第23話 ブリーフィング

 一同は戸惑うばかりだ。目の前のモデルにしか見えない――それもスーパー級の――美女が自衛軍にいたということ、しかも佐官クラスだ。いったい何者なのか? もちろん階位や所属などは分かるが、どんな人物なのかは分からず、何よりも今ここに現れる意味が分からなかった。

 ここ・・は仮想空間投影室だが、ブリーフィングルームも兼ねているスペース。今から青森―六ヶ所攻略戦のブリーフィングを行うところだった。ここに現れる意味は? ここは強化装甲兵アーマーズが待機する投影室だ、それ以外が来ることは普通考えられない。


「ウム、事前の連絡はなかったようだね。まぁ突然決定されたことだから仕方がないかな」


 ベルジェンニコフ三佐は妙ににこやかな笑みを浮かべている。何がそんなに楽しいのだろうかと訝しみたくなる。彼女はハサン目を向ける。意図を察したハサンは説明を始めた。


「ああ、すまない。総理演説の直前に通達があったものでね。お前たちに伝える余裕がなかったんだ」


 彼は一呼吸置いて言葉を続けた。


「三佐は本日付けで俺たちの分隊を含む第4強化装甲兵小隊の小隊長に就任した」


 はぁ? ――という顔をする一同、特にモランの反応は大げさだった。元々大きな目が更に大きくなったものだ。


「どういうことだ? オタフク野郎の後任になるんだよな? 仮にも佐官クラスが小隊長とか、ちょっとおかしくないか? もしかして降格人事の一種か?」


 するとハサンは目を顰めてモランを睨みつけた。かなり困った様子でもある。だがモランはその意味を理解できなかった。


「何だよ、何睨んでんだよ? 俺、変なこと言ったか?」


 すると肩が叩かれてモランは反射的にその方向に目を向けた。視線の先にかなり焦った顔をしたレイラーがいた。


「何だよ?」


 いやいやいや、と高速で顔を振るレイラー。少し滑稽だ。


「アンタ、いくら何でも失礼でしょ! 本人の目の前で降格人事とかぁ!」

「何がだよ! 佐官クラスが指揮するんなら、少なくとも大隊レベルの部隊だろーが! それとも大隊と兼務ってオチなのかよ?」


 いや、だからその言い方が――レイラーはモランの肩を掴んで黙らせようとしたが、ここでベルジェンニコフが口を開いた。


「いやまぁ変に思うのも無理からぬものはあるけどね、佐官が小隊指揮官になる例はないわけでもないよ」


 左手の人差し指を立てて振りつつ話し始めた。何となく教師のような感じがある。


「今回は任務の重要性を鑑みて、私が直接第4小隊を指揮することになったのだよ――」

「あー、ちょっといいかな? 俺を無視して話を続けないでほしいのだが?」


 ベルジェンニコフは尚も話を続けようとしたが、この時隣にいた赤毛の大男が口を開いた。そうだ、この男も何なのか? 一同はやはり疑問を抱いていたのだ。ベルジェンニコフは苦笑いを浮かべる。


「そうだった。つい忘れてしまっていたよ」

「“つい”、とかヒドイ言いようだなぁ」


 2人の会話は旧知の間柄といった感じの親しみの深さを感じさせるものだった。ベルジェンニコフは改めてといった感じで彼を紹介した。


「彼はフィリップ・ウィンダム、海自一佐だ。第1水上打撃群の群司令官に就いている。今次作戦にも参加することになっている」


 第1水上打撃群か……アドバンスドズムウォルト級ミサイル駆逐艦で構成されたFMM(融合機械化有人機動フュージョナリーマンドマニューバー)制御群だという情報が一同の脳内極微電脳ナノブレンから伝えられた。その対空防衛・対地対艦攻撃能力の高さは米帝の同様の打撃群を凌駕するとも言われる。成る程、心強いものとは言えるが……

