第16話 赤き霧、赤き海

 客観的にはほんの数秒、せいぜいが10秒ちょっとの出来事だったのだろう。だがハサンには酷く長く――永遠にも等しい時が流れたかのように感じられた。それほどのストレスを、彼は感じたのだ。

 それは殺戮地獄そのものだった。



 轟音は次第に収まり、恐ろしいくらいの静寂が訪れた。全てが終わったのか? いや違う、何も終わってはいない。鎧武者たちの手元で炸裂する閃光は決して収まらず、寧ろ激しさを増している。フルオート射撃だ。だが動きは遅く、閃光の1つ1つの炸裂がつぶさに見える。何もかもがスローで時間の流れが遅くなっているのかと思えた。だからなのか、音が響かなくなったのは? 

 射撃の火線が村人たちに伸びていくさままでもがありありと見ることができた。先が1人の胸部に吸い込まれるのが見える。僅かに間を置いてその者の胸部が膨れ上がるや、たちまちにして四散した。まるで風船が弾けるかのようだ。おびただしい血潮と肉塊が散乱する。その際、鋭い筋を描いてオレンジ色の火線が天井に走った。絶命に際して体内の指向性爆弾が炸裂した結果だろう(炸裂は村人自身による操作以外にも心臓の鼓動や脳波の停止などがスイッチとなっているらしい)。そして――――

 同じ光景があちこちで繰り返されていた。鎧武者――強化装甲兵アーマーズたちの射撃は容赦なく、村人たちの全てを呑み込んで喰らい尽くさんとしたのだ。立ち上る血潮の数々は、やがて濃霧のように視界を覆っていく。赤い――どこまでも赤い霧が世界を支配していった。

 やめろ、やめろ、やめろ――ハサンは叫ぼうとするのだが、声にはならない。彼の心は目前の狂乱に支配され、自身もまた狂気に包まれかけていたのだ。その指先が対人アサルトライフルのトリガーにかけられ、銃口が上げられた。


 ――始めたのは奴らだ! 奴らが俺たちを誘い込み、殺そうとしのだ! これは自衛戦闘、武器等防護規定として自衛軍法にも認められている。何ら過ちはない、らなければられるのだ!


 彼の目は吊り上がり、口角が異様に曲げられた。装甲服アーマーのフェイスプレートに隠されて分からないが、もし近くで誰かが目撃したら(その者が正気を保っていたとして)、悪魔が傍らに出現したのだと確信しただろう。

 狂気が全てを支配しようとしていた、だが――――

 その指先は寸でのところで動きを止めた。ハサンの目は鎧武者たちの中の1人に釘付けにされた。


 ――玖劾クガイ


 その着用者は玖劾、彼の動きは他の強化装甲兵アーマーズたちとは違っていた。フルオートで乱射を続ける彼らと違い、玖劾だけは単発シングル、或いは三点スリーポイントバーストで射撃していた。しかも狙いが絞られ、決まったルーチンを繰り返している。頭部を撃ち抜くや、続いて素早く左右のどちらかの肩を撃つか足首を撃ち抜いて転倒させている。転倒の瞬間に指向性爆弾が炸裂するが、火線は床か天井、或いは壁方向に飛んでいくだけで、決してハサンたちの方には来なかった。


 ――奴は冷静だ、奴だけは理性を保っている?


 決して自分たちには被害が及ばないように敵を打ち倒す方法は冷静さを保っているからこそ成せる技だと思われる(但し他の者たちによる射撃もあるので、全て上手くいっているわけではない。フルオートで無造作に打ち倒されて炸裂した火線の一部は彼らの方に飛んできている。ヒットすることはなかったが、危険はあった)。これは確かに玖劾だけは平常心を保っている証と言えよう。理解したハサンは、そのお陰か彼自身も冷静さを取り戻していった。


 ――何て奴だ。この狂乱の最中で自分を見失わないとは……


 年齢も軍歴も勝る自分ですら保てなかった精神の平衡を15歳程度の少年が成し遂げた事実に、ハサンは些か忸怩たるものを憶えた。そして――――

 次第に時間の流れが元に戻っていき、音も蘇ってきた。


 赤い霧は次第に薄れ、視界が晴れ上がる。それは現実をまざまざと見せつけるのだった。

 拡がる赤い海、流された村人たちの血だ。いったい何リットル流されたというのか、講堂の一面に拡がり強化装甲兵アーマーズたちの足元にも伸びて来ている。その所どころに島のように浮かぶ赤茶色の何か――肉塊なのだろう、或いは骨か臓器の成れの果てか。銃撃や爆弾の熱と衝撃に当てられ、村人たちの五体は1つとして原形を留めず欠片となって散った姿だ。

 その中にある黒鉄くろがねの鎧武者たち。大半は射撃姿勢のままで固まっている。まるで凍結しているかのようだ。見回すハサンは唇を噛んだ。


 ――くそっ、何てことだ。村人たちは被害者なのに、テロリストどもに利用されただけだってのに!


