第6話 戦場の獣ども

 絶え間なく続く砲声、近くへの着弾が途切れず融機装甲兵フュージョナリーアーマーズたちの身を苛む。

 そこは立体交差が多層に入り乱れる構造体建築群の成れの果てだった。少年の国がまだ戦火に呑まれてはいなかった時代に発展した高度電脳化都市の廃墟だ。

 地殻変動と氷河期による環境変動の結果、国際秩序が大混乱に陥り、煽りをまともに受けた日本が統一国民国家としての国体を失った22世紀中庸の時代、このように国内各地は荒廃し去ったのだ。その結果が生み出した風景の1つになる。

 日本国内は数多くの勢力により分断され、列島の覇権を競う戦国時代のような状況にある。各勢力の戦力差はあまりなく、それが長く続く戦乱の時代を生み出している。凡そ10年に及ぶ。

 “この日”もそうだった。〈北夷〉と彼らの所属する体制が呼ぶ勢力の軍が進軍していた。支配領域の奥深くにまで地上部隊の浸透を許してしまっていたのだ。少年はこの時、その阻止戦に参加していた。

 彼が10歳にも満たない頃――入隊間もない新兵時代の話だ。



 強震レベルの地震のように地面を揺らし、頭上に土砂やら瓦礫やらが降り注ぐ。それでも融機装甲兵フュージョナリーアーマーズたちは身動き一つ見せず、緊急に築いた塹壕の底に身を潜め続けていた。

 俺もその中にいた。熾烈を極める地上戦の最前線に立っていたのだ。

 神経接続テストに於いて特級判定を得た俺は、逸早く実戦部隊に配属され、程なく――約1ヶ月後、最前線に送られたのだ。俺はその事実に困惑した。10歳にも達しない子供(生年月日が不明のため、正確な年齢は分からない)を入隊後1ヶ月程度で最前線に送り出すなど有りうるのか? 長く戦争状態にあるこの国に於いて、兵員数は常に不足しているのは理解する。この時代では少年兵なども珍しいものではないことも知っている。年齢が一桁でも入隊が認められる例もあるらしい、そんな時代なのだ。だが流石に入隊1ヶ月で最前線送りというのは、やはり異例だ。

  内実は不明だが、俺がこのように配属されたのは、やはり際立つ融機同調接続フュージョナリー・シンクロ能力の高さのせいだったのかもしれない。しかしそれでも疑問を感じた。


 やはり早すぎる……


 テストの後、俺は融機同調接続フュージョナリー・シンクロでの兵器操作の訓練に入った。主に強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーを使った戦闘訓練だ。極めて厳しく密度の濃い訓練課程が積み重ねられ、俺はテストでの結果に見合う成績を残したが、それでも不安を禁じ得なかった。僅か1ヶ月の訓練で最前線に送られるなど、予想だにしなかったのだ。

 融機同調接続フュージョナリー・シンクロ状態での接続戦闘というのは極めて複雑精妙で高度なものであり、如何に訓練を積んだとは言え僅か1ヶ月程度で直ぐに兵士として役立つわけじゃないものだ。実戦は違うと教官も言っていた。それが初戦からかなりの激戦を予想される作戦に送られたのだ。

 理由の説明などない。軍に於いて組織・上官の命令は絶対で抗議などは許されるはずもなかったので俺は質問すらしなかったが、勿論 納得などしていない。結局 訳も分からないまま最前線に送られて来てしまったのだ。



 塹壕の底に縮こまるようにして身を潜める。地面に身体を密着している為なのか、身を揺らす着弾の衝撃はいっそう強く感じられた。それが怯えを生み出す。強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー衝撃緩衝機構ショックアブソーバーが働くので、必ずしも肉体に痛みが走るわけではなかったが、不安や恐怖を払拭するのは叶わなかったのだ。融機同調接続フュージョナリー・シンクロによって五感がモロに外界に曝されていたので、それが尋常でない臨場感を俺の意識に叩き込んでいたからだ。

 そうだ、この時の俺は紛れもない死の恐怖を感じていたのだ。

 難民として散々に惨禍を味わってきたとはいえ、それでも自ら戦場に出た経験はない。ほんの直ぐそこに命を奪う力が落ちて来る状況に、耐え難いものを感じていたのだ。


『よぉ、ガキ。漏らしちまったか?』


 そんな時だった。隣で座っていた男が話しかけてきたのだ。網膜上に直接表示される戦術情報端末が起動、情報表示ウィンドウが展開され、そこに話しかけて来た男の顔が表示された。30歳くらいの角ばった顔立ちの髭面の男だった。動画表示されているらしく、ニヤニヤ笑う男の顔がリアルタイムで映し出される。俺は何も言わず、視覚に飛び込む髭面男の顔を見るだけだった。


『へへっ、初陣がこんなんなんてな。お前はとんでもない強運の持ち主なのかもな』


 強運だと?

