第30話 焔の回廊

 まるで焔の大回廊、或いは大渦巻メールシュトロームとでも評したくなるような有り様。世界の全てが火焔に包まれたようで、こう言いたくなる。彼らの大半はそう思っただろう。


『くそっ! 高射砲?』


 恐らく100mも離れてはいない、降下する彼ら分隊員の間近で次々と爆発が起き、火球が出現した。それが無数に繰り返される。出現する火球は膨大な熱量と衝撃波、そして細かく鋭いクラスターを撒き散らして分隊員を襲った。


成層圏砲ストラトスフィアガン――くっ、これも自衛軍の装備だな? 奴ら、やっぱX線レーザー砲以外の兵器システムの制御ロックを完全に解除できたんだな。しかし――』


 誰かが叫んだが、爆発の衝撃と轟音で掻き消されてしまった。ただ言葉は分隊員全員に届いた。それが疑問を生む。


 ――もう3000mも切っている高度にある俺たちを狙うために、成層圏砲ストラトスフィアガンを使うというのか? 


 使用弾種から自衛軍の有する成層圏砲ストラトスフィアガンのものだとは理解させた。

 軍の使用する成層圏砲ストラトスフィアガンは大半が熱衝撃と金属クラスターを同時に放つものだった。それで広範囲の目標を一気に殲滅するのを目指すのだ。それをこの・・高度で使うことに皆は疑問を憶えたのだ。


 ――X線レーザー砲が使えなくなったのなら、次の手段として成層圏砲ストラトスフィアガンの使用も考えられる。だがEМPでレーダー探知は不可能。事実、降下開始後は何もしてこなかった。できなかったのだ、そのはずだ。だが、今頃撃ち始めている、この理由は?


 直ぐに納得する答えが出てきた。

 この時代の成層圏砲ストラトスフィアガンは砲弾の炸裂高度をかなり自由に変えられる。それこそ数100mから20000mくらいの範囲で。この高度で狙うことも十分にあり得る。とは言え、センサー、レーダーが機能しない状況下で使う意味は何か?


『メクラ撃ちって――ザッ……何でい――撃ちまくれ――ザッ……か?』


 焔と破片の間を縫うように強化装甲兵アーマーズたちは進んでいた。そのルートは極めて狭く、余裕が少ないように見える。それでも、彼らは何とか突き進み、地上に迫っていた。

 また1つ、新たな爆発。兵士たちは翻弄される。

 無数の破片が飛び散るクラスター弾は容易ならざるものがあった。鋭利な刃物のようなものが切れ目なく高速で飛んでくるので彼らは気が休まらない。ウェーブライダーを上手く盾にして凌ぐが――ライダーは強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー以上の装甲性能がある――それも限界がある。何しろどこで炸裂するか見当がつかない。頭の上の直ぐ近くで炸裂しようものならそれこそ危ない。流石にアウトだろうと想像されるからだ。


『むぅっ、EMP弾で目を潰したのが仇に――ザッ……か! メクラ撃ちに来るとは!』


 息つく暇なく炸裂する砲弾は、敵が全力で対空防衛を始めたものかと思わせた。目を潰されたこの時に空挺降下を始める可能性は容易に想像できたからだ。よって弾幕を貼るように対空砲撃に入り、近づけまいと考えた――のだろうか?


『いや違うっ! ――ザッ……りにも効率が悪すぎる。実際我々は“真上”ではなく東南東方向か――ザザッ……螺旋を描くように降下しており、その軌道はライダーの滑空により常に変化させている。メクラ撃――ザッ……言え、上手く当てられる可能性は低い』


 ベルジェンニコフが叫ぶが。言葉は時折切れていた。既に電磁擾乱圏に突入しており、近距離強指向性通信であっても影響が出ているものと思われる。


『じゃあ何――ザザッ……狙い――結構正確――』


 モランが文句を言うが、やはり彼の言葉も途切れる。だが意味は容易に伝えられた。

 敵の狙いは予想外に正確なのだ。悉くが降下分隊の近くで炸裂している。彼らの位置を把握しているとしか思えない。だがレーダー、センサーの類はEMP弾で使えなくなっているはずだ。赤外線領域は同時に撃ち込まれたフレア弾でやはり熱擾乱が起きていて使えない。可視領域はスモーク弾が視認不可能にしている。ならばこれは何か? 音響センサー? その精度はかなり落ちるはずだが……

 炸裂は収まらない。次々と彼らの近くで繰り返され、熱と衝撃波と破片が襲い掛かってくる。そのたびに彼らは翻弄され、時に体勢を大きく揺らがされ、失速しかける。


 ――明らかに見えて・・・いるぞ! だが、何故――――?


