第15話 惨劇の開幕

『何だ……これ?』


 モランの言葉には戸惑いが表れていた。それは程度の差こそあれ、他の者たちにも当てはまる。

 彼らの眼前には村人たちが集まっていた。恐らくはこの陥没孔底の村に滞在する全てだろう。だが、その“構成”が戸惑いを生んだのだ。


『子供と老人ばかり……』


 大人の男女の姿は1人も見られない。全員が10歳以下(と思われる)子供と60は越えているだろう老人ばかりだった。通常の意味で村落共同体として機能するには余りにも偏った構成になる。何故こうなっているのか……モランは首を振る。


『ちっ、サーチビーズの観測で分かっちゃいたが、改めて肉眼で見ると……』


 たまらんぜ……小声で言葉を終えた。そこに彼の抱いた気持ちが表れている。


『何と言うか……』


 それはレイラーにも共通していた。彼女もまたは言葉を続けることができなかった。後は深いため息をつくばかりとなった。老人と子供ばかりの一群を見たら、途轍もなく疲労感を感じてしまったのだ。或いは虚無感と言い現わした方がいいのかもしれない。その意味を、彼女は理解していた。ハサンが代弁するように言葉にした。


『他は皆、反政府勢力に連れ去られたというところか。残された彼らは自動人形オートマータどもに監視されていたってところか』


 ――男は兵士として、そして女は……言わずもがなだな……それと、残されたこの老人たちは補給基地要員として労役に従事させられていた可能性もあるな。


 彼は屋外に待機していた無人機装甲兵のことを思い出していた。あれらのメンテナンスか、それが不可能にしても何らかのサポートを村人たちに強制させていたと思われる。


『うむ――』


 ハサンは思考を中断して、意識を目前の光景に集中させた。


「皆さん、安心してほしい。我々は皇国自衛軍・強化装甲兵部隊の者です。現在、治安維持活動の一環として域外警戒任務に就いています。とりあえず――」


 彼は音声を外部スピーカ―に接続して村人たちに話しかけるのだが、それは中断を余儀なくさせられた。


「――――!」


 村人の1人が突然叫んだのだ、80は越えていそうなかなり高齢の老婆だった。彼女は盛んに手と首を振ってハサンに叫んでいる。いや、訴えかけていると言った方がいいか。そんな緊迫感が否応なしに感じられる様子だった。


『くそっ、何を言っている? 日本語じゃないな、何語だ?』


 彼らの知らない言語だったのだ、モランは苛立った。それでも表情や身振り手振りなどから感情は伝わる。


『これじゃ埒が明かないわ。翻訳ソフト、起動!』


 レイラーは支援サポートAIに指示、人工知能は即座に対象言語の解析と特定に入った。このデータはリアルタイムで並立化され、分隊全員の装甲服アーマー装備の翻訳機能に反映される。


「――め! き……ん、さっ――」


 解析の効果なのだろう、断片的ながら言葉の端々が伝わるようになった。だがまだ意味は分からない。


「ご老人、落ち着いて。ゆっくり喋ってもらわないと翻訳できてもよく理解できません。我々にはあなた方を害する意図はありませんよ。だから――」


 ハサンはなだめるのだが、老婆の興奮は収まらない。寧ろ増していくようだった。それは伝染するのか、やがて他の者たちも騒ぐようになった。


「ちが――そうじゃ――危険なんだ! 離れろ! 今すぐ出ていくんだ!」


 ソフトは言語の解析を完了したようだ。意味は次第に伝わるようになった。


『これは大陸の……いや、半島の言語だな?』


 モランの網膜上情報には対象言語の種類が表示されていた。これは村人たちの立場を理解させた。


『難民なんだろうね。たぶん、かなり難儀して日本にやって来たんだよ』


 大陸や半島はかなりの領域が分厚い氷河に覆われているのが現状。現地の国家は多くが崩壊し、機能しているのは中華連邦のみ。その中華も国民のかなりを切り捨てていると言われる。当然、難民も続出している。彼らもその1つだ。何とかして日本にまで来たのだが、やはりと言うか、不法入国になる。ヨミエリアという遺棄地帯に隠れるように潜んでいたことからも分かる。


『ちっ――皇国が難民を受け入れるわけないもんな。同国人ですら平然と見捨てる奴らだし』


 モランの言葉には忌々しさが満ちていた。それは彼自身の奥深くから噴き出す感情を反映しているのだが、その真実は今は分からない。


「ダメだ、ダメなんだ! あんたらはここにいちゃダメなんだよ!」

「そうだ、あんたらの安全のためにも、今すぐここから出て――」


 口々に放たれる彼らの言葉にモランは戸惑うしかなかった。


『おい、何言ってんだよ?』


 村人たちの目は悉く恐怖に彩られていた。かなり危険な状態と言える。ハサンは堤防が決壊するような危うさを理解した。


 ――いかんな、恐慌パニックに陥りかけている。よほど強化装甲兵アーマーズが恐ろしいと見える……


 当然と言えば当然。恐らく今まで相当な至難を味合わされてきたのだろう。皇国兵じゃないにしても、どこかの兵士に傷つけられてきたのは確実。その苦痛の記憶が恐怖と、憎悪すら生み出している。ハサンには彼らの辿っただろう過去が目に見えるようだった。しかし、このまま引き下がるわけにもいかないし、騒ぎを放置もできない。


『クロッカー、スタプロス、須賀スガ、今すぐ講堂内に来い』


 増援だ。ハサンたち4人だけでも収拾はできたと思えたが、人数を増やすことによってより圧力を高めようとの判断だった。見た目から抵抗の意思を挫き、力を行使することなく大人しくさせたかったのだ。だが、彼はこの判断が絶体とは言えないことも自覚はしていた。

