29話・ポケットの中の昭和

 1989年があけた。この年は昭和最後の年である。

 前年より重篤と報じられていた裕仁天皇が1月7日に崩御し、昭和最後の日々は7日間で終わったのだ。

 お正月休み明け早々社長の訓示で『不測の事態と仕事の流れに注意してあたるように』と聞いていた私たちは、朝起きるとすぐにテレビをつけ、天皇のご容体を確認するようになっていた。

 6時35分。宮内庁の次長による陛下御危篤の会見が開かれ、もしかして仕事中にXデーが来るのかもしれないと、私は胸騒ぎがしていた。

 私だけではなく、働く人すべてがそうなったときは仕事をどう回そうかと頭の中で何度もシミュレーションしていたと思う。

 川越駅の専用送迎バスに乗りこみ、いつも通り朝の民放ラジオが流れ始めた。7時50分、川越駅前を出発して間もなく、ラジオの軽快なトークがが突然ぴーという音に切り替わった。

 そして落ち着いたベテランアナウンサーの声が、天皇崩御を報じた。

 同時にバスの外では、テレビが一斉に、藤森宮内庁長官の昭和天皇崩御の緊急会見を映していたらしい。

 バスの中は一瞬に静まり返り、やがてベテラン社員さん達がぽつりぽつりと


「今日は休みになるんじゃねえのか?」

「明日も休みになるかもしれねえな」

「いや、元号が変わるから奥付訂正がごっそり来るんじゃねえのか。むしろ忙しくなるかもしれねえぞ」

「おい運転手さん、バスを戻してくれ。今日は大方休みになるだろうから」


 でも乗っている中の一番偉い人の判断で、そのバスは工場へ向かった。

 定時に車内放送が鳴り、本社の方針がアナウンスされた。

 本日は定時で全員帰る事。

 明日は係長以上の者のみ出勤し、今後の対応を関係各社と協議。他の者は自宅待機とすること。


 まだ便のある路線バスで帰った私たちは、パチンコ屋もスーパーマーケットも、商店街も駅ビルも。全てが無音か静かなクラシックが流れ、国旗に喪章をつけて掲げられている異様な風景を見た。


「これから色んな事が変わるぞ」


 校正刷りのS藤君は、冷静にT口君と私に行った。

 手始めに、レンタルビデオ屋の棚が、既に全部借りられてすっからかんになっていた。


 色んな事が変わる。それは早々に実現した。

 勤務先の印刷会社は社長の放漫経営と、幹部による会社資金の使い込みで傾いていた。本社総務や営業の社員達は、上の人から続々と辞めて行ったが、工場の末端はただ噂を聞くだけで、はっきりとは知らされなかった。

 社内にはしきりと大手製紙会社からの吸収合併の話が囁かれた。


「こんな状況だったらいっそ早く吸収された方がいい」


 大藩の社員がそう思い、今か今かと合併の知らせを待ち望んでいた。

 ベテランの社員さん達は、現社長を馬鹿二代目呼ばわりし、忠誠心などかけらも持っていなかった。ただ先代の社長が余りにいい人だったので、忠義を感じて冷遇されても会社に残り、仕事をしているだけだ。

 私も状況が変わるなら早く変わってほしいと願っていた。

 児童書の仕事は、予想に反して逆に減った。これを契機に西暦表記にするか、元号のままでいくか、主要出版社も迷い、新刊や再販を手控えていたようだった。

 そんな落ち着かない中の春の彼岸、私が帰省した山形の実家に、旦那と旦那のご両親がやって来た。

 お嬢さんをうちの息子と結婚させてください、とあいさつに見えたのだ。

 何事も手順と形式を重んじる、父のだだこねを、向こうのご両親が了解しての事だった。

 私は恥ずかしくて、わざわざ申し訳なく感じたが、向こうにしてみたら早春の山形の温泉で楽しめるわ、酒造メーカーの酒蔵で色んな種類の本醸造の酒を汲み出し試飲できたわ、米沢牛三昧でステーキやすき焼きに舌鼓を打ったわで、早春山形を満喫、ご機嫌で帰ったらしい。


 梅雨明け。

 今度は実家の両親が山形から上京し、渋谷のホテルで両家の結納が交わされた。

 本当は座敷を借りて私は着物を着て、結納品を取り交わすというものだが、膝の悪い旦那のお母様に配慮して椅子とテーブル席で、私もワンピース姿でという簡略化されたものになった。むしろこちらとしては助かったのだが。

 渋谷から、慣れないハイヒールで東上線に揺られ疲れ切っての帰り道。上福岡駅からだらだらと歩いていた私は、あまり腹も減っていないしコンビニでパンでも買って帰るか、などと考えていた。

 信号待ちをしていると、アパートの方から大勢の黒衣の集団が駅に向かって歩いてくるのが見えた。

 喪服の人たちだ。お年を召した人たちが多い。ご葬儀があったのだろうか。


「南さん、やっと会えた」

「連絡つかなかったからもう今日は無理かと思ってたよ」


 信号を渡って駆け寄ると、社員さん達の目は真っ赤だった。


「あんたのうちの近くの、〇〇さん。今日お亡くなりになったんだよ。あたしらはそのお通夜の帰り」


 え…

 私は信じられなかった。

 板橋に工場があった時から、たまたま近所にアパートを借りた私を可愛がってくれ、遅くなったら一緒に帰ってくれたり、奥様の作ったおかずを分けてくれたりしてくれた、とてもやさしいおじいちゃん社員さんだ。

