第5話 這い出る怪物

 屋内射撃場のようなスペースに何人もの男女が横一列に並んで立っている。全員スパッツ姿(女はスポーツブラにスパッツ)、彼らの身体には何本ものケーブルが繋げられていて、それらは全て天井に伸びていた。頭上に巨大な半球形のものが突き出るようにしてあるが、ケーブルの末端は全てそこに繋げられている。

 彼らの前には、強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーが並べられている――ちょうど人数分、目の前に整列するようにして。両肩と腰の両側を拘束アームで掴まれて支えられているが、整備ボックスの中に固定された状態のようだ。

 すると声が聞こえてきた、声の高さからして女のものと思われる。拡声器を通したものらしく、奇妙に反響する声だった。


『これより接続テストを開始します。あなたたちの融機同調能力を測るものです。結果次第では不適格者と認定され、廃棄部隊に送られます』


 抑揚のない喋り方をしていて、そこには何の潤いも感じられない。乾いた口調は無機的この上ない。男女は皆、苦笑いやら溜め息やらをつくのだが、そこにはどことなく澱んだ倦みのような雰囲気が漂っていた。



 白い室内、ちょっとした運動競技場くらいの広さか。

 そこは融機装甲兵フュージョナリーアーマーズのための装備実験施設、主装備に当たる強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーとの神経接続テストが実施される施設だ。その中に、1人の少年がいた。男女の間では一番若い――と言うより、幼く見える――10歳にも満たない面立ちだ。

 彼は虚ろな眼で目の前の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーを見ていたが、果たして目に映るものを意識が認識しているのかと疑わせるような茫洋とした眼差しをしていた。

 頭上より再び声が聞こえてきた。


『接続シーケンス、スタート。フェイズ1、前意識野・自我領域まで接続します。これは感覚野、運動野に留まらず、思考領域のかなりの部分にまで接続浸透が為されるので些か不愉快に感じるかもしれません。それでも生命に危険はないはずなので安心して下さい。それでは始めます』


 その瞬間だった。一斉に男女が呻き始めたのだ。テストが開始されて直ぐだった。全員が苦悶の表情を浮かべていて、身体を不自然に折り曲げ、中にはやがて膝をつき、蹲る者も現れた。かなり苦しそうで、それは酷く全身を震わす姿ににじみ出ている。そんな仲間たちを見て1人の男が叫んだ。


「おいっ、何だこれ――」


 しかし声は途切れた。彼の顔も苦悶に歪んでいて、激しい苦痛に苛まれているのが分かる。その苦痛故か、声1つ上げるのもままならなくなり、やがて全身を震わせ始めたのだ。


「何よ……、これで命の危険がないっ――て……」


 他の者――若い女が文句を言おうとしたが、言葉を最後まで続けられなかった。苦痛が半端ないらしく、喉元を掻き毟るような仕草に現れている。その辺りに特に酷い不快を感じているようだ。他の者たちも大なり小なり、苦しみ続けていた。

 明らかに異常な光景だ。何人もの男女が一斉に苦悶を浮かべて呻く様子がまともなものとも思えない。

 少年も同じだ。顔を歪めていて、彼も苦痛を感じているのは明白だった。頭を押さえ膝を折っているが、かなりのダメージを受けているらしい。だがそれでも彼は屈しなかった。顰めた目の中には苦痛だけではない、激しく燃え上がる何かが垣間見えていたのだ。怒りにも見える猛りが姿を現わしている。


〈フェイズ1、取り敢えず全員クリアと言えますね。それではフェイズ2、無意識・超自我領域までの接続に入ります。この領域での同調制御能力が確認されれば、あなたたちは甲種適格者と認定されます〉


 三度みたび、声が聞こえたが、少年は驚きの顔を浮かべる。それは頭の中に直接響いて来たからだ。拡声器などとは違い、異様にクリアで直ぐ傍らから話しかけられているように感じられるものだった。

 先ほどまでとは違い声には感情らしきものが窺えた。意識の中に直接 響くからなのか、と少年は思った。


 ――苦しんでいるとは言え、フェイズ1までは何とかなっていますね。しかしフェイズ2はどうなるものか? 一度で成功する人はいないでしょうね……


 それは独り言のようなもの、そんなものまで伝わってきている。彼自身に話しかけられたものとは言えない。しかし彼は確かに捉えた、何故か読み取ったのだ。明らかな他人の思考が意識内に届くのを感じ取り、驚愕を憶えた。少年は自分の内に浸食するかのように感じられた見知らぬ実験者の思考に戸惑うばかりだった。

