16話・怪傑おのり様とハカイダー様

「んじゃ『怪傑のーてんき」かけるよ。俺これ好きよ」 


 旦那の喜び溢れた声と共に、ビデオデッキが動き出した。

 若干不安気に見つめる私の目の前、テレビ画面に映ったのは、全身ピンクの着ぐるみ、黄色のマント、ナショナルキッドのような頭にピコピコのアンテナを付けた太った男がスクーターに乗って疾走する絵であった。

 ダイコンフィルムの創設者の一人、現ガイナックス取締役統括本部長・武田康廣氏の若い頃の姿である。

 とはいえ若さを微塵も感じさせない堂々たるぽよんぽよんの「大層ふくよかな」体形に、ニヒルにかっこつけギターを弾き、怪人と戦う姿は、なんというか出落ち感だけで疾走するコントキャラだった。

 例えるなら、タイムボカンシリーズに毎度登場する、出渕裕氏デザインのやられメカ、通称「ブチメカ」が、何の間違いかレギュラーになって闊歩している状態だ。

 そしてわかった。旦那の演じる怪人の芸風はここから来ていたんだなと。

 ストーリーとキャラクター(音楽やら何から何まで)は△の名作「怪傑ズバット」の強引なパ〇リ、ではなくオマージュ。

 殺された主人公の親友役で、後のガイナックス取締役の岡田斗司夫氏が、遺影となって映し出される。

 アクションの切れとか、そういう物は度外視である。

 本当にやりたいようにやっている、俺らの、俺らによる、俺らのための特撮だと笑い飛ばしているような作品である。

 大体、各人何となく集まってやりたいようにやっているから、スタッフロールの監督が10人以上名を連ねているではないか。


 一言も発さず画面をにらみつける私の眉根がだんだんと寄って行く。

 それに気が付いたのか、つねさんが一言忠告した。


「おい〇〇、これは幾ら何でも刺激強すぎんじゃないか? 相手は素人さんだぞ」


 それまでゲラゲラ笑ってビデオ画面を見ていた、四畳半にみっしりと詰め込まれた同級生、後輩たちの目線が私に集まった。

 そんな目で見るな。ノリについていけない私がいけないみたいじゃないか。


「……うん。ちょっとついていけない……」

「ええー、そうかなあ。南さんこういうの好きかと思った」


 旦那の、のーてんきな声がする。

 なんでそう思った?

 私の眉根は一層寄った。眉間にくっきり縦皺が寄っているはずだ。


「出来たら他のものが見たいです」

「ほらみろ。自分たちの見たいものに突っ走り過ぎたんだよ」

「万人受けすると思ったんだけどなあ」


 いやいやいやいや。万人受けしないから。圧倒的にしないから。

 ついでにいうなら、発表当時、ゼネプロ推しだったアニメックとファンロードからはかなりの頻度で紹介されたらしい。

 ファンロードに至っては、そのマンガ部門『マンガ・ファンード』でコミカライズされ、ローディストと言われた派閥の旦那は当然持っている。

 私ですか。私は断然月刊ОUT派、通称アウシタンでしたよ。

 この両派閥が夫婦になって、家庭ない血みどろのアニメ誌闘争を繰り広げる事を、まだ私たちは知らない。 


「〇〇ちゃん」


 突然ガラッと障子が開いた。

 和服を着た、とんがった顔が、光量を絞った薄暗い部屋にぬっと入ってきた。

 出た、錯乱坊 !

