第11話 闇を駆ける

 闇の中を幾つもの影が駆け抜ける。影たちは容易に姿かたちを顕さない――認識するのを許さないと言うべきか。黒鉄くろがねの鎧は闇に溶け込むようで……いや、それ自体が闇そのものであるかのようだったのだ。

 陸上自衛軍・強化装甲兵アーマーズ大隊内の一分隊、彼らは音もなく、素早く、陥没孔の底に拡がる闇の只中を駆け続けていた。殆ど視認不可能な闇の中を、しかし彼らは特に苦にする風もなく駆けている。


『しかしまぁ、このイメージ強化アイってのは便利なモンだな。真っ暗闇の中でも真昼のように見えるんだからな』


 モランだ。作戦中なのだが、特に緊迫したところもなく落ち着いた口調で話している。


『ほんの僅かな光を捉えて情報を入手して、それに基づいて映像を作成してアタシらの網膜上に投影しているんだよ。こんな闇の中だけど少しは光が届いているみたいで、人間の可視視覚どころかフクロウみたいな夜目の効く動物すら遥かに凌駕する知覚性能なんだってさ』


 レイラ―が応えている、何故か自慢気だ。彼女はイメージ強化アイなるものの説明をしているわけだが、これは他に赤外線や電波帯など可視光領域外の情報も入手していて、それらも加味して映像を作成している。暗視装置ノクトヴィジョンの進化版だ。それが“真昼のような”光景を作り出しているのだ。

 陥没孔の底はかなり荒れていて、ゴツゴツしていて凹凸が激しい。かなりの大岩が転がっていて。見えていても移動するのは困難に思えた。だが彼ら、強化装甲兵アーマーズたちは何不自由なく素早く駆けているのだが、それも全てイメージ強化アイによる支援のお蔭になる。


『前方30m地点より赤外線探知網が走っている』


 先頭を走る兵士の報告、同時に分隊員全員の網膜上に映る風景上に幾本もの輝線が現れた。


『フム、当然の対策か。武装勢力の拠点になっているのだし、侵入者対策は当然だな』


 口を開いたのは隊長のハサン、彼は一度言葉を切るが、直ぐに続けた。


『このまま突っ込む。一気に中央の集落まで行くぞ』


 何とそのまま探知網の中に入って行ってしまった。特に避けるとか、何らかの防備手段を講ずる様子も見せず、まともに駆け込んでしまった。ハサンだけではない、全員が――だ。これでは探知網に引っかかると思われるのだが?

 しかし、何も反応が現れなかった。彼らの進む先に集落があるのだが、そこからも特段の動きが見られなかったのだ。気づいていないのか?


『まぁ透過機能のある熱電磁ステルス装甲だからな。このレベルの赤外線探知網など無効化するのは当然か』


 再びモランの台詞だ。彼は自身の装甲服アーマーを横切る赤外線の輝線を見つつ、笑みを浮かべていた。彼らの装甲服アーマーはどうやら赤外線に反応しないらしい。線を遮断するように横切っても、センサーが反応していないのだ。そう、彼らの装甲服アーマーには特殊な機能があるのだ。


 メタマテリアル、若しくは電磁メタマテリアルというものがある。誘電率や透過率が負の数値を持つ物質のことだ。光に対して負の屈折率を発揮し、物体の表面で光を迂回させ、反対側に突き抜けさせ、光が透過するかのような状態を実現できるものだ。これは現実に開発が始まっているものだが、22世紀を生きる彼らの世界では確立した技術となっている。彼らの装備する強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーにはその物質を利用した素材が用いられており、主に電波帯から赤外帯に渡ってほぼ完全に透過するステルス機能を実現している。しかし可視光帯では不可能となっているので、だからいわゆる光学迷彩というわけではない。ただ、この世界では光学迷彩装甲も実現していることを記しておく。彼らの装甲服アーマーにはそこまでの機能はないわけだが、それはコストや消費電力量など種々の問題があるためであり、詳細は後に語ることとする。


