第4話 完全無欠の追跡者 前編

 はびゅっぷ! …ぷひゃんっ! 


 …。一体何をどうしたらあんな音が出ているのだろう。


  けびゅらっ! ぱらぶらっぺっ!!


 駄目だ、誘惑に負けそうだ。

  見たい、でも見たらああなるんだろうな…と、

  飛んでいるティアを横目で見ると、文字通りの抱腹絶倒でありながら、

  器用に飛んで逃げている。

  「ぎゃはははははははっ!! 

    だめっむりっ息がっできなっ…あははははははははっ!」

 そんなに面白いの? やっぱり、

  見ようかな少しだけ…アリスに当然ながら止められた。

  止められ方がメッである。 小さい子にメッ!されましたが…。

 然し、逃げ切ろうにも見渡す限りの砂漠地帯。砂と地平線と太陽しかない。

  しかもそろそろ気温も急上昇して走るにも限度ってものが…。

 当然ながら次第に距離が縮まり、後ほんの少し、手を伸ばせば捕まえられる。

  そんな距離にまで迫られた瞬間、ゴアッ!という音とともに、地面が陥没した。

 よくよく考えれば、エネイルゲイルが散々暴れて

  地表にダメージが無いはずが無い。

  その上、テスタ・マガナの一撃で大クレーターを作り出したんだ。

 いたる所にあるだろう大洞穴。その天井が崩落してもおかしくはない。

  声を出す間もなく、俺達は砂に飲まれていく最中、たまたまベルダンテだろう

  桃色の髪が砂に埋まっているのが手に届く距離で見えた。

 思わず、砂の中に手を突っ込み彼女を引きずり出したが…気絶してるだと!?

  完全無欠が聞いて呆れるなおい!! 兎に角、彼女を庇いつつ流れに任せる。

  これだけの大量の砂だ、落下のショックはなんとかなるだろう。多分。

 後の二人の行方も気になるが、あいつ等なら大丈夫だろう。

  そのまま流され落ちる形となり、俺とベルダンテは大洞穴へと放り出された。

  「うぉっ! 思いの他、高いなおい!!」

 放り出された場所から地面までおおよそ20m、

  人間一人抱えて着地出来る高さじゃない。

  理不神の力は他の力なけりゃ、死なないという事以外に何もなさそうだ。

 彼女の力を一時的に奪おうにも、気絶している。 手詰まり。

  俺は大丈夫だが…いや、方法を見つけた。

 落下先に小高い突起物がある、

  あれに着地では無く落下速度を緩めるのに利用するか。

  突起物に近づき、その壁が真横に来た瞬間、右足を蹴り出す。

 地面まで4mちょいだろう、

  激痛と共に右足が千切れ飛びながら勢いを殺す事に成功。

  そのまま砂地の上にベルダンテの下敷きになりつつ墜落。

 激しい砂煙を上げ、視界不良の中、腕の中に彼女が居る事だけは判るが、

  安否が気遣われた。

  「う…うぅん」

 お、大丈夫なようだ、一先ず安心あんし…ガチャッと金属音。

  なんぞ!? 何か右手に冷たいものが、まさか、手錠?

  「捕まえましてよ?」

  「いや、ちょい待て。この状況でまずそれするか?」

 助けて貰っていきなり手錠ハメやがったぞこの子!!ありえねぇ!!

  「問答無用ですわ、さっさと他の二人も…あら? ここ、どこですの?」

  「良し天然娘に説明しよう。 エネイルゲイルの通った跡に出来た大洞穴。

    場所も特定出来ない、飛べないと外に出れない出口なしだ」

 …暫く彼女はキョロキョロと辺りを見回し、上を見上げた。

  表情はやや絶望感があり、それ即ち、彼女は飛べない事を意味していた。

  それに何故か少し、頬が赤く…熱でもあるのか?

  「あの、その…いつまで私を抱きしめていますの?」

  「む? あ、すまん忘れていた。あの高さから互いに生き残るのに必死でな」

  「20m…はありませんの? あの高さから…って、

    右足はどうなさりましたの!?」

  「隣の岩を蹴り飛ばして、減速させたからな、右足が吹っ飛んだよ」

 両手を離すと、彼女が慌てて服を破いて血止めしようとするのを見て、

  それは必要ないと手で止めた。

  「必要無いわけありませんわ。こんなに酷い傷…あら?」

  「理不神は死なないらしくてね。

   まぁ、時間が経てば治るらしいが、肋骨も何本か

    やられたみたいで、暫くは動けそうに無いな」

  「そ、そうですの…え? 今、なんと仰いました?」

  「理不神と仰いました」

 そういや、ティア達も驚いてた記憶が、そんなに凄いのか? チートなのか?