 突然冷気が講堂内に吹き込んできた、東西2つの窓がいきなり開けられたからだ。瞬間的ながら突風が吹き込んでいる。零下にして10℃は下回る外気が30℃辺りまで温められていた環境に触れたのだ。気温差は大きく、その影響になる。その風の中、2つの鎧武者が現れた、講堂窓外近くで警戒に当たっていた3人だ。漆黒の外観は夜の闇が人型を纏って人界に迷い込んだようにも見え、人によっては禍々しさを感じるだろう。実際、皇国の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーにはそんな心理的効果を及ぼすようにデザインされていると言われる。

 3人は侵入と同時に対人アサルトライフルを構え、ロックを解除した。いつでも撃てるとの示威行為だ。だがそれは些か過ぎた示威になったようだ。村人たちの興奮は収まるどころか更に激しくなっていった。そして――――


「ダメぇぇぇぇっ! 行かないで、行っちゃダメよぉぉぉっ!」


 悲鳴が響いた、老婆のものだ。モランは子供の1人が自分に向かって歩いて来るのに気づいた、5、6歳くらいの少女だ。ユラリユラリと、どこか朦朧とした様子で歩いている。その後ろで老婆が叫んでいる。手を頻りに伸ばしているが、子供を引き戻そうとしているかのように見える。だが彼女は思いを果たせなかった。


「ダメだ、もう間に合わない! 諦めろ!」


 3人の男たちが老婆を押さえて引っ張っている。そしてハサンたちから離れようとした。老婆は抵抗するが叶わず、講堂奥に引きずられていった。その間も少女はモランの方に近づいて来ているが、背後の騒ぎには全く気を取られていないように見える。


 ――何だこれは? 連中は我々を恐れているわけではない?


 いや、恐れてはいるだろうが、他にも理由があるような気がハサンにはしていた。彼は自分たちからできるだけ離れようとする村人たちを見る。それは違和感を更に高めた。


 ――む、他の連中の様子もどこか変だ。


 よく見れば騒いでいたのが老婆と3人の男たちだけだったのが分かる。他の者たちは何をするでなく茫然とした呈で座り込んでいるだけだったのだ。ハサンは彼らに注目する。


 ――まるで死人、或いは人形?


 生気というものが全く感じられない瞳、生きて意思のある人間が見せる眼差しというものが全くない。ハサンはその目に心当たりがあった。


 ――これは、まさか!


「何だい、お嬢ちゃん? 俺に何か――」


 モランが近づく少女に手を伸ばしているのが見えた。同時に聞こえる老婆の悲鳴はどこか遠くから響くかのようだった。ハサンは叫ぶのだが――


『いかん! 離れ――』


 突如轟いた銃声、世界の全てに鳴り響くかのようだった。その中をゆっくりと弾き飛ばされていく少女の姿が映る。頭はない、消し飛んだのか? ただ血しぶきと――脳漿なのか――ピンク色の粒々が四散するさまが映る。誰かが撃ったのか? だが判断のいとまは与えられなかった。

 その少女の腹部が炸裂したのだ、そう炸裂だ。これは銃撃の効果とは思えない。眩いばかりの光輝を放ち、腹部から鋭いオレンジ色の輝線――火線と言うべか――がモランの頭部めがけて飛び込んで行った。


『ぐあぁっ!』


 モランはもんどりうつ。いきなり襲った火線に為すすべもなく、ただ、弾かれたように倒れるのだった。


『なっ――』


 何が起こったのか、瞬間、誰も理解できなかった。いや、ハサンは理解していた。


『人間爆弾だ! いや砲弾と言っていい!』


 極めて指向性の高い爆弾が体内に仕込まれていた。その威力は至近距離ならば皇国の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーすら貫くことも可能なレベルのものだったのだ。


『モラン、モラン!』


 倒れたままのモランの下にレイラーが駆け寄る。急いで安否の確認、必要ならば救命処置に入るべく動き出したのだが、村人の動きが彼女の動作を鈍らせた。


『くそっ、こいつら全員爆弾持ちなのか!』


 村人たち全員が立ち上がり、彼らに向けて歩き始めていた。但し老婆と3人の男たちだけは例外、彼らは講堂奥にいるまま。その間も村人たちはゆっくりと歩み寄るのだが、そのさまは一見して怖気の走ることこの上なかった。 

 

『何だコレ、ゾンビかよ!』


 クロッカーの叫び。彼はアサルトライフルを腰だめに構え、続ける。


『寄るなっ! 撃つぞ、オラァッ!』


 叫びは震え、彼自身恐怖を感じている事実を知らせる。


「やめろぉっ! あんたらが立ち去れば何も起きないっ、何も――!」


 講堂奥の3人の男たちの1人が叫ぶが、それは最後まで果たされない。


『来るんじゃねぇぇっ!』


 村人たちが一斉に駆け始めたのだ。ハサンたちに向けて、一気に。


『てっ、てめぇら! 俺たちをるために待ち構えてたんだなぁ! 自分を爆弾にしてまでっ、ちくしょうめぇっ!』


 それは津波が押し寄せるようなもの。突然の脅威の襲来に強化装甲兵アーマーズたちもまた恐慌パニックに陥ってしまった。


『ぶっ殺してやるぅぅぅっ!』

『待て――』


 ハサンの声は直後の轟音にかき消された。それは強化装甲兵アーマーズたちによる一斉攻撃が生んだ轟音だった。

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