第12話 索敵観測
集落から100mほどの地点、上手い具合に窪地が出来ており、しかも周囲を取り囲むように大岩が幾つも転がっている。遮蔽になり、発見を困難にさせるものだ。分隊員の半分がここに集結していた。残りは散開し、集落外縁を移動、索敵・観測を続けている。
カツンという乾いた音が響き、同時に有線接触通信回線の接続表示が出た。モランは何だと思うが、直ぐに彼の網膜上情報表示ウィンドゥにレイラ―の顔が表れた。彼女の
『どうした、寂しくなったのか?』
ニヒッと些か下卑た笑いを浮かべてモランが応える。
『――なわけないでしょ! 作戦の打ち合わせよ。ハサン隊長の指示なんだから』
見ると、窪地内に留まる隊員全員の間に有線通信ワイヤーが張られていた。これは通信傍受対策の一つになる。有線回線であり、しかも彼らのワイヤーは殆ど電磁波の漏れがなく、だから傍受はほぼ不可能になるものだ。これは他に激しい電波妨害環境下での通信を可能にするものだ。欠点は距離になる。ワイヤーケーブルは結構伸ばすことができ、1キロほどまで可能だが、現実問題としてその半分も伸ばせない。考えるまでもなく分ることだが、それをやると、それだけで敵に気取られる可能性が出てくる。地形などの環境次第だが、あまり離れた者同士の通信は控えた方がいい。それに動きの自由度を制限するので、移動中などは使用しない方がいい。
ハサンが話を始めた。
『現在、
彼の説明によると東側から3人、西側から2人、反対向きに集落外縁を周って一周し集落内の観測を行っている。傍受対策でIFF(敵味方識別信号)さえも発していないので現状は不明になるのだが、恐らく順調に進んでいるのだろう。何かあったのならどこかから騒ぎが起こるからだし、そんな反応はどこにも見られないからだ。或いは、何も気取られずに味方を葬る一級の
――と、彼は一つ気づいたことがあり、それを言葉にした。
『精密観測? それなら上空のワシミミズク(無人観測ドローン)でも可能だろう?』
モランは上空を仰ぎ見た。夜空が拡がるのみで何も見えないのだが、そのどこかにワシミミズクが飛行を継続しているはずだ。ワシミミズクもメタマテリアルを施した熱電磁ステルス装甲で覆われているので探知はほぼ無理となっている。よって敵は無論、モランたちにも探知できていない。現在、上空1万mほどで周回しており、また反射率が極めて低い黒色塗装を施しているので可視視覚での視認も難しい。
『ワシミミズクとの回線も今は封鎖されている。分るだろう、超指向性バースト通信でも傍受の可能性はある。だから自前で探るのがいい』
なるほどね――とモランは思う。ハサンは説明を再開した。
『玖劾たちが〈サーチビーズ〉を使って集落建屋内を隈なく調べている。建屋は全部で20ほどだから大して面倒なものではない。これでワシミミズクによる遠隔観測が難しい建屋内部の様子も十分に把握できるだろう』
ハサンの説明を聞きながらもモランは検索を開始、サーチビーズのワードを入力して情報表示させた。直ぐに彼の網膜上にそのデータが映し出される。
雀蜂のような外観の
『暫く待機だ。まぁ、そんなに時間はかからないだろう』
そこでハサンの説明は終了、そのまま沈黙に入る。
恐ろしいくらいの静寂が拡がった。接触回線が繋がっているが、今では誰も話しかけようという気にはならないらしい。誰も彼もが沈黙を続け、それが静寂の時を生みだしている。
モランは右手人差し指先からカテーテルのようなチューブを伸長させた。それは蛇のような動きを見せ、近くの大岩に沿って伸びていった。レイラ―がモランの行動に気づき話しかけて来た。
『ちょっと何してんの? あんま変な動き見せないでよ。敵に勘づかれたらどうするのよ』
明らかに叱責するような口調になっている。モランは少しげんなりした表情を浮かべて応えた。
『シュノーケルカメラを伸ばしているだけだ。こんなもの周回して索敵している味方の動きに比べればささやかなものだろう』
チューブの先端にカメラアイがある。これを使って物陰に隠れたまま集落方向を見ようというわけだ。サーチビーズほどの性能はないが、それでも十分に役立つもので、他に建物内の探索などにも使用できる。僅かな隙間があればチューブを潜り込ませられるのだ。
『それ、近接観測の装備だし……シュノーケルカメラにとっちゃ、ちょっと距離があるし……あんまし役立たないんじゃ?』
100mの距離はシュノーケルカメラには過ぎたものとなる、とレイラ―は言うのだが――――
『ただ見たいだけだ、自分でもね。そら、十分なものだろう』
カメラが捉えた映像が網膜上に表示された。それは同時にレイラ―の
秦王朝・始皇帝時代の兵馬俑兵士立像に酷似した
『フン、堪え性がないね。索敵班の報告が待てないの?』