 声が言葉を続ける、今度のそれは彼自身――というより実験参加者全てに話しかけるものだった。


〈続いてフェイズ2を開始します。気をつけて下さい、フェイズ1の接続浸透とは比較にならない感触があります。頭の中に怪物が飛び込んで来るような感覚が走ることもあるらしいので、心して下さい〉


「おい、冗談じゃねぇ。こんなに苦しんでいる奴だらけなのに、続けるなんてどういう了見――」


 抗議する声が聞こえてきたが、それは阻まれた。委細構わずと言わんばかりに接続テストが再開されたからだ。それは脳――意識の根底に極めて質量の高い楔でも一気に撃ち込まれるような衝撃をいだかせるものだった。少年もその圧力に叩きのめされることとなる。

 光の洪水のようなものが頭の中を襲い、その激流に呑まれて意識が弾け飛んでしまったのだ。彼は自分が遙か彼方の――それこそ別世界にでも飛ばされてしまったように感じた。

 どこまでも、どこまでも飛ばされていき、その圧力に屈しそうになった。意識は朦朧とし、何も分からなくなりかけたのだが、その時 彼は“それ”を見た――――






 次に意識を取り戻した時、少年は目の前で弾ける爆発の炎を目撃した。いきなり出現した巨大な火球は瞬く間に彼の間際へと迫り来る。少年は嫌でも後退りせざるを得なくなった。


 ――何だこれは?


 少年の意識は大混乱に陥った。突然現れたこの光景の意味が分らなかったのだ。

 炎の壁は激しく逆巻き、空をも焼き焦がさんとしているかのよう。とぐろ巻くように上空へと立ち昇る紅蓮は、まるで地獄の業火を思わせる。全世界を焼き尽くそうかと言えるほどに燃え盛り、全てを呑み込まんとするさまを見せつける。

 戸惑いは疑問を呼び起こす。


 ――これは夢か? 俺は接続制御テストの実験施設にいたはずだぞ?


 肌を焦がす熱さと押し寄せる空気の圧力が尋常でない臨場感を持って伝わるのを感じた。見えるだけでない、肌で感じ取るこの痛みは現実そのものに思える。だが、いや……だからこそ信じられないのだ。


 ――有りえない! 


 何かが視界を過ぎる。炎の壁の上で蠢く何者かが目に映り、少年は気を取られた。

 紅蓮の炎の直上にウネウネと蠢き回る赤黒い紐のようなものが見えたのだ。まるで蛇のように見える、いや――!

 刺々しい鱗を幾重にも重ねた外皮、頭部には角が見られる。爛々とした赤熱したまなこが見られ、まるで焔を迸らせるかのようだ。そして口には断首の刃を思わせる牙が並ぶ。

 禍々しさを極めるそれは宙で鞭の如くしなり、舞い踊るかのようなさまを見せる。それは否応もなく幻想上にしか存在しえない獣を思い起こさせる。


 龍――――!


 自分を睥睨するかのように天空に坐す幻想の獣――龍としか呼びえない存在だ。の者を目前にして、少年は凍り付くしかなかった。

 彼は悟る――その心の奥底より、張り裂かれそうな恐怖を持って確信する。


 ――られる?


 龍の全身より無数の火花が炸裂した。瞬時にして自身の周囲が灼熱と衝撃の瀑布に包まれた。無数の礫と炎の飛沫が飛び散り、その身に撃ちつけられたのだ。たちどころにして全身が焼き尽くされる痛みに呑まれ、それは肉体の全てを――いや、心すら呑み込んで粉微塵に打ち砕いていく。

 無限の痛撃に包まれ、意識は不明へと堕ちて逝った。しかし、それは終わりを意味するものではなかった。


 場面が転換した。舞台の幕が転じたかのようだった。


 

 山が見える――気がついた時、眼前に聳える刺々しい外観の山を目撃したのだ。

 それは何とも奇妙なもの。棒みたいなものを無数に突き立てたかに見える形をしていたのだ。遠目だったため、その詳細は分かりにくかったのだが、目が慣れたのか次第にはっきりしてきた。まざまざと目にすることとなり、少年は言葉を失う。


 骸だ、死骸の山だ。それを理解した。


 無数の死体が折り重なり、山のようになっていた。それがうず高く積み上げられ、山のようになっていたのだ。折れ曲がった手足が揃って突き出されおり、それが棒みたいなものを突き立てたような印象を与えたのだ。