 それを理解しながらも、恐怖に駆られて暴発した部下たちを抑えられなかった己の不甲斐なさ。そればかりか自分自身も狂いかけていた事実、指揮官として失格だとハサンは思った。


『分隊長、何があった? 中で戦闘でもあったのか?』


 スタスキーの声が彼の意識を現実に戻した。彼は外に残って周辺警戒を続けていた3人の1人だ。


『大丈夫か? 俺たちも支援に行くか?』


 間髪入れずハサンは応答した。


『いやいい、状況は終了した。お前たちは現場に待機、引き続き周辺警戒に努めろ』


 了――との応答。しかし声には不安の色が垣間見えていた。ハサンは大きく息を吐いた。そして講堂内を見回す。一面の血の海は変わらない。


「う……あ、ぐ……」


 聞こえてきた呻き声を彼は聞き逃さなかった。


『生存者がいるのか!』


 見ると講堂奥に向けて1人の強化装甲兵アーマーズが歩いているのが分かった。その向こうに何人かいる。彼らは原形を留めていて、中には動きを見せている者もいる。


『待て、手を出すな!』


 とどめを刺そうとしているのかもしれず、ハサンは歩み寄る強化装甲兵アーマーズを慌ててめに入るのだが――――


『そのつもりはない。彼らは人間爆弾ではないようだ』


 その強化装甲兵アーマーズからの応答、コールサインを見るまでもなく声だけで分かった、玖劾だ。ハサンは素早く玖劾の傍らに駆け寄った。


『息があるのは彼女だけのようだが、それも時間の問題だ。確認してくれ、分隊長』


 玖劾の言葉に従いハサンは視線を移した。演台手前に折り重なるようにして倒れている4人がいる。その一番下にいた老婆だけが僅かに動いていた。上の3人は胸や腹部に銃創が見られる。流れ弾なのだろう、撃たれたのだ。絶命しているが、しかし彼らは体内の爆弾が炸裂しなかったと思われる。炸裂すれば原形も留めず砕け散るからだ。折り重なっている様子から見て3人の男たちは老婆を守ろうとしていたのが分かる。


『どうやらこの4人は爆弾を仕込まれてはいなかったようだ』


 何故4人だけが――疑問はある。追及は当然だが、ハサンはその前に老婆を助け出す必要があると思った。屈んで作業を開始、3人の男たちの骸をゆっくりとどかし、下の老婆を抱え起こす。しかし彼はどうにもならない事実を知るだけだった。

 老婆の胸には大きく穿たれた銃創が見られる。5.56ミリの小口径高速弾が胸に当たっていて、まだ息があるのは奇跡的とも言えた。時間の問題だ。それでも彼は話しかけずにはいられなかった。


「ご老人、大丈夫ですか――」


 老婆は両手を突き出してハサンを押しのけようとした。その仕草には徹底した拒絶の意志が見て取れる。


「この……悪魔……め……わ、私た……」


 やがて拳を握りしめ、ハサンの装甲服アーマーのフェイスプレートを殴りつける。当然何のダメージもないが、だがハサンの心には打ち付けられるものがあった。彼女の顔に、その目に彼の意識は釘付けとなる。


「ただ……た……ひっそりと……生きて……いたかっ……のに――」


 そのまま動きを止めた。確かめるまでもなく分かる、絶命したのだ。


 ――くそっ!


