない。既に立ち上がっていて、ベルジェンニコフの傍ら来ていた。彼の様子には特段ダメージらしきものは見られないが、バイタルの数値には異常が幾つも現れていた。


『三佐、いったい何が……』


 頭を振りつつ近づくハサン、後ろからはレイラーに肩を貸して歩くモランの姿が見られる。ベルジェンニコフは頭を振る。


『信じられないことが起きたようだ』

『信じられ……ない?』


 玖劾が口を開く。


『ハサン、環境計測記録を見てくれ。特に放射線計測値を。他のみんなも』


 その口調には乱れはなかった。


『放射線?』


 言われるままにハサンは記録画面を見たが、そのまま固まった。


『中性子線量が図抜けて高いね』


 ベルジェンニコフの言葉は記録をそのまま説明するものであり、皆は言われるまでもなく確認できていた。だが、それでも、彼らの衝撃は収まらなかった。


『これは……何でこんなことに?』


 バイタルの乱れは体調の悪化を意味し、モランもつらいはずだが彼の言葉は途切れなくなっていた。感情が昂ってきているのがバイタルにも現れており、それが悪化する体調を抑えて言葉に力を与えたのだ。


『あの閃光……のせいか? ミサイルが飛来したはず……だが、それが爆発した……?』


 ハサンの言葉の乱れはまだ消えていない。


『おいおい、原子炉が吹っ飛びでもしたのか? それとも燃料プールとか、貯蔵されていた核弾頭が壊れちまったとかぁ~?』


 モランは大仰に両手を広げて叫んだ。どこか芝居がかっている。ベルジェンニコフは直ぐに応えた。


『いや、ドームは破壊されていない。爆発は工場上空500mくらいでドームには直撃していなかったらしい、記録にある。よって内部の核物質も無事なはずだ。装甲服アーマーのセンサーで走査スキャンしてみたが、亀裂1つも入っていないのが確認された。簡易走査スキャンだからミクロン単位の歪みは分からないし、他のドームの現状は全く不明だから何も断言できないが……』


 他にもドームはあり、それらにも原子炉や核燃料、製造中や完成して貯蔵されている核弾頭はある。その状況を彼らが今知ることはできない。


『たぶん破壊されていないだろう』


 玖劾の言葉。対してハサンは問いかける。


『何故言い切れる?』


 玖劾は何も言わず、目をベルジェンニコフに向けた。彼女は頷き、口を開いた。


『六ヶ所再処理工場のドーム群はイワドコンプレックスレベルの多重強化装甲防殻だ。核攻撃にすら耐えられる代物と言われる。内部の原子力施設に影響が及ぶとは考えにくい』


 しかし――と、ハサンは食い下がるように言葉を続けた。


『しかし三佐、現に放射線が……それも中性子線……』


 言葉が途切れる。これはバイタルの乱れのせいではない。彼は意味を理解したのだ。ベルジェンニコフは憂鬱そうな顔になって言葉を繋げた。


『そう、この中性子線は、あの爆発の結果発生したものだ』


 つまり――――


『中性子弾』


 はっきりと言葉にしたのは玖劾、何の抑揚もない乾いた口調だったが、それが返って皆の心に突き刺さった。


『おい、中性子弾って何だよ? 何でそんなものが爆発するんだよ?』


 モランの声は震えていた。


『決まっている、撃ち込まれたのだ。さっきのミサイルがそれになる』


 さも当然だという玖劾の言い方はモランの感情を刺激した。


『だからそれは何なんだよ? 誰がやった? 〈北〉か米帝なのか?』


 ワナワナと全身を震わせている。動作を忠実に反映したのか、装甲服アーマー自体も震えている。 


『分かっているだろう? 連中じゃない。自衛軍だ、友軍が撃ち込んできたのだ』


 冷静に、あくまでも冷静に放たれた玖劾の言葉は皆の心に突き刺さった。


 ――中性子弾? 友軍が撃った? 自分たちがまだいる時点で、何故?


