第13話 惑いの人形

 一陣の風、或いは閃光と評するのが相応しいのかもしれない。一列に並び、一気に突進した3人は瞬く間に敵の懐に飛び込んだ。

 超振動ブレードを展開、先頭の玖劾クガイが1人めの左脚を斬りつけバランスを崩させる。そのまま彼は2人めの脚を同じく斬った。だがとどめ刺すことはなく、そのまま駆け抜けて行き、更に先にいた3人めに突進して行った。この2人を見逃したわけではない。後に続くモランとレイラーがその2人の頸部、若しくは胸部にブレードを突き刺し止めを刺したのだ。つまり3人一組での連携攻撃というわけだ。

 ブレードの振動出力を瞬間増幅、中の着用者の肉体はブレードの突き刺された部分を中心に弾き飛ばされるように破壊、瞬時にして絶命したはずだ。普通の人体ならば、だが――――


『何――?』


 モランの戸惑いの声、そのまま彼は動きを止めた。


『何よこの手応え?』


 レイラーも同じだった。彼女は素早く自分のブレードを引き抜いた。敵・装甲兵アーマーズは力なく崩れ落ちた。仕留めたのは確実、だがレイラーの目は足元に倒れ伏した敵に向けられることはなく、ブレードの切っ先に注がれていた。


『血がない?』


 彼女はモランの方を見る。同じくモランも彼女に目を向けていた。彼の足元にも敵兵が倒れている。言葉もなく、2人はそのまま僅かな間互い見つめあっていたのだが、やがて彼らは玖劾の方に目を向けた。

 その姿、彼の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーがユラリ――と一瞬、陽炎のように揺らめいた。まるで幽鬼かと錯覚させる姿だった。2人はゴクリと唾を飲み込んだ。


『ちっ――』


 モランの舌打ち。無意識の反応だったが、気づいた彼はかなり不愉快になった。


 ――まるで怯えたみたいじゃねぇか。


 自分の反応が気に食わないのだ。


『玖劾――?』


 レイラーの言葉が彼の意識を思考から目前の光景に引き戻した(無線封鎖は戦闘開始と共に解除されている。だから声が聞こえた)。見ると玖劾は自分が倒した敵兵の前に屈んでいた。


『おい――?』


 モランも話しかけようとするが、言葉は止まった。

 玖劾は敵兵のフェイスプレートを力づくで剥がしていた。その中から現れるはずの敵の顔は――――


『空っぽだと?』


 モランとレイラーは同時に自分たちが仕留めた敵兵のフェイスプレートを剥がした。そのまま彼らは固まった。


自動制御機オートパイロットだったな』


 玖劾の声が彼らを現実に引き戻した。

 眼下に横たわる敵兵は、しかし無人機だった。AI制御の自動機械オートマトンだったというわけだ。フェイプレートの奥には人の顔などなく――血肉が飛び散った跡なども欠片もなく、それはブレードに破壊されて四散したのではないと言える。ただ空洞が拡がるのみで――勿論ブレードの超振動で内部は酷く破壊されている――最初から人間が着用していたのではないのだ。

 念のためのつもりか、レイラーは胸部装甲をブレードで切り裂き、剥がした。


『やはり何もない。これは最初から無人機だったんだ……』


 頭部から腹部にかけて装甲を剥がされた姿はまるで鯵の開きみたいなものに見えた。滑稽にも見えるが、しかし彼らは笑う気にはなれなかった。


『くそっ、何だこれ?』


 モランは怒りを憶えた。途轍もなく愚弄された気分になり、それが彼を刺激したのだ。彼は目を周囲に向ける。


『全部同じだったみたいだね』


 レイラーの言葉だ。視界には敵装甲兵アーマーズの全てが倒されている光景が映った。襲撃は一瞬、数秒で片が付いていたのだ。皆が皆、同様に、的確に、敵を仕留めていたのだ。そしてその敵は、全て同じく無人機だったのだ。


『隊長、これは何だと思う?』


 玖劾がハサンに話しかけた。


『知らんな』


 そっけない応え方だが、それではいけないと思ったのか、少し間を開けてから言葉を続けた。


『最初から移動砲台としてのみ使うつもりだったのかもしれないな。つまりその後の拠点制圧には使うつもりがなかったかもしれん。それとも制圧など考えもしていなかったのか、やはり施設の破壊のみが目的だったのか? AI制御でも機動戦闘は可能だが、FMM対応兵器には叶わないからな………』


 モランが問いかけた。


『しかしなぁ、これ、劉備だろ(中華連邦製強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー)? 最新鋭機とは言えないが、今でも世界じゅうで使われている人気機種だぜ? こんな使い方、いくら何でも勿体ないぞ』


