Stage-02 戦場の村
第8話 蒼月の下で
ゴツゴツした巨大な岩が多数転がる間にいくつものもの黒い人の姿のようなものが見られる、全部で10人ほどだ。金属質な光沢を見せる姿は戦国時代の鎧武者を彷彿とさせるものがある。彼らはあまり動きを見せず、大岩の間に隠れ潜むようにジッとしていた。時刻は真夜中の頃か。空にはあまり雲はなく、蒼白い満月が中天高くに輝いていた。しかし大気の透明度が低いのか、輪郭はぼやけ、ボウっとしている。
〈観測ドローン、目標直上に到達。映像、入ります。網膜上情報表示ウィンドウに映します〉
ほぼ真円形に拡がる窪地の光景が出現、いや大穴と言った方がいいようなものだ。南米のギアナ高地などで見られる陥没地形を思わせるものがある。この種の陥没地形は、石灰岩などで形成された鍾乳洞が発達してドリーネ(すり鉢状の窪地)と呼ばれるものを作り上げ、それが地表に達して陥没孔となって現れたものだ。今、目の前に表示される光景もそんな陥没地形の一種なのだろう。これは巨大なもののようで、ちょっとした村落くらいなら余裕で囲むくらいの面積はありそうに見える。実際、その底には村と呼べるものが存在していた。家屋など建築物が幾つも見られ、しかも人間の活動の痕跡が見られる。ここは廃村などではなく、今も人が生活している生きた村のようだ。
「何だこれ? こんな穴ぼこの底に村を作るなんて、どんな神経してんだ?」
鎧武者の1人が呟いた、目や鼻、口など顔のパーツが悉く大きな
「風雪対策なんじゃないの? こういう窪地――っつーか完璧に穴ン中だね――は、風や雪除けになるんじゃないかな? 隠れ家にするにも適しているだろうし」
別の鎧武者が応えた、銀色の髪、銀色の瞳をした
黒人の男が女の言葉に応えた。
「ええー、そうか? こんなトコにいたら雪に埋まっちまうんじゃねぇの?」
女は肩を竦めた。
「知らないよ。でも、そんなに雪は降らないみたいだし、大して気にする必要はないんじゃないの?」
「そうかな? こんな時代だし、降る時は降るんじゃないか?」
会話をするのはこの2人だけだった。他の者たちは特に参加することもなく、それぞれの視覚に映し出される映像を見ているようだ。
「さあ? この辺、昔は豪雪地帯だったらしいけど、今は降雪量が少ないらしいし、大丈夫なんじゃないの?」
「あー、不思議だよな」
「何が?」
「いや氷河期なんだし、昔より寒くなってんだし、雪も増えるのが当たり前のような気がするんだけどな」
「うーん……、氷河期になったから降雪量が落ちたって聞いたことがあるね。平均気温の低下で大気中の水蒸気量が下がったためだとか?」
「うぅむ、そういうもんか――」
2人の会話は続いていたが、ここで中断することになる。
〈動きが見られます。対象の拡大を行います〉
家屋の1つから何かが出てくるのが見られた、複数出て来ている。いち早く捉えたAIはその存在をクローズアップさせたのだ。
「うひゃっ、ビンゴだ」
人の姿をしているが、普通の意味での人とは到底呼べない代物だった。全身が灰色の無骨な外見をしていて、石像のような姿をしている。それは彼ら鎧武者たちのよく知るものだった。
「劉備151――中華連邦製
男の呟きに続き女の方も言葉を継ぐ。
「敵の根拠地ってわけか。ここを占拠でもして利用しているんだな。それとも……」
別の鎧武者の1人が口を開いた。2人の男女以外で初めての発言になるか。掠れた声をした男のものだった。
「〈ワシミミズク〉、他に動きは見られるか。熱電磁反応の中に何か特徴的なものはあるか?」
黒人の男が背後を振り向いた。その先に今の発言者の姿がある。〈ワシミミズク〉というのは彼らの
〈特にありません。劉備160を意味する熱電磁放射パターン以外、特段のものは見られません。村落中央の公民館と思しき建造物の中に熱源の集中が確認できますが、これは十中八九暖房設備の放射熱反応と思われます〉
掠れた声の男は思案深げな仕草を見せた。
「フム、劉備の反応は全部で6つか。戦力がこれだけなら問題はないな……」
何か言いよどむような感じで言葉を終えた男、そんな様子が黒人の男は気になった。