 あまりの光景に思考は止まる。恐怖すら麻痺したのか、精神を狂わせでもしたのか、なぜか少年は口元には笑みすら浮かべた。そのまま彼は骸の山の麓で呆然とするのみとなった。


 いったいどれ程の時が流れたのか――永遠のようでありながら、一瞬にも思えた流れだ。もはや時間の感覚もおかしくなっていた。


 思考を取り戻した少年は異変を察知した。

 彼はふと背後に目を向けた。その先から何かの気配を感じたのだ。そして彼はそのまま息を呑んだ。

 黒焦げの人間が這いずっているのを目撃、それが少年に向けて近づいて来ていたのだ。そいつは彼を認識しているのか、頭を上げて目を向けていた。

 目? いや、だが眼球はない。黒い空洞が拡がるだけで、その中から赤黒い泥のようなものが垂れ落ちているのが見えた。頬を伝い引きずるようにして後を曳く様子は、少年の胃を圧迫するのに十分なものがあったらしい、彼は口を押えて後ずさる。

 黒焦げの人間は何かを訴えたいのか、少年に対して手を伸ばした。震えるそれは切実な想いを伝えるが、恐れおののく少年は受け止めることができない。彼は遂に耐え切れなくなり、逃げ出そうとする。勢いよく後ろを向き駆け出そうとしたが、脚が止まった。

 足首を掴まれる感触が走ったのだ。見るとさっきの黒焦げの人間だった。いつの間にか直ぐ背後まで迫って来ていて、手を伸ばして足首を掴んでいたのだ。


「うあっ――」


 叫び声すら上げるのもままならなかったのか、少年の声は直ぐに途切れた。そして彼の中で何かが起きる。身体――いや意識の中で堰でも切るように溢れ出るのものが顔をもたげた。

 それが彼を突き動かした。

 少年は思い切りそいつを蹴り上げ、続いて何度も踏みつけたのだ。何度も何度も、執拗と言えるほどに繰り返した。最中の彼の顔は恐慌パニックに満ち溢れ、やがて狂気すら感じさせるほどに歪んでいった。

 それは恐怖だ。魂の奥底を震撼させる激情の波濤が彼を狂わせたのだ。

 暫く続くのだが、やがてハッとして動きを止めた。そして彼は足元に目を向けた――――

 横たわる人の姿を見て、少年は我を取り戻した。物言わず、身動き1つ示すことのなくなったそれの意味するものは明白――彼は悄然として見つめるだけだった。


 ――違う、違う、違う、違う!


 襲う認識は重く全身に染み渡る。動かぬ“それ”をもたらしたものが何なのか?


「違うっ、違うんだぁぁぁっ!」


 天を仰ぎ、あらん限りの声を振り絞って絶叫した。そして固まる。彼の視線が向かう先に再び現れた異形の獣――あの龍だ。その赤熱のまなこが彼を捉えて離さないのを目撃した。

 大口を開けるのが見えた。漆黒が拡がるアギトの奥より赤々と燃え盛る焔が蠢くのが見える。それが意味するものを彼は理解するともなく理解する。間もなくその身を見舞う惨劇の未来を、彼は直感した。しかし身動き一つ見せることなく黙って見つめるだけだった。金縛りにあったかの如く……、動けなかったのだ。


 ――ああ、そうだ。そうなんだ……


 焔が襲い、その身が包まれる。無数の針でも一気に撃ち込まれたような激痛に呑まれ、少年の意識はホワイトアウトしていくのだった――――





 目の前の人の姿が、最初は何か分からなかったようだ。少年はボンヤリとそれを眺めるだけだった。自分によく似た“少年”が、呆けたような様子で跪いているのが見えたのだ。それを黙って見ていただけだったが、やがて彼は気づく。

 その“少年”の身体には各所にケーブルが繋げられていて、それは天井の半球に伸びている。それが意識を刺激した。

 彼は“少年”に意識を集中したが、その時いきなり“彼”の姿がズームアップされた。その変化に驚くが、それ以上に戸惑わせるものがあった。彼は激しく動揺する。


 その“少年”は、それは――――


 ボサボサの黒髪、痩せた身体、切れ長の眼に収まる瞳は漆黒。餓えた獣のような姿の意味するものを理解する。

 それは自分だった、自分の姿だったのだ。

 鏡を見ているのかと思ったが、どうも違うらしいことが分かる。どうした訳か、外から自分を見ているらしい。有りえないことながら、それが正しい認識だと彼は確信した。そうすると奇妙に心が落ち着いてきて、周りがよく見えるようになった。

 それに他にも気づいたことがある。何人もの男女の姿が見られるが、皆まともに立っていられないらしく、蹲ったり呆然とした呈で跪いていたり、或いは横たわっていたりしている。それで彼は思い出した。


 ――ああ、ここは接続実験施設だ。俺は強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの接続テストをしていたんだ……

 そして、あの龍を……


 だが彼の思考は止まる。

 目の前にある“自分”がどうにも腑に落ちないのだ。何故、外から自分が見えるのか?

