12話 哀・就職戦士たち
「ねえねえ就職活動進んでる?」
「全然」
「でも面接まで進んでる会社もあるんでしょう?」
「ほとんどないわー」
「だよねえ。なかなかねえ」
試験勉強と就職活動中の、同級生の話は信じてはいけない。
「勉強? 全然やってないよお」
なあんて言っている奴らに限って、仲間に知られないようにこっそり勉強に励んで、いい点を取る。それが定石だからである。
同様に、就職活動での「全然進んでいないよお」も信じてはならない。
実は水面下で順調に書類審査、一次面接、二次面接と進んでいるかもしれない。そして、自分の嘘を聴き安心した表情の相手を見て、内心『勝手に誤解してろ』と嘲笑っているのだ。
我々の卒業・就職時期はまさに好景気。
最近の過酷な就職状況・圧迫面接等を経験した方々からすると
「バブルでごまんと求人があって、受ければ入れたノー天気なバブル世代」
と思われるかもしれない。 だがそれなりに厳しくはあった。
まずは、試験を受ける際に「一般職」「総合職」に分けられる。一般職は今でいう一般事務。総務、会計、営業事務が主なものだ。
総合職は総務人事、顧客営業、企画開発など。主に四年制大学の女子生徒が採用された。
だが総合職の四年制大学女子よりも、一般職の短大生の方が、ずっと求人は多かった。
雇用機会均等法が施行されたとはいえ、特に大企業、人気企業ではまだまだ女性にには「職場の華」「癒し」が要求された時代だった。
そして、男性と同等以上の頭脳と能力と大学での成績が求められた総合職女性は、採用されるとしても少数だった。
結婚、妊娠、出産、育児。
それは企業にとってはバブルの当時もリスクだ。
その間のブランクの無い男性新卒と同等に戦っていくには、「リスク込みは承知の上で、それでもこの人を雇いたい」という人材でなければならない。
ある企業は「女子には男子以上に、大学での成績と試験の出来を重視している」と言った。
男女では求められているものが違う。それが1980年代の大卒就職の大前提だった。
就職課の指導のままに、名の通った企業の総合職を受けまくり、だが
「サークル活動や部活動は?」
と聴かれるたびに
「アニメ・特撮研究会です」
と馬鹿正直に言い、くすっと笑われて落ちる日々を繰り返していた。
そんな中、紺のリクルートスーツに黒のバッグ、黒のヒールの靴で歩き回ることに疲れ、大学に顔を出した。
就職課の求人とにらめっこし、学食にどっかりと座ってしまった。
これからどうしよう、どこ受けよう。
特撮のフィギュアやグッズを多く出している、台東区の老舗大手玩具メーカーは、一般大学の女性は全部アパレル方面でしか採用しないと言っている。
集団面接では集められたホールにも超合金が飾られ、『兄貴』の熱唱する「ゼーーーーット」の歌がエンドレスで流れていた。
大手の出版社は採用数自体が少なく、もう既に決まっている感じだ。
私は途方に暮れていた。
「お元気?」
となりのテーブルから話しかけてきた声がする。つねさんだ。
カメラ仕様のでっかいウエストポーチを腰につけ、スーツではなくサファリジャケットのような完全普段着姿だ。
「あんまり元気じゃないよ」
「上手くいかない?」
「難しいよねえ。就職活動解禁の時期は決まっているのに、実質女子の採用選考を始めるのは男子が決まってから、なんだもん」
「そっか。頑張って」
激励の気なんて毛ほども感じさせない、気のない冷静な返事が返ってきた。
「つねさんは?」
「ああ俺? もう決まっちゃってる」
「えええ、どこどこ」
「親父の知り合いの、マニアックな業界誌」
つねさんが教えてくれた業界新聞の名前に私は目を白黒させた。
建築建材に使う樹脂や石油製品。合板材料、加工工場。そんな情報誌なのだ。
世の中は広い。ディープな業界誌は色々存在する。
興味は沸いたがほとんど採用枠などない、少数精鋭の大ベテランで発行し続けているという業界紙の世界。
「親父の友人と、取引先の社長が知り合いで、わりとすぐ決まったんだ」
チッ
こういう小回りの効く、地頭が良さげな人間はコネを生かして自分をアピールし、さっさと決めてしまうのだ。
如才ない、と言う言葉が彼にはふさわしかった。
そして、この時はそれがとっても鼻についた。
運も実力のうち。そして常さんは冷静で、とても実務能力があるし、人を仕切って行く事が出来る。それは分かっていたが、こいつずるいという理不尽な感情が先に立った。
親ゴネかよ。結局は縁故かよ。いいよなあ都会民は。
私はいじけた。安くてでかい学食のソフトクリームは就職内定をもらうまではと断っていたが、もう解禁して食っちまおうか。
そうだよやけ食いだよ。ウエスト無し子さん、二重顎美さんになってやんよ。
食券を買いに行きそうになった私に、つねさんは話しかけた。
「そうだ、南さん知ってる? 〇〇のこと」
「〇〇って、あの変な歌歌った元怪人の人?」
(当時私はこれくらいの認識しかなかった。クリスマスの電話のことなどすっかり忘れていた)
「そう。〇〇。あいつも決まったんだって」
えええー、危ない替え歌を歌ってハチ公に昇って奇声を発していた男が。
私は世の不条理を嘆いた。やつも都民だったな。
くそう、やっぱり普通の成績頭脳でコネなしは、ジモティの縁には勝てねえぜ。
「うっそ。でも銀行とか公務員受けてるって言ってたけど、そんなに早く結果が出るの?」
「銀行系は早いよ。でもあいつ銀行は全部落ちて、公務員も落ちて、代理店に決まったって」
「代理店って電〇とか博〇堂とか、東〇新社みたいな?」
「やっぱり特撮絡みで来たか。まあそこまで大きくないって言ってたけどね。メディアよりも流通相手が主だって言ってたし。親戚がその本社の上の方に居るとかなんとか。」
チッ
私はアイスの食券を「ラージダブル」で買い、カウンターにもっていった。
「メイプルシロップとホイップクリームもつけてくださーい」
「すげえな、やけ食い?」
「そうだよっ」
察しのいいガキは嫌いだよっ
私はそれでもスーツにクリームを着けないように、甘いホイップとシロップたっぷりの特大アイス二個を頬張った。
いまいちエアコンの効きが悪い、古い学食。暑いはずなのに心臓とお腹はどんどん冷えていくのだった。
(続くっ)
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