  死なないってだけで十分過ぎるが…。

  「言神を奪い、増幅して返す力ですわ。そして、副作用は…」

  「お、おぅ」

  「死ねない事ですわ。不死でありますけれど、不老ではありませんの」

 …不老不死じゃなくて、不死だけ。つまり体自体は老いて死んで腐って骨と?

  「OK、つまり、人間からゾンビに、ゾンビからスケルトンになるって事か?」

  「そうですわ。生ける屍。誰でも知ってることですわよ?

    伝説にしか出てこない最強無比の言神ですもの…」

 流石にスケルトンになって生きるのは勘弁だな。

  何かこれを手放す方法は無いものか。

  それをベルダンテに尋ねてみたが、首を左右に振られた。

 だが、ディア・バレルにいけば何とかなるかも知れない。

  あそこは、言神の生まれた地だから、と。

 良し、いままでうっすらとしか目的意識は無かったが、

  俺にも行く理由が出来たわけだ。

  「そうか、なら、尚更、目指さないとな…」

  「貴方はもう掴まりましてよ?」

  「こんな美人に捕まるのも悪く無いが…、

   テスタ・マグナはどう防ぐつもりだい?」

  「あれは貴方が? …そう、ですわね。アレを防ぐなんて出来ませんわね…」

  「俺の目的は、ディア・バレルへ行き、人間としての生と死を取り戻す事だ」

  「…仕方ありませんわね」

 OK、上手い事逃げれそう…ってまた地響きだと!? 

  一体どんだけ地表にダメージが!!

  いや、違う。あの時間だ…あれが、来る!!

  「ベルダンテ!! そこの岩影に穴があるそこに隠れるぞ!!」

  「え? 何? 何がどうしてですの!?」

 地響きが地鳴りとなり、ドゴゴゴ!!という轟音と共に

  すぐそこまで迫ってくるのが判る。

  再び彼女を抱えて、左足で地面を蹴り、

  辛うじて岩陰の穴に転がり込む事が出来た。

 だが、幸か不幸か下り坂となっていたらしく、彼女もろともに滑り落ちる。

  「ぬぉお!! 

   時計王の墓はまだ続いていたとかいうオチじゃねぇだろうな!!」

  「なっ…何処にっ…きゃぁぁあああっ!!」

 鉄砲砂を逃れたものの、松明も無し、ただ勢い良く暗闇の中を滑りりていく。

  くそっ。この先に何があるか、どこまで続くかもわかりゃしねぇ。

  「おいベルダンテ!しっかり掴まってろ!」

  「わ、判りましたわ」

 何分か滑り降りた先に飛び出した所を確認するまもなく、

  手錠で繋がれた俺達は穴から

  放り出される形となり、砂地の上にゴロゴロゴロと転がった挙句、接吻。

  「…!!!!!!」

 やっちまった。アンラッキースケベは極力回避!

  するべく転がる最中に手錠が邪魔をして

  引き寄せる形になってしまい、彼女のその…ナンダ、ウン。ヤッチャッタヨ。

  「あ、すまん。助けるつもりが…」

 ベルダンテは表情をなくしたまま両手で口元を押さえて、

  ペタンと座り込んでいる。

  …よし、どうしよう。事故だよな事故。

  「わ、私…」

  「お、おう。 事故とはいえ、すまなかった」

  「初めて…でしたのに」

 ぎゃーっ!!! 泣き出した! ちょっともうこれどうすんだよ!!

  大洞穴から抜け出さなきゃならんのに、それ以前に問題起こっちゃったよ!!

  どうしよう、どうすれば…とりあえず謝りつつ頭を撫でてみる。

  「事故のはノーカンだノーカン。大丈夫だろう」

  「…」

 よーし、無反応、さてどうしよう。とりあえず現状把握でも…ぬぉお!?

  よくよく見れば大小様々な時計がこれでもかとある部屋だった。こりゃ一体。

  「ちょっと、私の純潔よりも、そのような小汚い時計ですの?」

  「ちょっとまて! そこまでやってねぇだろ!!」

  「生涯を共にする方。それ以外に決して許してはならないのですわよ?」

  「あ、もしかして、文化の違いとかいうやつ…か?」

 何か取り返しの付かないデススケベになったような気がしなくも無い。

  わなわなと震える彼女をなんとかしようと一歩近寄ると、

  急に立ち直ったかの如く

  猛然と立ち上がり、こう言い放つ。

  「こうなったら、意地でもディア・バレルを見つけて普通の人に戻って

    貰うしかありませんわ! …優しくて勇敢な方で、

    少しほーんの少し好みですし」

 おい、何か凄い方向に走り出したし、最後なんか小声で言わなかったか?