 同時に任務の重要性をいや増しに感じさせ、一同に緊迫感をもたらした。


「ま、よろしくだ。君らが滞りなく任務をこなせるように全力を尽くすつもりだからな!」


 ガハハハッ、笑った。豪快なところがある人物のようだが、この場ではちょっと違うかなとも皆は思った。


「さて、親交を深めたいところだろうが、今は急ぐ必要もある。説明に入るけど、もういいよね?」


 ベルジェンニコフはウィンダムと呼ばれた海自一佐に確認、一佐は快く応じた。それでは――と、彼女は小隊全員に目を向け、説明を始める。


「これは既に伝えられているはずだね? 君たち小隊による高高度降下低高度開傘による強襲作戦が今次作戦の最重要項目だということを」


 それは聞かされている。高度1万mを超える高高度から一気に降下し、敵地に潜入する作戦だ。HALOとも言われる降下作戦だ。敵も両施設への強襲時にこの手段を用いている。これはレーダー探知がされにくく、加えて彼らの強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーは高レベルのステルス性能がある。フルステルスではないが、かなりの範囲の電波帯・赤外帯の電磁輻射から隠蔽されるので、潜入降下の確度は高いのだが――――


「しかし敵が行ったのと同様の作戦であり、目標の範囲も狭い。敵が予測している可能性は高い。よって目視による上空監視は恒常的にこなしているだろうし、安穏とはできない。敵が強襲した時とは段違いに難易度が高まっているだろう。それに降下後が肝心、落ち着く暇なく戦闘状況に入るだろうし、一気に決める必要があるのだ。そこで私が直接指揮することとなったのだ」


 それはつまり? 皆は互いを見合う。


「そう、私も出撃る。君たちと一緒にね」


 成る程、しかし――と怪訝な顔をする者も多かった。


「三佐、疑うようで恐縮ですが、あなたは強化装甲兵アーマーズとしての戦闘経験はあるのですか? 前線に直接出撃て小隊指揮を執るとなると、本物の能力が必要になりますが?」


 質問者に皆は注目した。玖劾クガイだったのだ。普段は殆ど喋らない彼がここで発言しただけに、嫌でも注目してしまう。ベルジェンニコフは当然だと頷き応えた。


「殆どの者は私を知らないだろうし、懸念に思うのも当然だろう。これは軍の決定事項だが、私は頭ごなしに服従を要求することはしない。ただ、時間も余りないので口頭での説明はできない。よって今より君たちに防衛研究所の戦史アーカイブ一類に対する期間限定アクセス権限を与える。脳内極微電脳ナノブレインに暗証コードを送るから直ぐに可能になるよ。そこの私に関する記録を閲覧するとよい」


 同時に全員の耳に注意喚起音声が響いた。正確には脳の聴覚野に信号が伝わったものだ。


「本当だ。全感ダイヴまでできるようになっているぞ」


 額を押さえつつモランは言った。同時に彼の目線が宙を泳ぐようになった。軍事ネットワークに接続し、アーカイブへのアクセスを開始したのである。


「モラン、そのままでもいいが、意識はこっちにも向けておけよ。これからブリーフィングを開始するからな、今は全感ダイヴだけは控えておけ。他の者も同じだ」


 了――との声があちこちから上がった。どことなく挙動不審的になっている。揃って全感ダイヴをしようとしていたらしい。

 全感ダイヴとは五感全てを電脳ネットワークに接続させ仮想空間に完全に没入ジャックインする状態のことだ。FMM接続と同様の接続状態だが、非現実の仮想空間に意識の主体を移すものなので、現実に対する反応が遅れ勝ちになる可能性が高い。ブリーフィングがあるので、それは控えよとのことだ。ただ、一部の感覚の接続は問題ない。


「それでは、これより青森要塞・六ヶ所再処理工場に関する攻略作戦のブリーフィングを開始する。ヴァーチャルミッションスペース、オープン!」


 虹色の光輝が皆の視界に拡がった。同時にどこかに飛ばされていくような感覚が走る。緑色の室内空間は姿を消し、代わって昏い宇宙空間のような空間が現れた。

 これも一種の仮想空間。ブリーフィング用のミッションスペースであり、戦史アーカイブとは違う。モランたちはアーカイブに接続しつつも、ミッションスペースに対する接続も同時平行で行っていることになる。極微電脳ナノブレンによる多重処理によって難なく意識が向けられるようになっているのだ。

 ここには第4小隊、所属3分隊30名以外にも何人もの軍人の姿が出現している。陸海空三軍の尉官、佐官クラスが揃っている。将官も見られる。作戦参加の各軍種の指揮官クラスが集まっているわけだ。他の駐屯地からネット回線を通して接続しているのだ。先の総理演説の時ほど大規模大人数ではない。