 唇を噛むハサン、彼は無力感に苛まれるしかなかった。その時だった、背後から怒声が響き渡ってきた。


『てめぇっ、仲間を特攻させやがったな!』


 スタブロスの声だ、一緒に2人の強化装甲兵アーマーズたちが近づいて来るのが見えた。他はクロッカーと須賀スガだ。彼らは例外なく銃口をハサンたちの方に――いや、既に事切れた老婆に向けている。


『仲間を利用しやがって! 自分テメェだけ生き残ろうとしやがって!』

『許さんぞ! 許さんぞ!』

『このクソ下衆野郎めぇっ!』


 口々に浴びせられる罵りは彼らの怒りが未だ頂点にある事実を知らせる。揺れる銃口は臨界点が直ぐそこにあるのを理解させる。


 ――いかん、これ以上部下を暴走させるわけにはいかない! それに老人はもう――――


 絶対に止めねばならないと彼らに向き直ろうとした時、1つの銃声が鳴り響いた。


『なっ――玖劾! てめぇっ、何のつもりだ?』


 スタブロスの足元から煙が立ち上っていた。そこに銃弾が撃ち込まれたのだ。撃ったのは玖劾。


『この野郎、何のつもりだ? 邪魔しようってのかあっ!』


 隣の須賀スガの叫びだ。


『落ち着け。もうこの人は亡くなっている』

『何だとぉ? テロリストを庇うつもりか!』


 須賀スガが玖劾に銃口を向けた、スタブロスも遅れて続く。玖劾も彼らに向けた。それは一触即発を思わせ、極めて危険なものに思えた。


『やめろぉっ、この馬鹿野郎どもがぁっ!』


 ハサンは天井に向けて一発発砲した。それは異様に響く銃声だった。


『うっ――』


 皆の心を落ち着かせる効果はあったらしい、双方は互いに向けていた銃口を下ろし、事なきを得た。


『くそっ、何だってんだ……』


 だが納得いかないのだろう。スタブロスの呟きは、小声ながらもはっきりと聞こえた。


『全員よく聞け! 彼らは被害者だ。恐らく反政府勢力に強制されて人間爆弾に仕立て上げられたんだ!』


 クロッカーが一歩前に出た。


『分隊長、こいつら自身も反政府勢力なんじゃないのか? 幾ら強制っつったって、命を捨てる自爆攻撃なんてそうそうできるもんじゃねぇぜ』


 ハサンは首を振る。


『分からなかったのか、彼らの目を』


 クロッカーは怪訝な顔をする。


『目?』

『そうだ。完全に虚ろで飛んでしまった目をしていた』


 クロッカーたちは首をかしげる。どうやら彼らは確認できなかったらしい。迂闊と言えば迂闊だが、仕方がないことかもしれないと、ハサンは思った。余裕がなかったのだ。


『あれは薬物か、電脳刺激によって自我意識を停止か破壊されたゾンビ化人間のものだった。俺は過去にその類の奴らと遭遇したことがある』


 だから分かる――とハサンは言葉を終えたが、その最後にはかなり怒気のようなものが現れていた。


『だから……死も恐れぬ自爆攻撃ができたのだと?』


 クロッカーたちは背後を振り返った。そこには血の海が拡がるのみだったが。


『そうだ、洗脳などよりも遥かに手軽に仕立て上げられたものだ』


 何も思考できぬ、意識できぬ、ロボットのような、ゾンビのような兵器にさせられて特攻させられたのだ……難民を利用したのは一番安価との判断だったのだろう。

 しかし――納得できない様子の3人だった、だが――――


『いや、分隊長の予測は正しい。物的証拠が得られた』


 玖劾の言葉、同時に彼らの網膜上情報表示ウィンドウにデータが映し出された。そこにサソリを思わせる機械の姿があった。どうやら玖劾はいつの間にか走査・分析を行っていたらしい。サーチビーズの一部が講堂内に侵入して来ていて、血の海の間にある肉塊などのスキャンを行っていたのだ。サーチビーズには顕微走査の機能もある。彼の指令コマンドにより開始していたのだ。

 分析結果を確認後、ハサンが問うた。


『これは?』


 玖劾が応えた。


『〈マインドキャンセラー〉と呼ばれる極微兵器ナノウエポンの一種だ。侵入した者の脳――特に前頭葉に影響を与え、意識障害を引き起こす効果を及ぼす。そして命令に絶体服従のゾンビ化人間に仕立て上げるものだ。別名〈ゾンビメイカー〉。これは安価で効果は高く、テロネットワーク間では広く売買されている代物だ』


 具体的な事情は分からないが、反政府勢力はこの国に辿り着いた彼らの弱みに付け込んだか、或いは問答無用の強制だったのか、村人たちは逆らうこともできずゾンビ化人間に仕立てられてしまったのだろう。だが、まだ納得いかないことがあるとクロッカーたちは思った。


『だがこの婆ぁどもは何だ? こいつらはゾンビ化させられてなかったろ?』


 そう、老婆と3人の男たちは会話ができた。確実に意識は残っていてゾンビ化させられていたとは思えない。


『こいつらは組織の正式な構成員か、或いは村人の中で特に優遇されて現場指揮者の立場だったんじゃねぇのか?』


 だからゾンビ化させられてはいなかった?


