第14話 潜みし脅威

『ワシミミズク、広域ピンを撃て』


 ハサンは上空を周回する無人観測機に指令コマンドを送った。即座に分隊全員は自身を貫く衝撃を感じた。これはワシミミズクより撃たれた〈ピン〉――アクティブセンシング用超音波がもたらす振動を装甲服アーマーのセンサーが感知し、人間でも察知できる振動を起こして注意喚起したものだ。僅かに遅れて彼らの視界――網膜上情報表示ウィンドウに観測結果が表された。モランが口を開いた。


『何も映らねぇぞ。敵性体はナシと出ている』


 ウィンドウには陥没孔全体の3D画像が表示、地形や建物などが詳細に映し出されている。撃たれたピンからの反響をワシミミズクが速やかに画像処理し、分隊員に送ったデータになる。そこには他に分隊員を意味する人型が10体、サーチビーズが30体映し出されているが、それだけだ。その他の不明存在は、彼らが破壊した無人機装甲兵と自動人形オートマータの残骸のみである。その他の不明存在――敵性体は見られなかった。何ら異常を知らせるものではないと判断できる。


『屋外には何もいないってことなの?』


 センサーが知らせる観測結果を、しかしレイラーは信じ切ることができなかった。彼女は自分の装甲服アーマーのセンサーをフル稼働させ、盛んに周囲を見回す。


『落ち着けよ、お嬢さん』


 モランは肩を竦めていた。ヤレヤレとでも言いたそうだ。


『――なこと言ったってさぁ、敵は最新鋭の描画補正技術を備えた撮像迷彩装甲をまとっているんでしょ? 安心できるかってぇの!』


 こうしているうちにも間近に忍び寄っているのではないか――そう思えて仕方なく不安が尽きないのだ。


『そのためのピンだろ。可視光も含めた対熱電磁輻射系ステルスでも音響には無力なはずだ』


 だがレイラーは納得しない。


『吸音素材装甲だってあるじゃない。ピンの反響を無効化できるヤツだってあるよ』


 ピンなどソナー探知を掻い潜る技術も古くからあるが、そのことを言っている。ここでハサンが口を開いた。


『熱電磁系と音響系の両立は難しいのが現状。あちら立てればこちら立たずの関係で、両方を完璧に機能させるのは困難だ』


 素材や形状など目的に適したものがあるが、別の目的に対してはマイナスに働くことが多い。電磁輻射と音波、両者に対して同時に完全に隠蔽ステルスできる装甲は現状存在しない、少なくとも彼らは知らない。


『それでも、描画補正技術に革新的なものが見られるように、何らかのブレイクスルーが起きている可能性がある』


 玖劾クガイが口を開いた。皆は彼に注目する。


『技術に対する信頼は当然のものだが、絶対ではない。日々更新されるものであり、今日こんにちまでの常識が突然通用しなくなることもある』


 彼は公民館入口脇に移動、身を潜めるような感じで腰を落として構えた。それを見た分隊の皆は一斉に警戒レベルを上げた。全員構えを取り、連携を取って全周に注意を向ける。そのままモランは玖劾に訊いた。


『おい、何かいるのか?』


 彼の声には苛立ちが表れている。だが玖劾は何も応えず、左手を伸ばして掌を入口ドアに密着させるだけだった。それがモランの苛立ちを加速させた。


『何か言えよ。だいたい何を――』


 何をやっている――と問いたかったのだが、言葉にはならなかった。鋭い振動が足元や大気から伝わって来たからだ。それは微かなものだったが、鋭利な刃物を思わせるものだった。


『これは屋内に対する音響探査結果か』


 ハサンの言葉、分隊全員の情報表示ウィンドウに公民館内部のグラフィックデータが表示されていた。


『今、俺の装甲服アーマーの指向性ピンと各所に配置させていたサーチビーズからの限定ピンにより屋内の同時観測を行った。ワシミミズクによる広域ピンでも測れないからこうした。そして、その結果がこれだ』


 玖劾はドアに触れさせていた掌を離し、説明した。

 強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーにも音響探知機はあり、ピン放射機も装備されている。ワシミミズクのそれに比べれば出力は劣るが、至近の探査・観測に限れば精度は勝る。その探査を行ったのだ。モランが感じた振動はピンによる超音波の一部が彼の方にも伝わって来たものになる。