「フン、三軍共同による連携か。専守防衛戦闘の多い自衛軍では珍しいかな」


 モランは皮肉めいた笑みを浮かべているが、それは直ぐに終わった。代わって現れたのは驚きの表情だった。


「あれは……フェルミと言ったか? あいつが何で?」


 自衛軍士官の間に汎アメリカ連邦軍の軍服を着た男がいたのだ。金髪碧眼のその男はモランたちのよく知るものだった、それに気づいて驚いたのだ。

 ゲオルグ・フェルミ、汎アメリカ連邦軍中佐であり、在日大使館の駐在武官として自衛軍と様々な情報交換、協力等の職務をこなしている人物……のはずだ。


「前から思っていたが、駐在武官と言っても軍の重要機密を扱う場に何であいつが居られるんだ?」


 モランは首を傾げる。以前の査問会議といい、今回のブリーフィングといい、どうもおかしいと思うのだが――――


「今回は汎米海軍の空母打撃群も参加することになっている。その関係だとは思う」


 ハサンの言葉。

 そうなのか? だったら汎米海軍の士官か将官辺りが顔出すんじゃないか? あいつは海軍士官てわけじゃないよな?

 ――などとモランは思ったが、ここは口に出して言うことはなかった。ベルジェンニコフの説明が始まったからだ。


「今次作戦は三軍共同による統合作戦になる。複数の軍種に渡る密な連携が欠かせない」


 最初からの予定だったのか、彼女が司会進行役になっている。その眼前に本州・東日本の3Dマップが投影された。その中にいくつかの輝点が現れた。ベルジェンニコフは確認後、1人の陸自士官の名を口にした。


「まずは深見フカミ戦術ミサイル部隊長、説明をお願いします」


 かなり痩せた背の高い男が頷いた。彼が深見と呼ばれる陸自の士官、ミサイル部隊の指揮官のようだ。階級は一佐になる。彼による説明が始まる。


「宮城、入間、伊丹のミサイル攻撃部隊による弾道弾攻撃を口火に作戦は開始される。凡そ10分間に渡り、間を置くことなく両施設への攻撃を継続する」


 関東地方や中部地方にある自衛軍基地に駐屯するミサイル部隊による攻撃だ。主に地対地短距離弾道弾による攻撃になる。これにより青森と六ヶ所村の対応を対空迎撃に釘付けにさせるとのことだ。攻撃は間を置かず連続させる。両施設の迎撃行動は息つく暇のないものとなるのは確実だ。これはかなり余力を削ぐものと思われる。


 深見は説明を終えた後、隣に立つ柔和な面差しの長髪の男に目を向けた。


長峰ナガミネ要撃戦闘機部隊長、次はあなたの番だ」


 長峰と呼ばれた男は笑みを浮かべ、話を繋いだ。彼は本土防空の最高指揮官の地位にある。階級は三等空将。


「では私から……、ミサイル攻撃継続中に入間、三沢、小牧より戦術要撃戦闘機部隊を発進させ、青森空域に於ける航空優勢、制空権の確保を目指す」


 〈北〉の航空戦力は大規模には投入されていない。元々空軍力は乏しく、米帝の支援も追いついていないからだ。とは言え青森・六ヶ所村の対空攻撃能力の高さもあり皇国側も十分に制空権を確保しているわけではなく、〈北〉からの領空侵犯はある程度は日常化している。今回はミサイル攻撃と連携して大規模な航空戦力を投入して制空権を維持するのである。


 深見の説明の終了を確認し、続いてベルジェンニコフはウィンダムを促した。


「フィル、あなたの番だ」


 ウム、と頷くウィンダム。彼は滞りなく自らの説明に入る。


「続いて第1水上打撃群による六ヶ所再処理工場に対する対地ミサイル攻撃を開始、同時に第2、第3水上打撃群が青森要塞に攻撃を行う。これにより両施設の対空迎撃能力は限界に達するはずだ。それでも施設の破壊・占拠まではいかないかと思う。ヴォーグ一佐、モガリ一佐、これでよろしいかな?」


 ウィンダムはフェルミの隣に立っていた海自士官の2人に話しかけた。彼らが第2と第3の打撃群の群司令になる。2人は水上打撃群の作戦行動の説明をウィンダムに一任していたらしい、黙って頷き了承の意を示した。同様にウィンダムも頷き、説明を終えた。次いで彼はフェルミに目を向けた。次がフェルミによる説明になる。