 すると声が聞こえてきた。今度は拡声器ではなく、まして脳内に直接 響くものでもない。肉声だった。


「フム、この少年は完全に意識を保っているようですね。初めての接続にしては上出来です」


 “自分”の背後から別の者が近づいて来ているのが見えた――2人いる。白衣を着た若い女――10代後半に見える――と軍服を着た男――女より少し年上、20代前半の外見だ。その男の方が口を開いた。


「大丈夫なのですか? 見たところかなり混乱しているように見えますね」


 かなり端正な顔立ちをした青年だ。顔立ちは少年たちの民族とは異なる造形で、金髪碧眼、彫りが深い。白色人種コーカソイドだ。背は高く細身だが引き締まった体躯であることが軍服の上からでも分かる。

 白衣の女が男の問いに応える。


「超自我領域での同調接続を行ったのです。これは前意識野とは比較にならない深度同調を行うものです。無意識世界のイメージを刺激したのは確実で、恐らく乱雑なイメージが溢れたかと思います。混乱するのは当然ですよ。初めてのことでしたし、制御できるものではありませんよ」


 女は説明をしているが、少年には意味が理解できなかった。彼らの会話は続く。


「制御できなくては意味がないのではないのですか?」


 男は話しながら女に微笑みかけている。それが女には些か癇に障るものでもあったのか、応える彼女の口調には明らかな棘が現れていた。


「ですから、彼は初めてだったのですよ。氾濫する深層意識の固有イメージに翻弄されるのは避けられませんし、致し方ありません。ですが彼はその渾沌状態から帰還を果たしました。最初なんですし、これで十分です。見て下さい。まだ混乱しているようですが、彼の意識は現実に戻って来ています。我々を認識して見ているのが分かるでしょう」


 女は少年――但し目前で跪いている“少年”ではなく、女たちを見ている自分に向け手を振った。男は何を考えているのかどうにも測れない笑みを湛えたまま、再び口を開いた。


「フーム、なるほどねぇ。自衛軍の技術もここまで来ているってところですか。この少年は成功と言っていいのですね?」


 ズィっといった感じで男は顔を近づけたのだが、いきなり接近したので少年は面食らってしまった。彼は逃れようと手を伸ばして阻もうとしたが、その時 自分の手の状態に気づき動きを止めた。

 黒い金属製の腕だ、それが目に入ったのだ。それは人間のものではない。

 それを見て彼は酷く動揺した。そして目前の自分の姿を見る。そのまま固まってしまい、何も考えられなくなってしまった。

 少年の様子に気づいたのか、女が彼に話しかけてきた。


「ああ、あなたの意識の出力は、主体が今 強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーのセンサー系、駆動系に移っているのよ。だから現在はその機械があなたの身体になっているように感じているわけ。まぁそれも慣れなんだけど、その気になれば接続中でも自分の身体の感覚を取り戻すこともできるわね。だから心配する必要はないのよ」


 その言葉がきっかけとなったのか、少年は自分の体感が酷く違っているのに気がついたのだ。全身の奥底からかなりの力感が漲っているようで、同時に極めて繊細で鋭い感覚が走っているのも感じられた。

 彼は“両手”を動かし“目”を向け、そして“全身”に意識を走らせる。

 そこに1つの強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーが存在しているのを認識した。この時、彼は自分の意識がこの装甲服に乗り移っているのを知った。黒鉄くろがねの鎧が自分自身の肉体そのものと化していたのだ。


「追々説明するけど、融機同調接続フュージョナリー・シンクロというものはね、単なる神経接続を越えた自我意識の深層と機械システムを繋げるものなの。これこそが従来のパワードスーツを越えたFMM(Fusionary Manned Maneuver=融合機械化有人機動兵器)を実現させた完全思考制御機構なの。それはね――」