  な、何かなし崩し的にケージを味方に出来た…と思えばいいのか?

 ま、まぁ現状立ち直ってくれたなら有り難い。とりあえずこの時計…。

  「結構走ったり、なんなりで時計王の墓からは離れたよな…。

    なのに何故こんな所に、時計の山が…」

  「見つけられたくなかったのではなくて? だからあえて見せ付けるように

    墓を建てたと考える方が妥当では無いかしら?」

  「ありゃ多分だが、エネイルゲイル信仰、その生贄を捧げる場所であり、

    盗掘者も生贄にしようって腹の全てが罠。ただの餌場だ」

  「エネイルゲイル信仰…そんな文献は一つも…」

  「無いからこそ信憑性がある。そう思わないか?」

 そういうと黙り込み、頭の中で様々な知識があるのだろう、

  それと照らし合わせているのか

  暫し静寂が訪れる。というかこの子、何? 妙に詳しそうだな。

  「仮にそうだとしても、既に墓は壊滅してしまいましたわね」

  「ああ、真実は既に失われてしまった…残念だ」

 なんだよ、近寄って俺の顔を覗き込んで…、

  ああ成程。俺を盗掘者扱いしてんだよな。

  「勘違いしているようだが、俺が求めているのは過程だ」

  「過程は貴方達厄介者には不要でなくて?」

  「他はどうか知らんが、俺にとっては過程は必要。

    あらゆる遺産は過去を知る為に必要な、価値あるものだ」

  「…お金と、真実。貴方はどちらが大切かしら?」

  「迷う必要も無く、真実だ。数多の虚構を見破る事こそ、

    俺が求めてやまないお宝、そして…浪漫だ」

 尤も、それを行うには当然、金はいる。

  歴史的価値の無さそうな宝石は頂戴すると思うが…と。

  ん? なんだ? 何かこの子の様子が変だ。明らかに変だ!

  妙に瞳が潤んで…俺、何か変な事言ったか? 

  「貴方はこちら側の方でしたのね…」

  「こちら側?」

  「私、これでも考古学者でもありますわ」

 えー…と、明らかに向いてなさそうな気が。

  注意力が足りなさそうというかまぁ、うん。

  とりあえずそれは置いといて、この時計の山だな。

 彼女の言うとおり、見つけられたくなかったと仮説を立て、周囲を見回す。

  この部屋はこじんまりとしており、出るにはあの穴を登るしか無い。

  幸い、昇れない勾配ではないので、帰り道はまず大丈夫。

 で、と。もし此処が墓なら棺桶が…簡単に見つかった。

  見つからない前提で作られたものだろうか、罠らしきものは見つからず。

  既に風化の始まった棺桶をなるべく崩さず、優しく丁寧にゆっくりとずらした。

  「時計王のご遺体…ですわね。防腐処理が施されていて、

   状態も悪くありませんわ」

  「500年程前に、既にミイラを作る技法が確立されていたんだろう。

   見事なものだ。

   が、縫合した跡がない。口内から液体を流し込んで、

   内臓類を腐らせて肛門から…か」

  「300年前の遺跡からしかその技法は見られませんでしたわ」

 つまり、最低でも500年前にその技法は在ったわけだ。こいつは大収穫といえる。

  で、そのミイラが大事そうに抱えている古い時計。

  時計王が最も愛した時計だろう。

 触らず、覗き込むと01:00で既に止まっている。0と1…ここでもか。

  「あら、此処に円形の石版のようなモノが埋まってましてよ?」

  「む? 埃を被って埋まってたのか、あー…サとワ、それに裁縫という意味、

    ここで使えるかも知れないな」

  「どういう事ですの?」

 俺は、円形の石版が明らかに時計を意味していると理解し、

  0から1を指でなぞった。

  その瞬間、既に機能が停止している筈の時計達が一斉に鳴り出した。

 いや、鳴るのはいいがちょっとハンパなく煩い!! 耳が痛い。

  そんなジリジリ音の中、棺桶の後ろにある壁が、

  ゆっくりと砂埃をあげ左右へと開かれていく。

  「お、ぉぉおおお!!」

  「こ、これは。こんな砂漠の下にこんな…」

 死せる大地の遥か地下に、緑が生い茂る遺跡群…水もある!