「機を一にして我が汎米の第7空母打撃群による帯広・札幌・函館に対する対地火力投射を敢行する。これにより広域戦闘空間支配を確立し、縦深防御の成立を目指す。〈北〉本国に対する強い牽制になるだろう」


 ここでハサンが口を開いた。フェルミに訊きたいことができたらしい。


「米帝が直接出てきた場合はどうしますか? 汎米は作戦を続行しますか?」


 フェルミは頷き、直ぐに応えた。


「当然だよ。同盟国だからね」


 さも当然だと言わんばかりの返答だが、一同は懸念の色を隠さなかった。

 以前から対立関係にあったアメリカ同士だが、あからさまな戦闘はなかった。極力避けていたと言える。今回はその禁を破る可能性があるのだが、覚悟はあるのだろうか、と思うのだ。

 ベルジェンニコフが再び口を開いた。


「各水上打撃群の攻撃は、最後にEMP弾と擾乱拡散剤弾を撃ち込む予定だ。これにより両施設の電磁観測能力は著しく低下することになる。擾乱拡散剤はスモーク弾でもあるので可視観測も困難になる。この時、我々第4強化装甲兵小隊による高高度降下・強襲攻撃作戦が開始される」


 そして――ベルジェンニコフは編成を表示した。一同の間にグラフィック表示された。


「おい、六ヶ所村は俺たちだけか?」


 小隊は3つの分隊で構成されている。第2と第3は青森要塞への降下になっているが、六ヶ所村はハサンたちの第1分隊のみの担当となっている。


「おいおい、六ヶ所村は核処理施設だろ? つか、核兵器開発施設か。核弾頭があるんだろ? こっちの奪還の方が重要だと思うぞ」


 モランは納得いかないという表情だ。応ずるように他の者も言葉を続ける。クロッカーだった。


「そうだ。しかもあそこはX線レーザー砲砲台がある、それも3基。それを1分隊だけでどうにかしろと?」


 そうだ、そうだと分隊の他の者たちも声を揃える。


「けっ、ンなの当然だろーが。てめぇらみてぇな人殺し連中には当たり前の役割さ。ま、懲罰みたいなモンだろーよ」


 嘲るような言い方にモランたちは気色ばんだ。他の分隊からのものだった。


「あんだとぉ? 人殺しなんざ、てめぇらだって同じだろーが! 何年もそこらじゅうでりまくっといて、何ほざきやがる!」

「はぁ? 一緒にすんじゃねーよ! ご丁寧に盗撮されるようなマヌケとは程度が違うんだよ!」

「なろぉ、ケンカ売りたいよーだなぁ?」

「おおっ? だったらどーなんだ!」


 分隊間の空気は急速に悪化、文字通り一触即発となった。


「いい加減にしろ、バカ者どもが! 時と場を心得ろ!」


 怒号が響く、ハサンのものだった。落雷のような衝撃があり、皆を一気に黙らせる効果があった。


「くっ、だがなぁ……」


 モランは不満たらたらだ。


「そっちも控えてもらいたい。我々は友軍なのだろう? ここで亀裂してどうするのか?」


 ハサンは他分隊の者たちを睨みつけた。相手も睨み返し、不穏な空気は収まらない。だが、その中から1人の男が進み出てきて――――


「その通りだ。あんまり幼稚なことするな。それこそ程度が知れるというものだ」


 静かで、それでいて力強い口調だった。それは言うことを聞かせるのに十分な圧力があったらしい、他分隊の者たちは口を噤んだ。


「感謝するマグレブ一曹」


 ハサンはその男に謝意を示した。ハサン同様、中東系の民族と思われる男、第2分隊隊長との表示がモランたちの網膜上情報表示ウィンドウに現れていた。


「構わん、当然のことだ」


 マグレブと呼ばれた男は不機嫌そうに応えた。場を収めはしたが、彼自身色々と含むところがあるのは明白だった。


「さて、もういいかな?」


 ベルジェンニコフだ。彼女は騒動の間は一切口は挟まなかった。問題があるはずだが、敢えてそうしていたと思われる。


「青森要塞には電磁投射砲砲台が5基ある。X線レーザーほどの攻撃力はないが、連射性が高く、よって要塞の攻略も容易ではない。だからより多くの戦力を投入する必要があると判断されたのだ。厳しいものになるのは確実だが、理解してもらいたい」