 その言いように腹が立ってきたが、しかし文句は言わなかった。実態は“言えなかった”――恐怖で固まって声一つ上げられない状態だったのだ。しかし感情は顔に出たらしい。男の方の情報表示ウィンドゥに映し出されたのだろう、男はニヤニヤ笑いを拡大させて言葉を続けた。


『いいねぇ、この状況で怒ることができるだけでも上出来だ。大抵はブルっちまうだけで、泣き出しちまうのもザラ――』


 そこで髭面男の言葉は途切れた。一際 大きな爆発音が響き、大量の土砂が飛び込んできたからだ。かなり近くで着弾があったらしい。少し間を置いてから髭面男は言葉を続けたが、どこ吹く風といった風で、軽やかな言いようだったのには驚いた。


『いやぁ、素晴らしいですねぇ。敵さんの砲撃もどんどん正確になってきてるじゃないかよ。次はドンピシャだったりして?』


 物騒なことをサラッと言うものだから俺はますます頭にきた。それでも文句は言えなかった。やはり声が出せなかったのだ。すると髭面男が俺の方に近寄り、顔をぶつけるように近づけた。強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーのフェイスプレートが下りているので、髭面男のむさ苦しい顔を直に拝まされることなどなさそうに思われるが、それは違う。ご丁寧に情報表示ウィンドウは位置関係まで正確に再現してくれたらしく、彼の顔が間近に迫った状態を再現してくれた。結局どアップでその髭塗れの顔を拝まされることとなる。

 髭面男が話しかけて来た。


『ガキよ、これが戦争ってヤツなんだぜ? このドンドンいう砲弾がチョイとズレて落ちるだけで、俺たちはアッと言う間にあの世行きだ。そうやって湯水のように人死にが出るんだよ、毎日さ。へへっ、生き残るかどうかなんてな、運がもの言うんだぜ! 接続適性が高いとか、銃の腕前がいいなんてのはな、付録なんだよ。てめぇが生き残るか否かは、サイコロの目みたいなモンさ! そこんトコはき違えるなよ、ガキ!』


 最後の方は怒鳴っていた。顔つきからして明らかに怒った表情をしていて、どうした訳か俺に対してぶつけて来ている。俺は意味が分からず戸惑うしかなかったが、ただ男の眼に怒りの感情が表れていたのは理解できた。或いは俺の接続適性の成績のことを聞いていたのかもしれず、それで絡んできたのかもしれないが――事実は分からない。確かめなかったからだ。

 その時だった、遙か彼方でかなりの大爆発の音響が聞こえた。続いて頭上を過ぎる爆音が幾つか聞こえて来た。髭面男が妙に甲高い声で叫ぶ。異様にハイになっている感じだ。


『ヒャハッ、航空支援だ! 今ごろ来やがって、遅ぇっつーの!』


 網膜上情報表示ウィンドウにブーメランのような形をした黒い航空機が映る。IFF(Identification Friend or Foe=敵味方識別信号)の表示、友軍の無人戦闘攻撃機と確認された。どうやら制空権の奪取に成功したらしい、ようやくといった感じで航空阻止・火力支援攻撃が開始されたのだ。

 前方約700mから2kmの範囲で膨大な量に及ぶ精密誘導弾の着弾が起きる。まるで炎の津波のようなさまが情報表示ウィンドウに映されたが、それはちょっとしたスペクタクル映画のような映像で、観ていて妙に感動するものを憶えた。俺は暫し恐怖を忘れて見入ってしまったが、それは長続きしない。


『敵浸透部隊の頭を押さえるのに成功した。第71融機装甲兵大隊、直ちに突撃せよ!』


 前線司令部からの指令が入ったのだ。それはとんでもない大音量だったので俺は耳が痛くなってしまった。


『うるせぇわ、この引きこもりどもめ!』


 髭面男が悪態をついていた。彼の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー内でも途轍もない騒音が見舞われたのだろう。音量調整を間違えたのかと思われるが、それは違う。司令部からの通信は一方的な強制通信で、融機装甲兵フュージョナリーアーマーズがどうにかできるものではない。回線接続や切断などは全て司令部側に優先権があり、その他でも自由度は低い。何と音量調節まで支配されていたのだ。

 俺たちの不満は別として、司令部の一方通行的通信は続いた。


『行け、黒鉄くろがね丈夫ますらおたちよ! 神国の武勇を愚かなる夷敵どもに刻み付けよ!』


 指令は妙に大仰な言葉づかいになっていた。

 融機装甲兵フュージョナリーアーマーズたちは立ち上がるが、何となく倦んだ気配が満ちている。ゆっくりと、ユラユラと身を揺らすさまに生気らしきものは毛ほども見られないが、そこに彼らの心中が滲み出ている。


 仕方ないな……、そう言いたげに見えるのだ。


『ああ行くさ、行きますとも。そのためだけに俺たちは生かされているんだからな!』


 男の言葉が全てを代弁していたのだ。俺たちに自由などない。ただ言われるままに戦うしかないんだ――と。

 彼は俺に向けて強調するように言った――言い放つといった方がいいのかもしれない。


『さぁガキ、命を売りに行くぜ』


 俺たちは動き出し、そして次々と塹壕から飛び出していった。

 瓦礫と粉塵、そして炎が渦巻く電脳都市の亡骸の中を、鋼の鎧を纏った獣どもが駆けていく。背後に尾を曳く蒼白の光輝は殲滅の牙研ぐ野獣の雄叫びだ。彼らは死を賭す戦いの只中に飛び込んでいく。


 否応もなく、望むと望まぬとに関わらず――――


 そうさ、俺たちは道具――殺戮を繰り返す兵器の1つだ。いつ果てるか定かでないいくさのために消費されるだけのもの。

 代えは幾らでもある――接続テストの時の軍人の言葉が頭を過ぎる。次から次へと棄てられ、取り換えられる消費財――それが俺たちだ。


 獣どもは駆けていく、命を削る炎の中に――――

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