 女の説明は続きそうだったが、この時 男が口を挟んだ。


「その辺にしておきましょう。そんな専門的な話をしても子供には理解できませんよ。と言うか、私にも今ひとつ解らなかったりしますね」


 男は笑みを浮かべて身体を揺らす。楽しくて仕方がないって感じすらある。女は更に不機嫌そうな顔で彼を睨んだ。しかし彼女は直ぐに少年に向き直り、話を続けた。


「ともかく今、あなたの意識は装甲服アーマーを通して出力しているので憑依でもしたみたいに感じられるけど、決してあなた自身が死んだ訳じゃないのよ。システムをシャットダウンさせる時に元に戻れるから安心してね。あと、さっきも言ったけど、慣れてくれば接続中でも自分の肉体の感覚も取り戻せるわ。熟練すると2つの肉体の感覚を同時に持ちながら違和感なく制御できるようになるはず。あなたは才能あるみたいだし、やれると思うわ」


 そう言って跪いたままの“少年”の肩を優しく叩いた。少年は黙って見つめるだけだったが、気づいたことがあった。

 女が“自分”の肩を叩いた時に、感覚が走らなかったのだ。それは明らかに自分の意識の主体が“自分”から強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーに移っている事実を知らせるものだった。


「フム、取り敢えず今回のテストのフェイズ2合格者はこの少年だけということになりますか」


 男は周囲を見回しながら言った。

 周りの男女は全て昏倒したように横たわっていたのだ。どうも全員意識を失っているらしい。痙攣けいれんしている者はいるが、意識を保って動いている者は見られない。彼らの目の前に設置されている強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーも全く動く気配もなく、意識の出力などが実現している状態ではないらしい。


「ちょっと成功率が低すぎますね。この点は改善点ありですね」


 女は溜め息を漏らす。


「そうですね。フェイズ1レベルまでなら大半の被験者は乗り切りますが、2となるとグンと数は減ります。無意識領域まで外部機構に繋げるのは容易ならざるものなのですよ。しかしそこまでいかないと本物のFMMとは言えないし――」

「代えは幾らでも見繕えるでしょう。こんな時代だし、幾らでも人は集まりますよね?」

「そうですが、効率が悪すぎますね。まぁ実験結果は次のテストに活かされますし、回を重ねるに従い成功率は上がってはいます。亀の歩みですけどね」


 何となく意気消沈した感じの女に対し、男は逆に意気揚々としていた。


「“我が国”に比べればずっとマシですよ。我々の超自我領域への接続は基礎研究すら覚束ないのが現状ですから。流石は〈陸上自衛軍先進技術研究開発局〉と言ったところですね」


 淡々と会話を続ける2人を見ながら少年は思う。

 

 ――つまり俺は頭の中の底深くを掻き回されたのか? 融機同調接続フュージョナリー・シンクロとやらが記憶を呼び起こした――――?


 紅蓮の炎と空を舞う龍――そして骸の山――――

 それは彼の過去につながる。


 ――“あの峡谷”だ。


 峡谷の中で繰り広げられた惨劇の光景が甦っていた。


 ――あれはイメージか。経験が脳内で異様な変異を遂げて頭をもたげたものなのではないか?


 少年は震える――意識の中で。それはつい半年ほど前に身を持って味わった地獄の経験だ。絶対の暴力によって生み出された殺戮の記憶は意識の根底にこびり付いて決して消えない。身を切り裂かんばかりの恐怖の情動を伴って刻まれたそれは、あのような異形の怪物の姿として現れたのだ。融機同調接続フュージョナリー・シンクロがイメージを増幅したらしい。

 その経験がどれ程の傷となっていたのか、少年はこの時 初めて思い知った。そして決して逃れ得ない原風景である事実を理解した。 


 ――あの炎の中から俺の人生は始まったと言える。あの中で目覚め、歩みを始めたようなものだ。それ以前はどうしても思い出せず、よってあれが俺という存在の原点になる。それは俺の本質を決定づけ、人生を支配するものとなったのだ。

 決して消えぬ暴力の嵐、血と硝煙にむせぶ殺戮の世界――これが全て、これが真実。歩む先に必ず現れ、俺を支配する。

 本能が自覚してしまう。これが“俺”なんだ――と。

 機械との接続はその真実を思い知らせてくれた。意識の根底に打ち込まれた電気信号が浮き彫りにしてくれたのだ。これは俺の生涯に常に付きまとうのだろう。

 俺の人生はどこまでも血と炎にまみれていくのだ―――― 

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