『これは……何? 何か変な靄みたいなものが映っているけど?』


 レイラーの疑問はウィンドウに映された画像に対するものだ。


『ちょうどこの入口から奥に真っ直ぐ伸びる廊下に現れているな。靄と言うか、幽霊みたいなものにも見える』


 ハサンの言葉のせいか、レイラーはブルッと身を震わせた。


『これは恐らく自動人形オートマータのものだ。数はちょうど3、敵の残りと合っている』


 玖劾は右手を上げ、その手甲より超振動ブレードを伸長させた。腰は更に屈め、紛れもなく臨戦態勢に入っている。


『いるのか、玖劾? ドアの向こう、直ぐそこに?』


 ハサンの問いに玖劾は頷く。


『待て、あの幽霊みたいな画像は何を意味する? 敵の姿なのか? 移動する瞬間をピンで捉えたものだとしても、もう少しはっきりと映るはずだぞ?』


 玖劾は構えたままで応えた。


『つまり陸自のピンをある程度はキャンセルできる吸音素材装甲を備えているということだ。幽霊みたいな形にしか映らないのはその結果。撮像迷彩と両立させているな。完全とは言えないが、位置を精密に悟らせない効果はある』


 そんなものが? 明らかな技術革新の成果を伺わせ、ハサンは俄かに信じられなかった。


 ――敵には完全な最新鋭技術がもたらされているというのか? ヨミエリアの……この世の底辺である遺棄地帯で活動するテロ組織にか? いったいどこから……国外からもたらされたものなのだろうか?


『分隊長、あまり時間は取らない方がいい。ここは一気に踏み込んだ方がいいぞ』


 玖劾の言葉でハサンは現実に戻った。僅かな間だが、彼は思考の迷路に入りかけていたのだ。


『――む……、そうだな』


 迷彩技術以外にも何らかの技術革新があるかもしれない。それが自分たちに危機をもたらす可能性はある。だが戦闘に於いては予想外の展開は常と言える。ここで引くという選択もあるだろうが……

 ハサンは玖劾を見る。今にも突入しようと構える彼を見て決心した。


 ――センシティブと言われる奴の選択だ。やれると判断しているのだろう。


 ハサンは頷き――――


『よし、やるぞ――』


 一度言葉を切り、数回左右の手を振り周りの分隊員に指示した。


『玖劾がポイントマン、後に俺が続く。モランとレイラーは俺たち2人の戦闘状況開始後に続いて突入。但し状況によっては中止、自分で判断しろ。他の者はクロッカー、スタブロス、須賀スガの3人が公民館外周を周って講堂の窓直近で待機。場合によっては突入もあるが、状況次第だ。スタスキー、ハッチ、納谷ナヤの3人は外に待機、ワシミミズクと連携して周辺警戒を密にしろ』


 ハサンは素早く編成を行い、皆はそれに従って移動を開始した。彼は玖劾に目を向け、話しかけた。


『いつでもいいぞ』 


 玖劾は無言で小さく頷くだけだった。そして――――


 音などしなかった。いや、発生はしたはずだが、殆ど聞き取ることはできなかった。まるで無声映画のようなもの。目の前のドアが音もなく切り裂かれ、まるで重さのない紙のように周りに散らされていくさまが映った。その直後――いや、同時と言った方がいいか? 中の闇の中で――入口奥の廊下は照明が消されていた――鋭い閃光が1つ走った。


『む、玖劾?』


 ハサンが駆け始める。目前にいたはずの玖劾の姿はない、一瞬の間に廊下の奥に進んでいる。


〈ノクトヴィジョン、レベル上昇〉


 廊下の暗さは尋常ではなかった。単に照明を切っただけでこうも暗くなるものか? まるでこの世の光という光の全てを吸い取ったかのようなものにも思えた。勿論、これは影の領域になる屋内に一気に突入した効果に過ぎない。夜間とは言え、月明かりのある屋外はそれなりに目の効くものであり、それだけに照明のない密閉された屋内の暗さは際立つわけだ。だがそんなものに戸惑うハサンではない。装甲服アーマー支援サポートAIは即座に環境変化に対応して暗視カメラの精度を上昇、深い闇の中でも問題ない視界を確保させたのだ。