 そもそも今回の作戦は強襲制圧作戦。施設の破壊は極力避けつつ敵兵力を無力化し施設の制圧を目指すものだ。だからこそX線レーザー砲を使用不可能にした時点で彼ら強化装甲兵アーマーズ部隊が降下した。破壊を厭わないのならば最後までミサイル攻撃を続ければいい。だが以後も施設の利用を考えた軍上層部はあくまでも制圧を目指したのだ。そういう作戦だったはず。なのに中性子弾とはどういうことなのか?


『中性子弾は熱線や衝撃波を抑えて放射線量を極端に増やしたものだ。通常の建造物や地下をも貫いて届き生物を殺傷するもの。これは施設の破壊は抑えられるものだ。ある意味、トドメに使うのは合理的と言える』


 しかし――――

 玖劾が問う。


『しかし三佐、イワドコンプレックス型防殻シェルは核攻撃にも耐えられるレベルのドーム構造体。鉛を含んだ多重装甲に更に流水層を挟んでいる。相当に強力な中性子弾と言えども内部に放射線を貫かせることが困難な核シェルターです。だからこそ上層部は中性子弾による核攻撃を選択肢から外し、俺たちによる強襲制圧作戦を選んだと思います』


 中性子弾が効果的なら対空攻撃が不能になった時点で1発撃ち込めばそれで済む。だが核攻撃を想定して建造された強化装甲防殻ドームに対してそれは難しい。複数弾撃ち込めば効果は出たかもしれないが以後の環境汚染は深刻になり、除染などが困難になってくるので選択しにくいと思われた。


『その通りだ。だが現実は違った。どうも上層部は最初からこうするつもりだったフシがあるな』


 ベルジェンニコフは考え込む素振りを見せた。


『何故だ? 俺たちはまだいるんだぞ? 俺たちみたいな穢多エタなんざどうなってもいいと考えたのか? それによ、ここの職員とかはどうなんだ? 敵に捕らえられていただろ?』

『この工場はかなり自動化されていたから、人間の職員は殆どいなかった、管理要員として僅かだ。保安要員としての自衛軍機械化部隊が一個中隊駐留していたが、これは敵の強襲降下時に全てやられている』