『うがっ!』


 1人の兵士の傍らで――本当に至近だ、数mの範囲であるのが他の者たちにも分かった――見る間に拡大する火球に彼は呑み込まれ、直後に激しい爆発が発生、それは無数に白熱した破片を撒き散らせて更に近くの他の兵士たちに襲いかかった。


『ハッチィィィ――!』


 犠牲となった兵士の名だ。


『ぬっ――、ぐうぅ――!』


 ベルジェンニコフの顔は苦渋の色に塗り込められた。映像として送られていないので他の者たちが見ることはなかったが、もし目の当たりにしたら、こう感じたのかもしれない。


 夜叉か――!


 悪鬼の如き形相になっていたのだ。だが、彼女の意識は怒りに呑まれてはいなかった。冷静な思考は維持されていたのだ。彼女は指示を下す。


『総員、散開! 塊にならず各自――ザッ……べく離れて地上を目指せ! そして降下後――ザッ……手近の目標に向けて進め!』


 言うやベルジェンニコフのライダーは降下分隊の一群から大きく離れ始めた。続いて1人2人とてんでバラバラに散り始めた。


『三佐、――となる――ザッ……事前の編成通りには――ザッ……りますが?』


 ハサンが慌てて訊く。施設にある3つのX線レーザー砲台に対して、彼らはそれぞれに3-3-4マンセルで攻撃に当たる予定で、チーム編成も割り当てられていた。だが既に1人やられており、この通りにはいかなくなった。どうするつもりなのかと、問うたのだ。


『戦場に――ザッ……状況の変化――ザッ……茶飯事、臨機応変に当た――ザッ……地上に降り――ザッ……近くにいる者と連携――ザッ……しかない!』


 今は生き延びるのが先決、何が何でも回避し切れ――ベルジェンニコフの言葉の最後だけは明瞭に伝わってきた。


 ――くそっ、レイラー……


 モランは気が気でなかった。戦闘ストレス反応を顕在化させたレイラーがこの状況を上手く切り抜けられるのか分からないからだ。彼はIFF(敵味方識別信号)を手繰ってレイラーの位置を把握しようとしたが、地上に近づいているせいか電磁擾乱がいよいよ酷くなってきて上手くいかない。それで自身の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの全センサーをフル動員、擾乱の影響を受けない音響センサーを主軸にして探査サーチを行った。


 ――ぬぐっ、殆ど砂嵐じゃねぇか!


 砲弾の炸裂は音響環境も極めて悪化させていたのだ。その中を探査するなど、それこそ砂漠の中で1本の針を探しだそうとするようなもの。となれば、自分てめぇの目しかないか――と、彼は思うのだが、それも濃密なスモークに阻まれて容易にいかない。だが、それでも――――


 ――いた、あれだ!


 一瞬だが、左手、約120m――自身よりやや上空に位置して滑空するライダーを視認した。彼はそれをレイラーだと確信し、それに向けて自身のライダーを進めた。

 ライダーと強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの判別は一見しただけでは不可能。見ただけで誰が誰なのかは区別がつかないのだ。だが電磁擾乱が酷い最中のこの時、他の特定手段が機能しない状況下で、モランは“目”で“見た”だけで判断した。それも一瞬だけだったったが、確信したのだ。


 ――守ってやるぜ、お嬢ちゃん!


 不敵とも言える笑みを浮かべ、彼はレイラーの下へと滑空して行った。迷いなど全く見せずに。

 何故なにゆえに確信したのか、彼自身にも分からなかっただろう。ただ疑いなど微塵も抱かず、絶対的な確信の下に彼は行動したのだ。惹かれるように、引き付けられるように――意識にスパークするような何かが現れ、それが彼を確信させたのだ。

 その“スパーク”が、センシティブと呼ばれる変性意識状態の萌芽であることを、彼は後に知ることとなる。



『そこか!』


 玖劾クガイの叫び。即座に彼はサブアームを起動、バックパックより2つの銃を取り出し左右に照準を合わせた。


『自由電子レーザー線、照射!』


 コマンドを叫ぶ――と、ほぼ同時に彼を中心とした左右の直線上に無数の花火が出現した。それは成層圏砲ストラトスフィアガンによる砲弾の炸裂とは違う、もっと小さく細かなものだった。彼は銃――自由電子レーザー銃を振り回し始めた。すると彼の周囲で――ほぼ全周――無数の花火が出現した。何か、小さなもの・・・・・が爆発を連続させている。その正体を、近くにいたベルジェンニコフは知らされた。