  「こいつが、時計王の宝…かな」

  「だとしたら素晴らしい財宝ですわね…」

 二人して、開かれた扉の先にある秘境ともいえるその場所をただ呆然と見ていた。

  金銀財宝を見つけたというレベルでは無い。

名前もまだ付けられていない、文字通り前人未到の遺跡が目の前に在る。

  のだが、何か聞き覚えのある声と、何かが破壊される音が…あーっ!!

 あわててその場所へと駆け寄ると、脳筋博士が連神の力で貴重な文化遺産、

  それもいまだ誰も踏み入れた事の無いだろう聖域を破壊しているじゃないか!!

  「お宝ーどこだー!!」

  「ごぉぉぉおおっるぁぁぁあああっ!!!! 

   貴重な遺物を破壊すんなぁぁぁあっ!!」

  「ん? あ、オッサンじゃん! って、ペッタンテまで居るとかまじでー!?」

  「誰がペッタンテですのっ!! 大人しくお籠に入ってもらいますわよ!?」

 よし、ストップここで暴れるな。この状態をこれ以上崩すとかありえんから。

  二人の間に割って入り、必死で止める。なんとか話題を変えようとアリスの事を

  ティアに尋ねたが…思わぬ返事。

  「んー? あー、リガーデッドの連中と同行するってどっかいっちゃった!」

  「OK。行き先は?」

  「しらなーい」

  「良し、早速見限られたかよ!!」

 見切りの早い子だなまぁ、あえてあっちに行く事で、

  情報を流してくれるかも知れない。

  もしくは、徹頭徹尾、あの子の目標はディア・バレルであり、

  至宝を奪い取る事だけかも知れない。

 どちらかは判らないが、いずれまた会うだろう。進むべき道は同じなのだから。

  が、問題は至宝を手にしたリガーデッドの連中が何処へ行ったか…だな。

  「それならペッタンテが得意じゃない?」

  「ベ ル ダ ン テ ですわ。仕方ありませんわね、力をお貸ししますわ」

  「えーっ!? どういう風の吹き回し!? 

   底の浅い器みたいな胸してるのに!!」

 ガンッ!と彼女の右拳がティアの頭部に落ちてきて、

  ムギャッと言いながら蹲るティア。

  なんのかんの、仲の良い姉妹みたくに見えなくも無い…か?

 それよりベルダンテも確か二言なんだよな。その力はどんなものだろうか。

  「そういや君も二言なんだよな…追跡が得意なのか?」

  「ええ。だからこそケージをやっておりますわ。

     捉えなさい、星視神」

 何か、目を瞑って動かないんだが…。大丈夫か?とティアに小声で言うと、

  彼女の力は夜空に輝く星の視点から世界を見ることができる。

  遠すぎじゃないか?

  と、思った。その矢先である。

  「見つけましたわ、南部砂漠より北東、

   おそらくレイラード海岸に向かっていますわ」

  「まじか!? 人工衛星かお前さんは!!」

  「なんですの? それ」

  「ああ、途方も無く高い所から、

   地面に落ちている探し物を見つけられる凄いモン」

  「確かに、そんな感じですわね」

  「これやられると、何処に逃げてもおいかけてくるんだよねぇー。

   しつこいったらありゃしない」

 味方に出来て正解だった、なんとも恐ろしい追跡能力だよ。

  さて敵さんの向かう場所は掴んだわけで、

  追跡開始となるが…さて、目の前の秘境だ。

 いや、今はそっとしておこう。と、ティアに言うとお宝は!?と怒り出す。

  これそのものがお宝だろうし、

  至宝と天秤にかけてみろと説得すると、容易く傾いた。

 よーし、待ってろよ機動力と追跡能力のツートップがすぐに追いついてやるぞ!

  …いや、俺はあくまで罠解除担当というか、うん。死なないし。

 ま、まぁアレだ。俺達はティアの大きな翼に掴まりながら、この秘境を後にする。

  本当言うと、未練がある。第一発見者として名前をつけたいという事。

  寝る間も惜しんで全てを見て歩きたいという事。

 だが、俺はディア・バレルに行かねばならない理由が出来た。

  そちらを優先させ、余った余生でこの秘境を気の済むまで調べまくろう。

  それまで誰にも見つかってくれるなよ!? 頼む! 見つからないでくれ!!


   第三話 完全無欠の追跡者  前編  終了


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