 ベルジェンニコフの説明、後を継ぐようにハサンが言う。


『管理要員はどこかに幽閉されていたのでは? その彼らも犠牲にする可能性は考えられるはずだ』

『当然だ。それを知った上でのこととなるな』


 そもそもおかしい。最初から中性子弾を使うつもりならやはり強化装甲兵アーマーズ部隊の降下作戦など不要だ。何を無駄なことをやらせたのか、と言いたくなる。


『或いは複数ある選択肢の1つだった? それとも命令系統の混乱? うぅむ……理解できない』


 皆は頭を振る。


『みんな、体調はどうだ? 爆発の瞬間にドーム内に飛び込んだはずだが、搬入口は開いたままだった。かなりの線量を浴びたはずだが、どうなんだ?』


 ベルジェンニコフの問いに皆は答えなかった。その事実は抗いようのない現実を突きつけるからだ。玖劾がそれをはっきりと言葉にした。


『あの中性子弾、かなり指向性が強い代物だったらしい。ドームの中にも結構な線量が飛び込んできている』


 それは彼らの装甲服アーマーのセンサーが計測していた。即死はしないが、致死レベルに迫るもので、遠からず重篤な障害を引き起こすのは確実な代物だった。

 彼らは被爆した。


『イワドコンプレックス型防殻シェルにも有効な中性子弾になるな。中性子ビーム弾とでも言えるか……』


 自衛軍が開発した新型の核兵器になるのか。それをここで使ったことになる。


『何だよ……核実験なのか? 俺たちはドーム内の影響を確かめるためのモルモットだったとでも? にしちゃあ、随分と杜撰な計画になりゃせんか?』


 爆発時に外にいるか中にいるかは分からない。敵が中にいる可能性は高いが、確実ではなかった。


『くそっ、やっぱ何故なんだ? ミサイルだけ撃ち込んで終わりにしとけばよかったろ? 何で俺たちを動員した? 言うこと聞かない穢多の排除ってトコか――』


 ガシャンという音が響き、モランの言葉は途切れた。


『おいっ、レイラー!』


 レイラーが倒れたのだ。モランは慌てて彼女を抱え起こそうとする。


『う……うう……』


 呻きつつだが手足を動かそうとしているので、意識は失っていないと分かる。


『嫌……こん……な……アタシ……王家……を……』


 繰り出される言葉はうわ言のようになっている。かなり意識が混濁してきているらしい。


『いかんな。放射線障害の急性症状が出ている。支援サポートAI!』


 ベルジェンニコフは上官権限を使ってレイラーの強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー支援サポートAIにコマンドを送った。


自動制御オートパイロットモード発動。装着者には麻酔剤、代謝安定剤を投与!』


 するとレイラーがベルジェンニコフに向かって手を伸ばす。


『ダメ……ア……眠りた……な……』


 そのまま固まった。暫くして装甲服アーマーが動き出す。


『え、レイラー?』


 レイラーの装甲服アーマーは直立、硬直したような姿勢を取った。


〈起動完了。当機体の制御は私の管理下に置かれました。装着者レイラー・ノスラティー特士は睡眠状態に移行〉


 レイラーの装甲服アーマーは完全に支援サポートAIの制御下に移された。頷くベルジェンニコフ。彼女は暫くレイラーのバイタルを確認する。


『かなり危険だな。できるだけ早く集中治療施設に送りたいが、ここでは……いやっ!』


 何かに気づいたように、ベルジェンニコフは素早く振り向いた。そして開いたままの開閉扉の方を見る。大型工作機械を運び入れるためのもので、かなり大きい。彼女は頷いて一言。


『よし、奥に進むぞ』


 皆は互いを見やる。


『三佐?』


 ベルジェンニコフは扉を見たまま話し始めた。


『いずれにせよ、任務継続を考えるのなら奥に進むしかない。このドームの中核に――な』


 モランは首を振る。


『今さら任務とか? 俺たちぁ、軍に切り捨てられたんじゃねぇの?』


 捨て鉢な言い方になっている。


『それでも、だ。奥に行けば、生き延びる道はあるのかもしれない』


 彼女は歩き始めようとしたが、ハサンが呼び止めた。


『奥というのはこのドームの、ですね?』

『当然だ』

『それから地下通路に向かうのですね?』

『む……』


 ベルジェンニコフの反応にハサンは妙なものを感じた。


『三佐、敵もそうですが、我々の任務の目的には接続制御者コネクターの逮捕です。敵に協力した疑いのあるその兵士を抑えなければなりません』

『確かに……』

『三佐? 接続制御室があるのは一番北の第5ドーム地下2階、地下通路が通じているはずなのでそこに向かうのですね?』


 ベルジェンニコフの応答がどうも妙だとハサンは感じた。恐らくは他の者たちも同じように感じただろう。

 何かそのつもりがないような……だが、誰も声に出すことはなかった。

 疑念は脇に置き、皆は歩き始めた、周囲を警戒しつつ。敵はまだ潜んでいる可能性はあり、直ぐ近くかもしれない。決して安心できないからだ。

 後についてくる部下たちを意識し、ベルジェンニコフは心の中で呟く。


 ――済まない、みんな。この事態はもしかしたら私のせいかもしれない。私がやってきたことのせいで、軍は決断してしまったのかもしれないのだ……


 済まない……済まない……


 脳裏をよぎるその言葉に、ベルジェンニコフは胸が締め付けられそうになっていた。

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