第6話 最後の方法

「兵頭博士はどうした?」


 閣下は苛々していた。


「あれから5時間、音沙汰ありません。」

 範馬は呑気に抹茶のアイスクリームをたいらげながら答えた。

「本当に大丈夫なのか?どうも彼女はまたやらかしそうな気がする。」

「そうですな。一度探りを入れましょう。」

 範馬は携帯を取り出した。


「どうだ。きゃつの具合は?」

「研究室に閉じこもっております。」

「うむ。窓もない部屋だ。逃げることはあるまい。」

 研究室と言っても、東京ドーム地下に急遽設けた6畳程度の簡易な部屋である。


「問題ありませんな。」

「おい、今の誰だ。」

「私の部下です。ハラスメント対策と公文書管理に難がありますが、非常に優秀な奴です。」

 この時世に辛い資質の持主だ。範馬にとってモラルは二の次らしい。使えるか否か、それだけだ。


「しかし、ジブ君の不退転の決意を無下にすることはあるまい。」

「そうですな。私、不覚にも感動いたしました。」

 政治家は己に有利なシチュエーション作りがうまい。如何に違うと主張しても2対1だ。ジブは民主主義の在り方を呪った。



「おっ。動きがあったようですな。」

 兵頭がいる研究室の様子がモニタに映し出された。

「カメラを仕込んであるなら最初からモニタで見れば良かったのではないか。」

「見てください。兵頭が何か作ったようですぞ。」

「君に今更話を聞けとは言わんが・・・・・・。」

 閣下は呆れながらモニタを見た。


「何じゃいあれは。」


 2人とも思わず間抜けな声が出た。

 兵頭の座る椅子の前には、ひっくり返したポリバケツが置いてあった。そのてっぺんに割りばしが2本差してあり、ピアノ線のようなもので繋がっていた。

「前の装置もそうだが、本当に見た目は粗大ゴミだな。」

「あれが地球冷却装置でしょうな。」

「良かったですね。うまくいって。」

 ジブが棒読みで閣下に言い放つ。しかし、政治家にはまるで応えない。


「起動するようですな。」

 兵頭が起動スイッチを押した。

 ポリバケツが激しく揺れ、2本の割りばしを繋ぐピアノ線が紫色の光を放つ。

 光は強く、そして大きく広がっていく。

「おおっ!眩しい!何も見えませんな!」

 モニタが光に埋め尽くされる。

「どうなっているんだ!」

 閣下が叫ぶ。光は広がり続け、そして・・・・・・。

「嘘・・・・・・。」

 兵頭の声が小さく響いた。



 暫く後、4人は再び会議室に集まっていた。しかし、その表情は一様に険しい。その答えは明らかだった。


 兵頭が地球冷却装置の作成に失敗したのだ。

 

 人智を超越した天才である兵頭によるまさかの失敗に皆頭を抱えた。


「調整は間違いなかったわ。これまでの装置の影響を全てを相殺できるはずだった。しかし、想定外のことが起こったの。これを見て。」

 兵頭がそう言ってモニタに映し出したのは機械の図面だった。

「これは地球冷却装置の中身よ。ここに2か所ベルファー線が見えるわね。そこに光が見えるでしょう?これが田中ゴリラ現象よ・・・・・・」

「さも大事のように言われても・・・・・・。もう専門用語は止めてくれんか。」

「この現象を理解してもらうには田中ゴリラの素性から知ってもらう必要があるわ。」

「30文字以内で頼む。」

「あらゆる熱と冷気の発生を阻害する現象を発見した孤高のゲイよ。」

「29文字でセクシャルな部分まで収めてくれてありがとう。つまり、そんなピンポイントにおかしな現象が発生しているから地球冷却装置が機能しないのだな。」

「そういうこと。あの光は彼が長年恋慕していたビクトールに受け入れられた時に発生した時に発した光と全く同じ。原理は全く解明されていないわ。ただ、あの現象が起こるとこれ以上私にはどうしようもない。」

 兵頭がお手上げ、というポーズを見せた。

「彼がそうであったように、あの現象は機械ではなく人に対して発生するものなの。だから、私が地球冷却装置のような機械を作っても、熱も冷気も発生しないよう機械自体に作用してしまったのよ。」