「どうした、分隊長? 何か問題でもあるのか? 隠れた戦力でもあると考えているのか?」
分隊長と呼ばれた男は黒人の男の方に目を向けた。細い刃のような印象の目をした男だ。彫りが深い浅黒い肌をした顔立ちが鎧兜の中に見られる。白人の顔立ちだが、肌色からして中東地域出自の民族――アラブ系のようだ。
分隊長の男は真っ直ぐに黒人の男を見据え、応えた。
「常にその可能性は考えている」
ふっ――と、黒人の男は小さく笑った。
「アンタらしいな分隊長。石橋を叩いて渡るって言ったっけ? この国での昔からの諺なんだっけ?」
分隊長が立ち上がる姿が見えた。そのせいか、黒人の男は言葉を続けることはなかった。
「――同時に好機逸すべからずという言い回しもあるな。いつまでも思案するだけでは報酬を逃してしまうこともある」
分隊長が頷くのを見て、黒人の男の笑みが拡がった。大きく上げられた口角は凶悪にも見える笑いを描く。何かを察したのだろう。
分隊長が全員に指示した。
「総員、これより陥没孔に侵入する。第4分隊、戦闘態勢! 強襲作戦を開始する!」
言って分隊長はフェイスプレートを下ろした。軽く空気が押し出される音がし、彼の鎧――
「そう来なくちゃな。行くぜ、レイラ―!」
嬉々とした顔をして叫ぶ黒人の男、彼は白人の女の方を向いていた。
「いちいちアタシの名を叫ぶなよ、モラン!」
女も嬉々としていた。名をレイラ―というらしい。
『親愛の情の表れさ!』
黒人の男――彼の名はモランというわけか――の声は通信回線を通したものに変わっていた。既にフェイスプレートを下ろし気密密閉化していたからになる。
『行くとするか、野郎ども!』
モランも立ち上がるが、その時、彼の
『アタシは女だよ! 野郎呼ばわりはやめてほしいなぁ』
モランの
『これは失礼した、マドモワゼル。後でお詫びにディナーにご招待しよう』
レイラ―は右手を振る。
『遠慮しとくよ。それからアタシはペルシャ系だから、
へへっ――という笑いがあちこちから聞こえてきた、通信回線を通したものだった。見ると全員が高気密密閉化、戦闘態勢に入っていた。
『フム、いいな』
分隊長は全員の準備状態を確認、問題なしと判断し――――
『よしっ、総員、戦術データリンク、観測ドローンと共に分隊隊員全てと回線を一緒に神経接続。リアルタイムで情報を共有、更新を繰り返し意識に繋げ続けろ』
おうっ――という応答、同時に脳内に各種情報が直接表示され始めた。観測ドローンが捉えた上空からの陥没孔の光景や目前の岩場の風景、更に別の隊員の捉えた風景などが同時に表示された。
『うわっ、いきなりだと目が眩むな』
モランの呟きだ。
『
レイラ―が話しかけて来た。何となく笑いが込められている。
『ンなこたぁ分かっとるわい! リアルタイムデータリンクのスタート時はいつもマルチになるからどうしてもクラクラしちまうんだよ』
『まぁそうだね。普通の人はそうだろうね、普通は――ね』
と言いつつ、レイラ―は右手前方に目を向けた。
『そう、普通――は……ね』
妙に強調した言い方で言葉を終えた。その口元には微かな震えが表れていたが、フェイスプレートが下ろされた状態のレイラ―の顔は今、誰にも見えない。通信回線を通して自身の顔の映像も流していない。よって誰ひとり分かりはしなかっただろう。
彼女は明らかに怯えた顔をしていたのだ。
『状況を開始する。速やかに陥没孔に侵入せよ!』
分隊長の声が聞こえ、レイラ―の意識は目前の光景に戻った。見ると全員が駆け始めるのが確認できた。重々しい鎧武者たちが一斉に走り出しているのだが、不思議と騒音は響かない。恐ろしいくらい静かで――と言うより殆ど無音だった。音のない世界を駆ける鎧武者の群れの姿は不思議なもの、世界から音声の全てがカットされたのかと疑いたくなるような光景だった。彼らの
レイラ―も駆け始めた。この時、彼女の顔からは怯えは消えていた。目は据わっていて、先ほどまでとは完全に様子が変わっている。
『戦うだけだよ。そう……それだけさ――』
その呟きは自分に言い聞かせるかのようでもあった。
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