 どわあ。

 男子たちは全員肝をつぶした奇声を上げる。


「なんてすっとこどっこいな驚き方してるんだい。飲み物もってきてやったよ」

「ありがとうお婆ちゃん」


旦那の婆ちゃん「おのり様」だった。本名はのりこさんという、明治の人にしてはモダンな名前だ。

両手にファンタとサイダーの瓶(まだペットボトルは一般的でなかった)を大量に持ち、栓抜を着物の袂に入れ、ずんずんと畳を踏んで、テレビの画面の前を横切る。

画面内でのーてんきが敵と戯れ『日本じゃあ二番目だ』とキメ台詞を言う、一番いシーンなんだ。おばあちゃん、早く行ってー。テレビの前あけてー。

 部員達の声なき声が聞こえて気がしたが、婆ちゃん「おのり様」は知ってか知らずかゆっくりと各人の前にドリンクの瓶を置き、私の前にかがんだ。

「あんたにこれあげるわ。わざわざこんな汚い部屋にご苦労なこったね」

そういって、着物の袂から茶道で使う白い御懐紙に包んだものを手渡してくれた。

しわしわの手は冷たく、細くなった薬指には古い金の指輪がはまっていた。

でもとても柔らかく、しっかりと私の手に紙包みを持たせ、包み込んでポンポンとしてくれた。

「ありがとうございますー」

思わず微笑んでしまうが、おばあちゃんは目線こそ柔かいがにこりともせず、腰を曲げて手を後ろで組んで、じろりと一堂を睥睨して出て行った。

折って捻った御懐紙の中には、カラフルで小粒なあられと、金平糖が包まれていた。

おのり様がいつもお茶盆の脇に常備してあるお菓子だろうか。

「ひでえなおばあちゃん、これでもかなり掃除したんだぜ」

「まあまあ。飲み物と、お一人様にお菓子も来たことだし、見る物換えねえ?」

「そうだな、南さんもその方がいいでしょ」

「うん。そうしてください」

旦那もさすがに、私が呆れているのに気が付いたようだ。

「じゃどれにする? キカイダーの後半とかもあるけど」

「……それがいい」

「じゃこれにするね」

旦那は自信満々に古びたビデオテープを取り出し、デッキにセットした。

多少乱れた画面が落ち着くと、画面からは聞きなれたかっこいい渡辺宙明サウンドが。

これよこれ。キカイダーのテーマよ。

スイッチオンしたらワンツースリーなのよ。

私は夢中になって身を乗り出した。

電流火花が身体を走る。キカイダーのバイクも走る。背景はとっても良く見る採石場だ。

話数は37話。大詰めだ。脚本は大御所長坂秀佳氏である。悪と正義、人間と機械の間で揺れ動くキカイダー・次郎を容赦なく揺さぶり追い込む黒いロボット。

むき出しの脳みそと表情のない冷たい口許が印象的なハカイダー様の登場回である。

「うわー、うわー」

私は心の何かで歓声を上げた。心の中だけのつもりだったが、後で皆に聴くと思いっきり叫んでいたそうである。ええねん。心の雄叫びだ。

好きなもの、素敵だと思うものに賛辞を送って何が悪い。

口笛かギル教授のフルートの音か、夢中になっているからどうでもいい。ともかく笛の音とともに現れる我らがダークヒーローハカイダー様。

私の第二の初恋のヒーローであった。(最初の初恋は怪傑ライオン丸のタイガージョーこと虎錠之助であった)

声優・飯塚昭三さんの若き日の艶々の低音に聞きほれ、夢中で見入った。

そしてキメは水木一郎の兄貴の歌うキャラソン「ハカイダーの歌」である。

鳥肌が立つほどの名曲、そしてキャラクターをこれほど表現した歌もない。

「かっけー」

「やっぱハカイダーだよなあ」

無礼なっ ハカイダー様と言え、様とっ

私は無邪気に感嘆の声を上げる旦那に心の中でチェック入れながら、そうでしょうそうでしょうと大きくうなずいた。

この悪の漢の魅力は、マカロニナウエスタン映画のクールな敵のガンマンに匹敵するほどの漢の色気と迫力である。

事実、子供のヒーローものとしては破格のセクシー悪役だったと思うぞ、ハカイダー様。


前半の「怪傑のーてんき」は何だったが、後半の「ハカイダー様活躍回7話分一気上映」ですっかりご機嫌になった私は、また今度皆で「コンドールマン」「ウルトラファイト」「怪傑ズバット」傑作選を見ることを約束して、帰った。

帰り際、皆でぞろぞろと玄関に向かいつつ、時代劇の商人の店にあるあるような火箱の前に座ったおばあちゃんにご挨拶をした。

おばあちゃん・おのり様は細い皺皺の顔を上げて、じろりと一堂を見回しながら

「もう帰るのかい。またおいで」

とつっけんどんに言った。さすが江戸っ子だ。

「お菓子ごちそうさまでした。ありがとうございます。また遊びに来ていいですか」

私が膝をついてご挨拶をすると、おばあちゃんは膝でにじり寄ってきて、肩をポンポンと叩いてくれた。

「あんたは絶対にまたおいで。お菓子買って待ってるから」


 3年後、私はこの家に嫁入りすることになるのだが、当時はまだ想像もつかない。ゴミ袋を被った怪人の嫁になるなど。


そうこうしているうちに、私たちは大学卒業が近付いてきた。

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