『どうだろうな。メイカーの数が足りなかったのか、或いは――』


 玖劾の言葉は最後まで終えられなかった。


「玖劾っ、てめぇ……よくも撃てたなぁっ!」


 突然の怒声、皆は何事かと思った。振り返ると1人の強化装甲兵アーマーズが近づいてきていた。足元が覚束なくよろめいている。フェイスプレートが破損していて、中から着用者の顔が見えていた。目や鼻、口など顔のパーツが悉く大きな黒人の男、モランだ。彼は生きていたようだ。


『モラン、ちょっと! まだ動いちゃダメだって!』


 後ろから別の強化装甲兵アーマーズが追いかけてきていてモランの肩を掴む、レイラーだ。だがモランはそれを振りほどいた。


『モラン、大丈夫なのか? 指向性爆弾は掠っただけみたいだが?』


 ハサンが問うが、モランはまともに応えようとはしなかった。その顔は右半分が酷く腫れていて、口元からは血が流れていた。ダメージはかなりのものと言え、実際、支援サポートAIが送って来たバイタルサインは要精密検査と出ていた。直撃はしなかったようだが、それでも衝撃はかなりのものだったと思える。頭部のことでもあり、確かに精密検査は必要だ、できるだけ早くに。


「どうでもいいっ、それより玖劾! あれは幼い少女だったぞ! それをよくもぉ……」


 モランの言葉は途切れ、膝をついてしまった。頭を押さえ俯いてしまった。やはりダメージは重いと思える。


『おい、無理をするな。頭をやられているんだろう? 安静にしろ、これは命令だ』


 ハサンは強調し、レイラーも続く。


『そうだよ、分隊長の言う通り。さあ、横になって。今、応急処置するから――』


 レイラーが彼を寝かせようとするが、だがモランは振り払った。再び立ち上がり玖劾に詰め寄ろうとする。


「てめぇっ、何で撃てた? あんないたいけな少女を! ためらいとかなかったのか?」


 玖劾に掴みかかろうとするが、やはりというか、力が入らないらしく、軽く叩くだけに留まった。そのうち装甲服アーマー安全装置セイフティが働いたらしく、モランは動けなくなってしまった。装甲服アーマーには緊急ロックがかかり、モランはそのまま固まった。やがて目から光が喪われ、意識が消えていくのが見て取れた。装甲服アーマー支援サポートAIが緊急処置として麻酔剤を投与したのだ。


「てめぇ……て・め……」


 それでも逆らおうというのか、モランは動こうとした。だが、それもいつまでも続かない。やがて彼の目は閉じられ、意識が消えていくのが分かった。

 僅かな静寂、その場の誰もが声一つ上げず立ち尽くすモランを見るだけだった。そのままだったが、やがてハサンが玖劾に話しかけた。


『別にお前を責めるつもりはない。お前の判断は的確だった。だがどうしても訊きたいことがある』


 ハサンは目を玖劾の映像に向ける。彼の装甲服アーマーの頭部が自分に向くのが見えた。僅かだが緊張感が高まるのを感じた。


『玖劾、あの少女が爆弾を抱えていると何故分かった? どうも爆弾は有機素材で構成されていて内臓として仕込まれていたみたいだ。俺たちの装甲服アーマーの爆発物探知機では捉えられなかったしな』


 サーチビーズのスキャンによって爆弾の詳細が分かったのだ。それは全て有機系の素材で構成されていて、外形も一見して内蔵の一部としか見えないように偽装されていたと推測される、破片から判断できる。X線撮影をしても判別は難しかっただろう。ニュートリノ探査ならば捉えられたかもしれないが、その機能は彼らの装甲服アーマーにはない。