『これ――ザッ……観測支援機スポッター……?』


 玖劾は自由電子レーザー銃の照射を始めると同時に映像情報を送って来たのだ。但しまともに受け取れたのは近くにいたベルジェンニコフだけだったようだ。まだ電磁擾乱状態であり、強指向性通信なので射線から大きく外れると着信できないものだった。玖劾は近くにベルジェンニコフがいることを知っていて、狙って彼女に送っていたのだ。網膜上情報表示ウィンドウに蚊のような外見の観測機の姿が映し出されている。続いて彼の音声が送られてきた。


『〈サイレントモスキート〉、米帝製超小型観測機。――ザッ……自衛軍が使う〈サーチビーズ〉と似た――ザッ……だ』


 同時に性能諸元が表示された。


『そ――ザッ……ミサイル攻撃が止み、EМP弾が撃ち込――ザッ……見るや、敵は空かさずこいつを飛ば――ザッ……』


 それもかなりの数に及ぶだろう。自衛軍の空挺降下を見越してあらかじめ用意していたのかもしれない。電磁擾乱が起きたことで確信したのだろう。それで放ったというわけだ。砲撃が3000m附近で始まったのはモスキートの飛行高度限界と観測精度限界の関係だろう。


『敵の砲撃が予想外に正確なのはこのせ――ザッ……』


 言葉を後押しするように近くで炸裂が起きた。2人は離れつつも、しかし強指向性通信の射線は外さず、変異軌道を描いて降下を続ける。


『だがそれ――ザッ……どうやって情報伝達を――ザッ……』


 激しい電磁擾乱の中で如何にして観測情報を地上の砲撃隊に送っているのか――ベルジェンニコフは思考する。


『モスキートがバトンを渡――ザッ……地上に情報を――ザッ……』


 ――そうか、放たれたサイレントモスキートの総数はかなりのもらしい。それらの間で次々と情報が受け渡され、地上の部隊まで伝わるのか。


 近距離ならば、強指向性ならば電波通信も伝わる。或いはレーザー通信ならば。そうやって敵は降下する分隊を確認して砲撃ができたのだ。


 ――もしX線レーザー砲が使用できていたとしたら?


 一撃で葬り去られていただろう。ベルジェンニコフは苦笑いを浮かべた。


 ――チャージ限界を超えるほどまでミサイル攻撃を続けたお蔭だな。元々は自軍の装備なので限界も分かっていたからできたこと。敵がバージョンアップしていたらオシャカだったが、占拠されて1ヶ月ほどの期間、そうはいかないだろうとは思ってはいたが……


『とは言え、“彼”――ザッ……協力していたのは確実――ザッ……バージョンアップが間に合うとは思えなかったが、些かギャンブルだったか』

『“彼”――とは?』


 その時、はっきりと玖劾の声が聞こえてきた。通信は少し明瞭になってきている。擾乱が収まりつつあり、障害が減ってきているのが分かる。ベルジェンニコフは知らない間に声にして呟いていたらしく、それが彼の耳にも届いたのだ。

 ベルジェンニコフは自身の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーメインカメラの照準を左下方約70mを滑空する強化装甲兵アーマーズに向けた、玖劾だ。彼女は笑みを――今度は苦笑いというよりも、泣き笑いのような笑み――を浮かべた。


『直ぐに分かる。そのためにも――』


 またしても爆発、2人の間のちょうど中間で砲弾が炸裂した。ベルジェンニコフは大きく姿勢を傾けて、反時計回りの軌道を描きつつ降下角度を深くした。落下速度を上げるためだ。見ると玖劾も似たような行動に出ているのが確認できた。


 ――他の者たちは?


 ベルジェンニコフは全周にセンサーを向けるが、さすがに距離がありすぎて分からなかった。収まりつつあるとは言え、未だ電磁擾乱の最中。フレアの残熱とスモークも晴れてはおらず、熱領域も可視領域も不鮮明なまま。他の者たちの現状は把握できなかった。

 彼女は唇を噛み締める。


 ――頼む! もうこれ以上、誰も死なないでくれ!


 目を閉じ、大きく深呼吸をした。そして――――


『玖劾くん、私と君は南壁の一番大きな砲台を目指す! いいね?』


 了――との簡潔な応答。玖劾はそれ以上、何も口にすることはなかった。


 そんな彼の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーを奇妙に冴えた意識でベルジェンニコフは見つめる。


 ――それにしてもよくもこの混乱状態の中でサイレントモスキートを見つけ出したものだ。10センチにも満たない小型観測機を、爆発が立て続く空中で、発見するなど困難なものなのに。

 

 これは偶然などではないのだと、ベルジェンニコフは確信していた。


 ――玖劾零機クガイレイキ――彼だからこそ成し得たものだ……


 2人はまっしぐらに六ヶ所再処理工場施設、南側装甲城壁を目指した。

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