 むぅ……とモランやクロッカーは歯噛みする。他の者も似たようなものだ。


「俺たちだってなぁ、刑場に連れてかれるようなモンなんだ。てめぇらだけが処刑されるんじゃねーぞ! 敵は要塞の機能を完全に制御下に置いて、電磁投射砲の使用まで可能にしてんだからな」


 最初に文句を言ってきた男の言葉だ。

 青森要塞の電磁投射砲砲台と六ヶ所再処理工場のX線レーザー砲砲台は共に自衛軍の装備だった。〈北〉の目と鼻の先である本州北端に位置しているため、最高レベルの防衛兵器を配備しておいたのだ。だが、それら兵器が今、自衛軍にとっては最大の障害と化している。


「畜生め、敵に奪取される場合は素早くシステムをクラッシュさせて使用不可能にさせるはずだったが……そんないとまもなく占拠されたってのか……」


 男は尚も文句を並べていたが、最後の方は独り言になっていた。暫く黙って言うままにさせていたベルジェンニコフは一つ咳をして一息つかせる。


「もういいね?」


 男は無言で頷いた。沈んだ顔は彼の忸怩たる想いを伺わせる。

 少し間を置いた後、再び彼女は口を開いた。


「では石塚イシヅカ特殊機械化師団長、お願いします」


 巌のような体躯の大男が頷いた。ウィンダムよりも巨漢だ、身長は2メートルに達しているに違いない。彼が石塚という師団長になる。全国に8つある機動装甲戦車大隊と15に及ぶ強化装甲兵大隊を統括する師団の長になる。階級は三等陸将になる。彼はゆっくりと口を開き、説明を始めた。


「――3分隊の降下と連動して有人、無人機共同の機動装甲戦車隊、4大隊による火力投射を開始する。これによって君たちの作戦行動を支援する。大隊の攻撃は全て精密誘導弾によるものになる。君たちにはマーカーが装備され、誤射は極力避けられるようにするつもりだ」


 とは言え、全てが上手くいくとは言えまい。


「EMPと擾乱拡散剤で電磁擾乱が暫く続くだろ? その間は支援攻撃はできないと思うがな」


 モランの指摘は当然だ。ベルジェンニコフは滞りなく応えた。


「擾乱状態は数分続くはず。我々・・が降下完了する時間ぶんだ。恐らくだが、その後は直ぐにクリアになる」


 成る程、それで誤射は避けられるというわけか。とは言っても完全とはいかないだろう。


「降下後は速やかに作戦開始、六ヶ所村はX線レーザー砲砲台の破壊、青森の方は電磁投射砲砲台の破壊にかかる。砲台は大半は固定式なので、機動力と火力の両者が共に高い強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーならば何とか破壊できるはずだ。両施設の砲台の機能を奪うのが今次作戦の最大目標であり、これさえ成し遂げれば施設の奪還は達成できたと言えよう。その後は施設防衛センターの掌握と接続制御者コネクターの確保だ」


 作戦のシミュレーショングラフィックが表示された。主に2マンから3マンセルで攻撃班を構成して、ブーストランにより一気に砲台に肉薄、AMライフルと超高速滑空弾砲の集中投射で破壊する手筈だ。


「例え破壊できずとも、給電ケーブルの破断や砲塔の歪曲をさせるだけでも砲は機能しなくなる。これは不可能な作戦ではない」


 するとハサンが手を上げた、何か質問したいことがあるようだった。ベルジェンニコフは発言を促す。そしてハサンは疑問を述べた。 


「三佐、砲台の破壊は絶対条件なのですか?」

「――と、言うと?」

「いえ、そもそも自軍の装備ですし、無闇な破壊は後々問題になると思います。降下さえ成功すれば砲台は無視してもいいような気がします。その手間を省いてドームに侵入し、管制室を占拠すれば後はいいかと思います。時間節約になりますし」


 ベルジェンニコフは頷く。当然な疑問だと納得しているようだ。


「そうだな。だがX線レーザー砲の再チャージは結構早く凡そ1時間ほどでフルチャージが完了する。最低限の破壊効果が期待できるレベルのチャージとなると20分ほどでいいとされる。青森の電磁投射砲も似たようなものだ」