 ハサンは首を振る。


『それは分からん。敵の考えなど図れるものか』


 声は落ち着いたものだが、どこか苛立ちのようなものが垣間見えていた。玖劾が問う。


『隊長、そもそもこいつら、俺たちが発見してからずっと何もせずに突っ立ったままだったな? 仕留めるまでの約10分、何もしていなかった。見た限りだが……これ自体、妙なものだな?』


 ハサンは小さく頷いた。それだけで、特に言葉にすることはなかった。それがモランには気になった。


『おいハサン、何も言わないのかよ? 凄く気になるぞ』


 モランは続いて玖劾にも目を向けた。ハサンが何も言わないが、或いは玖劾が何か言うかと思ったからだ。だが2人とも何も口にしなかった。


『おい――』


 焦れたモランは尚も食い下がろうとしたが、続けることはなかった。


『玖劾?』


 玖劾が急に動いたのだ。敵なのか? 玖劾の動きに対応して、モラン以外にも隊の皆は全員素早く戦闘態勢に入った。警戒観測をフルレンジに発動、無線封鎖は解いているのでアクティブセンシングを控える理由もなく、当然起動させた。即座に彼らの視界には精密観測情報が入った。


『おい、何もないぞ?』


 情報ウィンドウには何も映っていない。敵と思われる存在の反応は無論、彼ら以外の熱源発生体の反応は――サーチビーズ以外は何一つ現れていなかった。敵どころか小動物の一つもいない。


『くそっ、おい!』


 モランの声には怒気が含まれていた。先ほどから続く不可解な出来事に加えてのことだったので、苛立ちが増していたのだ。彼は玖劾に目を向ける。公民館入口付近に近づく彼の姿が映った。


『何か言えよ』


 モランの言葉が終わると同時だった。玖劾が大きく跳躍したのだ。そのまま入口上のひさしに差し掛かる、その瞬間――――

 玖劾の左腕が素早く振られた。すると、その跡を描くように鋭い輝線が空間に刻まれた。まるで宙を切り裂いたかのように見える。続いて輝線の周りから線香花火のような火花が弾け始めた。それは見る間に拡大、庇の上を覆いつくし、強烈な閃光が瞬いた。


『何だ?』


 着地する玖劾、何事もなかったかのように静かに立ち上がる。その目の前に何かが落下してきた。


『人? いや、自動人形オートマータか?』


 玖劾の前に横たわる人のようなものは、しかし機械部品を露出させていた。体格も小さく彼らの半分ほどだろう。それは腹部から頸部にかけて深く斬り裂かれており、機能停止しているのは見ただけでも分かる。

 自動人形オートマータだ、強化装甲兵アーマーズが作戦行動に際して補助的に使役する人型自動機械オートマトンであり、彼ら皇国強化装甲兵アーマーズだけでなく、諸外国でも広く使われている。勿論、反政府勢力も例外でなく、低コストのため零細勢力でもよく使われている。


『これ、住民を監視していたヤツの1体だよ』


 レイラーは公民館の方に目を向けた。この中、講堂でこの陥没孔の住民と思われる者たちが集められ、その周りに自動人形オートマータが4体確認されていた。外観からしてその中の1つと断言できる。


『サーチビーズの監視は?』


 即座に情報が入ってきた。サーチビーズは今も講堂を監視している。


『うぅっ、やっぱりいない』


 全て消えていた。どこかに移動したのは確実だ。


『むぅ、確認を怠ったな。いつからだ?』


 記録を再生すると、彼らが攻撃を開始したタイミングで消えているのが分かった。それこそ一瞬に。この時に迷彩機能のようなものを発動させた可能性が考えられる。サーチビーズは注意喚起の信号を送っていたようだが、戦闘行動の最中であり優先度が下げられたらしい。


『その隙にあそこに移動していた? 俺らの隙を突くつもりだったのか。1体だけ……のわけがないよな?』


 モランの言葉はそこで終わったが、レイラーが後を継いだ。


『庇の上はあの1体だけだろうけど、残りはどこに行ったの?』


 言いつつレイラーはセンサーの感度をフルに上げ、それこそ目を皿のようにして周辺を見回した。だが彼女の視界には何も現れなかった。


『くそったれ』


 モランも観測を続けていてたが、やはり何も捉えられなかった。彼は悪態をつきつつ、は玖劾の足元の人形を見、続いて目線を庇の上に向けた。


『絡繰り野郎、あの上にいたってのか、ずっと? 迷彩機能? 全然気づかなかったぞ――』


 そのまま絶句したが、レイラーが言葉を繋いだ。


『光学ステルスになるか? いや、でも――?』


 電磁メタマテリアルを使用した熱電磁波透過装甲が実現していることは以前書いた。それは電波帯から赤外帯に渡る広範なステルス機能を実現するものだが、この時代では可視光帯の透過も可能になっている。だが、その使用――特に屋外での使用には大きな制限があった。