『ふっ――始末したのか』


 足元に3体の自動人形オートマータが転がっているのが確認できた。全て胴体から頭部を切り裂かれている。


『分隊長、人形どもは始末した。絶対だと言わないが、取り敢えず脅威は排除した』


 絶対とは言わない――か。決して断言はしない玖劾の言い方にハサンは苦笑いを浮かべた。


 ――奴らしい言い方だな。この世の絶対というものを、容易に認めないところがあるからな……


 思考しつつ彼は人形たちを見回した。鋭利な切口には一切の乱れが見られない。恐らく一刀の下に両断されたものだろう。玖劾は闇の中で――レベルアップされた暗視装置ノクトヴィジョンの支援があっただろうが――何ら迷いも乱れもなく、的確にこの敵を斬り伏せたのだ。


 ――ある種の達人の域にあるかもしれないな。まだ15程度の少年のはずだが、空恐ろしいものだ。


 ハサンは先に立つ装甲兵アーマーズに目を向けた。


 ――軍歴は既に5年に及ぶはずだな。その全てを最前線で過ごし、生き延びてきている。15とは言え、もはやベテラン、古参兵だな。そして――――


 センシティブという言葉を頭に浮かべた時、玖劾が話しかけてきた。


『この奥が講堂だ。中に村人がいる』


 その時、ハサンは急速に緊張が高まるのを感じた。


 ――フム、兵士の直感というヤツか。俺はセンシティブではないが、長年戦場を渡って来た経験というものはある。それが何やら囁くと見えるな。


 自身の反応に、彼は注目した。


『おい、ハサン、玖劾? もう始末しちまったのか?』


 モランの声が聞こえてきた。見ると彼とレイラーが進んできているのが分かった。


『ふぅ、まぁ見たままだ。玖劾だけで全部済ませていたよ』


 どことなく自嘲的な響きも感じられる言い方だった。


『分隊長、伏兵はもうないの? 大丈夫だと言い切れる?』


 撮像迷彩や吸音素材装甲などステルス機能に予想外のものを見せた今回の敵に対し、レイラーは敏感になっているのだ。まだ見えない敵がいるのかと警戒している。


『断言はしない。だが過度な反応は臆病の印だぞ』


 言われて「うっ」と呻くレイラー。些かなりとも及び腰になっているのは動作の一つ一つにも現れており、戦闘に際して支障が出かねないものだった。彼女は頭を振り、少し足踏みをした。


『すみません、気を付けます』


 気合を入れるつもりなのか、装甲服の顔面の部分を自分で叩く――頬を叩くつもりだったのだろうが、フェイスプレートが下りているのでそれは不可能――レイラーだった。


『よし、総員に伝える。状況は取り敢えず終了した。だが警戒は怠るな。講堂窓外の3人はそのまま現在地で待機、周辺警戒の3人と情報を並列化しつつ警戒を続けろ』


 通信を終えるとハサンは玖劾たちに目を向ける。


『分隊長、この向こうに敵性体は確認できないが、もしやということもある。まず俺だけが先行して踏み込むが、いいな?』


 小さく溜息を漏らすハサン、その音を装甲服アーマーのマイクは拾い、通信として玖劾やモラン、レイラーにも伝わった。


『問題でもあるのか?』


 いや――とハサンは首を振った。


『それでいい、直ぐにやれ』


 了――と簡潔な応答。続いて玖劾は合図を送り、直ぐに彼の姿は視界から消えた。ドアは開けられている、今度は切り裂いたりはせず普通に開け、踏み込んだというわけだ。ハサンたちは僅かに遅れて廊下両側に身を寄せ、内部を伺う。


『全くニンジャかよ、あれは? 気配も何もなく消えちまったぞ? サインがあっても戸惑っちまったぜ。お陰でこっちの対応が遅れちまったじゃないか』


 モランが毒づいている。玖劾の動きが速すぎて感知すらできなかったからだ。


『いいぞ、攻性の敵はいない』


 玖劾からの通信が入った。


『“攻性の敵”とか、何か言い方がイチイチしちめんどくさいな』


 モランの言葉にはまだ棘が残っていた。


『文句ばっか言わないの。さぁいくよ』


 彼らは揃って講堂に入っていった。

 そして――そこで彼らは、“それ”を体験することになる。ハサンは自身の直感が正しかったことを思い知るのだ――――

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