『もう無駄話はナシだよ。そろそろ集落近く、通信傍受の危険が出てくる。幾ら超近接指向性通信とは言っても、100m圏内となるとヤバいからね』


 レイラ―の忠告にモランは素直に従った。無闇に敵に気取られる危険を冒す気はないのだ。

 彼らは無線封鎖の状態に入る。そのまま暫く進むのだが――――

 先頭の兵士が突如として停止、片膝をついてしゃがむや、右手を上げて後方にも停止を促した。


 何だ、敵か――とモランは声に出しそうになったが、直ぐに理由は分かった。


〈緊急火山噴火警報。乗鞍岳周辺を対象にレベル5の特別警報が発令されました。近隣に重大な被害をもたらす可能性のある火山噴火が発生しています〉


 支援サポートAIからの報告が入ったのだ。乗鞍周辺のイワドコンプレックスや火山・地震観測所から伝達されたデータに基づき気象庁・火山課が発したものだ。その情報は瞬く間に――皇国実効支配領域に限られるが――全国に伝えられる。当然軍にも伝わり、彼ら実戦部隊の末端にも伝えられたのだ。火山噴火や地震災害、その他気象災害等の頻発するこの時代、こうした警戒情報の速やかな伝達は必須のものとなっている。


 1分も経たぬ間に、かなりの地震が彼らを襲った。震度6はいったのだろうか、強震レベルと言える揺れが暫く続いた。警報は正しいものだったらしい。噴火の影響で地震波が伝わったのだ。

 揺れは暫く続き、直ぐには収まらなかった。どうも連続で噴火が起こっているようで、しかもかなりの規模のものと思われる。この時代、日本列島の火山は軒並み噴火活動を活発化させているが、中部山岳地帯のそれは特に激しい。乗鞍や御嶽、焼岳などは巨大噴火に近いレベルでの噴火を繰り返しており、富士山もかなり激しい噴火を続けている。


 激しい揺れの中、装甲兵アーマーズたちは皆、身を屈め動きを止めている。その状態で周囲を警戒観測、事態の把握に努めていた。

 カツン、カツンと乾いた音が響く。石などが装甲を叩く音だ。地震の衝撃で陥没孔の崖面が崩落しているらしい。今は小さな小石程度だが、揺れが激しいので、そのうちとんでもない大岩でも落ちてくるんじゃないかと彼らは戦々恐々とした。


 ――しかし何だな、“アイツ”、AIの報告の前に停止サインを出していたな。まるで予知したみたいに?


 モランは頭部センサーアイの焦点を1人の装甲兵アーマーズに当てた。たちまちにしてその兵士の後ろ姿が拡大表示ズームアップされる。先頭でしゃがんでいる兵士、最初に停止サインを出した者だ。黒鉄くろがねの鎧姿は他の兵士のものとは何ら変わりないものに見える。だがどこか違う――モランはそう感じていた。

 

 ――玖劾零機クガイレイキか……


 兵員情報を検索、該当装甲服アーマーの着用者のネームが映像に重ねて表示された。彼はその姿を見て、どこかざわめくものを感じていた。


 ――そう、違う。何かが違う。アイツには……


 だがそれ以上は言葉にならなかった。努めて感覚的であり、明確に表現できるものではなく、あやふやなままで終わっているからだ。それでも胸の奥にざわめきが留まり続けるのは確として感じていた。

 そうこうするうちに揺れは次第に収まり、程なく鎮静化した。遠くの方から轟音が響いているので噴火は今も続いているようだが、威力は落ちてきているらしい。取りあえず、この陥没孔に危険が迫ることはないらしい。大岩などが落ちてくることもないと判断できる。


 もういいな――そう判断したのか、先頭の兵士・玖劾は立ち上がり、再び右手を上げ、前方を指示さししめし、直ぐに駆け始めた。他の兵士たちも後に続く。モランもだ。


 ――あれだな、〈センシティブ〉っつーたかな? やたらと勘のいい奴を指す言葉。殆ど超能力かってゆーヤツのこと。戦場に長くいると、たまにあんな具合に勘の鋭い奴に出くわす。この部隊にもそんな奴がいたのか。最近配属されたばかりでよく分かっていなかったが、なるほどね。

 ああいう奴は役に立つことも多いが、反面災いをもたらすこともあるんだよな……


 モランは先頭を走る兵士から目を離さず、思考を続けていた。


 ――さて、アイツはどっちなのやら……


 闇を駆け抜ける鋼の獣ども。殆ど音も立てることなく進むさまは、闇を奔る疾風といった趣。その先に敵はいる。

 そして、戦いが始まるのだ――――

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