「そんなものなのか。他に対策はないのか。」

「ないわ。お手上げ。」

 絶望的だった。兵頭の科学力のみが彼らの頼る術だったのだ。

 兵頭以外の3人が頭を抱えていた。


「こうなれば・・・・・・奴しかおらんな。」

「アホの津山ね。」

 閣下は頷いた。技術力では兵頭に大きく後れをとるが、地球冷却装置を作ることが出来るのはもはや津山しかいない。

「しかし、奴との会談は不調に終わっている。奴の心を動かすよう真摯に話し合わねばなるまい。」

「ジブをダシにするのは許さないわよ。」

 兵頭はジブを抱き寄せる。一瞬ほっとしたが、さっきの自分の醜態を思い出すとジブは内心やるせなかった。

「安心してくれ。君達に被害は及ばん。本国に・・・・・・いや、ここは私が自ら頭を下げよう。」

「おお、閣下!一国の総領がそのような真似をしては。」

「構わん。それで多くの人間が救われるならば安いものだ。」

 閣下は凛とした表情だった。その力強さはジョージ・W・ブッシュ元アメリカ大統領に勝るとも劣らない。


 範馬博士はペットボトルを飲み干し、呼吸を整えた。

「閣下のご温情、この不肖範馬いたく感激いたしました!しかし、この時代でも既にきゃつは亡き者になっておりますので会合は不可能です。」

「何っ!何故死んだのだ!」

「殺してどうなるわけでもないのですが、とにかくムカつく男でしたのでSNSで平和を訴えていた連中に向かわせて、ドローンとオスプレイで爆殺してやりました。」

「そんな奴らに武器を渡すな!」

「しかし、閣下が首相になって以来、アメリカの最新兵器が続々と導入されるので、戦争には断固反対、憲法9条死守の彼らも思わず現物を見てテンションが上がってしまったみたいでして。」

「君の指示ではないか!ああ、どうすればいいんだ!」

 閣下は大げさに頭を抱えた。


「まあ、ゆっくり考えるわ。サーティーワンアイスでも食べて・・・・・・。」

「落ち着いてる場合か!このままじゃ数年で地球は湯だってしまうぞ!せめてアジア圏に影響をとどめろ!」

 呑気な兵頭に閣下が食ってかかる。その時、範馬博士は画面を食い入るように見つめた。

「お待ちください!閣下!あれを!」

「何!」

 範馬博士が何かを指さす。

「おお!」

 一同が目を見開いた。その先には、地上を映していたモニタがあった。

「いや、博士、経過を待とうじゃないか。」

「そうですな。閣下。結構ですよ。」

 モニタが映したのは、ノースリーブとミニスカートの若き女性達だった。

「これは温暖化の影響ですな。全体的に生地の面積が減少傾向にあります。」

「どう思うかね?範馬博士。」

「一学者として実に興味深い現象だと思います。小職は科学技術の発展と生物の適応という観点から本件の経過を興味深く観察しております。」

「うむ。科学者の本質は、学術の健全な発展と社会の負託に応えることだと聞いている。危険な技術でも社会に有用な転用であれば問題あるまい。」

 画面に釘付けになる2人。

「詳細に観察し、適時報告を頼むぞ。」

「はっ!写真と動画を添えて。」

「何呑気なことを言ってるんですか!」

 ジブが腕を振って叫んだ。

「このままじゃ何年後かには皆死んじゃうんですよ!」

「とは言ってもどうしたらいいんじゃい。」

 範馬が開き直ったように言った。頭のおかしい大人に睨まれてジブは黙り込んでしまった。


「・・・・・・一つだけ方法があるわ。本当に最後の方法よ。」

 口を開いたのは兵頭だった。

「タイムマシンを使うのよ。」

「タイムマシン?」

 兵頭以外の3人は思わず顔を見合わせる。

「しかし、いくら過去を変えても現在に影響はないんだろ。」

「そうよ。」

「じゃあどうするんだ。仮定の話は許さんぞ。」

 範馬が珍しく真剣な様子で問う。

「過去の私を現代に連れてくるのよ。まだ田中ゴリラ現象に掛かる前のね。そして地球冷却装置を作らせる。そうすれば問題なく作動するはずよ。」

 おお、と一同が相槌を打つ。

「それは確かに妙案だ!流石兵頭博士!」

「簡単に捕まえれられるとは思えないけど。若くても私よ。」

「問題ない!そんなこともあろうかと既にリベラルな思想を持つ部下3人を送りこんでおります。」

 ふん、と兵頭は笑った。ジブはその態度に違和感を覚えた。

「亜里沙さん、最後の方法っていうのはどういう意味ですか?」

「言葉どおりよ、ジブ。他にもう方法がないってことよ。」

 兵頭の顔は今まで見た事がないほど優しかった。ジブは少し不安を覚えた。

「もしかして亜里沙さんの身に何か・・・・・・。」

 ジブがそう言いかけた時だった。


「身柄を確保しました!よし!お前らすぐに連れてこい!」

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