15話 夢のお部屋とのーてんき

 ぞろぞろと階段を上がった特撮アニメ研の面子だが、そこにはあきれるほど普通の風景が広がっていた。

 二階は昔ながらの、高度成長期の日本の家、突き当りにお母様の物と思しき化粧台と三面鏡。そしてお父様の書斎。物干し台に続く廊下。


「ここが俺の部屋」


 と旦那が開けたふすまの奥に全員が入ると、そこはたちまちすし詰めになった。

 狭い四畳半に、出窓と机とテレビ。

 フィギュアやLD、アニメ誌や特撮誌が詰め込まれた段ボールが幾つも、畳の上に置いてある。

 ロマンアルバム、アニメージュ、アウトにアニメックにスピリッツとヤンサンの切り抜き。

 箱に収まらない旦那の「大好き」が、収納しきれず狭い部屋中に溢れている。

 私たちはその『溢れてこぼれた大好き』を避けてテレビの前に腰を下ろした。

 当然女子は私だけである。


「ねえねえ何から見よっか? 一応ビデオ出しといたんだけど」


 ふとした拍子にオネエ言葉っぽくなるのは、旦那の仕様らしい。

 それは今も変わらない。言葉が柔らかいのだ。


「何がある?」

「一応一通り何でもあるよ。昭和50年代のプロレスなら親日と全日ほとんどあるし、北斗の拳全話、ジャンボーグエースにスペクトルマンに、特撮ほぼ全部、んでアニメは……」


 マニアである。彼は録画マニアだったのだ。

 見せてもらったプロレスのビデオテープには、文庫本の活字の振り仮名のような細かい字で、びっしりと、大戦選手のフルネーム、試合日時、試合会場、解説、ゲスト解説が書かれていた。

 テレビ局の保存用テープかよと言うレベルの細かさである。司書か。

 アニメや特撮のテープにはゲストキャラ、脚本、監督、助監督まで書いてある。ビデオ会社の資料か。

 確かに当時、アニメ誌や特撮誌でスタッフごとの作風の違いや、人気ある作監、キャラクター設定等、スタッフの個性に誌面が割かれ、注目が集まっていたので(その割にスタッフの雇用条件向上には流れが向かなかった) 旦那のような方向性もありだ。


「あ、これよくない? だいこんフィルムのウルトラマン?」

「ほわっと?」


 後輩のはっちゃんがとりあげたビデオに私は目を丸くした。

 大根フィルムって何だ。

 ウルトラマンと言ったら、かの特撮の神様・円谷英治の作った「円谷プロダクション」のものではないのか。


「ゼネプロのじゃん。お前通販で買ったの?」

「うん。兄貴と一緒に。ゼネプロのものならほぼ全部あるよ。『怪傑のーてんき』も『愛國戰隊大日本』も『八岐之大蛇の逆襲』も」


 もういい。これ以上はとっても危険な匂いがプンプンする。

 聞いた事もないマニアックなタイトルの連打に、私の気分はすっかり萎えてしまった。


 簡単に説明すると、大阪で開催された日本SF大会のオープニングを飾るアニメーションを作るために集まった、学生を主体とした集団がそもそもの始まりで、後に「DAICON FILM」という製作集団に発展していく。

 これが発展したのがアニメーション制作の『ガイナックス』である。

 ここに関わる人物はほぼ、島本和彦氏の「アオイホノオ」に書かれている通り。

 ゼネプロこと『ゼネラルブロダクツ』は、中心人物である岡田斗司夫が経営し、グッズや(アマチュア時代の庵野、山賀、赤井らが作った)作品のビデオテープなどを売って収益を上げていた通販ショップである。

 旦那はバイトで得た小遣いをそこに惜しげなく注ぎ込んでいたらしい。

 後に結婚間際に聞いた旦那の貯金額が、バブルに関わらず10万ほどだったという事態に発展するが、それはまだ二人とも知らない事だ。


 「……何それ、愛國戦隊ってうちの大学絡みのやつ?」


 私たちの母校は日本で二校しかない、神道系の大学である。もう丸わかりですね。


「違うよ。でもちょい危ないかな」

「確かダイコン当時も筒井康隆から批判されてたよね」

「私は普通のが見たいなあ…一般向けに作られたのが…」 


 私がやっとの思いで示した抵抗の意に、旦那と仲間たちはあっさりと応じた。


「あ、いいよ。大抵のものはあるから。何見たい?」

「やっぱ濃すぎるよ、ゼネプロ経由のダイコンものは人を選ぶ」


 そうまで言われると、ちょっと見たいかも。いや相当見たくなってきた気がする。

 私のへそ曲がり根性がむくむくと頭をもたげる。


「その中で素人の私にもとっつきやすいもの、どれか見たい気が」

「おおお、南さんが気分を変えたぞ」

「気が変わらないうちに、パパッとかけちゃえ」


 旦那と一部の『特に好きもの』たちは、どや顔でビデオを選別しだした。


「南さん、怪傑ズバットって知ってる?」

「知ってる。大好きだった」

「んじゃのーてんき辺りから行こうか」


 そして、旦那はじめとした先鋭的なオタ部隊は、クルリと私の方を向き直った。


「あのさ、呆れてもいいから怒らないで見ててくれる?」

「怒るような作品なの?」

「そういう人もいるかもしれない」


 冷静組のつねさんとなっつん、のもくん(当時の同級生が読んだら丸わかりですよね。ま、読むことはないと思うけど) は、しれっとした顔で反論した。


「いやあ、怒っても無理ないと思うよ」

「世の中にはいろんな人がいるんだという事で、一つ」

「この作品に関わってる中からプロになった人多いんだからさ」

「そうそう。A沼先輩に誘われて春に皆で見に行ったろう、『オネアミスの翼』。

あれに関わる人たちが大勢参加して作っているギャグなんだ」


 オネアミスの翼。財団Bに就職した先輩が


「皆絶対に観に来い。先輩命令だ」


とサークル員全員を招集して、有楽町の映画館に見に行った作品である。

 うだうだと無為にすごしている宇宙軍の青年が目標を見つけ成長し、宇宙を目指すという、それまでもあったし、その後も無数に作られた形の物語である。

『ライトスタッフ』に多大な影響を受けたと思しき、宇宙青春宗教ラブものである。

 しかし『ヒロインが宗教の熱心な勧誘者』と言うところが特異で、いまいち入り込めなかった作品だ。

 技術はとんでもなく素晴らしい。もう、ロケットの発進準備~発進~軌道に乗るまでをずっと見ていたい程の映像美である。

 噴射の際、ロケットの熱で溶かされ砕けて地上に降りそそぐ氷の美しさは、一度見たら忘れられないほどのインパクトだった。

 その「オネアミスの翼」を作ることになるスタッフの、若き日の作品だという。

 なんか期待してしまうじゃないか。

(オネアミスを作った時も充分若かったのだが)


「いいよ。それ見よう」


 私は表情を和らげながら答えた。一連の流れだけ見ると何様かと思われるかもしれないが、ここでもう少し踏ん張ればよかった。


「んじゃのーてんきいくね」


旦那ののーてんきな声と共にビデオテープはセットされた

(余談だがベータではなくVHSだった)


(続くっ) 




 

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