『いいじゃねぇかよ。報告前に何か起こるかもしれないし、自前で周辺観測しとくのも当然だろ? なぁ違うか、分隊長どの?』
モランは右方向を見た。その先、分隊待機組の5人の端にいる兵士の姿を
『問題はない、寧ろ奨励すべきものだ』
それを聞き、モランは自慢げな笑みの映像をレイラ―に送り届けた。ちぇっ――という声が返る。レイラ―のそれは明らかに拗ねたものになっていた。
『――とは言え、あまり動くのもどうかと思う。シュノーケルカメラなら何の問題もないが、それ以上は控えること』
ハサンの付け加えた言葉に対し、了解だ――と、モランと他の数人が応えた。そのまま彼らは沈黙に戻った。
モランはシュノーケルカメラのズームや観測波長帯を頻繁に変えて敵兵の姿を見る。随分と長大な砲塔が両肩に据え付けられているのが分かる。
『あれは高火力打撃戦仕様だな。火力を前面に押し出した装備、些か過ぎたものに見える。あれでは機動力を殺ぐぞ』
両肩の砲塔――自衛軍の超高速滑空弾砲と同系統の砲だ、それが2本。他に腰部や両腿にも砲が備えられている。ロケットランチャーやミサイルランチャーの類だ。予備弾薬もかなり積んでいると見られ、総重量はかなり上がっているはずだ。ブースターユニットの出力が不明だが、今までの同型機との戦闘データからして自衛軍の装備とそんなに変わらないものと思われる。そこから判断すると――――
『あれではそんなに素早く動けんぞ。となると――』
そこでレイラ―が言葉を挟んできた。
『拠点制圧用の装備だろうね。あれは主に移動砲台として使うつもりだと思う』
それはモランの考えと同じだった。続けて彼も口を開いた。
『拠点――やはりイワドコンプレックス狙いか?』
『どうだろう? イワドはタカマノハラシティをも超える超装甲強化防殻に覆われている。溶岩流や火砕流の直撃すら凌ぐと言われるほどの防殻だよ。如何に高火力打撃戦仕様と言っても難しいかもしれないね』
『じゃあ何だよ? イワドじゃないなら何が狙いだ?』
すると別の者が話に割り込んできた、ハサンだった。
『パイプライン、或いは変電所や物資集積所・物流センターなどの
マップが網膜上に出現、相当するポイントが幾つも表示された。ハサンが情報を送ってきたのだ。
『ちっ、結構数があるな。こんなのいちいち探れるわけもないか』
モランが表れた輝点を見て毒づいた。それに対してレイラ―が反応する、やや揶揄するような口調になっていた。
『だから出所を狙う。出撃拠点を炙り出して、そこを叩く。これが今回の任務、出る前に杭を打つってわけなのさ』
『ンなことぁ分かっとるっつーの。ただよう、あれだけじゃあ制圧なんて無理だろ? 例え
『何、どぅゆぅこと?』
『砲台だけじゃあかんやろ? 制圧するならちゃんとした歩兵がいないと、近接戦闘装備も必要なはずだ』
確認済の6人は全て高火力打撃戦装備、これは言わば歩く戦車のようなもので歩兵としての機能は些か落ちる。戦闘に於いて――特に拠点制圧戦では――最終局面では歩兵が必要になる。歩兵が乗り込んで敵兵力の掃討、施設の確保を完遂して初めて作戦目標の達成になる。砲兵のみでは破壊するに留まるのだ。
『一通り砲弾を撃ち込んだ後で砲を
『まぁそりゃそうだが、歩兵としての装備が見られないっつーか……見えないトコにあるかもしれんけどね。或いは破壊だけが目的か。武装勢力なんだし、その可能性は高いかな』
モランの網膜上情報表示ウィンドゥに公民館と思われる映像が表れた、レイラ―が送ってきたものだ。上空から映したもので、これは彼らが陥没孔に侵入する以前にワシミミズクが捉えたものの記録映像になる。これを今送って来た意味を、モランは計りかね、問うことにした。
『何だ、何が言いたい?』
直ぐにレイラ―は応える。
『その中に歩兵要員がいるんじゃないの? 暖房が働いているようだし、人がいるのは確実でしょう。
ワシミミズクが上空から得た情報では内部の詳細までは分からない。X線探査装置などはなく、透視探査は不可能。赤外線センサーは暖房設備の放射熱が邪魔になり、人体が発する熱源の判別まではできない。よって建物内部の状況の完全な把握はできないのだ。レイラ―の言葉は推測の域を出ない。
『ウム、それも含めて玖劾たちの観測待ちってことになるか……』
モランはシュノーケルカメラのサーチ機能を色々変えて分析してみたが、判断できなかった。シュノーケルカメラでの観測はここが限界ということだ。
『話は終わりだ。そら、もう済んだみたいだ』
ハサンの言葉、同時に彼らの潜伏地点の東西から接近する者の反応が見られた。敵の可能性はない。モラン同様にハサンもシュノーケルカメラを伸ばしていたようで、その捉えた映像が入ってきたのだ。戦国時代の鎧武者を思わせる者たちが駆けている様子が映し出される。東西別方向から一周してきた索敵班のものだった。