『チラつきが全く見えなかったよ? 光学ステルス使用時のチラつきは嫌でも目につくし、視界の端でも直ぐに気づくものなのに……』


 このチラつきが大きな問題だったのだ。僅かな空気の揺らぎ、雨や雪、塵などの浮遊物が透過帯に触れるだけでチラつきを発生させてしまう。これは光の屈折を繰り返す現象を起こし、結果としてチラつきの光度を上げる結果を生む。主に輪郭部に集中して現れるため、光学ステルス状態に入ってない時よりも返って目立ってしまうという効果を引き起こす。

 この時代、火山噴火などが恒常的に続く現状では大気中に火山灰などの浮遊物は常にあると言える。よって光学ステルスの使用は少なくとも屋外では事実上不可能になっている。光学系の使用は屋内に限定されているのが現状だ。それも万能ではない。

 屋外での使用は不可能。だが見えなかった。誰1人気づかなかった、玖劾は除いて。

 

『いや、これは光学ステルスではないな。別の迷彩機能だ』


 玖劾は人形の頭部を覗き込むようにして覆い被さっていた。彼の装甲服アーマーの頸部からケーブルが伸びていて人形の頭部――眉間の辺りに差し込まれている。電脳探査をしているのだ。


『カメレオンと同じ色彩迷彩になるか。カメラ撮影した周囲の風景を見る角度に従ってそれぞれの背景を身体上に映し出す撮像迷彩。カメレオンよりは随分と進化しているか』


 玖劾は分析結果の一部の説明を始めている。ハサンが彼の傍に近寄るが、同時に部下たちに周辺警戒の継続を指示した。この機に乗じて敵襲があるかもしれないのだ。同レベルの迷彩状態にある敵が潜んでいる可能性がある。確認されたのは4体、まだ3体残っている。同様のステルス機能を働かせ、近くで潜んでいるとは言えないか?

 皆は玖劾の説明が気にはなったが、指示に従う。それぞれに全周の精密観測に入った。

 ハサンはそれを確認すると改めて玖劾の方を見た。


『玖劾、撮像迷彩でもチラつきは起こるぞ。だが俺たちは全く気づかなかった』


 玖劾はケーブルを人形から抜いた。端子は素早く彼の装甲服アーマーの頸部に収納された。そのまま立ち上がり、ハサンの方を向く。


『撮像はリアルタイムで更新され、不純物などの効果も加味して補正する機能があったようだ。かなりのレベルのものだな。ほぼ完全にチラつきを打ち消すことに成功している』


 ハサンは頷く。


『成る程、そんなものが反政府勢力の手に渡っているか。もしかしたら光学ステルス以上の効果があるのか?』

 

 玖劾は首を振った。


『いや、動く時の描画エラーは補正し切れないみたいだし、不純物の量もあまり増えると効果はなくなる。今は近くで乗鞍が噴火しているとは言え、この陥没孔底には大して降り注がないみたいだし、この環境下なら使用できたってトコだな』

『それでも光学ステルスは機能できないのだが、撮像迷彩は使用可能にできたってトコか。一昔前の技術の方が役立つとはな……そんなこともあるわけか』

『一昔前と言っても、情報補正機能は最新レベルと言えるぞ。皇国でもない技術じゃないか? どこが造ったものか知らないが、そんな技術が反政府勢力に渡るというのは問題だな』

『うむ、更にこれが光学ステルスにも適用できるレベルの技術になったら、いよいよ鬱陶しくなるな』


 皇国でも補正技術の研究開発は行われているが、未だ実現していない。


『玖劾、それにしてもよく気づいたな? 見えたわけじゃないだろう?』


 ハサンのその言葉をモランは聞き逃さなかった。彼の意識は否応もなくハサンと玖劾の会話に集中していく。それは警戒観測を怠るものだが、それでも彼の意識は向かわずにいられなかったのだ。

 彼の視界にはハサンに背を向ける玖劾の姿が映った。


 ――ちっ、何も応えねぇのか?


 強くわだかまるものが胸中に沸くのを感じた。モランは気になって仕方がないのだ。


 ――センシティブか? 超感覚とも言える能力が知らせたっつーのか?


 答えは出ない。ハサンはそれ以上は問うことはなく、玖劾は結局何も言わなかった。

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