『爆弾云々は確信はなかった。ただゾンビ化人間らしいと感じたし、テロリストのやり口からして自爆攻撃を行う可能性もあるかとは思った』


 そして動き出した少女を見て彼は確信したのだろう。ここでやるつもりだと。


『そうか、よく判断した……』


 呟くような言い方でハサンは言葉を終えた。そこには彼自身の想いが滲み出ていた。


 ――幼い少女を躊躇なく撃ち抜けた行動力。本当にためらいはなかったのだろう。それが我々を、特にモランを危険から守った。この判断は正しい。しかし……


 ハサンは映像の玖劾を見る。凝視と言っていい。まだ15の少年に過ぎない彼が、こんな風に行動できるとは……ハサンは背筋に冷たいものすら走るのを感じた。


 ――いったい何が奴をこうも冷徹な戦闘機械みたいなものに仕立て上げたのか……


 ただ戦闘経験のみでこうなるものとは思えなかった。ハサンには玖劾固有の何かがあるように思った。

 その時だった。窓の外で何かが弾けるような音がして、続いてスタスキーの叫びが飛び込んできた。


『分隊長、何かいきなり飛び出してきたぞ!』


 その言葉にハサンは戸惑った。攻撃なのか? まだ敵が?


『何? 何があった?』


 するとハサンの網膜上情報表示ウィンドウに1つの映像が映し出された。スタスキーから送られてきたものだ。これはワシミミズクからのリアルタイム映像になる。画面の中で高速で飛行する燕のような形をした機械が映っていた。


『これは何だ?』


 直ぐに情報が出た。玖劾が説明を始めた。


『これは〈スワローアイ〉、最近〈アメリカ帝国〉が開発、実戦配備したと言われる小型無人偵察機だ。熱光学ステルス機能があったようだな。公民館至近でじっとしていて全く捉えられなかった。俺たちをずっと観測していたのか』


 それが今さっきステルスを解いて出現、急発進したわけだ。今は陥没孔から出て北東に向けて高速で飛行している。その姿をワシミミズクがトレースしている。だが距離は急速に離れている。


『流石は米帝の最新鋭機。あれではワシミミズクでも追いつかない』


 つまり追撃は不能、撃墜は叶わないということだ。だがハサンの意識は別のところに向かっていた。


 ――米帝だと? 北アメリカ大陸のロッキー山脈以東を支配する軍事大国? そこの兵器が極東の島国に現れたというのか?


『おい、どういうことだ? 何で米帝の最新鋭装備がこんなトコに現れる? テロリストどもが使ったってのか? 俺たちの動向を探るためだな? それと村人の監視のため……だが、何でスワローアイ?』


 スタブロスが玖劾に詰め寄った。彼もまた理解できないらしい。


『それは分からん。あれはゾンビメイカーと違って高価なものだし、米帝もそう易々と他所に供与するとも思えん』


 特にテロ組織になど、自分の首を絞めることにもなりかねないので、普通に考えて有り得ない――と玖劾は言った。だが実際にスワローアイは現れた。


『米帝自身が?』


 クロッカーの呟きに皆は注目した。


『確かに皇国のエネルギー工学技術は価値がある。地熱発電を核としたプラントコンプレックスの技術は中華以上に氷河に苦しむ彼らにも喉から手が出るほど欲しいものになるだろう。探りを入れる価値はあるとは思う』


 だが――と玖劾は言葉を続ける。


『西アメリカ――ロッキー以西と太平洋島嶼群の多くを実効支配し、南米諸国と同盟関係にある〈汎アメリカ連邦〉との対立もある。皇国とも同盟関係にある西を無視して手を出すにはリスクがありすぎると思うが、そもそもこの陥没孔に潜伏していた意味は――』


 確かにスワローアイは現れた。やはりテロ組織のいずれかがどこかで買い付けたか、強奪でもした機体を使用したのだろうか? 答えは出ず、皆は混乱するばかりだった。だが、いつまでも思考を続けることも許されなかった。


『お前ら、何てことしてくれたんだぁっ!』


 突如として響いてきた大声、外部からの通信だ。皆の網膜上情報表示ウィンドウには丸顔の男の顔が映し出されていた。ハサンが代表して問いかける。


嘴旧門矩ハシモトユキノリ三尉? 何ですか、いきなり?』


 今まで何も言って来ず、音沙汰なし状態だった上官が突然怒鳴り込んで来たのだ。皆の当惑は当然というものだ。


『ついさっきとんでもないものが流されてきたぞ。これを見ろ! 大騒ぎになっとるぞ!』


 それは動画配信。そこには、強化装甲兵アーマーズたちが村人に対して行った虐殺の場面が映し出されていた。


『そうか、俺たちは嵌められたというわけか……』


 玖劾の呟きがやたら響いていた。

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