 川越工場に移ってからは、工場が広くなり別々の作業場で働くことになったため、あまり接点はなくなったが、自宅まで送ってくれようとするT口君を、この駅前でとめてくれたのはつい昨年の事ではなかったか。

 この頃休みがちだとは社員さんから聞いていたが、定年を延長して給料を下げられても勤務していたおじいちゃん、会社の上から圧力がかかったのかなと思っていた。

 亡くなったなんて、信じられない。


「なんで……」

「癌だったんだって。会社にも私らにも教えてくれなかったんだよ。それどころか息子さん達にも黙ってたって。奥さんだけには言ってたみたいだけど、絶対どこにも内緒だぞって」


 私は呆然としていた。

 車通りの多い上福岡の交差点。そこに黒い夏喪服の集団と一緒に立ち尽くす、ピンク色のワンピースとハイヒールの私は、とても奇異に映ったに違いない。


「どこかにお出かけだったの?」


 お婆ちゃん社員がすこし非難めいた口調で言った。


「私、都内に行ってたんです。両親が上京して、結納を取り交わして来たんですけど…」


 ああ道理で、と途端におじちゃんおばちゃん達の目は和らいだ。

 ともかく急いでアパートに帰り、メイクを落として喪服に着替え、アパートから角を三つ曲がったところにある、そのおじいちゃん社員さんの自宅に走った。

 名入りの提灯にお燈明がともされ、玄関には白い菊の花が飾られている。

 いつも行くスーパーの途中の、その一角が、ひどく非現実で悲し気な空間に変わっていた。

 玄関で記帳して中に入ると、もう会社関係の方々でいっぱいだった。

 ご家族にご挨拶し、焼香に上がらせて頂く。社員さん達の目が一斉に集まった。戻って一緒に来てくれたお婆ちゃん社員さんがさりげなくフォローしてくれた。


「この子、今日ご両親が来て、結納をしてきたばっかりなんだって。だから連絡つかなかったんだよ。たまたまそこであって、すぐ来てくれたんだよ」


 それはそれは、と涙でくしゃくしゃの年配の社員さんが労ってくれた。

 真新しい祭壇に掲げられたおじいちゃんの遺影は、社員旅行で伊豆に行ったときに海の前で写したもの。ご機嫌で笑っている。私には笑いかけてくれた記憶しかない。

 あの旅行の時のお写真ですね、というと、付き合いの長かった女子事務員さんが一際激しく泣き出した。


「ああもう、〇〇さんは湿っぽいのが嫌いだったじゃないか。みんな飲もう。腹減ったらそこのスーパーに買いに行くからジャンジャンやろう」


 疲れているであろうご家族を休ませ、ベテランたちが完璧に取り仕切っていた。

 私はしばらくその場にいたが、よほど疲れて見えたのか顔が真っ青だからもう帰りなさいと言われた。先ほどからしゃんと正座していられなかったので、明日の葬儀の仔細だけを聞き、私はお暇させていただくことにした。

 社員さん宅の玄関を出て、アパートに向かって角を曲がると、道の横から喪服のT口君が現われた。

 お通夜の場に姿がなく、奴はすれ違いに帰ったよと言われたが、私が戻ってくるまで待っていたのだろうか。

 私のアパートまでは幾らも離れていない、その間、今日は結納だったとか、そんなに具合が悪いとは知らなかったとか、そういう保身に走った話をしていたと思う。

 アパートの前に着いた時、T口君は切り出した。


「俺も、会社辞めるんだ。もうとっくに退職届出しているから、この○○さんの通夜と葬儀が皆と逢う最後になるよ」


 また急な話だ。全然そんなこと匂わせていなかったではないか。

 私も、結婚前に東京の南に引っ越すから、近々辞めるつもりだと告げた。


「じゃ。元気で」

「うん」


 アパートの前で、T口君は突然私を抱きしめた。背が高いから、喪服の胸ポケットの辺りに顔が押し付けられる格好だ。

 なんだなんだ突然。


「あのさ、これだけだから。これが最後だから」


 T口君は朴々とした声で呟いた。


「南さんね、たぶん俺の気持ちわかってなかったと思うけど、かえってその方が今となっては楽だった。幸せになってな」


 私はだらんとした腕をT口君の腰に回した方がいいのか、しない方がいいのか迷っていた。妙に醒めた目で自分が見えている。


「手はさ」

「うん」

「そのままでいいよ。腰に手を回されたりしたら、俺変な誤解しちゃうと思うから。これでも色々我慢してるんだぜ」

「……わかる」


 分かってないよ、南さんは。でもそれでいいよ。

 そう言ってT口君は体を離した。


「じゃ、元気で。お勧めの『ポケットの中の戦争』は見続けるから」


 そうして私たちは別れた。

 アパートの部屋に飛び込んで、旦那に電話を掛けながら、私は早くそっちに行きたいと泣いていたと記憶している。


 おじいちゃん社員の葬儀後まもなく、私は退職した。

 旦那の一家の住む多摩川の袂引っ越すために。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る