27話・カニくっていこー

 翌日昼休み、何の気なしに男二人に前日のタクシーの話をした。

 すると、定時でタイムカードを押し、帰ろうとする私の前にT口君が走ってきた。

 もう私服に着替えている。


「南さん、今日車で来たから一緒に乗って帰らない?」


 おお、ラッキー。ダッシュボードの上には『東映巨大ロボット大全』のカセットテープもあるではないの。


「あ、じゃあ上福岡の駅まで、良い?」

「いいよ。S藤を乗っけて行こうと思ってたんだけど、奴は今日は遅いみたいだし」


 私は単純に喜んで、乗りこもうとした。


「おっとT口選手、敷地内で堂々とナンパですかあ?」

「しかも彼氏持ちから奪おうってんですか?やるねえ」

「いやいや、こんなデブス、彼氏からプロポーズなんて嘘に決まってんじゃん。架空の彼氏からエアプロポーズですよ、きめえ」


 元ヤンのK村先輩と腰ぎんちゃくが、通りがかりにからかっていく。

 T口君は車から降り、無言でその二人に近づいて行った。

私は手をぐっと引っ張られ


「本社に戻るから一緒に乗りなさい」


と、営業のベテラン女性に強引に助手席に乗せられた。

 そして元ヤンと腰ぎんちゃくは、T口君と駐車場で殴り合いを始めた。


 翌日、麻雀で部長に大勝ちした第二製版部の課長が、貯まった掛け金(巻き上げた金)でカニパーティーを開くというので、川越工場中の行ける者達が全員池袋に集まった。

 奥さんに離婚された部長は、寂しさを紛らわすために、会社の気心の知れた人達との麻雀にのめりこんだ。

 その結果30万円くらいの金が貯まったというので、バーッと行こうとカニパ開催となったのである。


「部長、誠にありがとうございます。また次回の開催もお待ちしております」

「勘弁してよー」


 蟹しゃぶ、蟹刺し身、爪揚げにグラタン、〆の雑炊まで蟹尽くしの贅沢なパーティーには、元ヤンのK村君と腰ぎんちゃく、その他取り巻きの女子社員は参加していなかった。

 ベテラン社員さんの話では、T口君と殴り合いになり上司からとめられたK村先輩は、実は他所の部署の社員さん達にも喧嘩を吹っかけては、その部署の女の子を就業中に連れだしたり、会社の備品やタクシーチケットをくすねたりで大層評判が悪かったらしく、昨日の件を契機に無期謹慎、そして退社になるという。

 腰ぎんちゃくや女の子たちも居ずらくなったのか、それきり顔を出さずに辞めて行くようだ。

 T口君は顔を腫らし、ところどころ絆創膏をを貼っていた。

 マンガで見たことはあるが、実際に喧嘩で怪我をした人を見るのは初めてだ。

 私はものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 カニパがはねて、私たちは東上線に乗って帰る。

 終電近い東上線は、朝のラッシュに負けないくらいきつきつに混む。

 T口君は体のあちこちが痛いのか、人に押されて顔をしかめて、押されたところを手でかばっていた。


「痛いよね。ごめんね」

「別に。K村が変な奴だっただけで、南さんは何も関係ないし」

「でもやっぱり、ごめんね」


 皆は何も言わなかったが、やはり男と女の同僚が「仲良くする」というのは変に映るのだろうか。

 私的には旦那と結婚しても、ずっと仲良しでいてほしいんだけどな。

 思いを巡らせているうちに、東上線は上福岡に着いた。

 ここで北口と南口(後に東口と西口になる)に分かれるのだが、T口氏は改札を出ても私と一緒に並んで歩いた。


「終電過ぎて遅いから危ない。家まで送るわ」

「え、いいよ。ここまでで」

「でもなんかあったら彼氏が悲しむよ。家まできっちり送るのが友達の役目だから」


 そっか、ありがたいなあ。いいやつだ。いい友達だ。


「じゃ…」

「南さん、ここからは俺と一緒に行こうな」


 後ろから、たまたま近くに住んでいる大ベテランのおじいちゃん社員さんが声をかけてきた。

ご家族ぐるみでお付き合いさせて頂いている、優しいおじいちゃんだ。

彼は私の肩をぐいと押して、一緒に歩きだした。


「え、でも」

「T口はここで帰れ」

「え、でも俺ならいいですよ。きちんと送りますよ」

「お前が良くても、後々この子が困ることになるだろう?」

「……」

「わかったら、俺にバトンタッチして、ここでサヨナラだ」

「あの、T口君ありがとう。また明日」

「……うん。また明日。気を付けて帰ってな」


 T口君は長身を二つに折り曲げて、反対方向へ帰って行った。


「南さんはね。もっと慎重になろうな。邪気がないのはみんな分かってるけどな」


 慎重って何だ? 邪気がないって何だ?

 私は分かっていなかった。

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