「いえ、ですがあれらは対空砲なので地上部隊には……」


 それだけ言ってハサンの言葉は止まった。気づいたことがあったからだ。


「そうか、伏角か」

「その通り、両施設の砲は伏角を深くとることができる。つまり地上の目標も攻撃できるのだよ。対空砲と銘打たれてはいるが、実質は対地、そして対艦攻撃(両施設は海岸に面している。当然接近する海上目標も標的となる)も可能な汎用砲だ。これがこれまで地上と海上戦力の接近を許さなかった最大の理由になる」


 そして両施設の砲は素早く360度旋回でき、自身の施設内の攻撃も可能となる。敵にとって自衛軍施設の損害など大して気にならないだろうし、降下部隊が侵入したとなれば、躊躇なく砲を使って一気に薙ぎ払いにかかるだろう。


「速やかにドーム内に侵入できればいいだろうが、ハインライン部隊などによる妨害は確実だし、制限時間内に完了できない可能性がある。よって先に砲の無力化を図るのが一番の良策だ。それも簡単にはいかないだろうがね」


 ハサンは無言で頷いた。ベルジェンニコフは他はどうかと問うたが、後は誰も質問しなかった。

 皆の脳裏には六ヶ所再処理工場内で作業していた強化装甲兵アーマーズの姿が浮かんだ。そう、やはりそれが一番の問題だ。


「ハインラインの部隊か……やっぱ簡単に済ませてくれんわな」


 マグレブ一槽が口を開いた。


「当然だ。だが、それだけじゃないぞ。施設内には敵の機動装甲戦車部隊もいる」


 ハサンが応えた。


「機動装甲戦車は接近さえすれば強化装甲兵アーマーズの敵ではない。正面火力では劣るが、それ以外は俺たちが勝る。それに我が方の機動装甲戦車大隊の攻撃に対しては連中が一番に対処するだろう」


 施設外に出て正面から対峙すると思われる。チャージ完了前なら砲は自衛軍の戦車隊攻撃には使えないからだ。だから戦車部隊を外に出すと思われる。

 マグレブが眉を上げる。怪訝に思っているかのようだ。


「俺たちは無視すると?」

「機動装甲戦車は強化装甲兵アーマーズには叶わない。機動力や運動性では足元に及ばないし、施設内への降下が成功すれば至近に肉薄した状態になる。連中には対処できなくなるだろう」


 フム、と頷くマグレブ。最初から理解していたようだ。質問は確認的なものだったのだろう。


「となるとやはり俺たちの一番の敵はハインライン部隊というわけだな。ミサイル攻撃の間に少しでも被害が出ていればいいが、それはないものねだりというものだろうな」


 当然だ。ミサイル攻撃等の間は両施設の敵強化装甲兵アーマーズ・ハインライン部隊と戦車隊は施設の強化装甲防殻の中でやり過ごしているはずだ。大半は砲で迎撃されるので着弾も少ないだろうが、外に出ていれば僅かとは言え被害は出るので避難しているだろう。十中八九、連中は無傷と考えるべき。それらが出てくるのは確実であり、ハインライン部隊が降下部隊に対処するだろう。


「結局奴らとの戦闘が一番の肝になるか。あれを何とかできないと砲台の破壊も難しいか……戦力はどれくらいだった?」

「六ヶ所再処理工場では1個分隊規模の戦力は確認されている。10ほど、降下部隊と同じ。青森の方も同数確認されているが、現在も同じだとは断定できない」


 あくまでも確認の範囲。見逃している分もあるかもしれない。それに世界最強と言われる強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーたるハインラインの部隊だ、10ほどと言ってもとても侮れない。自分らが有利などと微塵も考えられないのだ。


 全員押し黙ってしまった。戦闘の厳しさを予感してたからだ。

 暫く間を置きベルジェンニコフは口を開いた。それは締めの言葉になった。


「作戦決行は明朝、〇二〇〇マルフタマルマル。丑三つ時の真っ最中になる」


 ここで一度言葉を切り、少し深呼吸した。


「私は威勢のいいことは言わない。言えるわけがない。ただ一言言わせてもらいたい――」


 再び言葉を切る。皆を見回すが、その目は今までになく真摯なものだった。自然と皆は居住まいを正すのだった。


「生きて帰れ! 絶対に死ぬんじゃないぞ!」


 それでも――――


 ――想いはなかなか叶わないものだ……


 玖劾は思考していた。 

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