第7話 兵頭ズ
ジブは兵頭のことが心配だった。
彼女のあんな表情は見た事がない。
人を労わるような、何かを覚悟したような、そんな表情。
高慢で、常に人を見下し、彼女にとって他の人間は犬の糞以下の存在。刺されても誰も悲しまないような傍若無人なクソ女のはずだ。いや、あくまで一般論であって、私はそこまで思ってはいないけど、とジブは首を横に振る。
とにかく、彼女の態度がとても気になったのだ。
「亜里沙さん。」
呆れたようにモニタを見つめる兵頭にこっそりと耳打ちをする。
兵頭がウインクをしながら穏やかな目で見つめてくる。
それがジブにはとても不思議で、とても不安だった。
「過去から亜里沙さんを連れてきたら・・・・・・今の亜里沙さんは消えてしまうんじゃないでしょうか。」
思い切ってジブは聞いてみた。
兵頭は暫く黙っていた。
「どうしてそう思うの?」
「同じ時代に同じ人間が二人も存在できるなんてありえないと思って。」
ジブは慌てて言葉を繋ぐ。
兵頭はクスリと笑った。
「大丈夫よ。そんなことはないわ。ただ、不安定要素が生まれるということよ。前にも言ったとおり、タイムマシンを使って過去を変えたところで私達のいる未来は変わらない。別の世界が生まれているのよ。」
ジブは頷く。
「だから、過去から私を連れてくるというのは通常あり得ないのよ。過去の私が生きるはずだった世界は、この世界ではなく、別の世界なのだから。それを無理矢理歪めてこの世界に連れてくる。それがどういう結果を生むと思う?」
何やら話が難しくなってきたが、小学校高学年には少し興味深い話だ。
「過去が変わって、その過去が今の世界に反映される恐れがあるわ。私達の常識が崩れるかもしれない。」
「でも、人一人でそんなに変わるんでしょうか。」
「そこらのゴミ凡人なら何も問題ないわ。私だからよ。」
この人のこういうところ大嫌いだわ、と思いながらも納得してしまう。人間性はともかく、この人はタイムマシンなんて作ってしまう超天才なのだ。
「「私がいなくなった過去」で最も憂慮されるのは戦争よ。」
「亜里沙さん、まさかどこかの国に武器を作ってるとか・・・・・・。」
「違うわ。その逆よ。私がいることで愚民共のあらゆる技術は時代遅れなのよ。もちろん軍事も例外ではないわ。つまり、多くの国が今保有している兵器なんて私からしたら前時代もいいところ。アメリカだろうが中国だろうが、私に向かって攻めてこようものなら瞬殺よ。私が多くの人間に憎まれているのは、私自身が抑止力だからなのよ。」
首を傾げるジブに兵頭は笑いかける。
「とにかく、どうなるか見てみましょう。」
「おまえらへんたいか!おまえらみたいなのをしゃかいふてきごうしゃっていうんだな!」
4人は唖然とした。本人ですら例外ではなかった。目の前に現れた兵頭はどう見ても幼稚園児程度にしか見えない。
「兵頭博士を捕まえるのは難しいとは思っていたが。しかし、範馬博士よ・・・・・・。」
「かるがるしくよぶな!くず!」
「申し訳ありません、閣下。しかし、生意気なだけだとより腹が立ちますな。」
「でも、可愛いですよね。亜里沙さんもこんな時があったんだと思うと。」
ジブはそう言ってロリ兵頭の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと、なにこのひと。すてきなんですけど!めちゃくちゃにおかしたい!」
「下劣な言葉!私とは思えんわ!」
ババア兵頭は自身に向けて吐き捨てた。
「あんたそのものじゃないか・・・・・・。」
「おまえはわたしか!たいむましんとかやっぱりわたしてんさい!どらえもんみててよかった!」
兵頭を除く3人は顔を覗き合った。
「すでに大人顔負けの知能を発揮しているが、流石に地球冷却装置は作れまい。」
「そんなの簡単よ。私が教えてあげればすぐにできるわ。私だもの。」
兵頭はそう言うと子供の自分を抱え上げ、研究室に戻っていった。今度こそ上手くいくのだろうか。閣下は縋るような思いで天を仰いだ。
「ほら、出来たわ。」
わずか2時間後、兵頭ズは地球冷却装置を作り上げてきた。タンブラーを二つ、口を向い合せにしたものをガムテープで固定しただけに見える。
「何だね、この産廃は。」
「携帯版よ。とはいえ性能は今までのものよりずっと優れているわ。細かな調整が可能よ。」
「すぐみためではんだんする。これだからはくちのぐみんはこまるんだ。」
閣下はこらえた。この機械がもうすぐ全てのストレスから解放してくれると思えば我慢できる。
説明も省いて、早速彼女は機械を起動する。タンブラーが眩しく光った
「田中ゴリラではないわ。成功ね。」
兵頭が呟いた。やがてタンブラーの強い光は収まり、豆電球程度の淡い光となった。
平常運転になったらしい。
「これで終わりか?」
「そうよ。後はこの機械が地球の気温に応じて自動的に調節してくれるわ。」
「何と素晴らしい。」
閣下とジブは声を上げて喜んだ。範馬は早速栗山に電話している。
ようやくこの悪夢から解放される。
「まだ終わりじゃないわ。」
兵頭はそう言うとポケットから小箱を取り出した。箱の上には赤いスイッチがついている。
2人の兵頭を除く3人は止まっていた。
「何だねそれは。」
「そもそも今回の騒動は何故起きたのかしら?」
「それは津山が・・・・・・」
「それをけしかけたのは誰かしら?」
兵頭はクスっと笑った。
「もう下手な芝居はよしなさい。ねえ、範馬博士。」
兵頭は鋭い視線で範馬を睨んだ。範馬は携帯電話をゆっくりと机に置いた。
突然のことに閣下とジブは固まった。
当の範馬は、疑われても全く気にしていないようだった。
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