無骨な姿は、しかしそれに反する様子を表している。静かに、滑るように駆けていて、まるで重さがないようにも見える。
『不思議だよねぇ。力の権化のような重々しい姿なのに、動き出すと蝶みたいに軽やかなさまになるんだから』
レイラ―の言葉だ。モランは東側から接近する2人を
――
その動きは隣の兵士と一線を画すようなものに見えた。ただ駆けているだけだが――――
『無駄がないっつーか……』
そのまま言葉を切った。
『集落建屋内には特に何もない。隠れた兵士らしきものの姿は見られないし、公民館講堂内に人がいるが、武装している様子はない。装備と言えるものは小火器の類が少しだけだが、講堂内の壁のラックに掛けたままになっている。また、地下施設などもない』
一人の兵士が説明している、玖劾と呼ばれる兵士だ。ハサンが問う。
『他はないんだな? 伏兵なども確認できないのか?』
『ない。そもそも公民館以外は完全に無人だ。暫く――結構な期間だと思う――全く使っていないらしく、外観はともかく中は荒れ放題になっていた』
その映像が映し出された。言葉の通り屋内はかなり荒れたものとなっている。誰も手入れなどは行わず、当然居住にも使っていなかったのだろう。幾つかの建屋内内の映像が表示されたが、どれも似たようなものになっていた。
『フム、ここの連中は公民館しか使っていなかったわけか。――で、この連中が歩兵要員?』
15人ほどの人の姿が映し出された。公民館講堂内に集まっている。
『何か変だな。何と言うか……一所に集められたっつーか、何だか監禁されているようにも見えるな』
モランの感想だ。講堂内の中央附近に集まっているが、その様子が妙なものに見えるのだ。
『周りを取り囲むようにいるこの人型、人間じゃないな。
考え込むような感じでモランの言葉は途切れたが、後を継ぐようにレイラ―が口を開いた。
『まるでこの
武装などはしておらず、補給などサポートの作業を行っているようにも見えない。ただ人形たちが取り囲む中で集まっているだけに見える。肩を寄せ合うようにして蹲っていて、頻りに人形たちに目を向けては逸らすを繰り返している。
『怯えているように見えるな』
『そうだよ、彼らは元々のここの住人なんだ。武装勢力に占拠されて自由を奪われているんだ』
最後はレイラ―の言葉、ウム……分隊員たちは彼女のそれに反応した。そしてそれぞれの思考に入る――真実はいかに……と。だがいつまでも続かない。
『その可能性は高いが断定はできない。ともかく我々のすることは唯一つ、あの
そうだな――他の兵士たちが応える。
『村人の解放にもなるしね。早くやった方がいい』
レイラ―の言葉、彼女は村人が武装勢力構成員ではないと確信しているみたいだ。
『よし素早く片付けるぞ――』
ハサンは言うのだが、ここでモランが口を挟んだ。
『だがよう、あの装備はどうなる? 今の俺たちは索敵任務を主眼にした装備。戦闘装備と言えば、近接戦に特化している。ブースターユニットなんか装備していないから火力ではどうしても劣る。正面切ってはやれないぞ。一旦戻って装備を換装するという選択もあるが?』
ハサンは淀みなく応えた。
『キャリアまで戻るとなるとまた陥没孔を登っていくいくことになる。それでは時間のロスになる。その間に連中が動き出したら面倒だ。キャリアの方を呼び寄せる手もあるが、あれの隠密性は些か劣る。敵に気取られる可能性が出てくるからな。今ここで叩くのが一番だ』
キャリアとは彼ら分隊に随行する武器・弾薬などの運搬
『動くっつーても、この孔から出るのなら、連中も結構時間がかかるだろう。そんなに焦ることもないと思うが』
『それはどうかな? ブースターユニットの出力ならワイヤー牽引のパワーもかなり上がる。今の俺たちよりも格段に早く登攀できるだろう』
なるほど――と皆の納得する声が聞こえて来た。
『それにな、モラン。あんな火力重視の装備、こんな入り組んだ地形の中では過ぎたものなのは見ただけで分かるだろう。素早く接近して仕留めればいい。奴らは柔軟に対処できないはずだ』
そうだな――と、モランも納得した。
結論は出た。ここで叩くことにする。しかし――――
分隊は素早く散開、集落の東、南、西の三方から忍び寄るように侵入を開始した。集中する建屋を上手く使い、敵兵に気取られずに接近していく。4、3、3人でそれぞれ
『まだ何か気になるのかな? 外見に似合わず結構繊細なところがあるのね、モラン?』
レイラ―がワイヤーを伸ばし、有線接触通信をしてきた。彼女はモランと同じ
『そんなんじゃねぇよ、ただな……』
そのまま言葉は途切れた。彼は無言で直ぐ前を進む兵士を見る。
――玖劾……こいつと組むのか。これが吉と出るか凶と出るか……両極端な結果になりそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。