24話・プロポーズは突然に

 次の休みは昼前から旦那の家に遊びに行った。

 意識を埼玉の川のほとりの工場から話したくて仕方がなかった。

 旦那のお母さんはお料理が苦手だからモスバをごちそうになり、録画してくれていたフジテレビの『いきなり! フライデーナイト』を見ながら眠ってしまった。

 気が付いたら、旦那が自分のお布団を敷いて、寝かせてくれていた。

 枕元で静かに『冗談画報II』を見ていた。


 帰りみち。

 いつも旦那が車で送ってくれるのだが、その日は最寄り駅ではなく、2・3個先の駅に向かっていたようだ。

 眠たそうだから寝てっていいよ、と彼は言っていたが、車の助手席で寝てしまう程安穏とした気分でもない。

 仕事は好きだ。

 でも戻ったらまた明日から朝から日付が変わるまで仕事だ。

 仕事は好きだ。

 責任もある。

 望んで入った業界だし、まだ入手して一年もたっていないから、仕事の面白さなんてわかるはずがない。

 私が黙っていたので、旦那も口をきけない。

 TV版『銀河鉄道999』のop、ささきいさおのバリトンと杉並児童合唱団が、フルオーケストラにのって壮大に奏でられている。

 大岡山の東京工大の裏。自由が丘から幾らも離れていないのに若者の姿もなくひっそりとした住宅街に、旦那は車を留めた。


「南さん、俺とですね」

「ん?」


 私は改まった旦那の気配に、変な声を出してしまった。


「僕と付き合ってください。僕真面目です。将来結婚したいと思ってます」


 常日ごろの彼と同一人物とは思えないような、とりつかれたような喋りだったので、私はぎょっとした。

 同時に不思議な確信を得て、


「いいよ」


 と瞬時に応えていた。


「え、良いの、そんな即答で」

「え、だって別に断る理由ないし」

「俺のこと好きでいてくれるの?」

「好きってわからないけど、良い相方でいたいとは思う。〇〇君とだったら一緒にいたい」


 旦那は喜んで、そのまま埼玉県上福岡のアパートまで車で送ってくれた。

 よく考えたら私たちは、キスも何もせずにプロポーズし、されて、受諾したのだ。

 凄いなあ、23歳のわたくしと旦那。


 帰宅した夜、母にさっそく電話をした。


「うわ、いきなりか〇〇くん。で、お前はどう答えた?」

「いいよって言った」

「ああ?」

「いいよって言った。この人しかいないかもって思ったし」

「お前はよお…なんで即答するの。もっと気を持たせろ。勿体ない……プロポーズされて返事する間なんて、女の人生の中でこれ以上ないハイライトなのに」


 母の言う事ももっともだ。でも私は面倒くさいことが嫌いだ。

 神経衰弱的な腹芸なんて、使えない。

 向こうが私を好きで、私も多分好きなのだ。

 一緒にほっこりしたい、一緒に居て落ち着くという気持ちは、好きってことでいいんじゃないの?


「でもさ、お母さん。人生で自分の気持ちだけで決めて、実行できる瞬間ってそうそうないと思うんだ。で、今自分それに出会って、直感で判断したわけじゃない? 結婚くらい自分の直感で決めるわ」

「……お父さんがなんて言うか。お父さんは山形に帰って来させて、長井で結婚させるつもりなんだよ。お母さんは何も聞かなかったことにするし、お父さんには黙ってるわ」

「うん。帰省した時私の口から言うわ」


 本当に、何も考えずに、迷わずに旦那に「いいよ」と言った。

 この頃のバカ娘ぶりを全否定したい衝動に駆られるが、この啖呵切った自分だけは、褒めてやりたい。

 お前の勘は正しかったよと。結婚間もなく旦那は一級身障者になったけど、それでも毎日楽しく平和で、ニチアサもアニメも面白くて、サイコーなオタク夫婦ライフを送っているぜ、ありがとうと言いたい。

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